敵や原因ではなく、味方や結果かもしれない

2022/07/14 12:15:00 | お勉強 | コメント:0件

おそらく一般的には興味を惹きにくいと思われる「シアル酸」についての話ですが、

私としては非常に重要だと考えていますので、もう少しだけ続けてみたいと思います。

おさらいとしては「シアル酸」というのは細胞の表面にある脂質やタンパク質に結合する「糖鎖」の末端部分にキャップ(蓋をする)されている単糖類でした。

シアル酸はどこにでも結合できるわけではなく、糖鎖のある部分にしか結合できないので、例えば血液中に糖分だらけだったとしても細胞がシアル酸まみれになるというわけではないということ、

ただがん細胞の場合はそのシアル酸を含む「糖鎖」の数自体が増えるので、がん細胞自体にあるシアル酸の数は正常細胞よりも多くなっているということ、だからこそ今臨床現場で使われている血液検査でのがんマーカーにはシアル酸の糖鎖が関わっているものが多いのだということ、

そして「シアル酸」には自分が自己細胞であることを示す「自己の名札(タグ)」としての役割がある、という辺りが前回記事の重要点だったと思います。 今回もこちらの医学雑誌の特集から私が重要だと感じた部分を2点抜粋したいと思います。



医学のあゆみ 腫瘍と糖鎖-糖鎖の基礎研究から腫瘍の分子標的同定に向けて 281巻9号[雑誌] 雑誌 – 2022/5/28

がんとシアル酸重合体
佐藤ちひろ(名古屋大学糖鎖生命コア研究所)
医学のあゆみ Vol.281 No.9 2022.5.28


一つ目の重要点はウイルスの感染にシアル酸が深く関わっているという点です。

(p872より引用)

細胞表面は、一般的に糖タンパク質や糖脂質に結合したシアル酸で覆われている。

シアル酸の糖タンパク質の結合様式にはα2,3-シアル酸と、α2,6-シアル酸が主に存在し、この結合位の違いが大きな違いをもたらす。

最もよく知られている事象としては、インフルエンザウイルスの感染機構であり、ヒトとトリのインフルエンザウイルスの感染は宿主のシアル酸の結合位の違いによって、

それぞれの感染を起こし、パンデミックウイルスは本来感染しない結合位のシアル酸に結合できるようになることで起こることが知られている。

(引用、ここまで)



α2,3-シアル酸結合とかα2,6-シアル酸結合という難しげな言葉が出てきていますが、

それはシアル酸が結合する位置の微妙な違いを表現しているだけの話です。

またパンデミックウイルスはそんなシアル酸の位置の微妙な違いを認識してパンデミックを起こすようなことが書かれていますが、それもひとまず置いておきましょう。

ここで私が極めて重要だと思うのは、「自己の名札であるシアル酸をインフルエンザウイルスが認識している」ということです。

ということは私が度々私がブログで述べていますように、「ウイルスには自己的な要素が存在する」という仮説に分子生物学的な基盤があるということを意味しています。

振り返ると私が過去のブログでシアル酸について触れたことは数回ありました。でも正直その時点では「シアル酸」が「自己の名札」だという認識はありませんでした。

その認識がないと「シアル酸」を含む糖鎖は、「ウイルスが巧妙に人体に入りこみ感染を成立させるための分子生物学的なメカニズムだ」という目線で見てしまうと思いますが、「シアル酸」が「自己の名札」なのであれば随分印象は変わってきます。

巧妙も何も、元々自分の細胞と同じ構造を持っているものなんだからすんなりと細胞内に入れて当たり前だという話になってきます。

たとえるのであれば、自分の家への合鍵を持っていて用事があって家に入ってきた兄弟の姿を見た第三者が「強盗が巧妙に住居に侵入している」と認識しているようなものです。

パンデミックウイルスはシアル酸の結合部位の違いを認識しているという話がありますが、それは正面玄関の合鍵で入る兄弟は大した悪さはしないけれど、勝手口の合鍵を持っている兄弟を見て「地域全体の治安の悪化に関わっているに違いない!」と決めつけているようなものではないでしょうか。

なぜ同じシアル酸が相手で、場所がちょっと変わっただけでパンデミックになったりならなかったりしているのか、説明できているようでまるで説明できていないと感じるのは私だけでしょうか。

あとこのシアル酸についての話はインフルエンザウイルスだけの話なのかと思いきや、調べてみるとそうでもないようです。

こちらのサイトによりますと、AIDSを引き起こすHIVや、B型肝炎ウイルス、そして驚くことにSARSの原因とされるコロナウイルスもシアル酸を含む糖鎖が感染に関わっていることが示されています。

コロナウイルスと言えば、ACE2という分子が感染が成立するための受容体だという話がずっと言われてきていました。私はそれだけでコロナの感染が語られ続けることに当初から違和感を感じていましたが、やはりというか別のメカニズムが存在しているということになりますし、

自己の名札的な要素を頭に入れた上でACE2を眺めると、ACE2とコロナウイルスの共通性のようなものにも目がいくことになります。

つまりこの「ウイルスという病原体が人体の成分を巧妙に利用して感染」という視点から「ウイルスと自己細胞には元々共通性があり、結合したり、増殖したりするのは必然的な現象」という視点への変換は、インフルエンザウイルスに限らない全てのウイルスに共通する構造変換であるという可能性が「シアル酸」を通じて見えてくるというわけです。


もう一つの重要点は、「糖鎖の過剰化はさまざまな原因不明の疾患の発生理由を説明できる可能性がある」という点です。

(p873より引用)

シアル酸はまれにシアル酸同士がα2,8結合したジシアル酸、ポリシアル酸構造を形成することがある。

ジシアル酸はガングリオシド上のエピトープとしてよく知られている。

(中略)

ST8SIA1の発現亢進によるジシアリルガングリオシドGD3(Neu5Acα2,8Neu5Acα2,3Galβ1,4-Cer)の増加はメラノーマでの解析が進んでおり

(中略)

がんの悪性化を促すことが報告されている。

(引用、ここまで)



ちょっと訳のわからない専門用語が飛び交う文章だと感じられるかもしれませんが、「ガングリオシド」という言葉に私は聞き覚えがあります。

ガングリオシドというのは脳神経系に比較的多く含まれる糖脂質のことです。この糖脂質の糖鎖部分の末端にもシアル酸がキャップされており、ここのシアル酸は時にシアル酸同士がくっつくジシアル酸、ポリシアル酸という構造をとる傾向があるという話がまず一つです。

で、そのシアル酸同士が結合したジシアル酸になると、ガングリオシドのエピトープになるという点についてですが、

エピトープというのは「抗原決定基」と翻訳されますが、「抗体」によって認識される対象になるということです。

私の医師としての専門は脳神経内科ですが、私が大学病院にいた頃、「慢性炎症性脱髄性多発神経炎」という神経難病、通称「CIDP」と呼ばれる病気の患者さんの治療に当たっていたことがありました。

その時、研究レベルで「CIDP」の患者さんの一部に確認されると言われていた検査項目に「抗ガングリオシド抗体」と呼ばれるものがありました。

「抗ガングリオシド抗体」というのは文字通りガングリオシドを攻撃する抗体のことです。そしてジシアル酸がガングリオシドのエピトープになるということは、「抗ガングリオシド抗体」が攻撃していたのはガングリオシド上のジシアル酸だったということになります。

そして思い出してほしいのは、シアル酸はもともと「自己の名札(タグ)」としての機能を持っているということです。それが稀に起こるジシアル酸構造をとることによって攻撃対象になるということは、「シアル酸」が「ジシアル酸」になることによって「自己の名札(タグ)」としての機能が失われるということになります。

ではなぜ「シアル酸」が「ジシアル酸」になるという現象が起こるのでしょうか。

ここから先は私の想像も含みますが、シアル酸同士が結合するということは、シアル酸とシアル酸の位置が近接する状況に置かれている可能性が高いと思います。

でもシアル酸が結合ができる位置は決まっているので、シアル酸とシアル酸の位置が近づくにはシアル酸が結合できる糖鎖の細胞表面上での数が増えていく必要があると思います。

そしてそのように糖鎖自体の数が増えた状態が「がん細胞」でした。

引用文では「ジシアル酸ががんの悪性化を促す」と書かれていますが、これは因果関係が逆となっている可能性があります。

すなわち、「細胞ががん化することによって、細胞表面上の糖鎖の数が増えて、シアル酸とシアル酸の位置が近接し、ジシアル酸が構成されるようになる」という解釈ができます。

つまりもっとシンプルに言えば、「ジシアル酸はがんの原因」ではなく、「がんになった結果、ジシアル酸ができる」ということです。

ここで重要なことはがんとCIDPの発生には共通性があるということです。おそらくそのように考える医者は極めて少数派だと思います。

いくら血液中に糖分が増えても細胞にシアル酸がベタベタひっつくわけではありません。でも血液中に糖分が増えればその糖を必死に消費しようと細胞ががん化しやすい状況が生み出されます。

あるいはがん化という手段で糖の消費能力を高められない人は、糖鎖も含めて糖化できる場所にありったけ糖化していきますし、それでも処理できなければ糖が組織に沈着していくことになります。

つまり糖が過剰になることの弊害は大きくはがん化や肥満に向かう方向性と、細胞や組織の過剰糖化に向かう方向性の大きく二つがあるという構造が見えてきます。

そしてがん化の延長線上に「シアル酸」の自己の名札(タグ)的機能が失われることがあり、その結果として自分を攻撃する自己抗体が生み出され、現在原因不明の神経難病位置づけられている「CIDP」もその一つの表現型として繋がってくるということです。

これは私が「過剰適応」から「消耗疲弊」へと移行すると説明する流れにも相同していると思います。

「ガングリオシド」ががんの中でも極めて難治と考えられているメラノーマと関連しているという話も興味深いです。

ジシアル酸構造をとることがいかに限界を超えて糖鎖が増えていることがうかがえますし、だからこそジシアル酸が構成されることは稀なのだと思うのです。


...ごちゃごちゃとむずかしげなことを言ってきましたが、

「CIDP」に糖質が関わっていると考えている医者・研究者はおそらく世界中で私だけだろうと思いますが、

「シアル酸」を切り口に考察を積み重ねていくとそんな構造も見えてくるわけです。

なぜ私しか気づかないのかと言いますと、医学が病気を「病原体病因論」だと捉えているからです。合鍵を持っている兄弟を空き巣のように見る視点しか持っていないからだと思うのです。

空き巣のように見ることも確かにできるかもしれませんが、本当は「ただ合鍵を持っている仲のいい人」として捉え直す視点を医学でも当てはめてみる意義は極めて大きいと私は考えてみます。

なぜならばその状況を改善するために次にとるべき行動が全く変わってくるからです。

おそらく「CIDP」にだけたまたま糖質や糖鎖が関わっているという偶然的な話ではありません。

糖鎖は原因ではなく結果という視点、あるいは糖の過剰には広い意味でのストレスも関わってくるという風に考えれば、

これはおそらくほとんど全ての病気に当てはまる構造だと思います。

もしそうであれば医学がやるべきことは一生懸命病気の原因を探すことではなく

どうすれば糖が過剰化していく状況を避けることができるのかについて、糖質だけではない観点で広く考えていくことではないかと思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する