基準をどうとらえるか
2014/04/28 00:01:00 |
素朴な疑問 |
コメント:4件

去る2014年4月4日,日本人間ドック学会から,
人間ドックの判定基準に関して新しい見解が出ました.
それは血圧やコレステロール,BMIなどのメタボリック症候群に関係する数値の基準を次のように緩めようというものです.

なぜ急にこのような変更することになったかというと,
「重大な既往歴がなく薬物治療や喫煙をしていない健康な成人約1万人を抽出してデータを分析。その結果、これまでの範囲を超える値でも健康を維持している人が多くいることが分かり基準を見直した」ということのようです.
しかしこれはあくまで提案であって,その基準を導入するかどうかは各施設に委ねられています.
そんな中,この人間ドック学会の提案に真っ向から反対の姿勢を呈しているのが,日本動脈硬化学会です. 日本人間ドック学会は,「新たな基準値で将来的に健康を維持できるかについてはさらに検討が必要」と少し含みを残し,柔軟な姿勢を示していますが,
日本動脈硬化学会は,「誤解を招く」「直ちに適切な対応を」と批判的なコメントをよせています.
さて,皆様はこの動向についてどう思われますでしょうか.
今回も自分の頭で考えてみましょう.
以前にも記事にしましたが,日本動脈硬化学会は,動脈硬化予防のために,コレステロールを下げる薬「スタチン」の積極的使用を推奨している学会です.
この学会が策定した「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」において,「全国から層化無作為抽出された集団の19 年追跡調査であるNIPPON DATA80というに基づいた絶対リスクの評価を行っている」,故に同ガイドラインの判定基準で間違いないという見解を示しています.
しかし,日本動脈硬化学会は複数の製薬会社をスポンサーに持つことで成立している学会です.
基準が緩まる事でスタチンの内服適応に入る対象者の数が大幅に減る事になりますので、
そういう立場の学会がはたして基準が緩くなる事を容易に受け入れるかどうかは非常に疑問です。
また近年一部の降圧剤に関する臨床研究での不正が問題となっていますが,
高血圧だけでなく,無症状の生活習慣病において,同様の問題があっても全く不思議ではないと私は感じています.
そう考えると,はたして動脈硬化学会が出しているデータそのものが本当に正しいのかという疑惑がどうしてもぬぐえません.
また同学会が刊行している「脂質異常症治療ガイド2013年度版」によりますと,
脂質異常症の治療の基本は「生活習慣の改善」にあるとしています.
まぁそれはいいのですが,その中で「食事療法」に関しては,
『伝統的な日本食(The Japan Diet)を基本とする』とあります.
ただ,なぜ日本食がよいのかという根拠に関しては明示されていません.
それに続いてガイドでは,脂質異常症の中の「高LDL-C血症」「高TG(中性脂肪)血症」「低HDL-C血症」それぞれに対する食事療法について次のように推奨しています.
【高LDL-C血症を改善する食事】
コレステロールと飽和脂肪酸を多く含む肉の脂身,内臓,皮,乳製品,卵黄および,トランス脂肪酸を含む菓子類,加工食品の摂取を抑える.
食物繊維と植物捨てロールを含む未精製穀類,大豆製品,海藻,野菜類の摂取を増やす.
【高TG血症を改善する食事】
糖質を多く含む菓子類,飲料,穀類の摂取を減らす.
アルコールの摂取を控える.
n-3系多価不飽和脂肪酸を多く含む魚類の摂取を増やす.
【低HDL-C血症を改善する食事】
トランス脂肪酸の摂取を控える.
n-6系多価不飽和脂肪酸の摂取を減らすために植物油の過剰摂取を控える
一見よさそうに見えるこの食事療法指針ですが,
糖質制限を学んだ観点から問題点について検証してみます.
まず,コレステロールを控えればLDL-Cが低下すると考えているようですが,
人体にはコレステロールを肝臓で自己調整する機能が備わっています.
食事性のコレステロールが少なくなったとしても,自分で作る内因性のコレステロールの合成能が高まるだけので,
単純にコレステロールを摂らなければコレステロール値が下がるという構造にはなっていないのです.
それから糖質を含む菓子類,飲料,穀類を避けることが,高TG血症を改善するとしているのにも関わらず,
一方で高LDL-C血症の治療に未精製穀物の摂取を勧めているというのは矛盾しています.
精製穀類も未精製穀類も明らかな糖質過多食品です.
具体的に言えば,角砂糖1個=糖質約3gと計算した場合に,
精製穀類である白米150gには角砂糖17個分,未精製穀類である玄米150gには角砂糖16個分,くらいの差しかありません.
従って,どちらをとっても過剰な血糖上昇を誘導しTG(中性脂肪)が増加します.
そして何よりおかしいと思うのは,そもそも「高LDL-C血症」「高TG(中性脂肪)血症」「低HDL-C血症」に分けてそれぞれの食事療法を提示している点です.
というのは「高LDL-C血症」「高TG(中性脂肪)血症」「低HDL-C血症」も身体の中では複雑に連動しているからです.
それは糖質制限を知ってわかったことですが,
糖質を控える事で,中性脂肪が下がるだけではなく,同時にHDL-Cが上昇します.
またLDL-Cに関しては,糖質を控えることで,上昇,不変,下降の3パターンのいずれもが起こりえます.
そして,このように3パターンをとるのは,その人にとっての必要なLDL-Cが人それぞれ違うからだと私は考えています.
例えば,高度の動脈硬化があるような人の場合は,それを修復するために多くのLDL-Cが誘導されるといった状況があったりするのではないかと思います.
このように動脈硬化学会の言い分をそのまま信用するには疑問があります.
それでもどちらの言い分が正しいかに関しては賛否両論あることかと存じます.
しかし,どちらの基準が正しいかという事に関しては正直言ってどちらでもいいと思っています.
何しろ「自分の体調が何よりの健康マーカー」というのが持論の私です.
結局,個人差が大きい世界ですから,基準はあくまで基準に過ぎず,個々の患者さんに当てはまらない状況がごまんとあるのです.
そんな事よりも数値に反映されない微妙な変化を見逃さないよう,
患者さんとの会話を引き続き大事にしていきたいと思います.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
日本動脈硬化学会の姿勢はどう見ても製薬会社から何かもらってるとしか思えません。薬の副作用や家計に対する負担、公的健康保険の危機を知らないのでしょうか。
また数値が高いからといって、薬を予防的に使うこと自体危険ではないでしょうか?サッカーの試合で背の高い選手を集めればヘディングで勝てるとかその手の暴論と同じでは?
Re: No title
コメント頂き有難うございます.
SLEEPさんのように患者側が賢くなれば,学会がいかなる策を弄しても騙される事はないでしょう.やはり考え続ける事が大事ですね.
正常値でもどうしょうもない
夏バテの時、血液検査結果はオールAでした。正常値が出て、「でも体調悪いんです」と言っても病院は無力でした。
「心療内科紹介」って言われ、どうしてそういう発想になるかってその医者の神経を疑いました。
正常値は声の大きい人が決めて、多数決で決めて、経済合理性で決めているの?
「自分の体調が何よりの健康マーカー」
私もそう思います。
検査結果の異常を重要とみる医者は、正常値なのに体調悪い人をどう救ってくださるのでしょう。心療内科、不定愁訴、夏バテうつ、投薬となったらたまったもんじゃないです。
Re: 正常値でもどうしょうもない
コメント頂き有難うございます。
> 検査結果の異常を重要とみる医者は、正常値なのに体調悪い人をどう救ってくださるのでしょう。
そうなのですよね。
検査に異常がなくても症状があるから病院に来てるわけですものね。
検査に異常がないと、「気のせい」「様子をみましょう」「心療内科を紹介します」という対応しかできない医者が多すぎると思います。
ただ、その点漢方の場合は病名にこだわらず状態をみて薬を判断するので、その辺りもう少し細やかな配慮が可能になると思います。
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