Post

        

「精神科医が教える病気を治す感情コントロール術」書評

category - おすすめ本
2021/ 09/ 04
                 
本書は健康な人が病気にならないように実践する対策というよりは、すでに何らかの病気に悩まされている人が病気から回復するための心の在り方について指南する内容が書かれています。

私も万病の治療法にストレスマネジメントを掲げている医師として、この内容には非常に興味を持ちました。まず冒頭、非常に重要なことが書かれています。

「病気が治らない人ほど病気と闘っている」

これは私自身の医師経験を踏まえても実感する場面が多いです。

なぜ病気を治そうと病気と闘うと病気が治らないのでしょうか。著者の精神科医・樺沢紫苑先生は次のように書かれています。
            

「病気に抗う、病気と闘うことで、ストレスは何倍にも膨れ上がり、それこそが病気が治らない最大の原因になっているからです」

だからこそ病気を受け入れて、他人の助けを借りながら、「感謝」の気持ちを持って生きていくことで病気は治っていくのだと樺沢先生はおっしゃいます。

ここで私は、自分自身の病気の体験のことを思い出します。私には30代前半で医師としての業務に忙殺され、周囲との人間関係に苦しみ、ストレスから過食を繰り返すという経験がありました。

当時過食の影響で体重は130kgを超える超肥満状態となり、睡眠時無呼吸症候群を発症し、さらにうつ病までも合併するようになり自殺まで考えていました。

その時の私の心の中は「何一つ役に立てない・・・、それどころか自分のような人間が医者であることは社会にとって有害だ・・・」、そんな気持ちで渦巻いていました。

私の場合は病気と闘っていたというよりは「病気に押しつぶされていた」という方が適切かもしれませんが、いずれにしても今振り返るとストレスが自分の中で何倍にも膨れ上がってくる精神状態だったように思います。

しかし幸運なことに私の場合は、このタイミングでたまたま目にしたネットの記事で糖質制限食という食事療法に出会い、見様見真似でその食事を実践しはじめたところから自分の人生が大きく好転していくことになりました。

それまでの人生では決して減ることのなかった体重がみるみる減っていき、それとともに私の心の中にあったモヤモヤがまるで霧が晴れるように取り去られていくという経験をしました。ここから私の心は変わりました。「・・・もう少しだけ頑張ってみようかな」と。

この経験を今私が振り返って思うのは、病気と闘うということの本質は「病気というものを、自分ではない何か別のものだと捉えること」にあるのではないかということです。

そもそもなぜ闘うのかと言えば、「病気こそが自分を脅かす脅威であり、病気さえ自分のもとからいなくなれば、自分の中の平穏が保たれる」と考えているからこそです。

ところが病気とは外部に存在する敵ではなく、むしろ内部に存在する自分自身だと考えれば話は変わってきます。自分自身と闘うことは自分自身を傷つける行為を意味します。これが病気と闘うことでストレスが何倍にも膨れ上がっていくことの本質的な理由ではないかと私は考えました。

私の病気からの回復経験も、「病気となった自分も自分自身そのものであり、自分の行動を変えることで病気となった自分自身も変えていくことができる」という教訓を私に与えてくれました。以来私は患者の病気を治す医師ではなく、「患者が病気を治すのを手伝う医師」として生き方を変えることにしました。

本書の中では病気と闘っている状態から変わっていくためには「否認」→「受容」→「感謝」のプロセスが重要だと紹介されています。

病気とは自分にとって不本意な状態だ」と捉えるところから始まるのが普通だと思いますが、実はこの感覚が「否認」のステージの根源にあるように思います。「なぜ自分だけがこんな目に合うのかわからない」という気持ちにはしばしば怒りも伴います。だからこそそんな不本意な状態を覆そうと必死に抵抗するのだと思います。

しかしながら本当はその不本意な状態そのものも自分自身です。なぜそのような状態に陥ってしまったのかと冷静に見つめ直していくことができれば、次第に「受容」のステージが始まっていきます。病気が治らない「否認」から、病気を受け入れる「受容」のステージを経て、病気が治る「感謝」のステージへ移るという流れが非常に大事だと言うのです。

自分を「受容」し、そんな自分ができることを一つひとつ積み重ねていき、他者とのつながりの中で自分は多くの人に支えられて生きることができているという事実に気づくことができ、そこに来てようやく「感謝」のステージへと歩み始めることができる、というわけです。これはすべての病気に通じる非常に本質的な構造であるように私は思います。

「感謝」のステージでは不要なストレスが積み重なることがありません。故にそれは自分の中にある治癒力を最大限に引き出すことができる理想的な状態です。だから樺沢先生は「感謝」が病気を治すと明言されているのだと思います。

一方で、病気になって苦しんでいる時にいきなり他人へ「感謝せよ」と言っても困難にも思えます。ただこれについても樺沢先生は、いきなり「感謝」するのではなく、まずは自分を「受容」することが大事だとおっしゃっています。

でも「受容」できるようになるためには、まず症状の改善がなければ難しいかもしれません。私の場合もたまたま食事を変えるという行動を起こしたので症状が改善しましたし、だからこそ「受容」することもできました。でももし辛い症状が続いていれば、そもそも行動を変えようという気持ちを持つこと自体が難しいかもしれません。その場合はどうすればよいのでしょうか。

これに関して私は、自分の行動を変えることと自分の考え方を変えることは表裏一体だと思っています。つまり、たとえ行動を変えられなくとも、考えが変われば行動を変えられる可能性があると思うのです。

そのために重要な考えが、その「症状」さえも自分自身だと認識することだと私は思います。つまり必然的な理由があってその「症状」が引き起こされており、しかもその「症状」は今の自分の状態を何とかしようと引き起こされている身体からのメッセージだと、気づくことから始めるのです。

私が睡眠時無呼吸症候群を発症したのも「これ以上同じペースで食べていたらやばいよ」と身体が教えてくれていたわけですし、うつ病になったのも「これ以上同じような働き方をしていたら身体が壊れてしまうよ」ということを知らせるために身体が緊急停止ボタンを押してくれていたわけです。

そのメッセージに気づかずに「なんで自分だけがこんな目に・・・」と思い続けて「否認」のステージの中にいるままだと、皮肉なことに身体からのメッセージは逆に自分を苦しめる敵のような存在として受け止められ続けて、結果的に病気に苦しみ続け、いつまで経っても行動を変えられないことになってしまいます。

だから「症状」が改善しようとしまいと、まずは「病気や症状は自分の味方である」と捉えるところから始め、その上で今の自分にできることを一歩ずつ積み重ねていくことが大事なのではないでしょうか。

「否認」を「感謝」へと導く「受容」のプロセスは、他ならぬ自分にしかできないものです。決して医者や病院に代わりにやってもらう類いのものではないのだと、本書を読んで私はその想いを新たにしました。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント