「ウイルスが病気の原因」という解釈の誤解

2021/10/11 09:40:00 | おすすめ本 | コメント:0件

先日大好きな本屋を見回っていると、一冊の本が私の目に飛び込んできました。



うつ病の原因はウイルスだった! 心の病の最新知見Q&A 単行本(ソフトカバー) – 2021/9/2
近藤 一博 (著)


著者は東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博先生です。近年、うつ病の原因はあるウイルスの感染によって産生される、あるタンパク質が原因で起こることを示す医学論文を発表され、

その内容を一般の人にもわかりやすく漫画家のにしかわたくさんのイラストも交えながら説明しているのが本書です。

この本の中の内容は私にとって是非とも確認しておくべきだと感じられました。なぜならば私の持つ「コロナの重症化には不安・恐怖情報が大きく関わっている」という考えと非常にリンクするからです。 まず本書の中では、長年うつ病の原因とされていたセロトニン仮説が現在は否定されてきていることが丁寧に説明されています。

具体的には「セロトニンを高める薬でよくならないうつ病患者が半数いる」「セロトニンを素早く立ち上げる薬を使うにも関わらず、効果が出るまでに約2週間のタイムラグがある」「技術の進歩でうつ病患者におけるセロトニンの脳内の不足を確認することができなかった」という根拠が挙げられています。

ではなぜセロトニンを高める薬がうつ病に対して長年使われてきているかと言われると、「セロトニンを高める薬はうつ病患者だけではなく、万人の気分を上げる効果があり、結果的にこの薬でうつ状態を改善できる患者が半数いるから」ということを述べられています。

また否定されつつある「セロトニン仮説」に変わって、「うつ病では脳内に炎症が起こっている」という「神経炎症説」が出てきているということ、さらにこの説の不足部分を補完する「ウイルス原因説」を近藤先生が提唱し始めたという流れで論が組み立てられています。

「神経炎症説」の発端はリウマチ性疾患やがん患者の一部に抑うつ状態を示す患者がいて、長らくそれは重い病気にかかったことをショックに感じたことが原因だと考えられていたことが、もしかしたら抑うつはリウマチやがんに共通する何かが引き起こしている症状のひとつかもしれないと考えた医者がいたことでした。

その後、リウマチの治療薬として強力に炎症を抑える分子標的治療薬が登場し、この薬を使った患者の一部にみるみる気分が明るくなったというヒトが続出したというケースが出てきたことも、このうつ病の「神経炎症説」を支持し始めました。

その後明らかにされてきた「神経炎症説」の骨子部分は以下の通りです。

(本書p49より一部引用)

【「神経炎症仮説」の全体像】

①体内の異物に反応して免疫細胞が集まってくる
②免疫細胞はさらに仲間を呼び寄せるために、メッセージ物質である「炎症性サイトカイン」を作る(いわゆる【炎症】状態)
③炎症性サイトカインは血液を伝わって脳に入り、グリア細胞に「炎症を起こせ」のメッセージを伝える
グリア細胞が神経細胞に炎症を引き起こし、傷つけることでうつ病が起きる

(引用、ここまで)



グリア細胞というのは脳内に多数存在する神経細胞の隙間を埋め、かつ免疫システムを司る重要な細胞のことですが、これに炎症性サイトカインが伝わってしまうと、「炎症」という名の脳内暴走を神経細胞も巻き込んで引き起こす主因にグリア細胞がなってしまうのだといいます。

そう言えば、グリア細胞の暴走と言えば、以前「せん妄」という脳の興奮状態にもグリア細胞の過活動が関わっているという記事も紹介しました。どうやらグリア細胞の過活動には脳を興奮させる場合と脳を抑圧させる場合の2種類があるようです。

それはさておき、この「神経炎症説」でも「うつ病」の全てを説明しきれません。なぜならばリウマチやがんなどの慢性炎症性疾患の患者全てがうつ病になっているわけではないですし、

臨床的に全く炎症が観察されていないのに、うつ病と思われる状態になっている患者も多数存在しているからです。

前者に関しては、「炎症が脳に伝わっていないから」と、後者に関しては「現代医学の検査で検出できない微小な炎症が関わっているから」と解釈できなくもないですが、やはり「炎症が原因」だと断定するにはすっきりしない現象が観察されているのもまた事実です。

その不足を埋め合わせるのが、近藤先生が提唱する「ウイルス原因説」です。

近藤先生が注目するのは、ほぼ100%のヒトに潜伏感染しているとされる「ヒトヘルペスウイルス-6(HHV-6)」です。コロナと違って飛沫ではなく唾液で感染するウイルスですが、普段はT細胞という免疫細胞の中でおとなしくしていると言われています。

この免疫細胞に潜伏感染するHHV-6がどのようにうつ病を引き起こすのかについて近藤先生が提唱する仮説が以下の通りです。

①宿主が極度の疲労・ストレスを受けると「潜伏モード」を解除し、HHV-6が再活性化する
②唾液中に大量のHHV-6が流入し、体外に排出され新たな宿主を探そうと試みる
③一部の唾液中のHHV-6が口腔を通って鼻腔内に到達し、嗅球(鼻の上にある嗅覚を司る脳領域)に侵入する
④嗅球に侵入したHHV-6は、SITH-1(シスワン)遺伝子を発現し、SITH-1というタンパク質を作る
⑤SITH-1が嗅球の一部に細胞のアポトーシス(細胞の自殺)を引き起こす
⑥アポトーシスが原因で脳内のストレス物質が増加する
⑦ストレス物質によって、マウスがうつ症状を起こす


全てのウイルスについて調べるのは困難であったわけですが、もともと近藤先生のご専門は「共生ウイルス」というヘルペスウイルスなどの潜伏感染するウイルスであり、しかもHHV-6が様々な病気の原因になっているのではないかと注目し、嗅球に高頻度で存在することも事前に突き止めていたが故に、ターゲットとしてあたりをつけることができていたそうです。

ただ最終的にはストレス物質がうつ症状を引き起こすというのであれば、何もHHV-6が産生するSITH-1でなくても、ストレス物質が引き起こされる現象はありえるのではないかと思われるかもしれませんが、

近藤先生はSITH-1抗体を開発することで、うつ病の患者にはSITH-1抗体の保有者が圧倒的に多いということを示されたというのです。

具体的にはうつ病患者におけるSITH-1抗体保有のオッズ比は「12.2」です。オッズ比は簡単に言うと「何倍その病気になりやすいか」を表す数字ですが、単一の遺伝子異常が特定の疾病にもたらすオッズ比の平均は「1.2〜1.5」くらいなので、SITH-1遺伝子の異常にはうつ病発症に対する大きな影響力があるということを近藤先生は示されているのです。

そして近藤先生は、うつ病は「素因」と「トリガー」の2つの関係性によって発症すると考えることができ、その「素因」と「トリガー」の具体的な内容は以下だと指摘されています。

【素因】嗅球に潜伏感染したHHV-6のSITH-1産生によるストレス増幅
【トリガー】外傷、病気、努力、疲労、ストレスなどによる脳への炎症性サイトカインの大量流入


つまりトリガーが多い人では「神経炎症説」の仮説における炎症性サイトカインの産生によってうつ病を発症できるけれど、炎症があまり関わっていない人はHHV-6感染に伴う素因の要素の強さで「ウイルス原因説」メインでうつ病を発症することができる。

そして近藤先生の研究チームは、すでに「抗SITH-1薬」を動物実験レベルで開発済であり、今後ヒトへの臨床応用につなげていくという展望も語っておられます。


・・・さぁ、ここまで近藤先生の本の概要について説明して参りましたが、皆様いかがお感じになられましたでしょうか。

折しも前回の記事で私は「病気の原因は外にある」という発想の行き詰まりについて語ったばかりのところです。一方で、うつ病の「ウイルス原因説」は本質的には「病気の原因を外に求めている発想」だと思います。

近藤先生はHHV-6の潜伏感染を「うつ病の素因」と「内因」のように表現しているものの、ウイルスが原因だとするならば抗ウイルス薬を使うことで原因を除去できる可能性が示唆されますし、直接の抗ウイルス薬ではないものの「抗SITH-1薬」を開発していることからも本質的には「外因」として受け止めておられる様子がわかります。

私は近藤先生が明らかにされた現象は確かに事実を反映しているのだと思います。ただ私は近藤先生が明らかにされた事実を少し違う角度から解釈しています。

端的に言えば、「ウイルスがうつ病の原因なのではなく、自己と他者の両方の要素がある潜伏ウイルスを、誤って非自己抗原だと認識してしまう自己システムの乱れがうつ病の原因となる」ということです。

近藤先生の仮説の中で、「ウイルスを病気だと引き起こす他者」だと捉えると不自然なところがあります。

それは仮説の①の中の、「宿主が疲労やストレスを感じると『潜伏モード』を解除する」、という部分です。

まるでウイルスが意志を持っていて、何らかの知覚を行って、自分で行動変容を起こしているかのように感じられる動きです。これはウイルスを「外因」と捉え得ているからこそ出て来る発想だと思います。

しかし実際にはウイルスは単なる「遺伝子(DNA or RNA)+タンパク質の塊」です。知覚神経どころか細胞としての機能さえ持っておらず、それこそ宿主の仕組みを借りなければ増殖さえままならない存在です。

この現象を「『潜伏モード』を解除する」と解釈するのではなく、「宿主のシステムに連動する」と解釈すればその不自然さが解消されます。

つまりウイルスが潜伏しているという現象は、宿主がウイルスを「自己」と認識しているからこその現象であり、その意味でここにおけるウイルスは「自己」の一部ということができます。

この「自己」の一部であるウイルスが再活性化するということは、宿主のシステム自身が再活性化している、と考えるとどうでしょうか。

ストレスや疲労は宿主を再活性化させる要因として十分妥当ですし、その結果ウイルスも再増殖することができることにも納得できます。

さらにはそのような宿主のオーバーヒート状態は、「自己」と「非自己」の認識を不正確にしていく部分がありますので、

これによってウイルスの存在する部位で炎症やアポトーシスが引き起こされるのも理にかなっているわけです。

要するに「ウイルスが攻撃していると思われる現象は、実は自分自身のシステムのオーバーヒートがもたらしている現象である」と解釈することができるということです。

だから、おそらくですが残念ながら抗SITH-1抗体の開発はうつ病の治療を画期的に変えないと私は見通します。

なぜならば、抗SITH-1抗体の使用は自身の持つシステムのブロックであり、特定のシステムのブロックは全体のシステムに歪みをもたらすということは今までの医学の歴史が物語っているからです。

従って、近藤先生の研究を踏まえてやるべきことはHHV-6の抹殺やHHV-6が作り出す物質のコントロールではなく、

HHV-6を「非自己」と誤認させてしまうような自己システムの乱れを整えることだと私は考える次第です。

そしてそのことはコロナを始め、ヒトに感染しうるウイルス全てに対して言える対策だと思っています。


たがしゅう
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