伝わらない世界でどう生きていくか

2024/01/17 14:45:00 | 主体的医療 | コメント:4件

こんな悲劇が二度と起こらないように、

今こそ、みんな立ち上がろう!」という強いメッセージを込めて、

多くの人に学びのきっかけになるよう、湿潤療法について渾身の記事を書いたつもりでしたが、

残念ながら個人的な手応えを全く感じていません。

患者(というか非医療者)側は、すでに湿潤療法を知っている人からの賛同リアクションくらいで、

いわゆるバズるようなことが起こることもなく、少しいつもよりリアクションが多いかなと思う程度の反応で、

とても多くの人に伝わっているとは思えません。

また医療者側からは「湿潤療法も大事だけど、重症の熱傷にはやっぱり入院管理が必要だ」という感じの意見も聞きましたが、

それは私の認識とは全く違います。湿潤療法は数ある熱傷治療の選択肢の一つなのではなく、

従来の熱傷治療を根本的に変えるもので、逆に言えば従来の熱傷治療が熱傷患者の重症化や入院をせざるを得ない状況を作っているとさえ言えると思っています。

だから医療者からも「湿潤療法」の重要性はさらっと受け流されているような印象を受けています。

湿潤療法を行なっていれば、そもそも受診の必要さえなかったかもしれないという問題提起の重大さがいまいち伝わらないのです。 もちろんそもそもの私の影響力が小さいという問題があることは一旦棚に上げておきますが、

そういうこととは別次元の伝わりにくい理由があると私は感じています。

要は、みんな基本的に今まで慣れ親しんでいるものを変えたくないし、

たとえどれだけ悲惨な出来事が起ころうとも、自分の身近でない限りは他人事として受け止めてしまうのだと思います。

今回不幸にもやけどで亡くなってしまった5歳の男の子のように、

自分事となった時には時すでに遅いという状況が明確に示されてしまったわけですが、

それでも自分事にならない限りは、今まで通りの習慣でいたいという人が大半なのだと思います。

どれだけわかりやすく伝えたところでそれは変わらないのだろうと思います。

こうなると、今後も現代医療の無知や傲慢によって、

何も知らずに「医療にお任せ」してしまう圧倒的大多数の患者さん達が不幸な道へと導かれ続けてしまい、

医療者はそれを「手を尽くしましたが力及ばずでした」などと一時のパフォーマンスを行なった後に、

全く自分の行いを反省することなく、次の瞬間からまた同じ治療方針で次の患者を新たに不幸の道へと引きずり込み続けてしまうという、

一方の患者側も「先生があれだけ手を尽くしてくれて助けられなかったのだから仕方がない」と、

なんとかしてこの不幸に対して自分を納得させるように思考を調整し、

いつまでも医療の問題点が許され続けて、被害者は増え続けてしまうという、

惨状を受け止める覚悟の方が必要になってくるのかもしれません。


今までもがん医療を中心にそうした医療の傲慢さはあり続けていましたが、

ここ数年の傲慢さの高まりには目を覆いたくなるほどの酷さに私には見えています。

コロナワクチン(というかワクチン全般)はその際たるものですが、それだけではありません。

期待の認知症新薬という扱いを受けている抗アミロイド抗体薬が、

わずかな効能(それさえ怪しい)の引き換えに著しい副作用をもたらしているにも関わらず超高額薬であるにも関わらず、

一度承認取り消しの憂き目にあったにも関わらず、

レカネマブという別の商品に変えたら、同様の治験結果なのに今度は承認されてしまうという異常さです。

レカネマブが通ってしまった後は、今後はドナネマブという同効薬も承認されてしまっています。当然ドナネマブも改善効果なく重篤な副作用を確実にもたらすとんでもない薬です。

そして恐ろしいことに脳神経内科医の重鎮がこぞってこの薬に異議を唱えることなく、「どうやって慎重に使おうか」という議論に終始してしまっているのです。呆れてものも言えません。

もう、すでに日本という国はとんでもなく取り返しのつかないレベルまで病んでしまっているように思います。

芸能人の訃報も大変目立ってきています。年齢的に早すぎると思う人も決して珍しくありません。

それでも医療は許され続けています。患者は仕方のないことだと思い続けています。

どこまで歪めば、みんな医療はおかしいと思ってもらえるのでしょうか。

おかしいと思った時には時すでに遅しという5歳の男の子のやけど死からの教訓を、

ほとんどの人が全く活かせないまま、もはや仕組みとして強固に定着し続けてしまったこの現代医療の横暴は、

今後も無自覚に患者を苦しめ続けてしまうのでしょう。

「発熱患者はコロナかもしれないから外で待機させる」という新しい文化なんて医療の傲慢以外の何者でもないはずですが、

残念ながら皆「コロナだから仕方がない」と納得させられ続けてしまう人達の姿を見るにつけ、

私がいくら「主体的医療」とか「自分で知識を持とう」などと言ったところで、

今後も何も変わらないんだろうという絶望を感じずにはいられません。

もっと言えば、今絶賛医療に苦しめられている最中の人に対して、私はかける言葉がありません。

例えば「お医者さんのおかげでがんと戦うことができています」と信じている人に対して、「いやがんは味方だから自分の身体を自分で整えるという考え方もありますよ」なんて言えるはずもありません。

同様に認知症の期待の新薬だと医師から説明を受け、まさに治療を受けていて「先生のおかげで良い治療が受けられています」と言う人に対して、

「いやそれは副作用の多いひどい薬だからやめた方がいいですよ」なんてことも言うことはできません。せいぜい「お大事に」が関の山です。

そんな現実を目の当たりにしていると、私自身の心が潰れてしまいそうです。


そんな最悪の将来がリアルに起こることが想定できる状況であっても、

変えたくない人に対して、私ができることは大変限られています。それが現実です。

押し付けることなく、メッセージを発し続けて、信じて待つことしか私にはできないのだと思います。

そして待っていさえすれば、いつかきっとこちら側に耳を傾けてくれる保証があるわけでもありません。

そうこうしていたら私の人生の方が先に終わってしまうことだってあるでしょう。

そうなると、もう他人のことなんてどうでも良いから、とにかく自分の被害が最小限になるように生きようという選択肢もあるかもしれませんが、

私は私以外の人達との関係の中で構成されているということを考えると、そう個人主義に走るわけにもいかないのです。

なぜならば個人主義に走ると、その先には結果的に不幸せになってしまうという構造があると私は見据えているからです。

悩みの末に現時点で私に思いつく選択は、「言葉を残し続けること」です。

そうすれば私の生きている時代では医療の暴走は是正されなかったとしても、

後世に状況が変われば、是正することができるタイミングが来るかもしれず、希望をつなげることができるからです。

もちろん、私が生きている間にその瞬間に立ち会うことができれば、言うことはありませんが、

そうでない可能性も十分に念頭におく必要があると思っています。

これからも伝わらないし、少なくとも私の目から見ての被害は増え続けるかもしれない。

それでも、いつかわかってもらえるかもしれない可能性にかけて、信じて言葉を残しながら待ち続ける

そう思えば、今の伝わらなさにも私も耐え続けることができるかもしれません。

この辛い状況に耐えながら、私にできることを続けていこうと思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

2024/01/17(水) 22:48:09 | URL | mmm #-
タガシュウよ落胆するな。陰ながら応援している奴はいっぱいる。本当は表ながら応援した方がいいのだけれど、諸事情あってそうもいかない。ところで、「表ながら応援」は岸恵子氏の本からとったものだ。たまにはこの手の本も読んでみよ。ではでは、

Re: タイトルなし

2024/01/18(木) 09:08:02 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
mmm さん

 応援コメント頂き有難うございます。

大丈夫、応援してますよ

2024/01/18(木) 13:35:01 | URL | たかはし #-
ご無沙汰でした。
遅ればせながらでごめんなさい。
やけどのお子さんの件。たがしゅう先生と同感です。
こぼれたお湯でお尻を受傷したくらいで、湿潤療法していればいいだろうと私も思います。
夏井先生が、お子さんの熱傷で受傷後に川崎病になって、小児科で治療された。熱傷部は急速に3度へ進行したという症例を何例も報告されていましたよね。それだったのかしらとも想像します。
20年以上、湿潤療法で治療していると、今風に言うと「これしか勝たん!」という心境ですよ

Re: 大丈夫、応援してますよ

2024/01/18(木) 13:56:56 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
たかはし 先生

 ご無沙汰しております。
 コメント頂き有難うございます。

 先生をはじめ、黎明期より湿潤療法を支持している先生方からすれば、
 きっと私の怒りを理解して下さるのではないかと思っていました。共感して頂き本当に有難うございます。
 
 一方でどれだけ熱心に伝えようとしても伝わらないことへの悔しさ、
 そして医療者どうしの盲目的なかばい合い、そして何も知らない人達への気の毒さ、考えるだけでやりきれません。

 とはいえ、変わらない現状を嘆いていても自分が乱されるだけなので、
 良い意味で鈍感力を発揮しながら、できることを一歩ずつ積み重ねていくより他にないのかもしれません。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する