細胞死から逆算して考える

2014/11/24 00:01:00 | お勉強 | コメント:2件

脳梗塞とは脳への血管が何らかの原因(血栓、動脈硬化など)によって詰まり、

その先の脳細胞に虚血という血流不足による現象が生じ、脳細胞死が起こることを言います。

脳梗塞巣の虚血中心部は、残念ながら今の医学では生き返らせる事はできません。

しかし脳梗塞周囲の弱い虚血で今にも死にそうになっている場所は、点滴によってある程度救う事ができます。

脳梗塞で入院するのはそうした治療によって、後遺症を最小限にする事が最大の目的です。

その時主流になる薬として、一つは血液をサラサラにする抗血栓薬、

もう一つは活性酸素を消去するフリーラジカル消去薬というものがあります。 今月の神経内科雑誌の特集は、「脳梗塞急性期治療update」でしたが、

その中で「脳梗塞急性期の脳保護療法」と題して、脳梗塞でのダメージを最小限に抑えるための、開発中も含めて様々な治療の選択肢が紹介されていました。

桂研一郎. 神経内科, 81(5);544-550, 2014
「脳梗塞急性期の脳保護療法」


その中で『虚血』から『細胞死』に至るまでの流れを示した図がありました。

その大まかな流れを文字で示すと次のようになります。

『虚血』→ATP欠乏→ナトリウム/カリウムポンプ不全
  →電位依存性カルシウム/ナトリウムチャネル活性化
  →グルタミン酸受容体活性化
→細胞内カルシウム/ナトリウム濃度の上昇
  →リパーゼ活性化→フリーラジカル形成→DNA障害
  →カルシニューリン活性化→NOS(一酸化窒素合成酵素)活性化
  →ミトコンドリア障害
→『細胞死』

細かい話を少し端折りましたが、これが血液が行かなくなって細胞が死ぬまでに起こっている病態生理だということです。

さきほどお示ししたフリーラジカル消去薬は、脳梗塞の治療現場で頻繁に用いられており、脳保護作用をもたらす薬として現場では確固たる地位を築いています。

このフリーラジカル消去薬は、上記の細胞死に至るメカニズムの一端をブロックしているものだという事がわかります。

しかし上記の流れのうち、どこを抑えても脳梗塞による細胞死を防ぐ事ができるというわけではなく、

例えばグルタミン酸受容体活性化を抑制するマグネシウム治療は理論通りにうまく行っておりませんし、

カルシニューリン活性化を阻害するのはタクロリムスと呼ばれる免疫抑制剤ですが、この効果は不明とされ臨床応用のための研究は途中段階(phase2)で中止となっています。

一方で、尿酸が高値を示した脳梗塞患者の予後がよいというデータを受けて、フリーラジカル消去効果を狙ってt-PAという超急性期血栓溶解療法と尿酸を併用するという治療法はあと一歩というところ(phase3)まで来ているという報告もあり、

フリーラジカル消去という戦略は、脳梗塞治療において良い線を行っているということがわかります。


ここで用語の確認ですが、

まず活性酸素は、酸素を含む物質のなかで、とくに活性が強いものをいいます。

活性酸素=フリーラジカルではありません。活性酸素の中で化学的に不対電子というものを持ち、細胞障害性をもたらすものをフリーラジカルと言い、

スーパーオキサイド、ヒドロキシラジカルなどがこれに当たります。

ところが、活性酸素の中には不対電子をもたないものもあります。これの例としては、過酸化水素、一重項酸素などがあります。

さらに一酸化窒素 NO、 二酸化窒素 ONO、 オゾン O3、 過酸化脂質なども広い意味での活性酸素です。

活性酸素の中ではフリーラジカルは細胞障害性は高いですが、活性酸素全般に酸化ストレスを与える可能性があるということも知っておく必要があります。


そして、改めて虚血から細胞死の流れを見てみますと、

フリーラジカルができる前に「リパーゼ活性化」という現象があります。

最後に糖質制限の理論を踏まえて、その意義について考察してみたいと思います。

リパーゼは脂質を分解するための酵素です。

脂質を分解するのは脂質を吸収する需要が高まっているということになりますが、なぜでしょうか。

細胞死のメカニズムの一端に「ミトコンドリア障害」というのもありました。

脂質から作られるケトン体には神経保護作用、ミトコンドリア機能改善作用があるという事を以前学びました。

もしかしたら虚血によってリパーゼが活性化されるのは、

機能低下に陥ったミトコンドリアを何とか助けようと一生懸命ケトン体を生み出そうとしているからではないでしょうか。

しかし助けきれない結果、過剰なフリーラジカルが産生され、結果的に細胞死に陥っているのではないかと思うわけです。

この意義づけを間違うと、「リパーゼ活性化阻害剤を作ればいいんじゃないか」という方向に研究が行きそうですが、

「リパーゼ活性化」を阻害してはおそらくダメだと私は思います。

病態生理を学び、そこから治療法を導き出す試み自体はとても大切な事ですが、

それを考える時には、人体を機械のようにとらえるのではなく、

極めて複雑な有機反応物としての視点が必要だと思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

水素効果

2014/11/24(月) 16:22:11 | URL | エリス #-
こんにちは。先生のこの記事を読んで、私はすぐにフリーラジカル除去には水素がいいのでは?と思いました。美容女子推しのアンチエイジングのテッパンは水素水なんです。
フリーラジカル(酸素)+水素=水になって無毒化
そんな単純な話でないでしょうが、そんな感じで。
思っていたら、
慶応大で心停止後の脳のダメージに水素が効果、というニュースが入ってきて、やっぱり~。~。~。~。と思いました。
研究が進むといいですね。

Re: 水素効果

2014/11/24(月) 21:46:16 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
エリス さん

 コメント頂き有難うございます。

> フリーラジカル除去には水素がいいのでは?と思いました。

 それはよくわかりません。

 どちらかといえば私もそんな単純には行かないのではないか、という感じですが、

 またちょっと勉強してみたいと思います。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する