スタチンで横紋筋融解症が起こる理由

2014/06/30 00:01:00 | 素朴な疑問 | コメント:1件

引き続きスタチンについて考えます

スタチンの副作用として有名なものに「横紋筋融解症」というものがあります.

これは通常,外傷や脱水,薬剤などの何らかの要因によって,

筋肉の中の横紋筋細胞が融解し,細胞内の成分が血中に流出するという病気で,

症状としては筋肉痛が出る事が一般的ですが,

ひどい場合は血液へ漏れた成分が多すぎて腎血流を悪くしてしまい,

乏尿、浮腫、呼吸困難、高K血症、アシドーシスなどの危機的な状況になる事があります.

この「横紋筋融解症」,なぜスタチンによって起こるのかというメカニズムについて,

はっきりした事はまだわかっていません.

今日はこの事について考えてみたいと思います. 今までに言われている「スタチンが横紋筋融解症を起こす理由」として考えられている仮説としては,

①スタチンによって筋細胞の細胞膜のコレステロールが低下し、細胞膜が不安定化する。
②スタチンは、メバロン酸からコレステロールの合成を妨げると同時にユビキノン(コエンザイムQ10)の合成も妨げる。
③スタチンのアレルギー・薬物毒性


があるようです.

①に関しては,細胞膜が不安定化するのは何も筋肉だけに限った話ではないので,私的にはしっくりきません.

②のコエンザイムQ10はサプリメントとしても有名ですが,「ミトコンドリアでのエネルギー産生を助ける」「酸化ストレスを減らす」働きを持つ脂溶性ビタミン様物質です.

逆に言えばスタチンはそれらの作用を邪魔するという事なので,やっぱりろくなことはないのですが,

これもまた,「なぜ筋肉に」の部分がうまく説明しきれないように思います.

③に至っては,説明のようで説明になっていません.



そこで私,考えてみました.

昨日の考察では,スタチンを使ってHMG-CoA還元酵素を阻害する事によって,

まず上流のアセチル-CoAが増えるという事が考えられました.

その状況が高じれば,解糖系においてさらに一歩手前の「ピルビン酸」も増加してくる事が予想されます.

このピルビン酸は筋肉で乳酸デヒドロゲナーゼという酵素によって「乳酸」に変換されます.

ところがこの「乳酸」,酸性の物質なので,

増えすぎるとアシドーシスという状態をきたします.これを「乳酸アシドーシス」といいます.

乳酸アシドーシスの主症状は,

悪心、嘔吐、腹痛、下痢などの胃腸症状と

筋肉痛、筋肉の痙攣,倦怠感,脱力感,腰痛,胸痛などの筋肉系の症状に分かれます.

それは乳酸の産生の場の主体が筋肉にあるという事が関係していると思います.



ところで,みなさんは「乳酸は疲労物質」という話を聞いたことがあるのではないでしょうか.

これは 1929年に Hill らの研究で,カエルの筋肉を疲労させたところ,

乳酸の蓄積によるアシドーシスが起こり,それによって収縮タンパクの機能が阻害された,と考えられたところに端を発しますが,

実はこの説は,2000年代に入って覆されてきており、むしろ乳酸は疲労回復物質だという見方が有力になってきています.

例えば,2001年に Nielsen らは,細胞外に蓄積したカリウムイオン が筋肉疲労の鍵物質であることが報告し,

カリウム の添加により弱められた筋標本に乳酸などの酸を添加すると,逆に筋肉が回復することを確認しました.

また,2004年の Pedersen らの報告でも、pH が小さいときに塩化物イオンの細胞透過性が落ちることが示され、アシドーシスに筋肉疲労を防ぐ作用があることが示唆されました.

一方で,乳酸は糖新生の材料でもあります.

筋肉で生じた乳酸は,その負担を減らすためなのか,血流に乗って肝臓へ送られ,

そこでは乳酸デヒドロゲナーゼによって,逆にピルビン酸に戻される反応が起こります.

「ピルビン酸」からは解糖系とは逆の反応でグルコースまで変化し,糖新生を完了するわけです.この一連の流れを「コリ回路」といいます.

従って乳酸は,疲労を回復させたり,糖新生の材料だったりと,非常に大事な物質なわけです.

それが証拠に,ピルビン酸を乳酸に変える「乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)」という酵素は,

肝臓、心筋、骨格筋、脾臓、腎臓など身体のあらゆるところに存在しています.

それだけ乳酸が人体にとって重要だということを物語っているように私には思えます.



さて,そんなふうに,乳酸は筋肉に対して良い事をしているというのに,

ではなぜ横紋筋融解症を起こすのか,という話になってくると思います.

ここで,ケリー・マクゴニガル氏の「ストレス反応は身体の活性化」という話を思い出します.

ストレスによって,ストレスホルモンが出ます.これによって起こる交感神経の活性化,すなわち「闘争・逃走反応」が身体が活性化している状態なのだ,というのがケリー氏の弁でした.

一方でそのストレス反応がずっと持続的に起こり続ける事は身体にとってよくない事です.

本来なら,身体が活性化する事で,速やかに問題に対処し,また元の状態に戻るというのが理想なのだと思います.

乳酸の増加もそれと同様です.

何らかの原因にとって筋肉が疲労状態に陥った場合に,

ヒトの身体は速やかに乳酸を増加させ,アシドーシスを発生させて事態の収束に全力を注いているのだと思います.

例えば,ステロイドホルモンの一種,グルココルチコイドによってHMG-CoA還元酵素の働きは弱まります.

その事でスタチンのようにアセチルCoAが増え,引いては乳酸増加につながっていく可能性があると思います.人体はストレス反応によって乳酸を増やそうとしているのです.

また私は酸性であること自体は悪いことではないと考えてます.

酸性である事によって,外敵から身を守ったり,蛋白の異常凝集を防いだりしてくれていたりするからです.

ところが問題は,その酸性の状態が一過性ではすまない状態になってしまう事だと思います.その原因の一つがスタチンです.

スタチンによって持続的にHMG-CoAの活性を減弱され続け,

事態が収束した後もさらに無制限に筋肉乳酸がたまり続けてしまったら,

ひいては身体によいことをしていたはずの酸性の状態(アシドーシス)も,今度は有害となってしまい,最終的に筋肉の障害を引き起こしてしまうのではないでしょうか.

ストレスが常にかかる状態というのも,スタチンを使っている状態と近いものがあるかもしれません.

かなりいろいろな知識が有機的につながりを見せてきたように思います.

ますます面白くなってきました.


たがしゅう
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2014/06/30(月) 09:55:50 | | #
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