スタチンが糖尿病リスクを高める理由

2014/06/29 00:01:00 | 糖尿病 | コメント:2件

コレステロールを下げる薬として,

最も世の中に普及している薬として「スタチン」と呼ばれる薬があります.

実は世界で最も売れている薬がこの「スタチン」であり,多くの人がこの薬を飲んでいることでしょう.

近頃,このスタチンが糖尿病のリスクを上げるという研究結果が,有名医学雑誌に続々と発表されてきています.

『高用量スタチンは中等量スタチンに比べて糖尿病発症リスクを増大。』
Preiss D, et al. Risk of incident diabetes with intensive-dose compared with moderate-dose statin therapy: a meta-analysis. JAMA. 2011; 305: 2556-64.


『高強度スタチンは糖尿病リスク上昇に関連』
Dormuth CR, et al. Higher potency statins and the risk of new diabetes: multicentre, observational study of administrative databases. BMJ. 2014 May 29;348:g3244. doi: 10.1136/bmj.g3244.


しかしながら,その理由については,私が調べる限りでは,あまり言及されていません.

そこで,今回は「なぜスタチンが糖尿病リスクを高めるか」について

自分で考えてみることにしました. コレステロールを合成する経路は次のような流れとなっています.

コレステロール合成経路

(シンプル生化学 改訂第3版 p165より引用)


図は複雑ですが,簡単に言うと

アセチル-CoAという基質を起点として,

「アセチル-CoA」⇒「HMG-CoA」⇒「メバロン酸」⇒⇒⇒「コレステロール」

という流れで,コレステロールが合成されます.

このうち,「HMG-CoA」から「メバロン酸」へ反応する際に,

「HMG-CoA還元酵素」という酵素が必要になるわけですが,

スタチンというのはこの「HMG-CoA還元酵素」の働きを阻害する薬であるわけです.

その結果,下流にあるコレステロールの合成を抑えるというわけです.

一方で,この酵素を抑えることによって,

上流にあるアセチル-CoAは逆に増えてくると思いますが,

このアセチル-CoA,実は糖質代謝と脂質代謝の両方に関わってくる重要な物質です.

糖質および脂質代謝の相関関係

(シンプル生化学 改訂第3版 p172より引用)


アセチル-CoAがたくさんあると,

これをクエン酸回路というシステムに回してエネルギーへ変えるようにするために,

アセチル-CoAがピルビン酸カルボキシラーゼという酵素を活性化します.

その結果,アセチルCoAがどんどんクエン酸回路に回っていくように流れ,

なおかつグルコースから始まる「解糖系」由来のアセチルCoAの生成は抑えられます.

そうするとグルコースが使われずに余ってしまうのか,という気がしますが,

この時,グルコースはアセチルCoAの一歩手前の物質である「ピルビン酸」までは変化していきます.

ただし,そこから「アセチル-CoA」に行かずに,ピルビン酸カルボキシラーゼによって「オキサロ酢酸」という物質へ変化します.

そして,この「オキサロ酢酸」はクエン酸回路を回すのに必要なので,さらにアセチル-CoAが消費されていく流れを促す,というわけです.


ここまで理解したところで,

改めて「なぜスタチンが糖尿病リスクを高めるか」について考えます.

スタチンによってアセチルCoAが増えたとしても,

普通のスタチンくらいの作用であれば,ピルビン酸カルボキシラーゼの働きによって

クエン酸回路を活発に回転させる事で代償し,何とか糖質代謝の流れは止められずにすみます.

しかし強い作用のスタチンを使った場合は,

さすがに増えすぎたアセチルCoAを起点に,それより上流の糖質代謝の流れがだぶついて,

グルコースが使い切れなくなるという可能性はあるかもしれません.

その結果,血糖値が上昇し糖尿病リスクが上昇する,これが仮説の一つ目です.


もう一つの可能性についてですが,

以下の本にインスリン,グルカゴンといったホルモンがHMG-CoA還元酵素に影響を与えるという記載がありました.



インスリンと甲状腺ホルモンはHMG-CoA還元酵素活性を増加し,コレステロール合成を刺激
グルカゴンとグルココルチコイドはHMG-CoA還元酵素活性を阻害して,コレステロール合成を抑制


上記を正しいとするならば,

スタチンを使ってHMG-CoA還元酵素を人工的に阻害した場合,

真っ先に上がってくるのは,インスリン,甲状腺ホルモンの方でしょう.

しかし,別に高血糖になったわけでもないのに,インスリンが増加してしまうと低血糖になってしまうので,

続いてバックアップシステムが作動し,グルカゴンを主体とした糖新生も同時に駆動されることになります.

インスリンとグルカゴンが同時に働く事で,人体としては低血糖を回避する事ができますが,

スタチンを使う事で,インスリンとグルカゴンは無駄打ちさせられた事になるわけです.

このような事が続けば,インスリン,グルカゴンを産生している膵臓が早めに疲弊して,

糖尿病のリスクを高めるということもあるかもしれません.

あたかも血糖降下薬を長期服用し,膵臓を疲弊させるかの如くです.


こうしてみると,スタチンはコレステロールを下げるだけでなく,

様々な代謝へ悪影響を与えてしまっている事がわかります.

薬で何かの代謝をいじるという事は,

そういうリスクを秘めている事なのだということを痛感させられます.

最後に,上記の本に次のような事がかかれていました.

(以下,p57より引用)

ここで,インスリンとグルカゴンが糖代謝,脂肪酸代謝,コレステロール代謝を調節することに注意しましょう.

これらのホルモンは,身体の総合栄養状態(食物摂取あるいは空腹)に応答して代謝を調節し,

関連する全ての代謝過程を調節することが明らかになっています.

そのため糖尿病などの疾患は本当は汎代謝疾患であって,単なる糖代謝疾患ではないのです!

(引用,ここまで)



まさにその通りですね.

糖尿病だけを見ていたら,糖尿病を診ることはできません.

今,まさに総合医療の視点の重要性が問われていると思います.


たがしゅう
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コメント

No title

2014/07/03(木) 11:51:36 | URL | #-
たがしゅう先生

スタチンは脂肪細胞におけるプレニル化を抑制して、糖取り込みや成熟脂肪細胞への分化を阻害することで耐糖能異常を来すという報告もあるようです。
Nakata M, et al. Diabetologia. 2009; 49: 1881-92.
ご存知でしたら失礼いたしました。

Re: No title

2014/07/03(木) 14:02:51 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
> スタチンは脂肪細胞におけるプレニル化を抑制して、糖取り込みや成熟脂肪細胞への分化を阻害することで耐糖能異常を来すという報告もあるようです。
> Nakata M, et al. Diabetologia. 2009; 49: 1881-92.


情報を頂き有難うございます。

おそらく複数のメカニズムが複雑に絡み合っているのでしょうね。

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