「早期がんは手術すれば完治する」は本当か
2022/10/20 06:00:00 |
がんに関すること |
コメント:2件

前回はステージⅣのがんの生存曲線が事実と乖離している例を紹介しましたが、
いわゆる早期がんと位置付けられるステージⅠのがんのデータにも実はトリックがあることに気づきましたので共有します。
例えばこちらは2004年の胃がん治療ガイドラインに書かれていた胃がんのステージ別生存曲線です。

(画像はこちらのサイトより引用)
現時点での最新の胃癌治療ガイドラインは2021年出版の第6版ですが、調べる限りなぜかステージ別の生存曲線が表示されていないので、やむなく2004年版のデータを参照します。
これでも、ステージⅠの胃がんの5年生存率は93.4%と書かれています。非常に良い成績に思えます。
ところがこれを本当に額面通り受け通って良いかどうかには疑問の余地があります。ここで振り返りたいのは以前も少し触れた、1993年に胃癌で亡くなられた人気アナウンサー、逸見政孝さんの記者会見です。 この会見を聞くと、とある重要な事実があることに気づきます。
まずは会見冒頭の逸見さんの発言の該当部分を文字起こししてみようと思います。
(以下、記者会見の逸見さんのコメントを引用)
私が今冒されている病気の名前、病名は「がん」です。
今年の1月の18日に胃の中央部にがんが見つかりまして、
それは幅1cm、そして非常に浅いところに見つかったということで、
まぁ医師の診断では、「早期がん」であるということで、胃の3分の2を摘出した訳であります。
で、その早期がんを見つけてくださった先生は、アメリカでも非常に活躍をされている先生ですので、
私はあのー、いくらー、えーアメリカで活躍をされていても、私が日本人ですから、
本当に助からないがんであれば告白をされる事はないだろうという風に受け止めまして、
「治るんだ」と言う気持ちで、先生にお任せいたしまして、胃の3分の2を提出いたしました。
(引用、ここまで)
引用のように1993年の1月に検診で早期の胃がんを発見され、2月に胃の3分の2を摘出する手術を受けられたという逸見さん、
ところがこの後、わずか3ヶ月後の5月に手術の縫合糸のあった部分と腹壁に再発が認められ、進行胃がんであるため治療のためには3ヶ月手術を含めた入院治療が必要だと医師に諭され、
悩み抜いた結果、逸見さんは生きがいであったアナウンサーの仕事をがんと闘うために人生で初めて3ヶ月休むという決断をしたという告白をなさいました。
さて、この逸見さんの会見の内容が正しかったと仮定して話を進めてみますが、
医師が嘘を言っていないのであれば、1月の時点での胃がんは逸見さんの言うようにステージⅠということで間違いないと思います。
そもそもステージというのはがんの病期、病気の進行具合を表す言葉で、ステージⅠからステージⅣまであります。
ステージの決め方はがん種によってルールが若干異なりますが、基本的にはTMN分類といって腫瘍の大きさ(T)、リンパ節転移の程度(N)、遠隔転移の有無(M)という3つのポイントがどうであるかによって決まります。
逸見さんが言うように幅1cmで粘膜の非常に浅いところにとどまるがんであれば、厳密に言えばステージⅠAとなります。ステージⅠには粘膜にとどまるステージⅠAと、その下の筋膜までにとどまるステージⅠBとがありますが、ステージⅠAの方がより軽いステージということになります。
ということは逸見さんのこの時点での5年生存率はデータでは93.7%となります。しかもステージⅠの早期胃がんであれば現在では内視鏡的に切除できることも多いですが、何らかの事情があったためか、病巣部だけを取り除くのではなく、病巣を含めて周辺のリンパ節も一緒に取り除く胃2/3切除術が施行されています。
これでがんが取り切れないことは考えられないくらいの慎重な対応をされています。ところが実際には手術からわずか3ヶ月後という驚きの早さで目に見える形で再発を経験されることになりました。
しかも遠隔転移もしているとのことでステージⅣの進行胃がんと診断変更です。遠隔転移が確認されると腫瘍の大きさ如何に関わらず、問答無用でステージⅣになるというのがルールです。
ここで思い出されるのは、手術という大ダメージを受けることでサイトカインが過剰産生され、休眠状態にあったがん細胞の増殖機転が働かされてしまうことがあるという話です。
逸見さんが受けた手術の大きさ、再発までの異常な早さ、術創部を中心とした再発部位を考えれば、再発したというよりは手術侵襲による高サイトカイン血症が新たな正常細胞のがん化に関与した可能性が十分に考えられる状況です。
その後この進行胃がん状態に対しても、どういうわけか手術で全て病巣を取り去るという私からすれば考えられない選択を当時の担当医が行った結果、再手術を行った9月16日からわずか3ヶ月後、帰らぬ人となった経緯です。
しかも死因はがんということにされています。私には手術が死期を早めたようにしか思えません。近藤誠先生もそのことを著書の中で再三指摘されていますが、この点については私も同意見です。
この話の中で私が疑問に思うのは、逸見さんのようなケースはステージⅠの治療成績としてきちんとカウントされているだろうかということです。
逸見さんはステージⅠで5年生存率は93.7%だったけれど、発覚から5年どころか1年も経たず亡くなられてしまいました。
それは逸見さんがたまたま運悪く100%-93.7%=6.3%の集団に入ってしまったということなのでしょうか。
曲がりなりにも逸見さんはアメリカで活躍するような優秀な外科医の手術を受けられているというのに、運悪く6.3%に入ったとするのは、もちろん絶対ないとは言い切れないものの非常に違和感を感じます。
それともこうしたケースはそもそもステージⅠの治療成績としてはカウントされず、ステージⅣの治療成績としてカウントされてしまうのでしょうか。
そうだとしたらステージⅠの治療成績が高くなるのは当たり前です。だって治療がうまくいかなかったケースは他のステージの治療成績として処理されるのであって、治療成績として出るのは手術後に再発(侵襲による正常細胞の活性化?)しなかったケースばかりなのですから、それは治療成績が高くもなります。
そう思って別の胃がんの治療成績を見ているとこんなものを見つけました。

(画像はこちらのサイトより引用)
沖縄県にあるハートライフ病院という病院のホームページで公開されている胃がんのステージ別生存曲線です。リンクフリーとのことで使わせて頂きました。有難うございます。
さて、2011年から2017年までの観察期間での治療成績のようですが、
これを見ますと、やはりステージⅠAの治療成績は優秀で5年生存率は90.7%ということになっています。
ただ一方で生存曲線を見て気になるのは、ステージⅠAにおける打ち切り例を表す「ヒゲ」の多さです。
打ち切り例は観察期間の間、何らかの理由(転居、観察期間終了、緊急中止、他病死など)があって途中までしか観察できなかったケースを意味します。その観察継続不能の事態が発生した時点でグラフに小さい縦棒、いわゆる「ヒゲ」を書くという作成ルールです。
他のステージの生存曲線に比べてステージⅠAの「ヒゲ」は圧倒的に多い印象で、そのためか上に凸気味のカーブになっています。
逆に言えば、「ヒゲ」の少ない他のステージの生存曲線は、原則通り下に凸の指数関数的なカーブとなっています。
ただ逸見さんのようなステージⅠがステージⅣに診断変更されたケースはおそらく同病名なので、おそらくルール上は打ち切り例にはならないはずです。
ということはステージⅠの前半の打ち切り例を反映する他病死は、がん以外の原因で亡くなった人を反映しているということになります。
例えば胃がんの術後に縫合不全や逆流性の誤嚥性肺炎になるなどのトラブルで敗血症性ショックに陥るなどのケースが考えられます。
つまり胃がんステージⅠの5年生存率の90%代の好成績の裏には、生存曲線に反映されない他病死のケースや逸見さんのような術後にステージが進行したケースは含まれていないということになります。
そうしたケースも全て含めれば、ステージⅠの胃がんの5年生存率は本当に90%代になるのか、という疑問が拭えません。
(※注:上記の生存曲線は「他病死」での打ち切り例のない「実測生存率」であることが記事執筆後に判明しましたので、一部記事を訂正させて頂いております。この点についても追加考察は別記事もご参照下さい。)
「病巣をきれいに取り去ればそれで治った」というイメージは理解できますが、
実際にはその「きれいに取る」という作業は麻酔をかけていても、ものすごく身体に負担のかかる大怪我です。
現実に起こっていることは「きれいに取る」というような生やさしいものではないように私は思います。
もしもイメージに合うデータの都合の良いところだけを見て、
「生存率90%」「早期がんはほぼ確実に完治できる」と認識してしまい、
その裏に隠れる多数の経過不良例が見過ごされてしまっているのだとしたら、
これは手術をされている外科の先生達にも考えてもらいたい由々しき事態だと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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がん告知
有名なところではこれより数年前、医師でもある手塚治虫が確か最期まで告知されていなかったという話もあったと思います。
この後なぜか告知が当たり前になったようです。
これが医者と患者双方が、ガンとは可逆的な状態で、決して戦うべき敵ではなく自己細胞の過剰適応に過ぎないという認識なら、告知しなければ生活全般を見直すこともできないわけで、告知がプラスに働くかもしれません。
しかしながら現状の告知は、患者にガンと戦う気持ちにさせる、つらい治療に耐えてガンに打ち勝ちましょうという意味あいで行なっているのがほとんどだと思われます。
しかも放置すれば余命〜と言ったりするので、気の弱い人ならそれだけで参るでしょうし、そうでない人もひたすらガンという内なる敵と戦う発想になって、苦しい治療を受け入れる。
しかしながらその発想では結局は悪化してしまうケースが多いのではないかと危惧しています。
Re: がん告知
コメント頂き有難うございます。
> 逸見さんのコメントの中に、助からないガンなら告知されなかったと思ったという趣旨の言葉があるので、当時はまだ告知が当たり前ではなかったことがわかります。
> この後なぜか告知が当たり前になったようです。
がん告知を一般的にしたパイオニアは近藤誠先生と聞きました。
その近藤先生が1980年代に告知を広める活動をしていたと著書には書かれていたので、1993年の逸見さんの会見時はまだ端境期だったのかもしれませんね。
> 現状の告知は、患者にガンと戦う気持ちにさせる、つらい治療に耐えてガンに打ち勝ちましょうという意味あいで行なっているのがほとんどだと思われます。
> しかも放置すれば余命〜と言ったりするので、気の弱い人ならそれだけで参るでしょうし、そうでない人もひたすらガンという内なる敵と戦う発想になって、苦しい治療を受け入れる。
本当、そうなってしまっていますよね。
「放置」という言葉のネガティブ感が、せっかくの理にかなっている合理的な論理を患者さんに伝えにくくしてしまっている側面はあるようにも思いいます。
なぜ多くの人が「放置」というがんと戦わない選択を受け入れられないのかと言えば、放置の先に病にむしばまれていくイメージがあるからではないかと思っています。同じがんと戦わないという選択であっても、放置ではなく「整える」という境地に至ればもう少し受け入れやすくもなるような気もするのですが、それを伝えるにも糖質中心文化が邪魔をしたり、種々の医学論文に基づいた専門家の発言及びそれに準じるメディアに邪魔されたり、厳しい現実に私は直面し続けています。
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