生理学的に考える意味

2014/07/11 00:01:00 | よくないと思うこと | コメント:2件

糖質制限が理論的に正しい方法だという事を,

私は完全に認めている医師なので,

もしもそれが真ならば,いかなる糖質制限批判に対しても反論できるはずです.

数ある糖質制限批判本が出る事も最初は苦々しく思っていましたが,

それに対して反論する事で,糖質制限に対する自分の理解度を高めるトレーニングになっていると思えば,

そうした本がある事もあながち悪い事ではないかもしれません.

今回も少しずつ以下の本の主張について見ていくことにしましょう.

世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」
(講談社+α新書 134-7B) [新書]
幕内 秀夫


この本にはたくさんの論点で糖質制限批判が書かれていますので,

すべてブログで反論するには骨が折れますが,少しずつ見ていくことに致します. 本日紹介するのは,以下の主張についてです.

(『世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」』p111-113より引用)

糖質制限食を主張する人のなかには,

「人間はそもそも糖質を身体に取り入れるようにできていない」と言う人がいます.

その根拠として彼らは,人間の体内に蓄積されているエネルギー源を引き合いに出します.それは,こういう理屈です.

私たちは,さまざまな活動をするためのエネルギー源を,脂肪,アミノ酸,グリコーゲンという形で体内に蓄積しています.

このうち,グリコーゲンは,多くのブドウ糖分子が結合してできているために,「動物性のでんぷん多糖類」とも呼ばれています.

いざエネルギーが必要となったとき,グリコーゲンはすぐさまブドウ糖に分解できるため,即座にエネルギーを供給できるという特徴がある半面,

脂肪ほど多くのエネルギーを貯蔵することはできません.

糖質制限食をすすめる人は,この「脂肪のほうがグリコーゲンよりも大量にエネルギーを貯蔵している」という点をとらえて,
「人体にとっては脂質の方が糖質よりも重要だ」と言うのです.

つまり,「糖質によるエネルギー貯蔵はわずかなものだから,それは予備のためにあるにすぎない.糖質をとらなくて人間の活動には問題ない」という理屈です.

一見,説得力のある理屈に感じられますが,

それはあくまでも人体のなかでの話です.

体内の話と食事の話をごっちゃにしている点に,大きな”ごまかし”があります

体内に脂質が豊富に含まれているからといって,脂質を食べればいいというわけではありません.

なぜなら,食事の脂質がそのまま体内の脂質になるわけではないからです.

もちろん,食事の糖質がそのまま体内で糖質として貯蔵されるわけでもありません.

穀類やイモ類に含まれる糖質も,たくさん食べることによって結果的に脂肪として体内に貯えられるのです.

それを,糖質制限食を主張する人たちは,体内でのエネルギー貯蔵の割合にこじつけて強弁しているにすぎないのです.

体内のしくみを根拠にするならば,いくらでも反対の例を挙げる事ができます.

たとえば,デンプンを分解する酵素であるアミラーゼは唾液や膵液に含まれており,

それにより分解された二糖類(二つの単糖類が結合した糖質)は,腸液に含まれるサッカラーゼやラクターゼによって単糖(糖質の最小単位)に分解されるという仕組みになっています.

しかし,脂肪を分解する酵素は,胃液や膵液に含まれるリパーゼ一種類しかありません

この事実をもとにして,人体は糖質を摂取することに適していると主張することも可能です.

また,歯の形を人間が糖質の摂取に適している証拠に挙げる人もいます.

肉を食べるのに都合のいい犬歯は上下左右に計四本しかありませんが,

穀類をすりつぶして食べるのに適した臼歯は,第三大臼歯(親知らず)を含めると上下左右それぞれ五本,合計すると20本もあります.

これをもって,「人間の身体は穀類を食べるようにできている」とするのです.

もっとも,この説もあてにはなりません.

臼歯,犬歯など歯の種類と数,並び順を現す表記法を「歯式」といいますが,

いろいろな動物の「歯式」と「食性」を比較すると必ずしも一致しません.

「おおよそそのような傾向がある」という程度にとらえるのが,冷静な判断のようです.確かところはわからないのです.

体のしくみから,自分たちの説に都合のいい部分だけを取り出して,糖質をとるのがいいとか悪いとか主張するのは「無意味である」と言うしかありません

(引用,ここまで)



ここでの著者の主張は最後の一文にまとめられます.

体のしくみから糖質をとるのがいいとか悪いとか主張するのは無意味だ」という内容ですね.

自身のごはん食の正当性の主張はさておき,とにかく糖質制限の理論的根拠をつぶそうとしている意図が見える文章です.

なぜならこの主張だと,自分のごはん食を説明する理由にさえなっていないわけですから.


しかし,人体の仕組みから考えるという試みは相当意味のある行為です.

なぜならば,ヒトは進化の過程で様々な困難に直面しながら,生き延びるためにその時点で最適なシステムを遺伝子を通じて発展させてきた歴史があるからです.

そのシステムが常に完璧とまでは言えませんが,

より望ましい栄養摂取の在り方を推定するために,生化学や生理学の観点から人体のシステムを読み解く事は,非常に理にかなった行為と言えるでしょう.

ところで,この話を否定したいがために,実は著者自身墓穴を掘っています.

それは,「穀類やイモ類に含まれる糖質も,たくさん食べることによって結果的に脂肪として体内に貯えられる」という文章です.

というのは,この本の中で著者は「糖尿病や肥満の真の原因は,精製糖質である事ははっきりしている」と断言しています.

精製糖質,複合糖質というのは著者独自の用語で,白砂糖や異性化糖などの100%糖質のものを精製糖質,炭水化物のように糖質に何かが混ざっているものを複合糖質と名付けているのですが,

これでは自身の定義する「複合糖質」でも肥満を助長するという事を認めていることになりませんか?

おそらく糖質制限理論を否定したいという意図が先行しているから,こんなことになってしまうのではないかと思います.


また,「脂肪を分解する酵素は,胃液や膵液に含まれるリパーゼ一種類しかありません」についてですが,

これは明らかに著者の勉強不足です.

脂質を消化する酵素には,胃リパーゼ,膵リパーゼ以外にホスホリパーゼA2,コレステロールエステラーゼが存在し,

また脂質を吸収しやすくするためのミセル形成に必要な胆汁酸の存在もあります.

さらに膵液の分泌メカニズムを考えると,

膵液を分泌させる刺激となるのは,
①アミノ酸,脂肪酸を主とした化学的刺激
②食物の酸性度
③胃壁への物理的刺激

の3つであり,①に関していえば糖質の直接的な関与はありません.

このように脂質吸収は決してリパーゼ1種類だけという脆弱なシステムではなく,むしろ何重にも張り巡らされた綿密なシステムで成り立っているのです.

この事を以て,人体は糖質を摂取することに適していると主張するというのなら,それこそ強弁だと思います.

それに本当に脂質が少なくてよいのなら,脳の乾燥重量の65%が脂質という事には到底ならないでしょう.

生理学的な観点で考える事は,決して「無意味な事」ではなく,理論に合理性を与える非常に有効なアプローチの一つだと思います.


一方,後半の歯の話は,考古学です.

歯の形も様々な環境で変わってきたのでしょうが,

その意義を考える際にはどうしても推測の域を出ない部分は残ります.

例えば,臼歯が穀物用,犬歯が肉用というのもあくまで人間の解釈であり,

実際には臼歯で肉をかみ切ることも可能でしょうし,犬歯が野菜の切断に役立つことだってあるでしょう.

ここに関しては著者自身が認めるように,「おおよそそのような傾向がある」という理解に留めておくのが妥当だと思います.


今回の著者の主張は,生理学的な視点と考古学的な視点を,

同じ身体のしくみから考えるアプローチとしてまとめたところに大きな”ごまかし”があると
私は思います.

一方,糖質制限理論の方は何もごまかしていません.

脂質が体内に占める割合を見ても,脂質が吸収される仕組みを見ても,

ヒトの主要な栄養素は糖質ではなく,脂質にあるという事を物語っているように思います.


たがしゅう
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コメント

No title

2014/07/12(土) 22:04:35 | URL | SLEEP #mQop/nM.
たがしゅうさん

糖質がエネルギーか脂肪にしかならないのに対し、脂肪酸、アミノ酸が体の材料として色んな部位に使われる必須のものであるという点を無視した時点で勝負になってないと思います。
また加熱調理が必要な穀類は本来食べるべきものではないでしょう。歯については島泰三氏の著作が一番でしょう。手羽先の骨はなるべく食べることにしてます。

Re: No title

2014/07/13(日) 07:28:30 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます.

> 糖質がエネルギーか脂肪にしかならないのに対し、脂肪酸、アミノ酸が体の材料として色んな部位に使われる必須のものであるという点を無視した時点で勝負になってないと思います。

 そうですね.生理学的に考える事は大いに意味がある事だと思います.

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