がん治療での「上に凸」の生存曲線は上にある方が治療成績が悪い可能性が高い

2022/10/02 19:15:00 | がんに関すること | コメント:0件

「上に凸」の生存曲線問題について熟考している際に、

近藤誠先生の「ある抗がん剤の有効性を示す医学論文の執筆者とその抗がん剤を取り扱う製薬会社との間に利益相反関係があることがデータの人為的操作につながっている」という主張に対して、

近藤先生の理論と真っ向から対立する立場の腫瘍内科医・大場大先生が著書の中で次のように指摘している部分がありました。



脱・近藤誠理論のがん思考力 単行本(ソフトカバー) – 2016/10/25
大場 大 (著)

(以下、p157-158より引用)

(前略)

例えば次の胃がんの臨床試験を紹介します。

近藤氏が転移性大腸がんで問題視していたパニツムマブという分子標的薬が、転移性胃がんでも有用かどうかを検証するために英国で行われたランダム化比較試験です(Waddell T, et al. Lancet Oncol 2013; 14: 481-489)。

治療歴のない転移性胃がん患者553人を対象として、抗がん剤1次治療の設定で、「標準治療+パニツムマブ vs 標準治療」が比較されました。

この臨床研究も先のアムジェン社がスポンサーになっていて、研究責任医師のDavid Cunningham氏も、先のEric Van Cutsem氏と同様に、アムジェン社から研究資金の提供を受け、さらに社内アドバイザーも務めているという利益相反が論文で開示されています。

近藤氏の言う通りだとするならば、パニツムマブ併用群の治療成績を意図的に有利にするために、Cunningham氏はデータに人為的操作を加えるよう指示を下すという理屈になってしまいます。

しかし、実際の結果は、パニツムマブを併用すると効果どころか、患者の不利益になるという結果が示され、転移性胃がん患者にはパニツムマブは不適切という判断が下されました

(引用、ここまで)



つまり研究者と抗がん剤の製薬会社が利益相反の関係にある場合でもネガティブデータ、すなわちその抗がん剤が効かないというデータがあるというわけです。

確かにパニツムマブを取り扱う製薬会社が自分達の都合の良いデータを出すために恣意的にデータを捏造しているのだとすれば、これから大きく市場を広げていきたい分子標的薬の方が効果がないというようなデータが医学論文として世に出るのはつじつまが合いません。

うがった見方をすれば、パニツムマブはすでに大腸がんで有効性がRCT論文で示されている薬なので「大腸がんといえばパニツムマブ」というイメージを作るために、あえてネガティブデータを作ったという考え方もできるかもしれませんが、大分無理がありますよね。

それにもしそんなイメージ戦略をしたいのだったら、他のがんで臨床試験を組まなければいいだけの話だし、わざわざ大金をかけて医学論文を作ることのメリットがそんなにあるとは思えません。

ということは、少なくともこのケースでは利益相反関係にありながらも、研究自体は誠実に行われたと考えるのが妥当だと思います。

そう思ってその誠実に行われたはずの研究での生存曲線がどうなっているか、原著論文で確かめてみました。

パニツムマブを投与した方が生存率が低い?
(画像はWaddell T, et al. Lancet Oncol 2013; 14: 481-489より引用)

ご覧のように、2つの曲線が「上に凸」の形状を示しています。

「上に凸」の生存曲線の何が問題であるかについて簡単におさらいします。

それぞれのがん患者では重症度も、余命がどの程度であるかもまちまちですが、条件を揃えたがん患者を一定数それなりにたくさんの数を集めれば、集団としての性質が均質化して死亡率が約◯%という特徴を持つ対象になります。

そうした集団がある治療を受けて時間とともにどの程度の人が亡くなっていくかを調べた生存曲線を描く際には、死亡率が一定である限りは、必ず原理的に「下に凸」の指数関数曲線を基本にした曲線を描きます。

ただ現実は必ずしも死亡率一定ではなく多少の変動を示すので多少の変形はもちろんあり得るわけですが、

その中で「上に凸」の生存曲線を示すためには、一人や二人だけではなく、その何百人以上もいるその大集団のほとんど全ての人が、

最小の数年は生存率100%に近い超優秀な成績を示しつつ、その一方で3,4年目から急激に集団としての死亡率が低下していくという大きく2つの条件を満たさないといけないということであって、

特に最初の数年の超優秀な生存率を実現するためには、最初の数年で死亡する人達(治療死も含む)を固定観念から他病死と判定してしまう医師が多いために、

実際には最初の数年で多くの人が亡くなっているにも関わらず、生存曲線(カプランマイヤー法)の記載ルール上は他病死による「打ち切り例」として扱われ、

グラフ上はほとんどの人が生き残っているかのように表示されているのではないかという疑義があるというところが問題でした。

さて、この利益相反関係あるのに製薬会社に不利な結果の医学論文での生存曲線が「上に凸」というわけです。

これはやはり「上に凸」のグラフ作成作業が、恣意的な捏造などではなく、あくまでも誠実に研究した結果、起こってしまっている現象だということを意味していると私は思います。

そしてもう少し詳しくみてみましょう。グラフには「EOC」と書かれた青い曲線と「mEOC+P」と書かれた赤い曲線があると思います。

「EOC」というのは「E(エペルピジン)」と「O(オキサリプラチン)」と「C(カペシタビン)」という3つの抗がん剤を組み合わせた従来型の標準的抗がん剤治療のことです。ちなみに3つとも殺細胞性の抗がん剤です。

で「mEOC」というのは「modified EOC(修正型EOC)」の省略で、「EOC」の治療法に少し修正を加えているという意味で、なぜ修正を加えるかと言いますと「+P(パニツムマブ)」、つまり今回効果を検証したいパニツムマブを加えるからその分「EOC」の方を減らしておきましょうということです。

青い「EOC」の曲線が赤い「mEOC+P」の曲線よりも上にありますので、下にあるパニツムマブを加えた治療の方が標準的な「EOC」治療よりも生存率の点で治療成績が悪い、と示しているというのです。

でもその生存曲線が「上に凸」なんです。「上に凸」になるための条件を思い出してもらうと、特に重要なのは最初の数年に他病死による打ち切り例が多ければ多いほどグラフは見かけ上完璧な「上に凸」になるということです。

ということはより完璧な「上に凸」グラフとなっている「EOC」曲線の方で、最初の数年、他病死と扱われている死亡者がたくさんいることを示していると、

すなわち「上に凸」グラフの場合はより上に位置している方が実際的には治療成績が悪いという可能性を示している、ということです。

そう思って「EOC」と「mEOC+P」でそれぞれ使われた薬の量を論文内で確認してみると次のように書かれていました。

標準的な 「EOC」 化学療法 :1日目にエピルビシン50mg/m2の静脈内投与、1 日目にオキサリプラチン130mg/m2の静脈内投与、 1日目から21日目まで1日あたり経口カペシタビン1250mg/m2
パニツムマブと組み合わせた用量調節 「mEOC+P」: 1日目にエピルビシン 50mg/m2の静脈内投与、1日目にオキサリプラチン100mg/m2の静脈内投与、1日目から21日目まで1日あたり経口カペシタビン1000mg/m2、1日目はパニツムマブ9mg/kgを21日ごとに静脈内投与


比べてみると、「EOC」の方が「mEOC+P」に比べて、オキサリプラチンの量が30mg/m2、経口カペシタビン250mg/m2/日(21日間)分だけ多いということになります。

つまりこの医学論文は実質的には「P」と「OCの増量分」のどちらが害が大きいかを比較した試験であって、

その結果、グラフとは逆で解釈しないといけないので、「P」の方が「OCの増量分」よりも害が少なかったということを示していることになるのではないかと思います。

害のある薬と害のある薬を比べているので、あまり意味のある結果とも私には思えない(パニツムマブの方が安全だとも感じにくい。毒と猛毒を比べている感じ)のですが、

ここで「上に凸」の生存曲線におけるグラフの最初の数年部分の高さは、高ければ高いほど初期の死亡者が多い可能性があるという点は極めて重要だと私は思います。

なぜならほとんどの抗がん剤の有効性を示すRCT医学論文は生存曲線が「上に凸」になりながら、比較対象より上にあることで「比較対象よりも効果がある(死亡率が低い)」と謳っていることがほとんどであるからです。

打ち切り例は他病死以外にも追跡不能(転居など)のパターンや調査期間の途中から登録して全期間追えなかったパターンもあり得るわけですが、

最初の数年にそのような例が発生することはごく稀(これから転居する予定の人が研究に参加するとは思えないし、研究の登録時期がどれだけ遅くても最初の1年で打ち切り例になることはありえない)です。

だから「上に凸」になるとしたら、最初の数年の死亡例を他病死での打ち切り例としてカウントしている可能性しか私には考えられないです。他の可能性があるという方は是非教えて頂ければと思います。

そしてこうした「上に凸」のグラフ化が作為ではなく、正当な研究の結果として行われてしまっていることが非常に重大な問題だと思います。

なぜならば世界中のがん研究者が誠実に間違え続けている可能性が出てきてしまうからです。

ちなみに大場先生の本にはこのような医学論文はパニツムマブだけではなく、別の分子標的治療薬であるセツキシマブが転移性胃がん患者904人を対象に標準治療と比較された医学論文でも同様にネガティブデータが出ていたとも紹介されていました(Lordick F, et al. Lancet Oncol 2013; 14: 490-499)。

この論文での生存曲線は残念ながら原著が手に入らず私には確認することができませんでしたが、もしも原著を確認できる立場におられる方は「上に凸」になっていないかどうか是非見ておいて頂きたいと思います。

ともあれ、このように利益相反関係にありながら製薬会社にとってネガティブな結論となっている医学論文は、全体の中で少数派であることには違いないでしょう。

でも少数でもこういう医学論文を出してもらっていたおかげで、この「上に凸」のグラフ作成が故意ではないであろうことを私は信じることができています。そういう意味では感謝したい医学論文です。

しかし逆に言えば、故意ではなくて「上に凸」の生存曲線を示した医学論文が次から次へと産出され続けてしまっていることに大きな現代がん医療の歪みを強く感じます。

一介の医師たる私が、この歪みを是正しようと試みることはどれほど困難なことであろうかと圧倒的な絶望感を感じてしまいます。

近藤誠先生はたった一人で本当に大変な作業を続けて来られたのだということを改めて痛感します。

この偉業を無駄にしないようにするためにはどうすべきか。

従来医学を否定し闘うのではなく、別の医学の形を提案するという方法を私は突き詰めていきたいです。


たがしゅう
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