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一見矛盾する二つの出来事の連続性に気づく

category - ステロイドに関すること
2021/ 07/ 08
                 
「新型コロナウイルス感染症はただの風邪の一種(コロナウイルス感染症)が不安・恐怖情報によって修飾された状態である」という考えを私は持っています。

その「不安・恐怖情報によって修飾される」と考える生理学的な根拠は、「ヒトには不安・恐怖を感じることで自律神経系・内分泌系が刺激される仕組みがあり、不安恐怖の持続により刺激も持続する」という点にあります。

その「不安・恐怖により刺激される仕組み」のなかで中心的な存在が「ステロイド」、通称「ストレスホルモン」です。

この「ステロイド」がコロナ治療薬として効果を挙げていることも、コロナ騒動に不安・恐怖情報が関わっていると考える根拠の一つですが、一方でステロイドには二面性があります。

例えば、薬としてステロイドを使用した時にあらゆる病気に対して劇的と言えるほどの治療効果を示す一方で、長く使い続けることによって非常に多彩でかつ複雑な副作用をきたすという二面性があります。

あるいはステロイドの副作用の中で見ていますと、精神を興奮させる場合と抑うつ状態をもたらす場合とがあります。

そうなるとステロイドは例えば抑うつ状態を改善させる薬とも言えるし、逆に抑うつ状態を悪化させる薬とも言えます。一体どっちなんだという話になってしまいます。

今回は、この薬の持つ2面性についてどのように理解すればよいか、私の考えをお示しします。
            

まず「良いのか、悪いのか」という目線で物事を考えてしまうと、はっきり言って結論は出ませんし、「人による」というわかったようなわからないような結論になってしまいます。

まずステロイドは良いも悪いもなく、一つの方向性を持った薬効をもたらす薬であるという認識を持つ必要があります。

それは「困難を克服しようと身体に働きかけ、最低限生命維持に必要な臓器への作用を優先させる」という方向性です。

それゆえステロイドは困難に直面している人にとっては「良い」と解釈できる現象をもたらすかもしれませんし、逆に長く使用し続けることでその作用が脳や心臓などの生命維持に不可欠な部位への効果が中心となってそれ以外の臓器は逆に犠牲になってしまうような状況になれば「悪い」と解釈されてしかるべきです。

しかしとにかくステロイドがやろうとしていることは一言で言えば「困難の克服」であって、一つの方向を目指して引き起こされている現象に違いないわけです。

このように、一つの現象は、その解釈するタイミングや解釈する側の価値観によって、良くも悪くも見えるという事実をまず確認しておきましょう。


さて、新型コロナは「不安・恐怖情報に修飾されている」と言いました。

「コロナによる不安」と聞くとネガティブなイメージを感じる人が多いと思いますが、不安というストレスによってステロイドの分泌が刺激されます。

ステロイドは「困難克服」に働いているのでした。ということは不安は人間の「困難克服システム」を刺激する感情だと言えます。

考えてみれば当然で、もし不安を感じなければ人間は危険だと感じた場合にものほほんと通常モードで動き続けることになってしまっています。これだと猛獣に追いかけられそうになっても、高いところで活動して落ちそうになっても、危険を回避できずに生存可能性は低くなってしまいます。

そう考えると「不安」の「良い」側面が見えてくると思います。「不安」は起こってしかるべき感情なのです。

ただ、その「不安」が不必要に煽られ続けてしまうと、その不安の「悪い」側面が次第に顔を出してきます。つまり、まるでステロイドを長期投与した際の副作用のような出来事が起こってきてしまいます。

もともとは「困難克服」のために働いていたはずの仕組みが、今度は皮肉にも逆に「著しい困難」としか思えない現象に変貌してしまうというわけです。

「コロナうつ」と呼ばれる人達が増えてきたように思います。そうした事実は、当初は不安で神経が高ぶっていた人達が引き続き不安を煽られ続けることで次第に神経が疲弊してうつのような状態になっていく一連の流れを想像させます。

この流れを踏まえて、ステロイドに「精神興奮」と「うつ」という一見真逆にも思える副作用があることを振り返りますと、その二つが共存することは不思議でも何でもないと思えるのではないでしょうか。

あるいはステロイドには強力な抗炎症反応があります。その一方でステロイドを投与していると感染症にかかりやすくなると言われています。

感染症では激しい炎症反応が起こっているわけですから、一体ステロイドは炎症を抑えるのか、それとも炎症を悪化させるのか、ここでも二面性があると感じられます。

しかしこの現象も「困難克服」の観点で捉えた場合に、身体に起きた非常事態である炎症反応を抑えようとすることがステロイドの純粋な仕事です。

しかしその仕事を長期間行い続けることによって、抗炎症状態は言ってみれば細菌などの外部の生物が繁殖するには有利な状況であるわけですから細菌は増殖を繰り返すことになります。

細菌が増殖すればするほど、「非自己」抗原との接触機会が増えるので、これが増えれば増えるほど「非自己」排除システムとしての炎症は惹起され続けるということで、皮肉にも当初の目的とは逆の「炎症が悪化する」という結果が引き起こされてしまうわけです。

ここでも流れを理解することで、一見矛盾するような二つの現象が起こる理由につじつまが合うことになります。


結局、この流れというのは、ストレス学の始祖ハンス・セリエ博士が導いた「汎適応症候群」の理論の流れを見ていることになるのだと私は思います。

セリエ博士のこの理論から学ぶべき最大のメッセージは、「困難克服システムが刺激され続けることで恒常性維持(ホメオスターシス)にとって不利な状態へ導かれていく」ということです。

もっとイメージしやすく換言すれば、「コロナは不安・恐怖を感じ続けることで、もはや元に戻せないほど重症化して死に至る」という構造をみることができるのではないかと思います。

いわゆる「ただの風邪」が、「恐怖の感染症」へと化けてしまう理由は、そんな構造にあると私は見ています。少なくともそう考えることで絶対的に矛盾する現実の現象は観察されていません。


一見矛盾する二つの現象の連続性を意識し、可逆的な状態から不可逆的な状態への進展性という構造が理解できた時、

私たちはこのコロナに対して主体的に行える対策は明確になってきます。

それは「不安・恐怖情報をコントロールすることで身体が持つ恒常性維持のための本来の働きを駆動させる」という対策です。これを常日頃私は「ストレスマネジメント」と表現しています。

だからこそコロナは勿論、万病において「ストレスマネジメント」を基本におくことの必要性は、当ブログでさんざん語ってきているところです。


で、今世の中を眺めてみますと、「コロナは怖い」という情報と「コロナはただの風邪」という情報、真逆に思える情報が混在している状況です。

あるいは「ワクチンは安全だ」という情報と、「ワクチンは危険だ」という情報もそうかもしれません。この両者にも連続性がないだろうかという視点でちょっと考えてみましょう。

つまり人間に起こっているある連続的な現象において、あるタイミングで見れば「安全・安心」と思えるけれど、また別のタイミングでみると「恐怖・危険」という風に思えるのではないか、という視点です。

コロナで起こる炎症は原因はともあれ人間の身体に起こった「連続的な困難克服イベントの一端」を見ています。

この連続的イベントは不安・恐怖などのガソリンが注がれ続けることによって可逆的な段階から不可逆的な段階へと移行します。人によってはこの移行が一瞬で起こってしまう場合もあったり、逆になかなか起こらないとう人もいるでしょう。

しかしながらこの連続的イベントの前半を観察した人の多くはこれを「安全・安心」のイベントだと解釈し、後半を観察した人は「恐怖・危険」のイベントだと解釈する、こういった違いは出てきてしかるべきです。


つまりどちらも言っていることはある意味で正しいということです。同じ現象の見ているポイントと立場が違うということです。

そうなってくると、どっちが正しいのかを議論して、どちらかへ一方的に決着をつけようとする活動は不毛です。なぜならばどっちも正しいからです。

あとはその構造を自分が理解することができれば、不毛な争いから脱して自分が本当に行うべきことの方向性が見えてくるのではないでしょうか。


コロナ禍において自分の身体に不必要なストレスがかかっているかどうか、

見直せるのは世界中のどこを探してもあなた自身しかいません。

次回はコロナ禍における不安・恐怖情報をコントロールする方法を改めて整理してみたいと思います。


たがしゅう

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コメント

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No title
たがしゅう先生

今回のお話は、癌に対しても同様な考察が出来るように感じたのですが、如何でしょうか。
Re: No title
タヌパパ さん

 ご質問頂き有難うございます。

> 今回のお話は、癌に対しても同様な考察が出来るように感じたのですが、如何でしょうか。

 おっしゃるとおりです。癌に対しても今回の話の構造は当てはまります。

 例えば、がん細胞は糖代謝を過剰駆動している細胞であって、これは糖まみれになっている環境を何とか正常に戻そうとしている「良い」適応行動(困難克服現象)だと受け取ることができます。しかしその適応行動も問題が解決されずに延々と繰り返され続けることでがん細胞の範囲は拡大し転移もし、最終的には「カヘキシア(悪液質)」と呼ばれる不可逆的な消耗疲弊状態へと移行していき、この段階だけを見れば「悪い」としか解釈しようのない状態になってしまうのではないかと思います。