イメージが先行する糖質制限批判
2014/06/23 00:01:00 |
よくないと思うこと |
コメント:12件
また一つ,糖質制限を大きく批判する書籍が世に出ました.
世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」
(講談社+α新書 134-7B) [新書]
幕内 秀夫
幕内秀夫氏は管理栄養士で,粗食や伝統的な和食を中心とした栄養指導を約30年間,様々な医療機関で実践されてきた経験を持っているという方です.
この本の内容について,患者さんに尋ねられる可能性もありますので,
糖質制限推進派の医師としては,目を通しておく必要があり,購入して読んでみました.
真に科学的に正しい論理には隙がありませんので,
もしも糖質制限が正当であれば,いかなる批判にも反論できるはずです.
今回も糖質制限への自分の理解を深めるために,この本の内容を吟味しておきたいと思います. まず幕内氏の主張の一つを取り上げます.まとめると次のような内容です.
(※世にも恐ろしい「糖質制限食ダイエット」 :p61-92より抜粋して紹介)
糖質には「精製糖質」と「複合糖質」の二種類がある.
「精製糖質」:白砂糖や異性化糖(しょ糖型液糖)などのほぼ100%糖質でできているもの
「複合糖質」:糖質以外に水分,タンパク質や脂質,食物繊維,ビタミン,ミネラルなど他の栄養素も含んでいるもの
精製糖質は非常に吸収が早く,体内の血糖値が急上昇するという特徴があり,控えるべきである.
一方,複合糖質は,消化吸収までに一定の時間がかかり,身体に欠かせない栄養素も同時に摂取することができる.
精製糖質と複合糖質が身体に及ぼす影響は大きく異なっている.両者を混同してはいけない.
糖尿病や肥満の真の原因は,精製糖質である事ははっきりしている.
また同様に脂質にも「精製脂質」「複合脂質」の二種類とがある.
精製脂質:食用油(植物油,ラードやヘット)のように100%脂質でできているもの
複合脂質:脂質以外に蛋白質,糖質,ビタミン,ミネラルなどの他の栄養素も含んでいるもの
精製脂質,すなわち食用油はすべて自然界には存在しない不自然な商品で,
100%脂質なので脂質の過剰摂取につながりやすく,トランス脂肪酸や発がん物質が含まれている可能性がある.
精製糖質+精製脂質の両者がタッグを組んだ食品で,典型的なものは「カタカナ主食」である.
例えば,パン,菓子パン,ハンバーガー,ホットドッグ,パスタ,ピザ,ワッフル,クレープ,パンケーキ,ドーナツなど,
またカタカナではないが,焼きそば,お好み焼き,たこ焼きなども同様である.
それらに用いるソース,マヨネーズ,ケチャップなども「糖質+脂質」の組み合わせで,ますます糖質過剰,脂質過剰に陥る.
ごはんは基本的に米粒のまま食べる「粒食(つぶしょく)」で,
カタカナ主食やお好み焼きなどは,小麦粉やトウモロコシの粉など,「粉食(こなしょく)」がほとんどである.
粒食と粉食とでは消化吸収のスピードが異なる.
粉食は吸収が早いため,血糖値の上昇も早くなり,肥満や糖尿病のリスクが高まる.
だから粒食であるごはんの方が健康によい.
ごはんやイモ類などの複合糖質を食べ過ぎても,
肉類,卵,乳製品などの動物性食品の複合脂質を食べ過ぎても,
かさも水分もたっぷりあるから,ある程度食べてもおなかいっぱいになってしまって,
極度の肥満になる事はない.
その点,精製糖質と精製脂質の形ならば,病み付きになり簡単に取りすぎてしまう.
このように過剰な「精製糖質」と過剰な「精製脂質」の組み合わせが,真の肥満の原因である.
幕内氏は,「精製糖質」「複合糖質」「精製脂質」「複合脂質」という独自の用語を,
「一般的に使われている言葉ではないがわかりやすく説明するために」と断りを入れつつ用い,
肥満,糖尿病の真の原因は過剰な「精製糖質」と過剰な「精製脂質」の組み合わせだ,という主張を展開しています.
それでは,順に反論していきましょう.
①糖尿病や肥満の真の原因は,精製糖質である事ははっきりしている,について
このように明言(p64)されている幕内氏ですが,
はっきりしているというその科学的根拠については特に触れられていません.
おそらく精製糖質の方が急峻に血糖値を上昇させ,なおかつ人工的な糖質だからそのようなイメージを持つのでしょうが,
生理学的には糖質の絶対量と血糖値の上昇程度が比例関係にあります.
精製糖質だろうと,複合糖質だろうと,吸収スピードが違うだけで,最終的には血糖値の上昇に寄与します.
それなのに,なぜ精製糖質だけが,糖尿病や肥満の真の原因だと言い切れるのでしょうか.
一歩譲って,精製糖質が糖尿病,肥満の主たる原因であったとしましょう.
それでは,精製糖質を徹底的に排除するよう栄養指導行った久山町において,なぜ糖尿病や肥満が急増しているのでしょうか.
しかも,そこでは脂質も制限するように指導されていたわけだから,
結局は血糖値を上昇させる複合糖質を摂るような指導したことが原因だと考えるのが妥当ではないでしょうか.
②食用油はすべて自然界には存在しない不自然な商品で,100%脂質なので脂質の過剰摂取につながりやすく,トランス脂肪酸や発がん物質が含まれている可能性がある,について
商品としての食用油そのものは工業的に作られているので,
確かに自然界に存在しないと言えば存在しませんが,
当然ながら,もとのアブラそのものは,大いに自然界に存在しているものです.
文明が発達して,その油の成分を一つに凝縮する技術を得たということなのだから,
当然脂質100%になるわけだし,その事自体がすぐに何か悪い事をしているという話にはならないでしょう.
ちょっと著者は「自然のものがよい」というイメージにこだわりすぎているような感があります.
また食用油が100%脂質だから,脂質の過剰摂取につながりやすいという指摘ですが,
脂質の量が増えたからといって,単純に脂質の蓄積量が増えないというのが人体です.その事は信頼度の高い疫学研究ですでに証明済です( Iris Shai,et al: Weight Loss with a Low-Carbohydrate,Mediterranean,or Low-Fat Diet. NENGLJ MED JULY17,2008、VOL359. NO.3 229-241).
脂質の蓄積量が増える真の原因は糖質の過剰摂取であって,糖質制限下であれば脂質の量は自動調整されます.
トランス脂肪酸の危険性については,糖質制限実践者にとっては周知の事実であり,
勉強している人であれば,マーガリンやショートニング,菓子パン,ケーキ,ドーナツ,シュークリームは皆避けるように努力しています.
また発がん性物質は昔販売されていた「エコナ」という商品の事を指しているようですが,
それは油に限らず食品添加物の含まれた食品には全てそうしたリスクがあるという事になります.未知の発がん物質の話をすればキリがありません.
私は発がん物質が入っているかどうかなどを気にするより,
発がんさせないようにするための体質作り(抗酸化物質,NK細胞の活性化など)の方が数倍大事だと考えています.
③ソース,マヨネーズ,ケチャップなども「糖質+脂質」,について
p81にそのような記載がありますが,
ソース,ケチャップはともかく,マヨネーズに糖質はほとんど含まれていません.
「カタカナ主食」などという独自のまとめ方をしようとされるから無理が生じます.
お好み焼きなどを強引に「カタカナ主食」の範疇に入れるというのも,ちょっとどうかと思います.
たとえわかりやすかろうと,科学的な分類になっていなければ誤解の元です.
④粉食は吸収が早いため,血糖値の上昇も早くなり,肥満や糖尿病のリスクが高まる,について
粒食と粉食の違いについては,
私は不勉強につき知らなかったので,
直ちに資料を探した所,それについて調べた研究がありました(東北女子大学・東北女子短期大学 紀要 No.50:61 ~ 65 2011)
それによると,米飯食とパン食とさらに米粉食を比べてあって,
血糖上昇反応は米飯食を100 とした場合パン食で95、米粉食で88 であり,
血糖上昇反応は米飯食が最も高く、次いでパン食、米粉食の順だという結果でした.
ただ,実際のグラフをみると,3者の間での血糖値の差はほとんどはないように見えます.
おそらく咀嚼の回数とかも関係しているので多少の誤差や変動はあるのでしょうけれど,
ともかく,粒食だろうと,粉食だろうと大差はない,ということです.
そして何より臨床的には米を摂取する事で血糖値が急上昇し,それを止める事で血糖値が速やかに改善する患者さんを,私は何例も経験しています.
つまり,著者の言う「ごはんは粒食だから吸収が遅く血糖値を上昇させない」という主張を支持する客観的データはないということです.
⑤かさも水分もたっぷりあるから,ある程度食べてもおなかいっぱいになってしまって,極度の肥満になる事はない,について
これもまた,イメージが先行している話だと思います.
私は自身が高度肥満経験者で,糖質制限を実践する神経内科医だからよくわかるのですが,
病的な肥満の原因は,食欲中枢の暴走化なのです.
かつて糖質を過剰に摂取していた頃の私は,かさのあるごはんやおかずをたっぷりと食べ,
物理的には胃が充満する位の量で,なおかつ胃酸が逆流してきている状況であるにも関わらず,
それでもまだ満足感を得る事ができず,デザートなどの食べやすいものをさらに食べるといった事を繰り返していました.
そしてそれを自制できない自分を心より恥じていました.
ところが,糖質制限を実践してからというもの,その異常な食欲は速やかに抑えられる事になりました.
今にして思えば,糖質摂取でドーパミン分泌が強制刺激され,報酬系が過剰に反応していた事が異常な食欲の正体だったのだと思います.
だから,「かさがあるから極度の肥満にはならない」という主張は机上の空論だとわかります.
以上,本日は幕内氏の主張の中の一つについて反論しました.
他にも反論すべき点がいくつかありますので,
その辺はまた折をみて記事にしたいと思います.
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
大柳珠美 20131228
http://lowcarbkitchen.blog.fc2.com/blog-entry-194.html
ラードが良いかと。
Re: 大柳珠美 20131228
情報を頂き有難うございます.
自動的に相反する
当然この食事を周囲の人に押し付けたりはしていません。
押し付けはしていないのですが・・・
私のやり方(糖質制限食など)が正しいとすると、他のやり方で食事に気を使っている人達が間違っているということになってしまいます。
ですから糖質制限の話しをするだけで機嫌が悪くなる人が多々いますよね。
押し付けてはいなくても、自動的に他が間違っているということになるのです。
糖質制限が正しくても、誰かの商売の邪魔をしていることは確かなので
こういう本はこれからも出てくるんでしょうね。
Re: 自動的に相反する
コメント頂き有難うございます.
> 糖質制限が正しくても、誰かの商売の邪魔をしていることは確かなので
> こういう本はこれからも出てくるんでしょうね。
影響力のある人が間違った理論を振りかざし,
その事で患者さんが悪くなっていく事実を日々目の当たりにしています.
医師としても,糖質制限によって救われた者としても,それを見過ごすわけにはいきません.
管理人のみ閲覧できます
管理人のみ閲覧できます
幕内秀夫の食生活日記
http://blogs.yahoo.co.jp/makuuchi44/54765575.html
Re: 幕内秀夫の食生活日記
コメント頂き有難うございます.
> 出版され、tension が上がってます
全て読ませて頂きました.
私はnormal tensionで反論させて頂こうと思っています.
実は読んでいて新しい気づきもありました.その事は後日折をみて記事にしたいと思います.
No title
この人の論法だとかさも水分もたくさんあるから麺類では肥満しないことになりますね・・・カタカナ主食のカレーライス、ハヤシライスなんかご飯にスープをかけるからもっと太りにくいはずですが。
ドーパミン分泌もさることながら炭水化物を改造してきた結果の口当たりの良さも大いに糖質依存に寄与してる気がしますがどうでしょうか。
Re: No title
コメント頂き有難うございます.
> ドーパミン分泌もさることながら炭水化物を改造してきた結果の口当たりの良さも大いに糖質依存に寄与してる気がしますがどうでしょうか。
そうかもしれませんね.いろいろな意味で糖質依存から抜けるのが難しいという人は多いと思います.
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます.
御自身で考えられて試行錯誤されているのですね.
私も糖質制限開始から3年弱で,基本は一応マスターしましたが,応用については未だに試行錯誤の日々です.とても奥が深いと思います.
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