知らず知らずのうちに人の主体性を奪わない
2021/07/24 06:00:00 |
オープンダイアローグ |
コメント:2件
前回の記事で、「統合失調症は主体性が失われた状態である」という私の見解を述べました。
今回はその一見突拍子もない私の意見と同じ見解を述べている方を見つけたので、まずはその方のコメントを紹介するところから始めたいと思います。
精神医学 2021年5月号(増大号) 精神科クリニカル・パール 先達に学ぶ 雑誌 – 2021/5/24
「精神医学」編集委員会 (編集)
精神医学63巻5号 2021年5月
私のクリニカル・パール 統合失調症について
小島卓也(医療法人社団輔仁会大宮厚生病院)
小島先生が書かれたこの論文の中には「統合失調症の基本障害は主体性の障害である」と明記されていたため、思わずこの本を衝動買いしてしまいました。 どのようにして統合失調症に主体性の障害があることを調べたのかに関しては次のように書かれています。
まず、健常者と統合失調症の患者のそれぞれに同じ幾何図形を「後で描いてもらいますからよく見てください」と指示して15秒間見せたあと、その図形を再現して描いてもらうという課題を実施します。
その課題で完成した図形の再現度を見るのではなく、その図形を覚えてもらう15秒間で図形に対してどのように目線が動いたかを角膜に当てた反射光の動きをカメラに記録して、その軌道の違いを比べるという手法が試されていました。
その結果、健常者は図形の形をよく追いかけているのに対し、統合失調症の患者では視線がほとんど動いていないということがわかったのです。
また基準図形と基準と少し違う図形の2枚を並べてその違いを見つけてもらう間違い探しのような課題で、同様に両者の目線を追いかけても、健常者に比べて統合失調症患者ではほとんど動いていませんでした。
さらには「他に違いはありませんか?」念を押すと、健常者では5秒間目線の動きが激しくなるものの、統合失調症患者ではわずかに増加するのみでした。
このような実験結果から小島先生は「統合失調症の基本障害は主体性の障害である」という仮説に至りました。
ところが、その結果を医学雑誌(和文誌と英文誌)に投稿したところ、海外からはたくさん反応があったようですが、不思議なことに国内からの反応はなかったそうです。
「主体性」というと科学的な要素というよりは文学的で哲学的といった方がいいので、研究者によってはスルーされてしまうものなのかもしれませんが、
私は自分とは目線が異なる医師、しかも精神科の医師が自分と同じ視点に注目していたことを考えますと、この内容が本質をついている可能性が高いと感じました。
また小島先生はこうもおっしゃっています。「患者は手掛かりを見つけられず課題を失敗するが、与えられた手掛かりを利用できる」と。
つまり実験で統合失調症の患者に念押しした際に「あまり目線が動かなかったこと」に注目するのではなく、「少しだけ動いたこと」に注目し、主体性が障害されていたとしても手掛かりがあることが重要だと考えられたわけです。
さらにコメントは次のように続いています。
(p694より引用)
筆者は自分が主治医の10例の統合失調症患者に
a)患者と同じ目線で接する。
b)患者に寄り添い、困っていること、辛いことを聞いて一緒に対応策を考え、手掛かりを見つけてやってみて、できたことを評価し、達成感を共有する。
c)主体性の障害はあるが手掛かりを利用できることを頭に入れて対応する。
d)彼らの価値観や主体性を最大限尊重する。
という方針で接したところ、全例患者は明るくなり、医師患者関係はよくなった。
(引用、ここまで)
このa)〜d)の内容というのは、「オープンダイアローグ」の手法にだいぶ近いのではないかと私は思うのです。
話は変わりましてもう一つ。今度「オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン」というオープンダイアローグを学ぶ日本の団体の会報誌で次のような寄稿がありました。
Open Dialogue Network Japan Newsletter No.3 (July 2021)
オープンダイアローグモデルのケア実践における精神科医の役割
カリ・ヴァルタネン
フィンランド西ラップランド医療区児童・青少年精神科医療サービス
ユヴァスキュラ大学(フィンランド、ユヴァスキュラ)
カリ・ヴァルタネン先生は本場フィンランドでオープンダイアローグに積極的に取り組んでおられる精神科のドクターのようです。中で次のコメントが私の目にとまりました。
(p19-20より引用)
医療の専門家として、私は、自分が権力を持った立場にあり、自分の評価がクライアントに強く影響をあたえるということを知っている (e.g., UN Human Rights Council – June 2017)。
専門家が誰かの人生の経験を解釈し、意味づけるとき、そこには強い力が働く。最も重要なことは、私自身の(善意の)解釈が、人々の経験と主体性、リソースの価値を下げないようにすることである。
専門家が、誰かの人生の心配事を意味づける仕事を引き受けてしまうと、主体性は、心配している本人から離れてしまい、その本人の心配事が客観化されてしまう。
けれども、チームメンバーとともに〔自分たちの経験を〕深くふりかえる(リフレクトする)ことはできるし、私たちの理解を、開かれた「声」として、ネットワークメンバーと共有することはできる。
医学的アプローチの中では、医師の役割が中心的である。医師は、症状の評価、初期診断、検査や治療のプランニングに責任をもつことが多い。
そのようなアプローチは身体疾患の治療には、よく合うのかもしれない。しかしながら、そうしたアプローチは、人生の経験における問題と主体性の喪失に直面したクライアントの機能や主体的感覚の回復を促進することはない。
実証的に精神疾患を立証することは難しい。認知症と一部の染色体異常を除いて、精神科診断の補助となるような独立的で客観的なデータを提供する血液検査や脳スキャンなどの生物学的検査は存在しない(Council for Evidence-based Psychiatry, 2014)。トーマス・インセル(米国国立精神衛生研究所元所長)は、以下のように述べている。
「DSM診断は、臨床症状の集まりについての一致した意見に基づくもので、客観的な尺度に基づくものではない。医学の他の領域でいうならば、このことは、胸の痛みの性質や熱の質に基づいて診断システムが構築されるのと同じことだといえる。」(Insel, 2013) 。
薬のメカニズムも非特異的である。全く同じ薬が、様々な精神症状の軽減に使われる。どんな状態でも、どんな精神科治療においても、関係性をもって治療的に援助することと、日常的な機能をサポートすることが、重要なポイントである。
(引用、ここまで)
ヴァルタネン先生が非常に重要なポイントを述べておられると感じたので私なりにまとめます。
要するに、専門家と患者という上下関係を感じやすい関係性の中で専門家の解釈を相手に伝えることは、患者の主体性を喪失させることにつながる行為だということです。
具体的には例えば、「あなたの症状は統合失調症の幻聴である」などと専門家に言われたら、患者は「いかんともし難い統合失調症という難病概念」にとらわれてしまい、症状に対して主体的に何かを変えようという気持ちを失ってしまう、ということです。
これは私の専門の「パーキンソン病」においても同じ構図が当てはまります。私は「パーキンソン病」の専門家として何をどう説明しても、患者さんが言われる言葉は「とにかく先生にお任せするしかない」です。これまさに主体性の喪失に他なりません。
だったらどうすればいいのか。それがまず「病名」という概念を捨てること、「白衣」という権威を脱ぎ捨てること、平等な立場で同じ人間に起こった悩みごとを同じ人間の違う目線で対話的にコミュニケーションをすることなのではないかと思います。
後半のコメントでは身体疾患との違いについても述べられていますが、私は精神疾患のみならず、身体疾患であってもこのような専門家の解釈が患者の主体性を奪う構図はいたるところにはびこっているように思います。
部屋がかたづけられなくて、忘れ物をよくして、相手の空気が読めなくて、一つのことにとことんこだわるような人が「発達障害」だとレッテルを貼られて専門家に任せてしまう構図と同様に、
37.5℃の発熱があって、のどが痛くて、咳があって、味覚が落ちているようなことがあれば、「コロナ」だとレッテルを貼られて専門医療機関に運ばれてしまう構図も主体性を喪失させる要素が含まれているのではないでしょうか。
いや「コロナ」の場合はPCR検査がある分、きちんと科学的に診断されていると思われるかもしれませんが、そのPCR検査に問題があり必ずしも特定の状態の判断に役立っていないことは過去にも指摘しました。
ここが崩れると精神疾患のレッテルの貼り方と身体疾患のレッテルの貼り方は本質的に同じことをしているように私は思うわけです。
よしんばこれが例えば甲状腺ホルモン低下とか、肝機能障害を血液検査で断定できる何かを証明できたとしても、「病名」というレッテルを貼ること自体が、自分の中にある問題を自分で何とかしようという「主体性」を失わせることに寄与してしまうと思います。
だから「主体性」を回復させるためには、まず患者と治療者の関係性を平らにすること、そして同じ立場で共感を覚えながら複数名での治療者チームが自分の中での気づきを出し合うことが精神疾患の治療においても身体疾患の治療においても大切なことになってくるのではないでしょうか。
だから「統合失調症の患者は直ちに精神科の専門医に送るべき」という考え方自体も見直す必要があるかもしれません。
なぜならば専門医に任せて「統合失調症」という概念の中に患者をおくことは、ただでさえ「主体性」を失っている「統合失調症」の患者においてさらに「主体性」の回復を困難にさせることになるかもしれないからです。
精神科の薬を使うことはあってもいいでしょう。
ただそれはあくまでも、「一時的に200mmHgを超えた高血圧に対して緊急避難的に降圧剤を使うようなもの」であるべきで、
間違ってもこれを一生飲み続けることを前提に話を進めるべきではないと私は思います。
最後に今回の学びのポイントをまとめて終わりにします。
①専門家が上から目線で解釈を与える(病名をつける)ことは患者の主体性を奪う
②主体性を回復させるには何か相手が受け入れやすい手掛かりを作る必要がある
③相手が受け入れやすい手掛かりを作るには、平等な立場で対話する環境がよい
④身体疾患においても、精神疾患においても、投薬はあくまでも緊急避難的アプローチと心得る
⑤身体疾患においても、精神疾患においても、「主体性」を回復させる関係づくりを心がける
こういうことが当たり前にできるようになるための
新しい医療のカタチを作っていきたいです。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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