早く薬を使えばよいってものではない
2015/01/02 00:01:00 |
普段の診療より |
コメント:8件
高齢化社会に伴い認知症の急増が社会問題となっています。
一般的に、認知症を発症すると、今の医学では進行を遅らせる事はできても、止める事はできないとされています。
そんな中、世の中の認知症診療の流れとしては「早期発見、早期治療」であり、
同じ認知症であってもより早い段階で発見し、治療介入を始める事で、
将来の認知症発症を防ぐ事ができるのではないかという事で、
認知症を見つけたら早く専門医へという認識が一般医科の中でも大分広まってきています。
ところが、この「早期発見、早期治療」という発想が、実際には必ずしも好ましくない事態を生んでいます。 先日とある80代の男性患者さんが、失神を繰り返すという事で、
循環器内科でさんざん精査され、植え込み型イベントレコーダー留置という侵襲的な処置を受けてもなお、
原因がわからず、巡り巡って私の外来を受診されるという出来事がありました。
聞けばこの患者さん、10年前からアリセプトという抗認知症薬を内服されています。
アリセプトという薬は認知症に対して用いられる最も有名な薬ですが、切れ味鋭くその副作用も大変問題になっています。
実はその副作用の一つに失神があります。私はアリセプトによる薬剤性失神の可能性を考えました。
そこでまず、どうしてアリセプトを飲む事になったのかを患者さんに尋ねてみると、
びっくりする返事が返ってきました。
「最近もの忘れがするって相談したら、その薬を出してもらったんです。」
なんと、何の検査も実施される事なく、「もの忘れ」の訴えだけで10年もの間、アリセプトを漫然と投与され続けていたという事になります。
もしこれが本当にアリセプトによる薬剤性失神であったとすれば、これは完全に医者のせいです。
実際この方の認知機能を検査で確認したところ、軽度認知障害という認知症の一歩手前のレベルでした。
そして大事な事は、このアリセプト、軽度認知障害の段階で使用しても認知症への進行を阻止する効果はこれまでに証明されていないということなのです。
その理由は薬剤のメカニズムを考えれば想像がつきます。
アリセプトは、「コリンエステラーゼ阻害剤」という種類の薬で、
記憶を含む神経の情報伝達に重要なアセチルコリンという神経伝達物質を、
分解するコリンエステラーゼという酵素の働きを阻害する事によって、
結果的にアセチルコリンの量を増やすという薬です。
しかしそれはアセチルコリンの量が減っている時に初めて成立する役割であって、
まだアセチルコリンが減っていないのに、アリセプトを使えば脳の中で不自然にアセチルコリンが多い状態が出来上がります。
不自然な上昇は、不自然な体調を作り出します。セロトニン症候群なども良い例だと思います。
話を元に戻しますが、このアリセプトを出した医者は、
もの忘れに対して早期からアリセプトを使えば進行を遅らせる事ができるだろうと考えたかもしれません。
しかしそれは極めて安易な考えであり、有害無益以外の何者でもないのです。
もっと言えば、たとえアセチルコリンが欠乏した認知症の状態であっても、アリセプトの使用には慎重であるべきです。
その事は認知症コウノメソッドのノウハウが示唆している事ですが、高齢者に対する必要最小限の薬の用量は思いの外少ないという事を我々は認識すべきだと思います。
さらに、アリセプトにはSU剤と似たにおいを私は感じています。
最初は使っていて確かによいと思う瞬間があります。しかし長く使っていくにその効果は減弱していく事をしばしば経験します。
それは、SU剤がインスリンを出させるために膵臓β細胞にムチを打つがごとく、アリセプトも記憶に関わる神経細胞にムチを打っているからではないかと思うわけです。
どうしてもムチを打たざるを得ない状況になったとしても、せめてそのムチは極力優しいムチにすべきです。
しかし優しかろうとムチはムチ、いずれは神経細胞は疲弊していく事は避けられません。
その事がわからないような医者にアリセプトを処方する資格はないと私は思います。
早期発見、早期治療をすればよいってものではありません。
なぜ認知症になっているのか、そこに至る食の問題を直視しない限りは、
薬による負の連鎖はどうやっても断ち切れないと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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浜 六郎さんの本
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には、p46 に、「アリセプト」について、こう書かれています。
「コストに見合うメリットはなく」・・・「06年3月に判明した脳血管性の認知症患者を対象にした比較試験では、アリセプト群648人中11人が死亡しました」
* * * * * * * * * * * * *
この本に書かれていることが全て正しいか分かりませんが、害になる薬はたくさん存在していると思います。
Re: 浜 六郎さんの本
情報を頂き有難うございます。
薬剤と死亡の因果関係の証明は必ずしも容易ではありません。薬を止めてどうなるかというのを確かめる事ができないからです。
浜先生の主張の多くは理解できますが、全てを鵜呑みにすることはできないと考えています。
コリンエステラーゼ阻害剤
アルツハイマーの一部の患者を除いてはほとんどの患者が副作用に苦しめられます。問題はこの副作用が副作用と認識されずに放置され、強迫的にこの劇薬を継続させられ続けさせられる事です。患者側が「このクスリをやめたい」と言おうものなら、クスリの有害性を何も知らずに処方している無知な医者にど叱られますね。
ドネペジルに限らず、ほかの2つも含めてこのクスリはわざわざ危険を冒して使い続ける必要性が感じられないのは私だけではないはずです。特にドネペジルは自律神経と神経伝達物質のバランスをメタメタにするので、これを飲んでから体調が悪化する人は後を絶たないです。
Re: コリンエステラーゼ阻害剤
コメント頂き有難うございます。
> コリンエステラーゼ阻害剤は短期的にも長期的にも副作用を起こしうる劇薬中の劇薬であり、益はほとんどなくて害(副作用)のほうが多いだけのクスリですね。
私の場合は、長期的にはともかく、短期的には使う場面が多少ある薬だと現時点では認識しています。
ですが本質的な解決には至らないので、確かに使用しないに越したことはないと思います。
誰のための薬なのか?
物忘れ外来(このネーミング大嫌いですが(苦笑)に受診する方の多くは「軽度認知障害」であるにもかかわらず、判で押したようにドネぺジルが処方されますね(苦笑)。軽度レベルではアセチルコリンがそれほど欠乏していないので、内服直後から嘔吐・下痢・頻尿が出てすぐ止めたという話もよく聞きますね。自治体が率先して地域住民に軽度認知障害の早期受診を促し、受診すれば抗認知症薬を強制的に飲まされるというわかりやすい構図ですね。自治体と大学病院が特定の製薬会社との利益相反が疑わしい露骨なケースもみられるようです。最近ははクレバーな患者家族もいて、抗認知症薬の危険性を担当医に指摘して薬を拒否すると担当医が逆切れするという話もよく聞きます。病院の専門医も開業医も同じです。個人的な印象でいうと、現行の抗認知症薬というのは製薬会社とそのムラ(病院や自治体)の利益のためだけに存在するのではないのかと感じずにはいられません。
Re: 誰のための薬なのか?
コメント頂き有難うございます。
認知症が不可逆的にならないうちに早期発見し早期治療しようという発想そのものはいいですが、
治療の方法論が確立していなければ元も子もない話ですよね。有害無益な投薬につながらないよう心掛けていきたいと思います。
アリセプトについて
先日も某内科病院の物忘れ外来でアリセプト5mgを処方されていた患者が精神科病院に入院してきました。1年以上服薬していて急に徘徊せん妄が出始めたのでMRIをとったところ、慢性硬膜下血腫を発症していました。MRIで診断がついたにもかかわらず漫然とアリセプトを処方していて、当院に移ってきました。
他に精神科クリニックの外来でやはり徘徊せん妄があるのに、漫然とアリセプト5mgが投与されていた病客が入院してきたケースもあります。とにかくあつかいにくい薬です
Re: アリセプトについて
コメント頂き有難うございます。
アリセプトの問題は、「予防のために飲んでいる」という位置づけにある所だと思います。
確たる薬効を自覚できなくとも、「おそらく効いているだろう」と判断されてしまう事です。
しかも副作用が出現しても、多くの場合「認知症の進行のせいだ」と誤認されてしまうのだから始末におけません。アリセプトを使用する以上は、常に薬剤副作用の可能性をおくべきだと私は思います。
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