「リン酸化」が持つ意味とは

2021/10/12 06:00:00 | 素朴な疑問 | コメント:0件

前回の記事で紹介した書籍「うつ病の原因はウイルスだった」の内容についてもう少し理解を深めます。

実は著者の近藤先生は、「HHV-6がどうやって宿主の疲労を検知して再活性化して逃げだそうとしているのか」という疑問の答えを探っていく中で、疲労因子と呼ばれる物質を特定したことをこの本の中で記しておられます。

疲労物質と言えば「乳酸」のイメージがある方もいらっしゃるかもしれませんが、近年その考えに異論も出てきており、むしろ「乳酸」は疲労時にその状況を克服するために産生される「疲労克服物質」であるという考えさえ出てきている状況です。

ではその「疲労因子」とは何なのか、まずは本書の中の該当箇所を引用するところからはじめたいと思います。 うつ病の原因はウイルスだった! 心の病の最新知見Q&A 単行本(ソフトカバー) – 2021/9/2
近藤 一博 (著)


(p124-126より一部引用)

(前略)

宿主の体が極度に疲労すると、HHV-6が再活性化して逃げ出そうとする」という話をしたのを覚えているでしょうか。

私たちは、この時にHHV-6がどうやって宿主の疲労を感知するのかを探る中で、世界で初めて「疲労の原因物質」の特定に成功したのです。

人間の細胞には、体に必要なタンパク質の生成を助けている「eIF2α」という物質があります。

これがリン酸と結びつき、「リン酸化eIF2α」となることによって、炎症性サイトカインを生み出すことがわかったのです。

体内に「リン酸化eIF2α」が増えると、その分タンパク質の生成量が減り、臓器が正常に働かなくなります

この臓器の機能低下こそが、「体の疲れ」の正体です。

私たちは、疲労の原因物質であるリン酸化eIF2αを「疲労因子」と名付けました。

一方、疲労因子によって生み出された炎症性サイトカインは、脳に伝わることで「疲労感」を生み出します

この時、疲労の程度がひどく、炎症性サイトカインの量が極めて多いと、脳神経は炎症を起こします。

疲労も「炎症性サイトカインを生み出す」という意味では、炎症の一種なのです。

(引用、ここまで)



まず「eIF2α」という聞き慣れない物質が出てきました。この「eIF2α」がリン酸化されることで炎症性サイトカインが生み出され「疲労感」を覚え、同時にリン酸化によってタンパク質の産生量が減るので臓器機能低下が起こるので身体は疲労すると、だからこそ「リン酸化eIF2α」は「疲労因子」だと言えると近藤先生は述べています。

この「eIF2α」については、私もよく知らなかったので軽く調べてみますと、どうやら正式には「真核生物タンパク質合成開始因子(eukaryotic initiation factor(eIF)-2α)」と言って、

真核生物におけるタンパク質合成開始に関連する因子であり,ウイルス感染,栄養欠乏,虚血,熱ショックなどの様々なストレス刺激によりリン酸化修飾を受けるというものだそうです。

そうすると、「疲労」という現象の根源には「リン酸化」という現象が関わっているという構造を見ることができます。

するとHHV-6はこの「リン酸化」を感知する何らかの仕組みを持っているということになるのでしょうか。

いや、やはりそれは変です。繰り返すようですが、ウイルスというのは所詮は「遺伝子とタンパク質の塊」です。そこに「リン酸化」を感知する何らかの仕組みが存在しているとは私には到底思えません。

それよりも私は「リン酸化」という現象がストレスによって引き起こされるということは、HHV-6が「自己」の一部として挙動すると考えた時に、ストレスを感じた宿主の一部として再活性化すると考えた方が自然に思えます。

そもそも「リン酸化されたeIF2α」こそが「疲労因子」だと述べられていますが、本当にその解釈で正しいのでしょうか。

「リン酸化」という現象は、言ってみれば生物における重要な調節機構です。

リン酸化させる酵素のことを「キナーゼ」、リン酸化を元の状態に戻す(脱リン酸化させる)酵素のことを「フォスファターゼ」といいます。人体の中には「・・・キナーゼ」とか「・・・フォスファターゼ」と呼ばれる酵素が多数存在しています。

またエネルギーを生み出す過程にも「リン酸化」は関わっています。「酸化的リン酸化」というのはミトコンドリアでエネルギーを生み出す際の最終段階で必要不可欠なステップです。

身体がストレスを感じ続けた時に、オーバーヒートを避けるために「リン酸化」というシステムを活用して人体に「疲労」を感じさせるという仕組みは非常に合理的だと考えられます。

しかも一度「リン酸化」したとしても、フォスファターゼによって「脱リン酸化」させることで可逆的に元に戻すことができるというのも、「疲労」という現象が休めば回復するという経験則に照らし合わせてもよくリンクすることがわかります。

それゆえ、「リン酸化」は確かに「疲労」に関わっているものの、「疲労因子」というよりは、人体のホメオスターシスを維持する仕組みの一部をみていると捉える方が本質的であるように個人的には思います。

ちなみに「リン酸化」のように出来上がったタンパク質が人体の中で何らかの変化を遂げて機能の変化をきたすことを、「翻訳後修飾」と言い、「リン酸化」以外にも「グリコシル化」「ユビキチン化」「ニトロシル化」「メチル化」「アセチル化」などのパターンがあることが知られています。

そして本来は人体のオーバーヒートを防ぐために引き起こされた「eIF2αのリン酸化」という現象が、長引くと可逆的なはずの変化が次第に不可逆的な事態へと発展していくという流れがあります。

それを避けるようにして、「リン酸化されたeIF2α」によって人体のシステムが刺激されて、炎症を惹起しようと新たな反応系を働かせるという出来事へとつながります。これが「炎症性サイトカイン」が産生される理由だと思います。

そしてこの「炎症性サイトカイン」が出てもなお場が収まらなければ、いよいよ人体は不可逆的な疲労状態へと移行してしまうということです。この流れは私の考察で言うところの過剰適応から消耗疲弊へ進展する流れとも非常によくリンクします。

ちなみに「リン酸化されたeIF2α」がオートファジーの誘導にも関わっているということも近年の研究でわかってきています。

このことから「eIF2αがリン酸化される」という現象が必ずしも、人体の破滅・崩壊を意味しているというわけではないということがわかります。その意味でも「リン酸化」を通じて「疲労」をウイルスが感知しているという考えに私は否定的です。


近藤先生が疲労因子と認定する「リン酸化eIF2α」を、一連の流れの中で捉え直すと、これを認識するのはますますウイルスではなく、人体そのものだという考えに私は確信を強めていきます。

つまりはうつ病の原因はウイルスなのではなく、「自己」的なウイルスを「非自己」的だと誤認してしまうストレス刺激が加わり続けた人体(宿主)の方だと私は考える次第です。


たがしゅう
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