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薬物を求める患者,出す医者
「危険ドラッグ」という名称に変わりました.
麻薬及び向精神薬取締法という法律で取り締まられる対象となる薬物は,
特定の化学構造を持った物質に限られているようなのですが,
その構造を化学に詳しい人間が微妙に変える事で,それでもその物質が覚醒剤様の作用を残せば,
法律の間をかいくぐるドラッグが完成します.それゆえ「脱法ドラッグ」と呼ばれていました.
その本質は人をやみつきにさせる中毒性がもたらす危険性にあるわけです.
「危険ドラッグ」という名称に変え,その危険性に注意を向けさせるようにしたという点は評価できます.
しかし本当に危険なのは,そうした中毒性を持っているにも関わらず,何も取り締まられていない物質ではないでしょうか.
覚醒剤や危険ドラッグほど強くないにしても,タバコやアルコール,あるいは糖質にも中毒性があるという意味では,
その本質は同じだと私は考えています.
そしてもう一つ根深いのは精神科を中心によく処方される向精神薬と呼ばれる薬です.
先日,また救急当番をしていましたら,
全身が痛いという50代の女性が臨時で私のところにやってきました.
聞けばこの患者さん一か月前に意識不明となる程の薬物中毒で別の病院へ緊急入院された歴のある方でした.
そしてその薬物中毒の原因となった薬が7種類以上にも及ぶ向精神薬であったわけです.
その中にはSSRIという抗うつ薬も入っていました.この薬は鎮痛補助薬としても使われる事がある薬です.
この患者さんは命の危機に瀕するような状況に至り,その後薬を止めようという決断をされたそうです.
しかしその後全身の痛みに襲われるようになり,私の受診の前に精神科を受診されました.
そこでは「身体表現性障害」と診断され,再び抗うつ薬を飲むように勧められていました.
「身体表現性障害」とは,何だかきっちりとした病名ですが,私に言わせればあいまい極まりない病気です.
なぜなら,その定義は「身体疾患を示唆する身体症状を示すが、それが一般身体疾患、物質の直接的な作用、または他の精神疾患によって完全には説明されないことを特徴とする精神疾患の総称」というものであり,
要するに「よくわからないけど身体の症状をきたしている状態」とでも言うような病名に思えるからです.
その場は薬を飲まずに様子を見るという事になったようですが,
それでもやっぱり痛いという事で,今度は臨時で神経内科の方を受診されたという経緯でした.
私はこの患者さんはの痛みの原因は「向精神薬の離脱症状」だと思います.
中毒性のある物質をやめた時には,またその物質が欲しくなるような症状が出てきます.これを離脱症状と呼びます.
タバコをやめた人がしばらく経ったら無性にタバコが吸いたくなること,糖質制限を始めた人が糖質が欲しくて仕方なくなるという状態がそれに相当します.
それと同じように向精神薬によって痛みを和らげられていた患者さんは,それをやめるとまた薬が欲しくなるように全身が痛くなるという離脱症状をきたすのです.
私はその状況を患者さんに一生懸命伝えました.
そして,せっかく1ヶ月薬を断薬しているのに,また薬を飲み始めたら元の木阿弥だとも言いました.
懸命な説得の結果,患者さんはもうしばらく我慢してみると言ってくれました.
私はこのケースに関わり,問題だと思う事が二つありました.
一つは患者さんの認識についてですが,
一時は死ぬほど薬物中毒を後悔していたにも関わらず,
1ヶ月後にはそんな事よりも今の痛みを何とかしてほしいという思考に完全に変わってしまっていた事です.
危険ドラッグにも一度興味本位で手を出すと,「もう絶対やらない!」と思っていても,結局やめられずにまた手を出してしまう,と聞きます.
その事と今回の件は本質は全く一緒だと感じました.
もう一つは精神科医の対応です.
離脱症状の事を注意喚起するどころか,「身体表現性障害」というわけのわからない病名をつけられて,
あろうことか再び向精神薬を飲ませようとしていた,という事です.
なぜこの精神科医がそういう行動をとるのかという事を想像してみると,
それはおそらくそれしか治療手段を持っていないからだと思います.
もっと言えば,向精神薬の危険性に対しての認識が圧倒的に不足しているのではないかと思います.
そんな精神科医はおそらくたくさんいると思います.
患者側も医師側も精神医療に対する認識を抜本的に見直さなければ,
悲劇は繰り返されてしまうのではないかと非常に危惧しています.
たがしゅう
コメント
No title
薬を止めたいと思っても、それをサポートしてくれる医師を探すのは困難を極めます。
何とか自力で頑張って断薬しても、ちょっとした病気(風邪など)で病院にかかり、処方された薬がきっかけで離脱症状の再来という事態になり苦しんでいる人もいます。
そうした時に再服薬という最悪の方法しか提示できない医療って本当の医療ではないと思います。
こういう場合、糖質制限は役に立つのでしょうか?
先生はどう思われますか?
2014-09-05 07:10 忘れな草 URL 編集
不思議です
「出来ることなら高圧剤をやめたいなぁ」とか、
「食事に気を付ければ高圧剤が要らなくなるかもしれない」
などとは夢にも思っていないようなのです。
「これで満足しているのだから、そっとしといてくれ!」みたいな感じですね。
ギリギリ正常値なんですけどね。
2014-09-05 07:25 河豚田 URL 編集
Re: No title
御質問頂き有難うございます.
糖質制限は精神面を安定させるので,離脱症状の軽減に寄与してくれるとは思いますが,
中毒の根本治療は,中毒物質の除去より他にないので,薬物中毒に対してはあくまでサポート的な位置づけになるのではないかと思います.
それでもそういうアプローチの観点がある医師と,ない医師では雲泥の差だと思います.
2014-09-05 07:25 たがしゅう URL 編集
Re: 不思議です
コメント頂き有難うございます.
> 「食事に気を付ければ高圧剤が要らなくなるかもしれない」
> などとは夢にも思っていないようなのです。
大多数の方がそのように考えてしまっていますね.
薬依存型医療の背景には,医師側の要因と患者側の両方の要因があると思います.
薬を出し続ける医者も医者ですが,それを何一つ疑うことなく飲み続ける患者も患者なのです,
2014-09-05 07:30 たがしゅう URL 編集
暗闇の中でも、希望の光を見つめたい
一日も早く、完治されますように…と祈らずにはいられません。
「身体表現性障害」…本当に、曖昧でつかみどころの無い病気ですよね。
この病名を受け入れられるようになるまで、私は多くの涙を流しました。
でも、長い長い月日の後に、その曖昧さ、治療の決め手のなさを含めて、すべてをありのままに受け入れ、穏やかな気持ちで現実を受け止められるようになれました。
「身体表現性障害」の治し方、養生の仕方。
誰に聞いても教えてもらえないし、世界中のどこにも答えが無いのなら、もう自力で探し出してやる!
精一杯生きてきたのに、こんな病気になってしまった私を、救い出すのは私だけだと覚悟を決めました。
そう自分で動いて初めて、たがしゅうさんを含め多くの方々と出会えて、いろいろな知識を得られ、力強い支えを頂けました。
デパス断薬寸前の今の私は、その方々のおかげで在ることは間違いありません。
あらゆる方法を試し続けることは、完全に断薬できるまでやめませんし、その日は必ず来ると信じています。
そして、病気から解放されたら、身体が教えてくれた、つらい思いをして得た教訓を、心にしっかり抱いて、それからの人生も大切に生きて行こうと夢見ています。
地上のすべてのお医者さんと、病気に苦しむすべての患者さんの心に、力強く輝く希望の灯火がありますように…☆祈ります(*^人^*)
みんなみんな、元気に、笑顔になれるといいですね!
2014-09-05 09:01 棗 URL 編集
脱法ドラッグよりも合法ドラッグ(向精神薬)のほうが危険!
佐世保の事件は、小学生の時から精神科に通院していました。投薬されていたかどうかは不明ですが。
2014-09-05 09:25 mt URL 編集
Re: 暗闇の中でも、希望の光を見つめたい
コメント頂き有難うございます。
> 「身体表現性障害」の治し方、養生の仕方。
> 誰に聞いても教えてもらえないし、世界中のどこにも答えが無いのなら、もう自力で探し出してやる!
> 精一杯生きてきたのに、こんな病気になってしまった私を、救い出すのは私だけだと覚悟を決めました。
病気だ病気だと思うから辛くなる側面もあるのではないでしょうか。
そんな病気は最初から存在しなかった、と考えてみるのはいかがでしょう。
2014年3月31日(月)の本ブログ記事
「そもそも病気とは何なのか」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-227.html
も御参照下さい。
2014-09-05 09:27 たがしゅう URL 編集
Re: 脱法ドラッグよりも合法ドラッグ(向精神薬)のほうが危険!
コメント頂き有難うございます。
> 脱法ドラッグよりも合法ドラッグ(向精神薬)のほうが危険!
その通りです。
天使の顔をした悪魔が一番怖いと思います。
2014-09-05 12:01 たがしゅう URL 編集
同感です
残念ながら、そう思います。
漫画と糖尿病の薬を出す医師と同じですね。
2014-09-05 21:40 長谷川 清久 URL 編集
Re: 同感です
コメント頂き有難うございます。
御指摘のように、従来型の糖尿病治療と精神科の過剰投薬問題、本質は同じだと思います。
薬物治療絶対主義とでも言える思想の横行です。根深いですが、少しずつでも正していかなくては、と思います。
2014-09-05 22:12 たがしゅう URL 編集
No title
STAP関連で自死したとされる理研の人も、安定剤か何か飲んでいたそうです。
50代の女性の患者さん、大変かと存じますが、たがしゅう先生に断薬のサポートをしていただき、救ってあげていただきたいです。
糖質制限食のすすめと、痛みには一時的にモルヒネなどどうでしょうか。
2014-09-06 13:00 mt URL 編集
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 痛みには一時的にモルヒネなどどうでしょうか。
確かに難治性の痛みにモルヒネは考慮される場合はありますが、
細かい事を言えば保険診療上の縛りがあるので、なかなか難しいかもしれません。
2014-09-06 23:44 たがしゅう URL 編集