睡眠薬に対するイメージの違い
2014/07/22 00:01:00 |
ふと思った事 |
コメント:3件
一般に糖質を摂り過ぎると食後の眠気を引き起こしますが,
糖質の摂取を繰り返していくと,糖質の中毒性によって,
今までと同じ量の糖質では眠気を引き起こせない状態へ徐々に変わっていき,
最終的には糖質の頻回過剰摂取が不眠の原因になる可能性があります.
従って糖質制限は早い時期なら過眠の治療に,慢性期であれば不眠の治療になりうると思います.
ところが,世間での不眠の治療として一般的なのは,睡眠薬です.
特にベンゾジアゼピン系の睡眠薬というのが最も多く使われています. 「ベンゾジアゼピン」というのは,睡眠作用を示す薬の化学構造の事を指し,この構造を持っている薬を総じて「ベンゾジアゼピン系(BZP系)」と呼んでいるわけです.
BZP系の薬は,抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)の受容体に働いて作用を強め、鎮静、催眠 、抗不安、陶酔、抗けいれん、筋弛緩といった効果をもたらします.
簡単に言えば,脳を強制的に抑制モードに切り替える薬です.その結果,眠たくもなるというわけです.不自然ですね.
そしてこの薬のもう一つの特徴は依存性がある,ということです.
冒頭の糖質と同様に,最初は少量のBZP系の薬で眠れていたのが,徐々に量が増えていき,
大量の睡眠薬がないと眠れない状態になってしまい,またその事がさらに脳を抑制モードへと陥れ,高齢者の転倒や意欲低下,認知機能低下などへとつながっていく可能性があります.
それではいけないと思って,仮にBZP系をやめてみたとします.
しかし今度は依存性のあるBZP系の離脱症状で,「反跳性不眠」と呼ばれる状態をきたします.
寝酒をする人にも同様の現象がみられますが,もはや中毒物質がないと眠れない身体に変わってしまうのです.
それでも依存症の治療として,中毒物質をとらない時間を長くしていけば再び自然の睡眠リズムが戻ってくる可能性はありますが,
日常診療でみていて実際問題,それができない患者さんは非常に多いです.まさに依存症の恐ろしいところだと思います.
そんなBZP系の作用を少し弱めた「非ベンゾジアゼピン系(非BZP系)」という種類の睡眠薬もありますが,
非BZP系というのはベンゾジアゼピン系に似ていないか全く別の化学構造だけど,薬理学的にベンゾジアゼピン系に類似した作用を示す薬ですので,結局は依存性があります.
それに微妙に構造を変えているためなのか,BZP系ではあまり見られない幻覚や夢遊歩行などの副作用が非BZP系ではみられる事があります.
いずれにしても厄介な薬だいうことがわかると思います.
どうしても使う場合においても,
依存症に陥る前にやめられるよう少量短期間に留めたいと思うのですが,
それを邪魔するのが,睡眠薬に対する世間のイメージです.
特に高齢者の方はこうした睡眠薬の事を「(精神)安定剤」と呼ぶことがあります.
今みてきたように,睡眠薬は「安定剤」どころか,脳の状態を強制的に切り替える「不安定剤」だと思います.
しかし患者さんは強固に良いイメージを持ち続け,薬に頼りすぎないように指導する私の声を退けて,
「そんなこと言っても薬がないと眠れないから,いつもの睡眠薬を出して下さいな」
などと依存症の状態から抜け出せない状態が続くのです.
なかなか恐ろしいことだと私は思います.
ちなみに近年,もう一つ全く別のメカニズムの睡眠薬が使用できるようになってきました.
それはメラトニン受容体作動薬という類の薬で,睡眠リズムを調節するとされるメラトニンという物質の作用を高める薬です.
BZP系や非BZP系に比べて作用は弱いものの,副作用が少ないという点で注目され,徐々に使用頻度も高くなってきている薬です.
ところで,メラトニンというのは,当ブログでもしばしばとりあげるセロトニンから合成されます.
メラトニン受容体作動薬をみていると,セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)の事が思い浮かびます.
今はまだメラトニン受容体作動薬は市場に出て間もなく,副作用の少ない有用な睡眠薬,という位置づけですが
SSRIの時も,これでうつ病が治せるようになるといって鳴り物入りで世に出てきたと思います.
ところがふたを開ければSSRIは,頭痛や吐き気の副作用をきたし,離脱症候群や過剰症なども引き起こし,なんと自殺率も高めてしまうという社会問題にも発展する事態をもたらしました.
何かの代謝経路を刺激したりブロックしたりするという事はそういうリスクを抱えるという事なのだという事を肝に銘じておかなければなりません.
メラトニン受容体作動薬にしても,今後出てくる新しい睡眠薬にしても,ゆめゆめ油断すべきではないと私は思います.
その点,糖質制限は自然に備わったメカニズムを最大限に活かす方法なので,
私の不眠治療の第一選択は糖質制限です.
自分と患者さんとのイメージのギャップを埋めるべく,
日々奮闘を続けたいと思います.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
お礼
先生のブログ等を何度も読み返し、頭にたたみ込みたいと思います。
No title
調べてみたらデパスもそうなんですね。
家族にもデパスを服用している者がいるのですが、体の極々小さな不調があるとすぐに、「安定剤飲んだほうがいいかな・・・」といって飲んでいる様子です。
小さなことにすぐ不安になるような性格なので、安心するなら飲んだほうがいいだろうと思っていましたが、やっぱり考え物ですね。
ネットで調べてみると、(どんな薬でもそうですが)副作用がいくつも載っていますし、もしかしてデパスが原因なのでは?と思うような症状も見られます。
デパス服用----デパスで不調----不安なのでデパス服用(依存性)
というような負のサイクルが起きてるのではと思ってしまいます。
よほどじゃなければ飲まないほうがいいとは伝えてるんですが、、まぁ中々わかってもらえないもので。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
御指摘のように、デパスもベンゾジアゼピン系です。
抗不安作用を期待されて使われる事が多く、ベンゾジアゼピン系の中で頻用される薬の一つです。
デパスで不安は和らぎますが、切れるとさらなる不安を呼びます。
タバコでストレスが取れますが、切れるとさらなるストレスを産む、というのと同じ構図です。
この中毒の構図を患者さんに気がついてもらう事が最も大事だと考えますが、これが実際にはなかなか容易なことではないというのが実情です。
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