見過ごされている低血糖

2013/09/18 01:56:14 | 普段の診療より | コメント:0件

脳に関わる病気はとかく敬遠されがちです.

例えば「意識障害」と呼ばれる状態があります.なんとなくぼ~っとしている状態から一切反応しない昏睡状態まで何らかの原因で意識に異常をきたしている状態のことをそう呼ぶのですが,

夜間当直などをしていると救急車で意識障害の患者さんは我々のところへ結構な頻度でまわってきます.その際に脳に苦手意識を持っている医師は多いですから,「うちの病院では脳を診る医者がいないから,そのような患者は診れない.よそを当たってくれ」といったような理由で断られたりしているのです.

しかし意識障害の原因は脳以外にも様々です.むしろ脳が原因でないことの方が多いくらいです.例を挙げるとアルコール過剰,腎機能障害,ミネラルのバランス異常,薬物中毒(睡眠薬など),感染症,脱水症,血圧低下など,本来なら内科医であれば対応しなければならない状態ばっかりです.

その中でも特に重要な原因の一つに「低血糖」があります.

糖質制限をされている方は,糖新生が働いているので糖質制限単独で低血糖を起こすことはまずありませんが,

救急車で低血糖が原因で運ばれてくる患者のほとんどは「インスリンやSU剤などの血糖値を下げる薬を使用している」あるいは「アルコール飲みすぎ」のケースです.

インスリンはご存じ血糖値を下げる唯一のホルモンで,SU剤とはインスリンを作る膵臓に作用してインスリンの分泌を促し24時間持続的に血糖値を下げるタイプの薬です.どちらも低血糖のリスクがあります.

一方で,『低血糖はすべての脳卒中を模倣しうる』という言葉があります.

すなわち「どんなに脳卒中が強く疑われる場合でも,低血糖だけは常に頭の中においておかなければならない」という我々脳を中心に診る医者へ向けての戒めの言葉です.なぜならば低血糖であれば即座に治療できますし,低血糖の治療が遅れると脳に障害を起こす可能性もあるからです.まさに時間との戦いでもあります.

そんな救急の切迫した状況があるにも関わらず,世の中の糖尿病に関わる医師の多くはインスリンやSU剤を平気で処方しているのが現状であると思います.

そしてSU剤を処方してHbA1c6.0%未満であったりすると,「良い調子ですね」などと言ったりしているのです.

2013年5月熊本で開かれた日本糖尿病学会で,HbA1cの目標値が合併症を予防する7%以下を目指そうと宣言されたのは記憶に新しい話ですが,

はたして本当にそれで「良い調子」なのでしょうか?

この度,この事を考えさせる一人の患者さんと出会いました.

80代の男性で朝起きたら右足が一時的に動かなかったとのことで奥さんが救急要請され,朝6時頃に私の病院へ救急搬送されました.

案の定,SU剤を飲んでおられたので,まずは低血糖を疑い直ちに血糖値を測定しました.しかし血糖値は145mg/dLで低血糖ではありませんでした.

「なんだ,私の思い過ごしか…」と点滴での処置を行いながらも,今度は脳卒中(一過性脳虚血発作:脳梗塞の一歩手前)を疑って頭部CTを撮影に行きましたら,血管がボロボロの状態が想定されるような写真でした.

ということはこの方の場合は脳卒中でよいのかな,と思っていたところ,奥さんから普段のかかりつけ医院での血液検査の結果を見せてもらうことができました.

『血糖値81mg/dl,HbA1c 5.9%(NGSP:国際基準)』

世の中の9割の医者はこれをみて「糖尿病の治療は問題ない」と判断すると思いますが,糖質制限を通じて世界の見え方が変わった私は,このデータに非常に問題を感じます.

なぜならば,SU剤を使っている状況でのHbA1c 5.9%,だからです.

HbA1cというのはあくまで過去1~2か月の『平均』を反映した数値です.糖質制限で血糖値の波のない平坦な血糖変動の平均をみているのであればいいのですが,

糖質摂取した状況でSU剤を使っている場合は血糖値の波を大きく生じているわけですから,単純に考えても1~2ヵ月の間の半分は平均を下回っていたということになります.

すなわちそれほどの長きにわたって低血糖となりうる時間があったということです.そしてその低血糖が最も起こりやすい時間帯は,食物から得た糖質が枯渇してかつ薬の効果も残っているせいで血糖値が最も下がりうる「早朝の朝食前」です.

今回の症例の場合,おそらくほとんどの医者は「来院時の血糖は正常だったから,朝の症状の原因は一時的に脳の血管が詰まったせいであり,低血糖が原因ではない」と考えると思います.

しかし,たとえ来た時に血糖値が正常であったとて,朝の低血糖がなかった証明にはならないと思います.人体には低血糖を回避するための多重のバックアップシステム(アドレナリン,糖質コルチコイド,成長ホルモン,グルカゴンなど)が備わっていますので,救急車で運ばれた時にはすでに身体が自力で頑張ってなんとか低血糖を回避していた状況をみていた可能性が十分に考えられるからです.

極めつけは後から奥さんから聞いた情報です.なんと脱力が起こった時に測った最大血圧が60mmHgしかなかったそうなのです.

実は意識障害の原因を区別するのに,血圧の値は非常に大事だと言われています(長崎大学の池田先生という神経内科の有名な先生が,この事に関する非常に有用な論文を書かれています;Ikeda M et al. Using vital signs to diagnose impaired consciousness: cross sectional observational study. BMJ 325:800, 2002. ).

簡単に言うと意識障害がある時に最大血圧が170mmHg以上であれば脳卒中など脳の中に何かが起こっている可能性がかなり高く,逆に最大血圧が90mmHg以下の場合は低血糖などの全身性の病気が原因の可能性が高いということです.

ということは,この患者さん朝のエピソードが実は低血糖であった可能性が高いです.

症状が起こった時の血糖値が測れなかった以上は真実は藪の中ですが,

かなり意識してその目で診ないと,(来院時血糖値が正常だから,という理由で)早朝の低血糖は大部分見過ごされてしまうのではないかという事を危惧したこの度の経験でした.


たがしゅう

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