顔面神経麻痺と糖質制限
2013/09/21 21:34:42 |
おすすめ本 |
コメント:4件

『顔面神経麻痺が起きたらすぐに読む本』
著者 栢森良二
A・M・S

顔面神経麻痺という病気があります.
表情やものをかむ力(咀嚼:そしゃく)をあやつる「顔面神経」という脳からの神経が何らかの原因によって障害され,顔の筋肉が自由に動かせなくなってしまう病気です.上図のように片側の顔面神経がやられて左右非対称のひょっとこのような顔になってしまうのが特徴です.
あまり患者さんの数としては多くはないので読者の皆様にとってはあまりなじみのない病気だと思います.しかし我々神経内科医は比較的よく遭遇する病気で,あるいは耳鼻咽喉科の先生もお詳しいかもしれません.
顔の筋肉が動かせなくなるということでまず目が閉じれず,目が渇きます.また口も自由に動かせないためによだれがこぼれます.それに何より重要なことは,うまく表情を作ることができなくなるために他人とのコミュニケーションに非常に支障を生じるために,本人しかわからない心の苦痛をも与えてしまう病気です.
はたしてどうしてこのようなことが起こってしまうのでしょうか?
例えば脳腫瘍によって顔面神経が圧迫されたり,脳卒中によって神経経路の一部が遮断されたり,一部の脳の特殊な感染症で顔面神経に炎症を起こすという場合もあります.また脳に原因がある場合は,麻痺側であっても額のしわ寄せはすることができるという特徴があります.
しかし多くの場合は脳に原因がなくて顔面神経に障害を起こすケースであって,その場合は額のしわ寄せもできなくなります.長らくその原因は不明とされ,そういう顔面神経麻痺のことを「ベル麻痺」と呼ばれていました.
しかし,近年その多くの原因が単純ヘルペスⅠ型ウイルス(HSV-Ⅰ)というウイルスであることがわかりました.口唇の赤いブツブツができることで知られるいわゆる「熱の花(口唇ヘルペス)」を起こすものと同じヘルペスウイルスですね.
このHSV-Ⅰ,実は過去に体内に侵入してずっと神経の中に潜み続けているということがあるのです.そのウイルスに侵入された人は普段健康な時には何も起こらないのですが,ストレスや過労などによって一時的に免疫力の低下が起こると,神経の中で暴れだし(これを「再活性化」といいます),病気を発症してしまうというわけです.
この病気について非常に詳しくかつポイントをまとめて書かれた本が上記の本になります.
専門用語が使われているものの,一般の方へ向けてわかりやすく書かれていますので,文字通り「顔面神経麻痺が起きたらすぐ」是非とも読んでみて下さい.
ここで,この病気に関してお伝えしたいメッセージが3つあります.
①なったらためらわずにすぐ病院受診!
この病気は突然なる場合と,数日かけて悪くなっていくパターンとがあります.前者であればびっくりするので誰だってすぐに病院受診すると思うのですが,後者の場合は最初はちょっと口に違和感を感じるくらいであったりするので,数日様子をみてしまう人がいます.そうではなくて痛くもないのに目が閉じにくかったり,口をイーと動かすと左だけ動きが悪かったり,頬のふくらましができず空気が漏れてしまったり,前は口笛がふけたのにふけなくなったりした場合は,即効で病院を受診してください.なぜならばこの病気は早く治療した方が治りがよいからです.軽症なら3週間程度で,中等症であれば3か月程度で改善しますが,重症は後遺症を残す場合があります.
②初期のリハビリでは強く大きな表情の動きを避けること!
これは意外に知られていないことなので強調したいと思いますが,顔が動かしたいと思って強く大きな表情を作る運動を絶対にしてはいけません(まばたきやしゃべることや食べることは許容範囲です).特に最初の1~2か月は禁止です.普通動かしたいから強く運動させると思うのですが,顔面神経というのは特殊な神経の走行をしておりまして,それをしてしまうと3か月後にはいったんよくなるのですが,その後「迷入再生」といってリハビリした刺激のせいで神経が誤った方向へ治ってしまい,1年後くらいに今度は顔が反対の方にひん曲がってしまうという悲劇が起こってしまうのです.そうなってしまうと治療が難しくなってしまいます.ではどうすればいいのか,ひたすら表情筋のマッサージをすることが基本となります.
今回の話は一見糖質制限とは関係なさそうに見えるかもしれませんが,最後のポイントに関係があります.
③予防のためには免疫力の低下を避けること!
HSV-Ⅰというウイルスの再活性化が原因なわけですから,この病気を起こさないためには免疫力を落とさないことが肝要なわけです.先ほどのストレスや疲労は一般的な免疫力低下の原因ではありますが,多くは一時的です.ずっと免疫力が落ちているような状態がこの病気にかかるリスクを一層高める要因になります.
ではずっと免疫力を落とす原因となりうる状態とは一体なんでしょうか.
それが糖尿病です.
実は糖尿病には「免疫力を落とす」という側面もあります.先日私が経験した顔面神経麻痺の患者さんも血糖コントロールが悪い状態でした.したがって,一見糖尿病とは関係なさそうに見えるこの「顔面神経麻痺」という病気とも糖尿病の関連はあるのです.勿論,一部のがんや免疫を落とす薬を使っている場合,あるいはAIDSという性感染症などが免疫力を落とす原因となる場合もありますが,頻度から言って圧倒的に多いのは糖尿病です.
「糖尿病は万病の元」とはよく言ったものです.
糖尿病は従来のカロリー制限食をやっている限り,薬物治療を行っていてもじりじりと悪くなっていきます.その事はこれまでの歴史が十分に証明してきています.薬を使って数値が改善したように見えても,食事に介入していなければ根本的な解決には全くなっていません.
一方,糖質制限食は糖尿病の根治療法です.これを実践している限り血糖コントロールは安定化し,免疫力が低下することはありません.
私が神経内科医として糖質制限を推奨する意義はこういうところにもあるのです.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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ヘルペスが起こす病気
こんにちは、初書き込みさせていただきます。
ブログ放置からリハビリ中のかるぴんちょです。
顔面神経麻痺の話、たいへん興味深く読ませていただきました。
外耳に水泡を伴う場合はヘルペス感染が原因かもしれないという記載はいつかどこかで読んだ気がしていましたが、HSV-Iが原因の多くを占めると考えられているとは知りませんでした。
ところで、確定していないと思うのですが、メニエール病の一部もヘルペスウイルスの再燃が原因ではないかという意見がありましたよね。
内耳障害とヘルペス感染とがいまひとつ病理像が結びつかないのですが・・・
実は私自身、2008年からメニエール(蝸牛性で難聴のみ)持ちなのですが、糖質制限してから症状がまったく出なくなりました。
ストレスや免疫低下で再発する方が多いようですが、仕事のストレスは減ってませんから、免疫状態が改善したもの、それも糖質制限(あるいは糖質制限の結果)の効果だと思っています。
糖尿病はまだ予備軍でしたが、内臓脂肪の慢性炎症は間違いなく持っていましたから、それが改善した効果ということでしょうね。
食生活をちょっと変えるだけで自分の身体でいろいろ考えられるのって実に面白いです。
ヘルペス再燃のメカニズムを考えてみるのも面白そうです。
Re: ヘルペスが起こす病気
わぁ、先生!私の拙ブログに来て頂けるとは感激です。
コメント頂いて有難うございました。
先生こそ、「厳しい糖質制限ができない体質の人の記事」、大変興味深く読ませて頂きました。
http://低糖質.com/review/cat30/post_176.html
私もコメントさせて頂こうかと考えているところでした。
> 外耳に水泡を伴う場合はヘルペス感染が原因かもしれないという記載はいつかどこかで読んだ気がしていましたが、HSV-Iが原因の多くを占めると考えられているとは知りませんでした。
先生のおっしゃる「外耳に水疱を伴う場合」というのはおそらくRamsay-Hunt症候群の事だと思います。
話をできるだけシンプルにするためにあえて今回はそれについては触れませんでしたが、
Ramsay-Hunt症候群の場合は同じヘルペスウイルス属の中でも、水疱・帯状疱疹ウイルス(VZV)の仕業であり、顔面神経麻痺の重症型と言えます。これは以前よりわかっていることでした。
今回、それ以外に一番多い顔面神経麻痺である「Bell麻痺」にも実はヘルペスウイルス(その中でもHSV-Ⅰ)が関わっていたというのが、最近新たにわかってきた事実、ということです。
> 実は私自身、2008年からメニエール(蝸牛性で難聴のみ)持ちなのですが、糖質制限してから症状がまったく出なくなりました。
貴重な体験報告まで頂き誠に有難うございます!
メニエールの主症状であるめまいも我々神経内科医がよく扱う症候ですが、そこにも糖質制限が有効だという認識はまだ持っておりませんでした。
メニエール病の本態は「内耳の内リンパ水腫」と言われていますが、じゃあなぜそれが起こるのかということについてはまだ謎のままだと思います。
ヘルペスウイルスとの関連は正直わかりませんが、もしその仮説が正しいいうことになれば、確かに糖質制限がメニエール病の再発予防に有効であることの説明になるかもしれませんね。
今度めまいの患者さんを診たらおすすめしたいと思います。
ともあれ、御来訪頂いて誠に有難うございます。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
糖質って
去年の5月に糖尿病が発覚して今年の2月から糖質を制限する食事を始めて最近血糖値が安定してきました。私は医学的なバックグランドはないのですが糖尿病でなくても糖質の摂り過ぎってけっして身体によくはないのではないかと思うようにりました。
たがしゅう先生のブログは私のような門外漢にも分かりやすいです。
Re: 糖質って
はじめまして、御訪問頂き有難うございます。
> たがしゅう先生のブログは私のような門外漢にも分かりやすいです。
そう言って頂けるととても嬉しいです。
私は江部先生や夏井先生ほど多彩な知識は持ち合わせているわけではないのですが、
そんな私にでもできる事があるんじゃないかと思ってこのブログを始めた次第です。
これからも気軽に見に来て頂ければ幸甚です。
今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
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