「薬で治す」という発想の限界
2014/10/29 00:01:00 |
素朴な疑問 |
コメント:4件
何かのテレビを見ていた時に、
こども達が将来の夢を語るという内容で、
ある子が「薬剤師になっていろんな人の難病を治す薬を作りたい」という
純粋で微笑ましい場面を見かけました。
しかし,医師という立場で現在の薬の状況を俯瞰で眺めてみますと、
ほとんど薬のシェアは西洋薬が占め、
さらにそのほとんどが何かの代謝の「ここだけをいじる」という発想で作られています。
高血圧の薬しかり、スタチンしかり、糖尿病の薬しかし、利尿薬しかり、向精神薬しかり、抗癌剤しかり・・・
この発想で薬が作られている限り、
難病を治したいというその子の夢を叶えることなど、夢のまた夢ではないかと私は思います。 なぜならば、代謝の一部だけを強制的にいじるということは、全体の代謝の歪みを引き起こすという事だからです。
ヒトの病気が機械が壊れたかの如く、「この箇所だけ機能が低下している」というものであればよいですが、
ほとんどの場合、病気というのは全身の代謝障害の結果として症状が表面化しています。
したがって、例えば足がむくむという人に利尿剤を出して水をとったところで、
そもそも足がむくむという原因が取り除かない限り、利尿剤を使っても足のむくみだけは取れたけれど、
その他の場所は水分不足に陥る危険性を秘めています。
このようにどこかを治せば、どこかに歪みができています。その歪みがいわゆる副作用であるわけです。
一方でがんの場合は、「分子標的治療薬」という、
がん細胞だけに出現する特定の分子を標的にして、
正常細胞には影響を与えず、がん細胞だけをやっつけてしまおうという発想の薬があります。
これであれば歪みも起こらないのではないかという風に思われるかもしれませんが、
実際には分子標的治療薬でも副作用があります。
有名なところでは、肺がんに対する分子標的治療薬であるイレッサという薬では、
間質性肺炎という想定外の副作用を起こし、死者も出て話題になった事があります。
そもそもがん細胞というのは、もともと正常細胞であったものが酸化ストレスなどの影響でがん化してできたものです。
由来が同じ正常細胞であれば両者を完璧に区別できず、正常細胞に悪影響を与えるという事があっても不思議ではないと思います。
あとはステロイドですが、
この薬はここだけをいじる、というよりは言わば全体的な代謝調整薬になりますので、
発想としては全体に目を向けている薬になります。
ただステロイドは新しく開発したというよりは、もともと人体にあったホルモンの真似をしたようなものですので、
効いて当然といえば当然、そしてそれを使い過ぎれば問題となるため、これも理想の薬足りえません。
一方で漢方薬は何かの代謝をここだけいじる、というよりは、
食事のような生薬の混ぜあわせたものを食べて、理由はよくわからないけどなんとなく体調が整えられるという感じの薬です。
その漢方薬がなぜ効くのかについて、近年では西洋医学的な分析も盛んに勧められていますが、
結局その解析自体が、「この分子が作用したから改善した」とか、「ここの抗体を阻害する働きがあるから改善した」というように、
代謝の一部に注目した解析しかできないから、漢方薬の全容がなかなか見えてきません。
ただそんな漢方薬でも副作用があるので、それでさえ完璧ではないのですが、
一般的に西洋薬と比べて副作用が少ないと言われているところから考えても、
私としてはどちらかと言えば漢方薬の方がより好ましい薬と感じています。
西洋薬的な発想よりも、この漢方薬的発想を突き詰めて新薬を作っていけばよいのではないかと思うのですが、
以前、夏井睦先生の「新しい創傷治療」のサイトにおいて、
漢方薬で新薬を作るのは難しいという理由についての御投稿が紹介されていました。
(以下、引用)
1.販売承認について
現在販売されている医療用漢方薬148種類は全て,特例として臨床試験を経ずに承認(1976年)された。それ以降に新漢方薬を製造・販売する場合は,新薬と同様に臨床試験を行なって承認を取得する必要があるが,漢方薬は多成分系の薬剤であり,いわゆる西洋薬のような単一成分の薬剤とは事あり臨床試験そのものが困難である。
2.開発能力について
前項の理由で漢方メーカーに新漢方薬の臨床試験の経験がない
3.開発コストについて
日本製薬工業協会のアンケート調査では,新薬を治験~市場に出すまでの平均期間が約9年で,費用は484億円(10年前の約1.4倍)かかるとの推計が出ている。
医療用漢方メーカー最大手のツムラ(国内シェア80%)でさえ売上高は約900億円,経常利益は150億円にすぎないので,たった1つの新漢方薬開発が社運をかけたギャンブルになる。
仮に新薬が開発できたとしても,もともとの医療用漢方薬市場が小さいため,開発費の回収が見込めない(新漢方薬は「内野安打」,ディオパンやリピトールのような「ホームラン」にはならない)。
2003年にツムラは慢性腎不全治療薬「温脾湯」の国内臨床開発を断念している。
(引用、ここまで)
このように、漢方薬という多成分複雑系の薬の解析・開発が難しすぎて、
解析・開発にお金がかかり過ぎるということもあいまって、
新しく漢方薬を作ることは実質不可能だという現状だそうなのです。
考えてみれば、今までだって漢方薬ができるまでに千年、二千年の時が流れ、
気の遠くなるほど多くのエクスペリエンス(経験)を経てでているわけですから、
そんなものは到底待っていられません。
そうなって来ると希望はiPS細胞か、という事になってきますが、
いってみればiPS細胞を用いた治療は、「完璧なる自己細胞移植」という事だと思います。
それ自体は発想としては素晴らしいと思います。
ただその移植の過程で何かの西洋薬(免疫抑制剤など)を使う可能性がありますし、
仮に完璧にうまく行ったとしても、そもそも体調を崩す原因が放置され続けていれば、
効果は一時的で、またいつか同じように代謝は障害されていくのではないかと容易に想像がつきます。
それでも一時的に治るのであればよいではないかと言われるかもしれませんが、
本当は誰しもが病気をすることなく、死ぬまで穏やかに過ごしたいものではないでしょうか。
このように考えていくと
「薬で難病を治したい」という発想で研究に取り組むという事自体、
かなりイバラの道ではないかという気がしています。
そんな事よりも、代謝障害を起こす糖質、喫煙、過度の飲酒、運動不足や過度の運動など、
こうした事をコントロールしていく方向性の方が、
人類の未来が開けてくるように私は思います。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
薬の未来
抗生物質だけは、救世主じゃないですか?
戦前が舞台のドラマや小説だと、
「花子とアン」の村岡花子先生の幼ない坊ちゃんの死因は、疫痢。
「風立ちぬ」の奈緒子の死因は、結核。
「細雪」の妙子の恋人の死因は、中耳炎。
今の眼からは、こんな病気で死なせたらたまらないです。タイムマシンがあったら、抗生物質を届けたいって思います。
気分は、「仁」です。
これから、新薬に期待は出来ないのかもしれませんね。ディオバンを「ホームラン」と呼んだけど、報道で八百長野球だったとわかってしまいました。
データをねつ造してまで新薬をつくるのは、患者のためであるはずないです。
Re: 薬の未来
コメント頂き有難うございます。
> 抗生物質だけは、救世主じゃないですか?
御指摘の通りです。
抗生物質が人類の健康にもたらした恩恵ははかりしれません。私も患者さんの治療によく用いています。
ただ、抗生物質の乱用が、耐性菌という対応困難な新たな病因を生み出してしまった事はご承知の通りだと思います。確かに抗生物質は有用ですが、これでさえ夢の薬となりえていないのです。
薬の限界を知り、節度を持って薬と付き合う必要性を強く感じています。
薬の限界
ためになる話題のUPありがとうございます。
今日は「薬では治せない」ことを、医師が理解していることがわかった一日でした。
昨日の昼ころから「間歇的に射し込むような胃の痛み」を訴えた16歳の息子。
食欲はあるし、顔色も悪くないし、平熱・・・
様子見でいいと思っていたのですが、自身が子供のころから病院通いしていた夫の勧めで近医を受信。
血液検査をしたところ、炎症反応の数値が通常の10倍になっているので紹介状書きますから・・・と。
紹介先で、待つこと一時間半。
丁寧に診察していただきましたが「ウィルス性の胃腸炎。よく言うお腹に来る風邪でしょう」と言われました。
さらに「原因はわからないので、痛みを和らげる薬をだしますから様子を見てください。良くならないようなら週明けにまた来て下さい」と言われました。
処方された薬には「消化管の過剰な運動をおさえ、胃痛、腹痛などの症状を改善する作用があります」とありました。
???
だったら「24時間程度の絶食」のほうが、薬を飲むより効果的なんじゃないかと思いました。
糖質制限の効用の説明を理解し、私とほぼ同時に糖質制限生活をはじめた彼に
「食べるから胃が動いて痛む。だから食べなければいい。24時間くらい食べなくても死なないから。」
そう言ったら納得してくれました。
薬の目的は「症状の緩和」で、原因の除去ではないですね!
約14時間絶食して「お腹減ったから何か食べたい」という息子に豆乳で作ったスープを食べさせましたが、
胃痛は「ちょっと具合悪い程度」で収まっているそうです。
処方された薬を飲むことはないと思います。
Re: 薬の限界
コメント頂き有難うございます.
> だったら「24時間程度の絶食」のほうが、薬を飲むより効果的なんじゃないかと思いました。
> 糖質制限の効用の説明を理解し、私とほぼ同時に糖質制限生活をはじめた彼に
> 「食べるから胃が動いて痛む。だから食べなければいい。24時間くらい食べなくても死なないから。」
> そう言ったら納得してくれました。
素晴らしいですね.
何が素晴らしいって,自分の頭でしっかり考えておられるし,その考えをきちんと受け入れてくれる息子さんも素晴らしいです.普段からよい親子関係ができているのでしょうね.
御快復をお祈り申し上げます.
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