治りたいのに治そうとしない患者
2014/07/12 00:01:00 |
普段の診療より |
コメント:16件
とある日の診療での一コマです.
脳梗塞後遺症で私の外来に半年に1回来られている70代男性患者がいました.
この方は近くのかかりつけ医で糖尿病の治療を受けており,SU剤内服下でHbA1c6.7~7.4%程度で推移しています.
それでそのかかりつけ医には「糖尿病の治療はうまくいっている」と説明されているようで,本人も完全にその言葉を信じ切っています.
しかし,私がチェックすると手足に神経伝導速度の低下を認め,糖尿病性神経障害を認めている状態です.
でも,本人に手足にしびれがないか聞くと,「全然ない」と断言されます.自覚症状故本人の言葉が全てであり,本当に症状がないのか,症状があるのにそれに気づいていないのかはわかりません.
この患者さんがある日,半年を待たずして「目が見えにくくなった」と言って私の外来にやってきました.
どうやら,すでに別の眼科医院で,目に異常はないと言う事は確認されているとのことで,脳に何か起こっているのではないかと勧められてこちらに来たということのようです. 目の症状を詳しく聞いてみると,かすむ感じが出たり消えたりすると訴えられました.
ただ実はこの患者さんの過去の脳梗塞は右の後頭葉という場所に起こっており,ここは視覚に関係する脳の領域です.
ここがやられる事によって空間無視という症状が出ます.視野の一部が欠損するのですが,それを本人が自覚しにくいというのが一つの特徴です.
しかも,この患者さんはその症状が初めて出現したように訴えられますが,過去カルテには同様の症状があった事が記録されています.
私はこの症状は脳梗塞後遺症によるものだと判断し,患者さんにその旨を説明しました.
すると今度は患者さんは「目のところが痛い」「ふらふらする」「においがわからなくなった」などの症状を続けて訴えられました.
痛みやふらつきは血糖値の乱高下に起因している可能性がありますし,
嗅覚低下は糖尿病性神経障害の一部である可能性もあります.
結局糖尿病の悪影響は血管・神経を通じて全身に及ぶので,
私はこの患者さんの糖尿病の治療は決してうまくいっていないと思いますし,
患者さんの訴える症状を治すには,糖尿病の状態をさらに改善させるために糖質制限を取り入れるのが最善だと考えました.
ところが,SU剤を処方しているのは別の医者です.しかも私と真逆の見解を持っている医者です.
SU剤を内服しながらの糖質制限は低血糖のリスクが高まり,あまり好ましくありません.
しかし「糖尿病の治療はうまく行っている」と思う医者と,その言葉を信じ切っている患者とでは,少なくとも現時点においてSU剤をやめさせる事はほぼ不可能です.
そこで私は主食を抜くのではなく,まずは半分に減らすという形で低血糖のリスクを減らしつつHbA1cを改善させるようにして,
その後SU剤を飲む必要性が少ないと医師に納得してもらえるよう患者さんへ半糖質制限食を指導しました.
そして例によって私は時間をかけて,紙にかいて糖質を制限する事の意義をできるだけ噛み砕いてわかりやすく説明しました.
ひとしきり説明して,いろいろな症状が治まるように食事を見直して糖尿病をもう少しよい状態に持っていきましょうと話した後,
不満気な症状を浮かべて患者さんがポツリと一言.
「じゃあ,何も処置はしてくれないってことですか?」
何ということでしょう.
この患者さんにとって私が一生懸命説明した内容は治療としてみなされていなかったのです.
治りたいという想いをしきりに訴えるにも関わらず,
治そうという努力を怠り,医師の施す内服薬や注射薬に一方的に依存しきっているわけです.
まるで子供のようでもあり,
依存が強固になった中毒患者のようでもあり,
この患者さんの治療を軌道修正する事は極めて困難な事であるように感じました.
申し訳ないですが,私はこういう患者さんをそれ以上説得してどうこうしようという気持ちにはなりません.
やはり本当に治りたいと願い,その為に努力を惜しまない人へ
私は手を差し伸べてあげたいです.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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食事軽視?
糖尿になる理由も様々だとは思いますが、そういう態度をとる患者はそういう態度だったからこそ、病気になり現在に至るのでしょうね。
一方で思いますのは(今までの)食事療法が、「効果の少ない上に辛い」という印象があるという所にも、一因があると思います。
現在の一般的な糖尿病食などはボリュームに欠け薄味で、美味しくもないのに効果も出にくいという、ただただ辛いものでしょう。
たとえ糖質制限はそれとは違うのだといっても、今までの食事療法が頭にある人にとってはもうそれだけで嫌気が指してしまうというのはあると思います。
そういう固定概念を壊すのも糖質制限の普及に求められるのでしょうが、中々人の考えを変えるのは難しそうですね。
Re: 食事軽視?
コメント頂き有難うございます.
糖質制限を指導しても患者さんにうまく伝わらない原因はいくつかありますが,
今回のように患者自身が選択肢を放棄しているというのが,医師としてはもどかしく思います.
しかしへこたれずに,伝わる人へ着実に伝えていきたいと思います.
この患者さんの気持ちわかるような気がします
私は娘のために糖質制限を実行しました。だからこの患者さんのお気持ちよくわかるような気がします。
娘は本当に元気になりたいと心から願っておりました。しかし病気というだけで自発的に何かをしようという気になれないんです。薬を飲めば一瞬でも楽になる。このことが患者側の処置という感覚ではないでしょうか。医者はこの苦しみを一瞬でも取ってくれる魔法使いのような存在。そして神のような存在。でもだから、大丈夫という一言で天にも昇るし、薬なしでご飯を減らせという一言で地獄にも落ちる。・・・
何も出来ず自分ではモヤモヤするばかりで始められない娘をサポートし、おだて、モチベーションを上げ、母親の私が本人よりも強く治してやりたいと思ったから実現できたと思っております。そしてだんだんよくなる自分に気がつきやる気が起き、たまに食べたお菓子で吐き気を感じ、さらに確信。こうして娘は今自ら計算し、糖質制限しております。やはり周囲のサポートなしでは。また、食事を自分で作っているならまだしも、他の家族が作っている場合はなかなか難しいのではと思います。
私も友人知人にこの人は!と思う方に 砕いて説明し薦めたりしますが実行された方はおりません。興味はもたれますが・・一度 実感・体験されると早いんですが・・先生も患者さんも・・お気の毒に思います。
でも全国に先生のブログで立ち上がった方もたくさんおられます。これからもよろしくお願いします。
No title
断食することにより、免疫系が回復するという研究結果が発表されたようです。
http://wired.jp/2014/06/16/fasting-woking/
Re: 治りたいのに治そうとしない患者
> 私は手を差し伸べてあげたいです.
まことに.
『医師が患者を治療するのは職務だが,
患者が自分の病を治そうと努力するのは義務である』
という言葉もありますからね.
気付かなかったのか?
実際、自分も治っていない。
まず、そのことに気付かなければ、
どうしようもありませんよね。
私の同僚で、血圧が140ちょっとで、
30歳台の頃から降圧剤を処方されている人がいます。
私が人間ドッグ協会発表の新基準の資料とかを送って「インターネットとかで色々調べてはどうですか?良い情報が得られますよ」と言うと、
「あ~、結局インターネットですか!私は混乱するのでインターネットは見ません。」と言っていました。
非常に真面目な方です。
なんでも、別の病院に行った時も「降圧剤は要らないんじゃないか?」と言われ、真面目にも最初に降圧剤を処方した医者に再度質問し「降圧剤は続けて下さい」と言われたから今も続けてるみたいです。
健康に対する意識は高い方です。
ソドムとゴモラ
先生が説明をした患者さんが全て自分の頭を使って自分で治る方向にもっていくようにできるとは限りませんがせめてその中の数人でも自分で治る方向に持って行く努力をすることの切っ掛けになれば先生の努力は実ることになりますよね。
Re: この患者さんの気持ちわかるような気がします
コメント頂き有難うございます.
> 病気というだけで自発的に何かをしようという気になれないんです。薬を飲めば一瞬でも楽になる。このことが患者側の処置という感覚ではないでしょうか。
なるほど.それは一つの患者さんの考え方ですね.
ただ薬は基本的に一時的な使用に留めるべきというのが私の考え方です.
なぜならば薬を漫然と投与する事が多くの場合病気をこじらせる結果につながるという事をよく知っているからです.
従って,全て薬が自分の症状を取り去ってくれるという考えを持つ患者さんに対しては,決してそうではないのだという事を,
そして食を見直さずして薬を漫然と投与する事は問題の先延ばしにしかならないという事を,伝えなければならないと思っています.
Re: No title
貴重な情報を頂き有難うございます.
やはり断食,大変奥深いですね.
Re: Re: 治りたいのに治そうとしない患者
コメント頂き有難うございます.
> 『医師が患者を治療するのは職務だが,
> 患者が自分の病を治そうと努力するのは義務である』
そう思います.
患者が中心になって治療を行い,医師はそのサポートを行う,
それこそが新しい医療の形だと私は思います.
Re: 気付かなかったのか?
コメント頂き有難うございます.
自分の頭で考えずに他人の事を盲信するというのはリスクを伴う行為です.
従った医師が正しければよいですが,正しいとは限りません.
その事に気が付かなければ,自分の健康は到底守れないと思います.
Re: ソドムとゴモラ
コメント頂き有難うございます.
> 先生が説明をした患者さんが全て自分の頭を使って自分で治る方向にもっていくようにできるとは限りませんがせめてその中の数人でも自分で治る方向に持って行く努力をすることの切っ掛けになれば先生の努力は実ることになりますよね。
そうですね.
少しずつではありますが,糖質制限に理解を示す患者さんも増え始めています.
そうやって病気が改善する人が増えていく事は,私の生きがいそのものです.
それは私自身が改善した事の喜びを知っているという事が大きいと思います.
父親も似ています
が、先生からは「もう少し続けましょう」と言われ、内服を継続することに。時間をかけて説明しますが、医者の言う通りにしていれば・・・という考えが強いです。先生が近くで診療されていたらと思います。
少しずつ、親の意識を変える為、このブログも活用させて頂いています。
高齢であまり長い目では見れないのですが、少しずつ意識を変えていこうと思います。
残念ながら、本人が意識を変えなければ、薬に依存することは変わらないかと思います。更に、意識を変え始めた時に、記事の方のかかりつけ医のような方に反対の話をされると。。。
因みに、人間ドック学会・高血圧学会・等、まず意見統一をしないと患者は惑わされるばかりだと思います。患者には、学会や専門科の派閥など関係ないのだから。厚生省には、まず、そこを指導していただきたいです。
Re: 父親も似ています
コメント頂き有難うございます。
お父様の件、御心配ですね。
御指摘の通り、本人が納得しない限りはいくら理詰めで説明しても説得困難と思います。
> 人間ドック学会・高血圧学会・等、まず意見統一をしないと患者は惑わされるばかりだと思います。患者には、学会や専門科の派閥など関係ないのだから。
おっしゃる通りですが、ここにも医療の世界の闇があります。
医療が専門分化しすぎたために、細かい専門分野毎に学会が立ち上がり、なおかつ互いに専門性が強すぎるが故に、お互い不可侵領域のようになってしまっているのです。
つまり、良く言えば「相手を尊重している」、悪く言えば「俺のやり方に口を出すな」、という事です。
主流学会、医師も洗脳され操られているのです。
Re: タイトルなし
> 主流学会、医師も洗脳され操られているのです。
人はお金で動きますからね.お金を持っている所が良くも悪くも力を持つというのは世の常だと思います.
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