メトホルミン熟考

2014/07/01 00:01:00 | お勉強 | コメント:1件

糖質制限を理解しようとする時に,

生理的なケトーシスとケトアシドーシスをきちんと区別することは必須です.

基礎インスリン作用があれば生理的なケトーシスによって,

アシドーシスは起こっても一過性で,インスリンの多面的な代謝作用で速やかに緩衝されます.

おそらく乳酸アシドーシスも本来はストレスホルモンなどによって起こる一過性の現象だと思います.

ところで,乳酸アシドーシスといえば,メトホルミンという糖尿病薬の副作用としてよく知られています.

メトホルミンはインスリン抵抗性を改善させる薬で,単独で低血糖は起こさないため糖質制限とも併用可能な薬です.

しかも糖尿病治療だけでなく,「抗動脈硬化作用」「抗腫瘍効果」など,多面的な効果があると言われています.

一方で多面的な効果,また一方で乳酸アシドーシス,はたしてメトホルミンってどうなのか.

今日はこのメトホルミンについて学びます.

Annual Review 糖尿病・代謝・内分泌〈2015〉 (日本語) 単行本 – 2015/1/1
寺内 康夫 (編集), 石橋 俊 (編集), 伊藤 裕 (編集)


メトホルミンが属するビグアナイド薬というのは,

もともとフレンチライラックという植物から抽出された物質です.

1961年より薬として世の中で用いられるようになりましたが,実は約40年もの間なぜ効くのかはっきりとわからない謎の薬でした.

そして薬が徐々に使われていく中で,「乳酸アシドーシス」という有害事象が起こって致死的になっていく症例が相次ぎ,

メトホルミンの使用は一時非常に下火になるという時期がありました.

そんな中2001年Zhouらによって,メトホルミンの作用機序がAMP活性化キナーゼ(AMPK)の活性化にあるという事が示されたのです.

AMPKというのは,生体で利用するエネルギーであるATPの細胞内での消費を節約させ,

さらにATPを増加させる方向に様々な代謝を調節する働きを持つ酵素です.

具体的には,解糖系や脂肪酸酸化を促進して,ATP産生を増加させたり,

逆に糖新生,グリコーゲン合成,脂質合成,蛋白合成などATPの消費を伴う反応を抑制したりしています.

「エネルギー産生系へムチを打つ薬」とでもいいましょうか.言わば,”強制的に運動させているような感じ”ですかね.

またメトホルミンによって肝臓のAMPKが活性化すると,

糖新生の抑制や脂肪酸合成に関与する酵素である,ステロール調節エレメント結合タンパク質1c(sterol regulatory element binding protein-1c:SREBP1c)や脂肪酸合成酵素(fatty acid syntase:FAS)の発現を抑制します.

その結果,肝臓の中での脂肪酸が減り,中性脂肪とVLDL産生が低下し,

脂肪肝の改善によって肝臓のインスリン抵抗性を改善させる,というわけです.

さてメトホルミンに関しては,良い研究結果が集積されてきています.

①抗動脈硬化作用

UKPDS(UK Prospective Diabetes Study:英国前向き糖尿病試験)という

有名な糖尿病の大規模臨床試験(無作為化多施設共同並行群間比較試験)において,

1998年のサブ解析でメトホルミンに心血管保護効果があるという事が報告されました.

その後メトホルミンを投与することによって,

炎症性サイトカインのIL-6やTNF-α, 動脈硬化に関与するとされるICAM-1といった物質が有意に低下するという事が確認されました.

一方で,動脈硬化を起こす要因として血管内皮機能障害というのも注目されています.

高血糖や遊離脂肪酸により生じた酸化ストレスは,一酸化窒素(NO)を低下させる事によって血管内皮機能障害に関与するのですが,

実は基礎的検討ではメトホルミンによってAMPKを活性化させると,

血管内皮細胞におけるendothelial nitric oxide syntase(eNOS)が活性化し,NOの産生を高め,

抗酸化因子であるチオレドキシン(thioredoxin)の発現も促すという事がわかっています.

②抗腫瘍効果

糖尿病があると,発がんリスクが上がるという事ももはや常識となっていますが,

一方でメトホルミンに発がんリスクを下げるという研究結果がいろいろと報告されています.

なぜメトホルミンががんを抑えるのかという事についても様々な事がわかってきているようです.

まずメトホルミンによってAMPKが活性化することによって,

腫瘍抑制因子であるTSC2(tuberous sclerosis complex 2)をリン酸化し安定させることによって,

細胞増殖に関わるシグナル伝達系の主要因子であるmTOR(mammalian target of rapamycin)を抑制します.

一方,がん細胞はグルコースを中心とした栄養を自分の中に過剰に送り込むために血管を新生させる働きがあるのですが,

mTORを抑制することで,血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)が抑制されるというのもメカニズムの一つです.

さらに人間の身体には細胞に何らかの不具合が生じた時に,

修復不能な細胞を自殺させるという仕組みがプログラミングされており,これをアポトーシスと呼びます.

がん細胞はこのアポトーシスの仕組みが故障しており,そのために無制限に増殖し続けるわけですが,

メトホルミンはAMPKの活性化は,このアポトーシスを誘導するということもわかっています.


それ以外にもメトホルミンは骨芽細胞を刺激し,骨密度を増加させたり,

新規糖尿病薬のインクレチン薬における鍵となる物質であるGLP-1を食後に増加させたり,

終末糖化産物(AGE)の産生を抑制するなどの働きがあることが確認されています.


そんな良い事づくめのメトホルミンですが,

今度は,なぜ乳酸アシドーシスを起こしてしまうのか,について考えてみましょう.

前回の記事で,「乳酸は身体を筋疲労状態から復帰させるために出ている物質だ」という見解を示しましたが,

いわばメトホルミンは疑似運動させ続けているような薬なので,

乳酸を蓄積させる疑似運動と,乳酸を処理するシステム(例:コリ回路)のバランスが前者に傾いてしまうと,

乳酸が過剰に蓄積してしまい,乳酸アシドーシスになってしまうのではないかと思います.

ところで,乳酸アシドーシスを起こしやすい条件として,

日本糖尿病学会からは次のような勧告が出されています.

乳酸アシドーシスの症例に多く認められた特徴
1) 腎機能障害患者(透析患者を含む)
2) 脱水、シックデイ、過度のアルコール摂取など、患者への注意・指導が必要な状態
3) 心血管・肺機能障害、手術前後、肝機能障害などの患者
4) 高齢者
※高齢者だけでなく、比較的若年者でも少量投与でも、上記の特徴を有する患者で、乳酸アシドーシスの発現が報告されていることに注意。


ここにもう一歩踏み込んで,なぜ上記のような人が乳酸アシドーシスを起こしやすいのかについて考えてみます.

まず,血流が少ない状態(虚血)や,低酸素状態においては,

「ピルビン酸」を「アセチルCoA」に変換するピルビン酸デヒドロゲナーゼが抑制されます.

その結果,解糖系(嫌気性代謝)が亢進し,乳酸が産生されやすくなります.

従って,脱水や血管障害で乳酸アシドーシスが起こりやすいのはこの理由によると思います.高齢者に多いというのも一部この要因によるかもしれません.

ちなみに乳酸アシドーシスは虚血障害の増悪因子として作用するので,

「虚血によって乳酸↑」⇒「乳酸アシドーシス」⇒「さらに虚血を増悪」⇒⇒・・・

という悪循環を形成するため,それゆえ乳酸アシドーシスの持続は怖いわけです.

さて,一方でメトホルミンは腎排泄型の薬剤ですので,

腎機能が悪い人にとっては,いつまでも薬が尿として排泄されないために,メトホルミンの作用が強く出すぎてしまいます.

それゆえ疑似運動が強まった形になるので,乳酸が処理しきれず,乳酸アシドーシスになりやすいという流れもあるでしょう.

最後に乳酸を処理するシステムの主体は肝臓にあるので,

肝機能が低下している人は,少々の乳酸蓄積でも処理しきれずに乳酸アシドーシスにつながってしまいます.

肝機能低下,過度のアルコール摂取,高齢者などがこれに当たることでしょう.


最後にまとめますが,

メトホルミンによる乳酸アシドーシスは

10万人あたり1年に1~7例程度の頻度という調査結果もあったりして,

以前に比べて軽く見積もられるようにはなってはきています.

一方で,メトホルミンに多面的な効果があることもわかり,

古き良き薬としてその評価が見直されてきた昨今ですが,

そんなメトホルミンといえど,やはり代謝を強制的にいじっている薬には変わりません.

ただメトホルミンの効果を手に入れたいだけなら,習慣的に運動をすればいいだけのような気もしますが,

一方で運動できない人はメトホルミンを使用するというのもあるいはアリかもしれません.

しかし「虚血・低酸素」「肝機能障害」「腎機能障害」では,メトホルミンの作用が出すぎてしまう恐れがあります.

そのような状況を理解した上で,はたして本当に使うべきか否かを,

一例一例慎重に判断していくようにしたいですね.


たがしゅう
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2014/07/01(火) 15:02:34 | | #
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