血糖変動から血圧変動へ
2014/04/07 00:01:00 |
お勉強 |
コメント:4件
糖質の頻回過剰摂取による「グルコーススパイク(血糖変動)」は,
動脈硬化の有意なリスクであり,生活習慣病の根本原因だと考えられます.
空腹時血糖と食後血糖の差が大きく,血糖値の波が激しくなればなるほど動脈硬化のリスクが高まります.
また国際糖尿病連合が食後高血糖の管理についてガイドラインを定めており,食後高血糖を避けることが重要であるということは国際的なコンセンサスを得ています.
その一方で,日常診療においては血糖だけではなく,血圧の変動が激しいという方もおられます.
その原因の一つとして「食後低血圧(postprandial hypotension;PPH)」と呼ばれる病態があります.
今日はこの食後低血圧について記した興味深い論文を紹介します.
臨床神経2014;54:162-165
崎間洋邦ら.食後低血圧による血行力学的機序で一過性脳虚血発作を起こした1例
要旨:症例は82歳男性である.朝食後,座位でいる際に意識低下と右片麻痺を呈する一過性脳虚血発作を発症した.頭部MRIで急性期脳梗塞の所見はなく,安静と補液で症状は約1時間で改善した.左総頸動脈高度狭窄と,ECD-アセタゾラミド負荷脳血流シンチで左大脳半球の脳循環予備能を確認した.さらに,24時間血圧測定で,毎食後に収縮期血圧が90mmHgを下回る食後低血圧をみとめた.食後低血圧はαグルコシダーゼ阻害薬の内服で改善した.以後,再発作はない.左総頸動脈高度狭窄に食後低血圧が合併した血行力学的機序による一過性脳虚血発作と診断した.食後低血圧は高齢者に多く,虚血性脳血管障害発症を誘発しうる注意すべき病態である.
食事に伴う非常に顕著な血圧低下をきたし,脳梗塞の一歩手前の「一過性脳虚血発作」を発症したという症例です.
この症例の男性は50代に胃潰瘍で胃切除術(ビルロートⅠ法で再建)を施行されているという背景もあります.
胃切除後の方は,より一層炭水化物の摂取に注意しなければなりません.なぜならばダンピング症候群と呼ばれる病態があるからです.
通常胃がある場合は,炭水化物を摂取すると胃の中で滞留し,そこで食物と胃酸とが混ぜ合わされて,消化された食物残渣が胃の蠕動運動によって少しずつ十二指腸の方へ送りこまれることで,膵液や胆汁と混ざってさらに消化されて最終的に小腸で栄養素が吸収されます.
要するに胃があることで消化吸収の過程にワンクッションがおかれるわけですが,
胃を切除している場合は,そのワンクッションがなく,急速に十二指腸に炭水化物が移動してしまいます.そのために起こってしまう現象がダンピング症候群です.
ダンピング症候群には「早期ダンピング症候群」と「後期ダンピング症候群」とがあります.
早期ダンピング症候群というのは,通常よりも濃い食物が小腸に流れ込み、浸透圧で体の水分が腸の中に逃げることが原因で、一時的に血液が減少したのと同じ状態になることです。炭水化物摂取から30分以内に起こり,症状には動悸、立ちくらみ、めまい、悪心などがあります.
また後期ダンピング症候群は,一気に小腸に入り込んだ食物に反応してインスリンが過剰に分泌されることが原因で低血糖症状を引き起こすことです。一般的には炭水化物摂取から2-3時間後に起こり,症状には発汗、疲労感、立ちくらみ、めまいなどがあります.
胃切除後で食後に原因不明の吐き気やめまいなどが出現した場合は,必ずこの病態を疑わなければなりません.
それゆえに胃切除後の人が普通に炭水化物を摂取していると,それだけ血糖変動が大きく,動脈硬化も進行していくという事が懸念されます.
少し本論と逸れますが,肥満に対する減量手術,糖尿病の手術療法もこの胃切除術を利用しているものです.
胃癌などののっぴきならない事情があればまだしも,糖質制限という有効な方法があるにも関わらず,それを勧めずして手術を勧めるという行為は厳に慎まなければならないと私は思います.
さて,論文内では食後低血圧について詳しく考察されています.
食後低血圧は高齢者の25~38%に認められ,特に糖尿病,パーキンソン病,高血圧の合併例に多くみとめられる.
高齢,高血圧,糖尿病,パーキンソン病,それぞれ別の現象に見えるかもしれませんが,
糖質制限を通じてみると,これらは全て一本の線につながっているように見えます.
例えば血糖変動を繰り返し続ける事で,酸化ストレスも繰り返し細胞の老化や動脈硬化は進行しますし,
自律神経機能は低下し,神経変性にも関わってくる可能性があります.
つまり,血糖変動が高じて食後低血圧を引き起こしているように私には見えるのです.
実際この症例の男性でも,その後の検査で自律神経機能が低下していることが検査で確認されていました(心電図R-R間隔変動係数1.35%,シェロングテストで起立性低血圧あり).
さらに論文の中では,24時間血圧測定の結果を示したグラフが提示されており,
その図ではまるでグルコーススパイクのように毎食後に血圧の変動をきたしている様子が明確に示されています.
まさにグルコーススパイクならぬ,プレッシャースパイクです.
そして,食後低血圧についての考察として次のように記載されていました.
食後低血圧発症機序のひとつに炭水化物摂取がある.炭水化物摂取にともなうインスリン分泌,ニューロテンシンなど血管拡張性の消化管ペプチドは門脈血流増加や末梢血管の拡張をおこす.通常は交感神経活動の増加により血圧が維持されるが,本症例のように自律神経障害が強い症例では交感神経による血圧維持機構が十分に作動せず,食後低血圧が誘発されやすい状態にあったと考察する.さらに本症例では胃切除後ビルロースⅠ法再建後であることも炭水化物摂取にともなうインスリン分泌を急峻にしていた可能性が高い.
食後低血圧に関する炭水化物の役割は大きく,近年,α-グルコシダーゼ阻害薬が食後低血圧の治療に有効であることが示されている.インスリン分泌の抑制以外に,ニューロテンシンなどの血管拡張性消化管ペプチド分泌の抑制が食後低血圧の改善に寄与しているものと指摘されている.本例もボグリボース内服で食後低血圧が改善した.
α-グルコシダーゼ阻害剤というのは血糖値の吸収を遅らせる作用がある薬です.服用することで血糖値の波がなだらかになります.ちなみに食べる順番療法で食物繊維を先にとるというのもこの作用を期待しています(α―グルコシダーゼ阻害剤より不確実ですが).
しかしα-グルコシダーゼ阻害剤はあくまで「吸収を遅らせる」だけなので,食べた分の糖質は時間がかかってでも全て吸収されていきます.
それならば糖質制限をした方がより確実に血糖変動を避ける事ができますね.
ともあれ,この論文の考察のおかげで,
血糖変動が血圧変動につながるメカニズムをさらにはっきりと理解することができました.
というわけで今回勉強した事を皆様ともシェアさせて頂きました.
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
低血糖症状
特に後記ダンピング症候群による低血糖症状は、交通事故にもつながる場合があって、とても怖い症状です。私も糖質制限にする以前に、運転中に症状がでてきて危なかったことがあります。
ここまで詳しく解説していただいてとても感激しております。私が素人なりに行ってきたことが正しかったんだと安心いたしました。
Re: 低血糖症状
コメント頂き有難うございます.
お役に立てているようで嬉しいです.これからも学んだ事はシェアしていきたいと思います.
血圧の変動
依然として糖制限食を継続していますので、今回の先生の記事はまさに私の状態を示しているのではないかと考えています。
Re: 血圧の変動
コメント頂き有難うございます。
普段診療をしていて血圧が乱高下している方、結構お見かけします。
糖質制限でこれが収まるのであれば、ここにも血糖変動が関与しているという可能性が高いですね。
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