なぜ製薬会社は平気でい続けることができるのか

2023/11/29 14:45:00 | 薬害について | コメント:4件

どんな意見にも必ず相手なりの言い分があるので、

先入観にとらわれずに、どの意見にも平等に耳を傾けましょう
」という言われ方があります。

でもそれはあくまでも、平時においての様々な意見について言えることであって、

何らかの理由であまりにも歪み切って、偏り切ってしまっている意見に対して、

平時の様々な意見と同じように平等に耳を傾けて、丁寧に相手の意図を汲み取りましょうと言われても、

私にしてみれば、机上の空論というか、理想論というか、現実に即さない提案であるように思えます。

あまりにも歪んでしまった意見に対しては、その歪みが是正されない限りはなるべくその意見と距離を置いたり、どこがどう歪んでいるかを指摘する方が、

よほど平穏に近づくことができるのではないかと私は思っています。

たとえば、いくら多様性を尊重してどんな人とも分け隔てなく接するべきだと言っても、

今まさに包丁を振り回しているような人とそうでない人と同じように接するわけにはいかないのと同じことです。

私は「ワクチンは正しい」という言説はそれくらい歪み切った意見だと捉えています。 試しに製薬会社側の立場になってものを考えてみます。

製薬会社としてはワクチンという予防手段で多くの人を救いたいという気持ちが大前提としてあるでしょうし、

そのために有効なワクチンを開発したいという気持ちはもちろん、同時にワクチン接種に伴うトラブルは最小化しようという気持ちがあると考える方のは自然です。

なぜならば製薬会社だって自分達の作った製品で健康な人達を傷つけたくはないはずだからです。

ここはそんな人間ばかりとは限らないという反論があり得るのは理解できますが、

とはいえ大多数の人は健康な人を自分達の作った製品で傷つけたくはないと思ってしかるべきという現実的な感覚に即して話を先に進めます。

ましてや接種対象となるのが全世界の健康な人達ということになれば、なおさら慎重に安全性が評価されて然るべきです。

なのになぜ、製薬会社は明らかに安全性を欠いていると思えるような製品を世に繰り出したのでしょうか。

私はそこに「お金」の問題があったと思えてなりません

おそらく安全性を確認することよりも、タイミングを逸することの方が製薬会社にとって重要な問題だったのだろうと推察します。

なぜならば、適切な販売タイミングを逸してしまうと、本来であれば得られたはずの巨額の利益を大きく損なってしまうことにつながってしまうからです。

だからこそ従来であれば製品開発に10年以上の歳月がかかることが常識とされる製薬業界の常識に対して、

それまでまだ未完成であった新技術が完成したという理由づけが必要だったわけですし、

特例承認というタイミングを合わせるための特殊な経路を作り出す必要があったわけでもあるでしょう。

しかし、もともと体内に入れると強い炎症を起こすことが知られていたmRNA技術を使ったワクチンで、

実際には史上最大の副反応が起こってしまった状況であったにも関わらず、

なぜ製薬会社は「ワクチンは有効である」という治験結果を出すことに成功できたのでしょうか。

それはいくら有害であったとしても、安全であることを医学論文上では演出できてしまうノウハウが蓄積していたからではないかと。

言い換えれば、巨額の富を失わないためにタイミングを合わせるための最大限の努力を行なったからではないかと私は思うのです。

つまり製薬会社の立場になって考えてみた時に、この一連の行動の背景にあるのは「お金」への欲求です。

正義とか社会貢献などの言葉をいくら並び立てたとしても、本質はこれだと私は思います。

そこにあったのは巨額の富を失わないために何としてもタイミングを合わせようという心がけであって、

そこに安全性を配慮したり、従来からの未解決問題を解決しようと心がけたり、ひいては万が一市販後にトラブルが発生した際の救済体制を整えたりという視点は失われてしまっていたように思えてなりません。

そのような自社利益追求型の思想に、医学界のエビデンス至上主義がまんまと巻き込まれてしまいました。ここは医学界が極めて大きく反省すべきところではないかと個人的には考えています。

エビデンスは基本的に正しいと考える医師達の姿勢が、欺瞞に満ちた製薬会社が創作したエビデンスの恣意を見抜くことができなかったからです。

さらには専門家至上主義の政治家までもが巻き込まれ、国家を巻き込む大騒動にまで発展してしまいました。

この点において政治家達がいかに普段きちんと考えていないかが露呈されてしまったわけですし、

今もなおとんでもない政策が提言され続けていることとも決して無関係ではないように思えます。

そしてもっと言えば、製薬会社のこのように歪んだ思想は、思い返せば今回に限った話ではないのです。

もっとずっと前から長い時間をかけて歪み続けてきた思考だったと私は考えます。

ワクチン接種後2週間以内に発生したいかなるトラブルも、まだ抗体ができていないからという理由でワクチン接種に伴うトラブルとしてカウントされず

ワクチン接種後まもなく発生した重篤なトラブルに対しても「因果関係があると判定することは難しい(自然発生と厳密には区別できない)」という詭弁を使って言い逃れするテクニックはそうした思考のほんの一部です。明らかに歪んでいると言わざるを得ません。

コロナワクチン、HPVワクチンの肯定論文だけ精査しても、私のような一介の医師でも見抜けるようなずさんさがいたるところに散見されています。

ワクチン学の最先端を行っているはずのこれらの論文でそのようなずさんさがあるのであれば、いわんやこれまでのワクチンをや、です。

むしろ「今までワクチンは正しいと思っていたけれど、実は何一つ撲滅できていなかった」と考え直した方がバランスが良いとさえ思えます。

HPVワクチン被害者がいて、まだ訴訟も終わっていない状況の中で、

そのままの任意接種であればまだしも、積極的接種の勧奨を再開するなど、私からすれば正気の沙汰ではありません。

何度薬害を繰り返せば気が済むのでしょうか


きっと製薬会社には相手を傷つけたり、苦しめたりしようという意図は今でもないと思います。

そこにあるのはただひたすら、無我夢中に自己の利益を追求しようとする気持ちだけです。それ以外のことは見失っていると言っても過言ではありません。

まさに地獄への道は善意で敷き詰められている

いや、地獄への道は自己利益の追求で敷き詰められているのかもしれません。


だからそのように長きにわたって

自己利益追求の結果として構築されてきた「ワクチンを善」とする思想を、

他の様々な考えと同じように、私はまともに取り合うわけにはいかないのです。

もしもそのような意見と対話的にやり取りできるのだとすれば、

少なくともこの思想が生まれるに至った歪んだ歴史について知ってもらう必要があります。

ましてや当事者たる製薬会社に至っては、謝罪なくしては先に進めないように私は思えます。

謝罪ない限りは、私たちはそのような「ワクチンを善」とする意見とは

できるだけ離れて生きていくより他にないように私には思える次第です。

悪いことをしたら謝るのは当然のことだと思います。


たがしゅう
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コメント

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2023/11/29(水) 17:44:36 | | #
このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: タイトルなし

2023/11/29(水) 18:14:07 | URL | たがしゅう #-
鍵コメント頂き有難うございます。

ご意見よくわかります。そう考えた方が現実を矛盾なく説明できそうなことも理解できます。
私はある意味であがき続けているのかもしれません。人間が人の顔をした悪魔なのではなく、魔が差してしまったのだと、魔が差し続けてしまっているのだという可能性を信じていたいのかもしれません。

浜六郎先生

2023/12/02(土) 23:51:59 | URL | ネコプヨ #miENxvkA
ご存知かと思いますが、かなり以前から高血圧、コレステロール、認知症などに対する過度な薬物療法を批判する著書を出されている浜六郎先生という方がいます。
その浜先生によると、医療に必要な基本的薬剤の大部分は1990年ぐらいまでに開発され尽くしているのに、それ以降それらよりむしろ害が多く薬効も優れないものが甘いチェックで通されて、高い値段で出回るようになってきているそうです。
製薬会社の利益追求に加え、一般側の薬やワクチンに対する新しい物を求める需要も強固なので状況を変えるのは非常に難しいですね。
なお浜先生は2018年の「飲んではいけない認知症の薬」という著書の中で、以前は糖質を必須栄養素と思っていたが、実はそうではなく控えた方が良いということを比較的最近になって学んだと言及されていて、非常に感動しました。1945年生まれとかなり年長の方なんですが、頭脳の柔軟性は年齢じゃないですね。

Re: 浜六郎先生

2023/12/03(日) 18:53:25 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ネコプヨ さん

 コメント頂き有難うございます。
 浜六郎先生、私も存じ上げております。

> 浜先生によると、医療に必要な基本的薬剤の大部分は1990年ぐらいまでに開発され尽くしているのに、それ以降それらよりむしろ害が多く薬効も優れないものが甘いチェックで通されて、高い値段で出回るようになってきているそうです。

 1990年頃と言えば、ちょうどEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医学)の概念が台頭してきた頃ですね。
 関連があるかどうかは別にしても、現在の製薬業界はいわゆるエビデンス、つまり医学論文を強力に味方につけて、自分達にとって都合の良い世界を恣意的に演出することに成功しているように思えます。その構造形成に製薬会社と利益相反関係のある医者・医学者も深く関わっていることは、もはや言うまでもないことかもしれません。私にはそのことが薬のチェック機構の甘さに関係があるように思えてなりません。

> なお浜先生は2018年の「飲んではいけない認知症の薬」という著書の中で、以前は糖質を必須栄養素と思っていたが、実はそうではなく控えた方が良いということを比較的最近になって学んだと言及されていて、非常に感動しました。

 これは私も大変素晴らしいことだと思います。
 同時にこのように常識を見直せる人と、そうでない人との違いが生まれるポイントが年齢でないのであれば何なのだろうと思います。
 ちょうど私が主催している主体的医療ダイアロジカルスクールというオンラインコミュニティで最近その話が出ましたが、一つの可能性としては「自分にとって身近で重要な価値観が揺さぶられたときに常識を見直せるのではないか」という意見が出ました。
 私の場合はその身近な価値観というのは肥満についてのことです。肥満であることが人生のコンプレックスでそれまでに一度としてまともに痩せることのできなかった私が糖質制限食を通じて、それまでではあり得ないくらいに減量することができたという経験は、私にとって常識を見直す大きなきっかけとなりました。浜先生が何をきっかけに糖質を控えた方がいいと思えたのかについても是非お伺いしてみたいものです。

 逆に言えば、自分の中で大事な価値観を持っていなければ、どんなことが起ころうと常識が揺さぶられることはないのかもしれません。
 いわゆる「他人軸」で生きるというやつです。だから少なくとも自分がどうしたいのか、自分は何を大事だと考えているのかを認識し、「自分軸」で生きていく姿勢は常識を見直すために大切なことかもしれません。ただ「自分軸」で生きている人が、必ずしも常識を見直せているとは思えない場面も結構ありますので、それだけではないし、「原因はこれだ」というように一つに絞れるものでもないのかもしれません。

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