他人の間違った価値観をどうやって書き換えるか
2021/08/10 08:40:00 |
お勉強 |
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前回の記事で紹介した医師・黒丸尊治先生の著書「心の治癒力をうまく引き出す」の中で、私が印象に残った箇所はとてもたくさんありました。
そこで今回から数回に分けて、この本で私が印象に残った部分をピックアップして、最終的に患者さんの心の治癒力を引き出せるようになるためのエッセンスを私なりにまとめてみようと思います。
それでは早速参りましょう。今回のテーマは「他人の間違った価値観をどうやって書き換えるか」です。
(p16-17より引用)
ではなぜ、「受け取り方」に個人差があるのか。
それは、その人が生まれてから、現在に至るまでの生活環境や社会環境、生育歴や経験したことなどから形成される、その人なりの「心の公式」や「思い込み」が人それぞれ違うからである。
ここで言う「心の公式」や「思い込み」とは、その人が人生経験の中で、正しいと思い込んでしまった価値観のことである。
この両者には厳密な区別はないが、強いて言うならば「心の公式」は、主に幼少期の経験や、親子関係などの中で形成された、絶対的な「思い込み」であり、例えば、「決して弱音を吐いてはいけない」「どんなことでも精一杯やらなくてはいけない」「自分なんて、あまり生きている価値のない人間だ」といったものである。
これらはしばしば、小さい頃に親から、正しいと思い込まされてしまったことが多いため。これを変えるのはなかなか難しい。
一方、「思い込み」のほうは、その人の人生経験や、その中で得た知識に基づいて、正しいと思い込んでしまった価値観であるが、「心の公式」ほど確固たるものではない。
例えば「自分は暗い人間だ」「今の医学は間違っている」「〇〇さえしていれば、病気は治る」といった類のものである。
心の治癒力を阻害する間違った価値観には、本人の心の比較的浅い部分にとどまっている「思い込み」と心の奥深くまでしみこんでしまっている「心の公式」の2種類があるということですね。
他人の間違った価値観を修正することの難しさは、これまでにも何度も感じてきましたが、「心の公式」を相手にしているのか、「思い込み」を相手にしているのかを意識することで、自分にできることの幅は変わってくるかもしれません。
(p26より引用)
人間は誰もがさまざまな価値観を持ち、さまざまな思い込みや公式を心のノートに書き込んでいる。
「休むことは罪悪だ」というのも、その一つである。しかし、生きている現実の中では。これらの思い込みが問題の解決にとって障害となる場合が多い。
(中略)
こうしなければと頭ではわかっているのに、実際にはそれができない。頭ではこうなりたいと考えるのに今はそうなれない。
そんな場合には間違った思い込みや心の公式そのものの書き換えが必要となってくる。しかし、患者さん自らが、自分の「間違った思い込み」が何であるかに気づかなくてもかまわない。
間違った価値観を修正しようとしても失敗することはこれまでに何度も経験してきました。
例えば糖質制限の論理的な正しさをいくら理路整然と説明したところで、「ごはんを食べないと力が出ない」という価値観の人には響かないし、それが「糖質依存症からの離脱症状」だと説明したところで納得もされません。
それならば、「ごはんを食べれば力が出る」という価値観を否定せずに、例えば「タンパク質を取ればもっと力が出る」という価値観を提供すれば、結果的に糖質を減らした方が体調がよいという現象の恩恵を受けることもできるようになるかもしれません。
いかに相手の価値観を否定せずに、相手の価値観を修正するかということが大事なのではないかと思いました。
(p27-28より引用)
さて、もちろん患者さんには、間違った思い込みが何であるかに気づいてもらってもよい。
ただ「間違った思い込み」や「心の公式」は無意識のうちに形成されているから、本人はなかなか気づきにくい。
この公式に自ら気づくまで、治療者は余計なことを一切言わず、患者さんの言うことを受容、共感しながら、ただひたすら待つというのも一つの方法だ。
しかし、このやり方では、一年も二年も粘り強く待たねばならないことが多い。心療内科を訪れる患者さんにとっては体に痛みや苦痛が現れるだけに、問題は深刻であり、一刻も早く解決したい。
だからぼくは自分から患者さんの心の公式、思い込みを教えてあげる場合も少なくない。そのほうが、気づきも早く(それなりのことを教えてしまうのだから当たり前!)、問題も早く解決されると思うからである。
ここは、私が目指す主体的医療を展開する上で最も難しいことだと感じている点です。
間違った価値観を指摘したいのは山々ですが、なかなか気づいてもらえないですし、ズバリ指摘したとしても納得してもらえないケースは山ほどあります。ここは黒丸先生の実例から大いに学ぶべきところがあると思っています。
とにかく間違った価値観を指摘すればいいというものではなく、その指摘の仕方にコツがあるのだと思うのです。
(p33より引用)
問題を抱えた患者さんは、「間違った思い込み」や、一方向性思考でしか問題をとらえようとしないため、ストレスが溜まり続け、心と体の関係が悪循環に陥っている状態にある。中には、その状態に耐えられず、自殺さえ考える人もいる。
これまでいくつかの例を挙げながら、間違った思い込みの問題について語ってきた。そのほとんどは、一つの価値観に縛られ、そのジレンマから抜け出せない姿であった。その価値観が、社会全体の価値観であったり、常識という先入観の場合もあった。
人間は窮地に立たされると、必死の思いでそこから抜け出そうとする。その時、人間の心は、必死になればなるだけ柔軟性を失っていく。健康であれば、違った視点で物事を眺める余裕があるのに、病気になると、途端にそれができなくなる。
「ワクチンで集団免疫を獲得することがコロナ禍を終焉させる唯一の方法だ」という社会の大勢側の価値観もジレンマから抜け出せなくなっている例の一つでしょうか。
ワクチンが唯一と思えば思うほど、副反応を正当化したり、死亡例との因果関係認めなくなったり、ワクチンを打たない(打てない)人に対して攻撃的になってしまいます。
「ワクチンは単なる選択肢の一つで、どうやって健康を守るかはそれぞれの個人が考えればよい」という価値観が、「感染症は他人にうつされるものではなく、自身のシステムが乱れている時に発症するものである」という価値観とともに理解されれば、ワクチンを打つ人がいても、打たない人がいても自然のこととして受け入れることができるのではないでしょうか。
心が病的になっている時ほど、視野が狭くなってしまうものです。私が今力を入れているオープンダイアローグは、病的に心が狭くなっている人に対して人為的に多様な価値観を提供する場を与える行為なのではないかと感じた次第です。
(p34-35より引用)
しかし、「思い込み」を変えるといっても、何でも適当に変えられるわけではない。
患者さんにとって最も受け入れやすいような新しい「思い込み」を提示し、それを患者さんが受け入れてくれて初めて「思い込み」が変わる。その結果、患者さんの現実の行動にも変化が起きてくるのである。
だからこそ患者さんとの会話が、とても重要になってくる。話をしながら、患者さんと一緒になって、受け取り方が変化しやすいポイントを探し出し、そこにどんな意味づけをしたら、患者さんにとって受け入れ可能な新しい「思い込み」になるか、といったことを見極めていくのだ。
そのためには、ぼく自身が患者さんとは違った視点を常に持つように心がけていなければならない。
こうして患者さんに接しながら、ぼくはいつも患者さんからのある言葉を待っている。
それが「あっ、そうか」と「まあ、いいか」である。
これは患者さんの視点が切り替わった時に、患者さんが感じる思いであり、心のつぶやきである。
実際に言葉にならないことも多いが、こちらとしては患者さんの表情や雰囲気から敏感に察知できるものである。
新しい「思い込み」を受け入れられたとき、患者さんは「あっ、そうか」という新鮮な気づきを経験する。
また、今までとは違った視点で物事を考えられるようになると、今まであれほど苦しめられてきた問題が、さほど深刻には思えなくなり、「まあ、いいか」という、ちょっと力が抜けた現状肯定の心が芽生えてくる。
黒丸先生も相手の「思い込み」を変えることの難しさは重々認識しておられる様子がわかります。
その上で、「思い込み」を変えることのコツとして、自分自身が多様な価値観を持っておくように心がけることがまず必要だということですね。
これに対してもオープンダイアローグは力になってくれているように思います。私が主催する「オンラインでオープンダイアローグにふれあう会」ではまさに「あっ、そうか」の連続です。
また「まあ、いいか」の効能については、末期がんになってもサレンダーの境地に至って回復させた刀根さんのエピソードを思い起こさせます。それくらい間違った価値観を修正し新たな気づきを得る行為には大きな力があるということを示していると思います。
今回の気づきをまとめると次のようになります。
・患者さんの間違った(偏った)価値観を修正することは患者さんの自己治癒力を大きく引き出すことにつながる
・間違った価値観の修正は容易ではないが、修正しやすい浅めの価値観と修正困難な深めの価値観がある
・間違った価値観をズバリ指摘するのではなく、相手にとって受け入れやすい形で新しい価値観を提示するのがコツ
・相手に新しい価値観を提供できるようにするためには、自分自身が様々な価値観に明るくなっておく必要がある
・患者さんから「あっ、そうか」や「まあ、いいか」という気持ちを自然に引き出すことができるかどうかが、うまくいくかどうかの目安となる
次回は「原因は必ずしも特定しなくてもよい」という黒丸先生の見解について紹介します。
必ずしも診断名にこだわらないオンライン診療医にとっては極めて重要な視点です。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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