1対1でも患者の主体性は引き出せる
2021/08/09 10:00:00 |
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最近、とてつもなく良い本に出会ってしまいました。まずそれが私の率直な感想です。
心の治癒力をうまく引きだす―病気が回復する力とは何か。「まあ、いいか」療法はなぜ効くのか。 単行本 – 2004/4/1
黒丸 尊治 (著)
なぜ私がこの本を絶賛するのかと言いますと、「患者さんにとって正しい価値観は、たとえ客観的に見て誤りだと考えられたとしても、それを周りに認めてもらうことによって患者さん自身の自己治癒力が働きはじめる」という今までの自分に欠けていた視点をもたらしてくれたからです。
私は患者さんの治療にストレスマネジメントが重要だということは気づいていました。
それは患者自身の中から生まれるストレスをマネジメントすることであり、自分自身が自分の中からストレスが生まれている構造に気づく必要があること、そしてそれがしばしば難しいと認識していました。
だからこそ、医師一人だけの発想に触れるのではなく、複数名の価値観に押しつけられることなくふれあうことができるオープンダイアローグの手法に興味を感じていたわけですが、
この本の著者、医師・黒丸尊治先生のアプローチでやれば、1対1のアプローチであるにも関わらず、患者さん自身の主体的なストレスマネジメント行動を引き出すことができるということが、具体的な実例を交えて大変わかりやすく紹介されていました。 精神科医・斎藤環先生が書かれていた「1対1の対人援助関係は不自然」という言葉に衝撃を受けた経緯から、1対1の対人関係の価値を低く見積もってしまっていましたが、
それすらも固定観念にとらわれてしまっていたのかもしれません。1対1で患者さんの主体的な行動を引き出すことも決して不可能ではないのかもしれません。
前置きはこのくらいにして、この本に書かれていた一例を紹介してみます。少し長い引用になりますが、主張の骨子をつかむのに欠かせないので是非読んでみて下さい。
(p22-25より引用)
(前略)
金融関係の会社に勤める三十代前半のエリートサラリーマンも、そんなリストラの波に翻弄された一人である。
彼が現在の会社に就職した当時、世の中は活気に満ちあふれていた。
金融業界も業務の国際化、多角化が急激に進み、同時にディーラーや金融アナリストといったスペシャリストが時代の脚光を浴びるようになる。
入社して彼が配属されたのは、業務の最先端部門である金融商品開発プロジェクトチームである。金融アナリストとして時代の動向を敏感に察知し、次々と金融商品を生み出していくこの仕事に、彼はとても満足していた。
そして入社以来、一日も会社を休むことなく、仕事をこなしていく。もちろんこうした仕事に携わることができるのは、社内でもごく少数のエリートたちだけである。
プロとしての意地と誇りが、エネルギッシュな仕事ぶりの原動力ともなった。
ところがバブル経済は崩壊。この会社にも、リストラの嵐が吹き荒れた。
大量の人員解雇と同時に、突然の会社の方針転換発表。新商品開発部門は縮小されることになり、彼は支店の営業に転属となったのだ。
「頭と肩が重くて、食欲もありません。なんだか息苦しくて、全身がだるいんです」
最初の診察で、彼が自分の症状を、こう訴えた。
いろいろと話を聞くうちにわかってきたのは、彼の持つ一種の完全癖である。一日も会社を休まず、与えられた仕事は完璧にこなす。それが彼のスタイルだった。
リストラで専門職から営業に回されることになり落胆もしたが、彼の仕事に対する完璧主義は崩れなかった。業務の引き継ぎ、新しい職場での慣れない営業。彼はそのどちらも完璧にこなそうとした。
「それでも、三ヶ月は頑張ることができたんです。でもそれから体調がおかしくなってしまいまして・・・。今まで休んだことなんかなかったんですよ。でも今日は初めて会社を休んでここに来ました」
こんな人に、
「あなたは何でも完璧にやろうとしすぎる。あなたは働きすぎなんだから仕事をしばらく休みなさい」
と言ってもうまくいかないことが多い。なぜなら、体のしんどさは感覚でわかっていながら、心のテープレコーダーから、「休んじゃいけない!休んじゃいけない!」という声がいつも流れているので、なかなか休むことができないからである。
医者がいくら「倒れるぞ」と忠告しても、本人にしてみれば、わかっちゃいるけどやめられない」のである。
患者自らが納得し、行動を選択するという状況を、いかにして作り出すかが、心理的側面からのアプローチにおいては大切なポイントとなる。
彼の場合、頭が痛かったり、体がだるかったりという症状は、働きすぎの危険信号だったわけだが、体が伝えるメッセージに実は薄々感づいていた。仕事を休めば体は楽になる。しかし、彼にはそれができない。
その背景には、彼特有の思い込みがある。つまり彼にはバリバリ働く金融のエリートビジネスマンであり続けたいというイメージが強固にあり、〈休むこと=罪悪〉という思い込みが、頭の中を支配している。だからいくら体がしんどくなろうが休めない。
「仕事を一生懸命にやり抜くあなたのスタイルは、そのままでいいと思うんですよ」
ぼくは、完璧主義の彼の仕事のスタイルに関してあえて異議をとなえず、そのうえで、彼が会社を休んでまで、この病院に来たこと自体を高く評価した。
「あなたは今まで、会社を休んだことがなかった。それなのにこうして病院へ来たというのは、よほどの決意と勇気のいる行動だったんでしょうね。あなたがこんな行動を取ったということは、もうすでに、あなたの中で何かが変わってきたという証拠なのかもしれませんね。そうしたらあとは、その自分に任せて、行動してみたらどうですか?」
この時、ぼくは、「あなたはすでに、会社を休んで病院に来るという勇気ある行動を取ることができるのです」という、すでにできている行動を引き合いに出し、それに〈休むこと=勇気ある行動〉という、新しい意味づけを提示したのである。
たぶん、彼の中で新しい「思い込み」が採用されたに違いない。その結果、彼はこれを受け入れ、会社を休職する決断をしたのである。
(引用、ここまで)
このやり取りは医師と患者、1対1の関係性の中で執り行われています。
それでも医師からの助言に背中を押される形で、それまで一人では選択することのできなかった「休む」という決断を主体的に行うという結果に至りました。
1対1の関係性だと、しかも医師と患者のように社会的には先生と生徒のような上下関係の価値観が普及している(それさえも思い込みに過ぎないと思うのですが)ような状況で、
医師がどのようなアドバイスをしても、それは価値観の押しつけになってしまうので、患者がたまたまその価値観に共鳴しない限りは患者に余計にストレスを与えてしまうという構造になってしまうので、
オンライン診療において患者の主体性をいかに引き出すかという点に注力している私としては、この1対1の体制そのものを見直す必要に迫られていました。
しかしながら、黒丸先生は1対1で患者の主体性を引き出すことに見事に成功されています。これは私にとって非常に価値のある情報です。
この結果につなげるためには次のようなポイントがあるように私は感じました。
①患者が持っている価値観をなるべく正確に知ること
②これまで患者が行ってきた行動を決して全否定しないこと
③別の視点を提示する場合、患者が実際に行っている行動と照らし合わせて無理のない内容を提示すること(別の視点であれば何でもいいわけではない)
こう書くと当たり前のことのように思えるかもしれませんが、
例えば「タバコを吸い続ける行為」、ほとんどの医療者がこれを肯定することに抵抗があるのではないでしょうか。
ところがこれをも肯定し、そういう価値観の中でも受け入れられるような別の視点を提示するということは口で言うほど容易ではないかもしれません。
それと同時に「なぜタバコを吸い続けるのか」に関して、患者の背景を知らない限りは的を射たアドバイスをすることは到底不可能だということです。
従って、1対1の関係性で主体性を引き出すには、
異なる価値観を理解するために、自分の中での常識的な価値観を外しながら相手のことを深く理解し、
その上でどのようにすれば本人の主体性が引き出されるような提案することができるかについて考える必要があるので、なかなか骨の折れる作業です。
この本が提案しているアプローチ、少なくとも一朝一夕に身でつけることは難しいように思うのですが、
一方でこのアプローチは「病気が治る」という未来に向けて、非常に可能性を感じる内容だとも思っています。
私にとっても有益ですし、この内容が参考になる人もきっと多いと思いますので、
次回以降も、この本のエッセンスについて、私なりに印象に残った部分を紹介していきたいと思います。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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