実測生存率と補正生存率の差が生み出すもの

2022/10/26 17:00:00 | がんに関すること | コメント:0件

ブログ読者の方より先日取り上げたがん患者さんの生存率についての記事について、ある指摘がございました。

私はカプランマイヤー法で表示される生存率(生存曲線)には、何らかの原因によって調査が中断する「打ち切り例」の存在によって修飾され、

中でも「上に凸」という形の不自然な生存曲線を描くためには、グラフ最初の時期の生存率がなるべく100%に近づくようになることが最重要で、

そのためにこの時期に蓄積した打ち切り例としてはがん以外の他の原因での死亡(便宜上、これを「他病死」と表現します)での打ち切りが最も重要な役割を果たしている可能性が高いと考察しました。

なぜならば「他病死」以外の理由(調査体調移動、調査対象期間終了、治験緊急停止)で打ち切り例になる場合、調査から1年未満の時期でそれが発生する頻度は理屈で考えれば非常に低いと考えられますし、

一方で「他病死」であれば、進行期の身体に負担がかかるがん治療であればあるほど診断から1年未満の死亡は起こりえますし、

そしてがんの直接死因判定の曖昧さを踏まえれば、同じ状況の死亡が判定する人間の立場によって「がん死」と判定されるか、「他病死」と判定されるかが大きく揺さぶられうるからです。 ところが、がん研究センターをはじめとして、がん患者の生存率には「実測生存率」というものが示されているものも多いと、

「実測生存率」というのは、死因にかかわらずすべての死亡を計算に入れた生存率のことです。つまり「他病死」の打ち切りによって数値が変化する可能性は除外された生存率だということです。

上述のようにがんの標準治療の成績が生存曲線の見かけ上良くなるトリックが「他病死」による打ち切り例が調査期間の前半に集中していること、にあるのだとすれば、

もしも私が読んだ医学論文の生存率が「実測生存率」であれば、私の考察はそもそも的外れだということになってしまいます。

逆に「他病死」の打ち切り例も含めて解析し、純粋に「直接死因ががん」というケースだけを検出しようとしているものを「補正生存率」と言うそうです。この違いは浅学にして読者の方から指摘を受けるまで知りませんでした。

過去に私が指摘した上に凸の生存曲線を示した医学論文は「実測生存率」なのでしょうか、それとも「補正生存率」なのでしょうか

細かい話で恐縮ですが、重要なところなのできちんと確認しておこうと思います。


まず私がこれまでブログで取り上げた医学論文の生存曲線が「実測生存率」なのか「補正生存率」なのか、読み直す限りははっきりと記載されていないことがわかりました。

ただ、国立がん研究センターでまとめている統計データでは、「全国のがん診療連携拠点病院において、診断から3年、5年、10年を経過した時の実測生存率相対生存率を集計」しているという情報をもらったので、それを確認してみることにしました。

ここで「相対生存率」という言葉も出てきましたが、これは「対象者と同じ特性(性、年齢、暦年、地域など)をもつ一般集団の期待生存確率より期待生存率を算出して、実測生存率をそれで除することによって、その影響を補正する方法」と定義されています。

要するにもしもがんがなかった場合を一般集団の死亡率と仮定してこれと比べることによって実測生存率のがん以外の原因による要因を除き、純粋にがんでどれくらいの生存率になるかを明らかにしようとしている数値、ということになります。

ちなみに一般集団にもがんで亡くなっている人はそれなりに混ざっているので、その影響も排除した「純生存率(net survival)」という言葉もあり、国立がん研究センターの相対生存率はこの「純生存率」になる計算法が用いられているとのことです。

そういうわけで、その国立がん研究センターの「実測生存率」と「相対生存率」が表示されている部分を見てみました。

全がん実測生存率と相対生存率

(画像はこちらのサイトより引用)

するとご覧のように、5年時点のみでの生存率を「実測生存率」と「相対生存率」とで比較した数値のみが表示されています。

「実測生存率」の数字自体はカプランマイアー法で算出されたと記載されていましたが、資料のどこをみても階段状の折れ線グラフは表示されていませんでした。

つまりここでの「実測生存率」では、残念ながらグラフの上に凸問題について語ることができません。

私の関心事は、あくまでも「他病死」での打ち切りが存在しない「実測生存率」であっても、上に凸の生存曲線は描かれるのかということです。

ただ同じ国立がん研究センターの資料にはこのようにも書かれていました。

「医療機関の公表する生存率はKaplan-Meier法による実測生存率であることが多い」

医療機関によるがんの治療成績と言えば、以前の記事でこのような生存曲線を紹介しました。

ハートライフ病院胃がん生存曲線
(画像はこちらのサイトより引用)

こちらの医療機関のサイトを確認したら、「実測生存率」と書かれていました。

このグラフの中でステージⅠA(早期胃がん)の前半の打ち切り例の多さには、「他病死」が多分に含まれている可能性を私は疑ったわけですが、

その点は私の勘違いだったということになります。元記事の方もこれに合わせて修正させて頂きたいと思います。

一方でということはこのグラフにおけるステージⅠAの前半の打ち切り例の多さは、必然的に調査中止となった可能性が高くなるわけですが、

他のステージではステージⅠAに比べて打ち切り例が少ないことを踏まえますと、この調査中止はステージⅠA特有の中止理由が関わっている可能性が高いということになると思います。

そのステージⅠA特有の理由として読者の方からは「ステージⅠAは内視鏡での切除後に近医へ紹介するパターンも多いのではないか」とご指摘頂きました。なるほど確かにそうかもしれません。

ただそもそもこのグラフが上に凸になっているかと言われたら、ステージ1A以外は微妙に見えますし、そのステージ1Aの上に凸具合も微妙な程度ではありますが、いずれにしても上に凸のグラフ形成に「他病死」ではないものの前半の打ち切り例の多さが関わっているということは言えそうです。

それに仮に内視鏡切除後のフォローを近医に依頼したという理由での打ち切りが多かったとしたら、それらの症例がその後再発することなく生き続けているかどうかは本当の意味ではわからない、ということにもなります。

「実測生存率」であっても、上に凸になっている限りは、その治療成績の数値には疑う余地が残っているように思います。


そしてもう一つ、以前の記事で紹介した2004年時点の胃がん治療ガイドラインの生存曲線を再び取り上げます。

胃がんステージ別5年生存率
(画像はこちらのサイトより引用)

こちらは胃がん治療ガイドラインを一般向けに公開しているサイトからのグラフ画像引用だったのですが、

そのグラフと紐づいていると思われる医師向けの同ガイドラインにあった図表は次のようになっていました。

胃癌治療ガイドライン2004ステージ別生存率(数値)
(画像はこちらのサイトより引用)

図の右下の方に「手術死他病死含む」と書かれていますので、これは「実測生存率」であることがわかります。

ただこのグラフを改めてみて気づくこととして、まず、いずれのステージの生存曲線も下に凸の形をしています。

もっと言えば、グラフがカプランマイヤー法特有の階段状の形をしておらず、各時点での生存率の数値を直接線でつないだ折れ線グラフの形状となっています。

従って、このグラフからは打ち切り例がどの程度存在したかははっきりしません。

ただ「実測生存率」は他病死での打ち切り例をグラフ上の生存扱いにする「補正生存率」と比べて、打ち切り例の数は少なくなるということは言えるはずです。

ひょっとしたら「実測生存率」で表示された生存曲線は、打ち切り例が生じにくくなる分、上に凸の形を示しにくいという可能性があるかもしれません。

逆に言えば、階段上のグラフで上に凸の形を示している場合は、「実測生存率」よりは「補正生存率」の可能性が高いのかもしれません。


というのも今回「実測生存率」と「補正生存率」の違いを調べていて、次のようなことが文章が書かれていました。

(以下、こちらのサイトより引用)

がんの医療を評価するためには、当該がんによる生命の損失を評価することが必要です。そのために、死因に関係なく全ての死亡を考慮する実測生存率よりも、当該がん以外の他死因の影響を補正した補正生存率や相対生存率が用いられます。

(引用、ここまで)



そうです。よくよく考えれば、がんの治療の純粋な効果を見たいのであれば、「実測生存率」よりも「補正生存率」の方を見る必要があるはずです。

「実測生存率」だけでは、本来がんとは関係ない死亡も影響してしまい、いわゆるノイズのために必ずしも真実を反映しない数値になってしまう、だからこそ国立がん研究センターは「実測生存率」だけではなく、「相対生存率」と併記しているはずです。

だから基本的にがん治療の効果を表す場合には「実測生存率」ではないものの方を使いたいはずだと思います。

一つの医療機関が公表するデータの場合は、基本的に症例数に限りがあるため、総論的な傾向を述べることができないため、ノイズも含めて自院の実情をありのままに表現できる「実測生存率」が計算されているのではないかとも考えられます。

もしも、がんの治療成績を見る時に「補正生存率」で生存曲線を書くと、形が上に凸となりやすく、「実測生存率」で生存曲線を書くと下に凸となりやすいということが一般化できるのであれば、

がん治療の生存曲線の形を上に凸に変形させているものは、「実測生存率」と「補正生存率」の差、すなわち「がん以外の原因での死亡が(前半の時期に)あること」ではないかと考えることができます。

そして問題はその「がん以外の原因での死亡」が判断する医者の立場や価値観、固定観念によって大いに変動しうるというところにあると私は考えています。

この仮説については、引き続き検証していく必要がありそうです。


たがしゅう
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