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どうすれば常識を疑うことができるのか

category - ウイルス再考
2021/ 05/ 27
                 
今回は「どうすれば常識を疑うことができるか」について考えてみます。

コロナ騒動を見ればわかるように、常識を疑えるかどうかに頭のよさは関係ありません。むしろ専門家集団を中心に世界の中でもトップレベルで頭がよいとされている人達ほど常識を疑えていないような傾向さえあります。

この問いに対する私の答えは意外とシンプルです。「矛盾を見過ごさないようにする」です。

何でもかんでも常識を疑えばいいというものではありません。例えば「りんごが落ちるのは重力の影響である」という常識を疑うのは今さらだと思います。

しかしながらこうした常識にも、もしも矛盾する事実が観察されるのであれば疑う必要が出てきます。矛盾する事実が観察されないから疑わないというだけです。

逆に言えば、私が疑っている常識には常に矛盾がつきまとっているのです。
            

例えば、私は長く糖質制限推進派のスタンスをとっていますが、

「糖尿病に対する標準的な食事療法はカロリー制限食である」は疑うべき常識の中でも最たるものです。

もしもカロリー制限食が正しいのであれば、カロリー制限食を実行することで糖尿病はみるみる改善していかないとおかしいわけです。

しかし実際の医療現場ではカロリー制限を指導しても、血糖値は改善しきらなかったり、改善しきらない高血糖をインスリンで無理矢理押さえたりという事実が頻繁に観察されています。

これは「カロリー制限食が正しい」という常識に対する明らかな矛盾です。しかし「カロリー制限食が正しい」という常識の中にいる人はこう考えます。

「結局こちらが見ていないところで食事療法を守っていないに違いない・・・」
「病気がこじれてしまったらカロリー制限食をきちんと行ったとしても効果が出ないのも仕方がない……」


つまり事実に対するこちら側の解釈を変えることによって、現実にある矛盾を解消しているのです。

しかし糖質制限食での治療経験がある人であれば知っています。糖質制限を実行すれば明確に血糖値が下がるということを。

この事実を直視すれば、「カロリー制限食が正しい」という常識の方を疑う必要があることは明らかですが、

ここでも「カロリー制限食が正しい」という常識の中にいる人は、こう考えることによって矛盾を解消します。

「糖質制限という擬似的な飢餓状態によって確かに血糖値は下がるかもしれないが、長くそのような不自然な状態を続けていれば健康被害が出るに違いない」

「嘘を嘘で塗り固める」という言葉がありますが、誤解を誤解で塗り固めることによって現実の矛盾を解消しているという構造を理解することができます。

なぜ「糖質制限は擬似的な飢餓状態」が誤解だと言えるのかと言えば、実際の糖質制限実践者を見ていればわかります。というか糖質以外の栄養素を十分に摂取しているので飢餓であるはずはありません。

ただし、確かに糖質制限の実践者の中で「力が入らなくなる」と訴える人がいるのもまた事実です。こうした人には糖質制限+脂質制限を行ったことによる摂取エネルギー不足であったり、やせ型体質+ストレス気質で長年の糖質依存から脂質代謝が使いにくくなっている背景があっての代謝の切り替えがうまくいかないという要因は考えられるわけですが、

結局は他人のことなので真相はわかりません。しかし、少なくとも自分自身が糖質制限を実践して「力が入らなくなる」という現象が起こらないというのは紛れもない事実です。むしろ糖質制限実施前に比べて明らかに健康度が高まっています。

事実重視型思考において自分の身に起こったことは最上位に位置する事実です。ここを基準に考えていくのが事実重視型思考を間違えないための原則であるわけですので、

その自分の体験に合致しない「糖質制限は擬似的な飢餓状態」という常識はやはり徹底的に疑うべき対象となるわけです。


同じことをコロナに当てはめて考えてみましょう。

私はなぜコロナの常識を疑っているのでしょうか。そこには明らかに矛盾があるからです。

コロナにおいては「ウイルス病因論(病原体病因論)」が常識の本丸です。しかしそう考えると矛盾する現象が現実にはいくつも観察されます。

①マスクで直径80-120nmのインフルエンザウイルスや直径22-30nmのコクサッキーウイルスによる感染症は激減したのに、直径100-200nmのコロナウイルス感染症の蔓延が防げていないこと
②直径300-600nm(長さ1000-4000nm)の結核菌が空気感染するのに、直径100-200nmのコロナウイルスが空気感染しない(と言われている)こと
③ウイルス感染症が重症化して死亡した患者からウイルスの塊が観察されていない
④コロナウイルスが原因で起こっているはずのコロナウイルス感染症の重症例に免疫力を下げるステロイド(デキサメタゾン)の大量投与が奏効する(ウイルスがかえって増殖しやすい環境になるはず)


他にも細かい矛盾はたくさんありますが、大きな矛盾はこのあたりになるでしょうか。

例えば①は「マスクでウイルスは防げる」という常識に対する矛盾です。②は「結核菌は空気感染する」という常識に対する矛盾です。

③と④は「ウイルス感染症はウイルスが増殖することによって引き起こされる」という常識に対する矛盾です。

どれほどの重症ウイルス感染症いつまで経っても検出されるのはPCR検査で何億倍以上(例えば35サイクルなら2の35乗倍)に増幅してようやく検出される遺伝子断片のみですし、

この状態で免疫力を落とす大量ステロイドを使えば、ウイルスは増殖しやすくなってしかるべきです。

一つひとつの矛盾に対しては常識を保ったまま新理論を構築すれば解消できるかもしれません。例えば、②であれば「実はコロナウイルスも空気感染する」という新理論を持ち出せば、矛盾は解消できるかもしれません。

そうなるとそれよりも小さいインフルエンザウイルスやコクサッキーウイルスが空気感染しないという理論に新たな矛盾を生じることになります。

一つの矛盾を解消したら、再び別の矛盾が生まれてしまうような状況では、常識の中で矛盾を解消する新理論を探すよりも、常識自体を見直すべきかもしれません。

例えば次のように考えれば、①〜④の矛盾はすべて解消します。

「ウイルス感染症は自己/非自己の認識システム不全のある人で発症する異物除去反応のオーバーヒート(誤作動)状態である。どこからやってきたかを問わず、そこに自身のシステムが「非自己」と認識されうる抗原があればシステムのオーバーヒートは起こりうる。システム不全の程度が重度だと、単に非自己に反応し過ぎるだけではなく、非自己ではないもの(自己)に対しても異物除去反応を起こしてしまう誤作動が起こりえる。見境なく異物除去反応を起こし続けるほどにオーバーヒートし続ける状態になったのがウイルス感染症の重症化と呼ばれる現象であり、この状態においては自身のシステムオーバーヒートを鎮静化させるステロイドが奏効する場合がある」

つまり「ウイルス病因論」を「宿主病因論」に置き換えればすべての矛盾が解消できるということです。

ただ、誤解のないように言っておきますと、「ウイルス」という存在自体がないとまでは思っていません。ただし「ウイルス病因論」の立場での「ウイルス」の認識のしかたと、「宿主病因論」の立場での「ウイルス」の認識の仕方には違いがあります。

「ウイルス病因論」の立場でウイルスは完全なる異物と解釈されていると思います。しかし「宿主病因論」の立場でみればウイルスは「自己」と「他者」の中間体です。

もっと言えば、自己の状態がよければウイルスは「自己」的な存在と扱われる可能性が高いものです。

しかし完全に自己的な存在かと言われたらやはりそれは違います。完全なる自己であれば異物除去反応が誘発されるのは話が合いません。

その意味で「ウイルスがいても宿主の状態がよければウイルス感染症は起こりにくい」ということが言えそうですが、それさえも絶対ではありません。

健康的なマウスにウイルス抽出液を注射して、感染症を誘発するという実験が成立しているということは、「いかに宿主の健康状態がよくても血管内に異物を注入されると異物除去反応が惹起されてしまう」ということを意味していると思います。

この事実はむしろ「ウイルス病因論」の立場を支持することにもなりますが、異物除去反応の中枢が血液内のリンパ球にあるということを踏まえますと「宿主病因論」に矛盾を与えるものではないように思います。

このように1つの事実に対して2つの解釈が成立する場面は往々にしてあるわけですが、本当に正しい解釈であればこの世の中のすべての事実に対してただの1つの矛盾も生じてはなりません。その意味で「矛盾を生じれば解釈を見直す」は鉄則だとも言えるでしょう。

そう考えると、血管内に入りえるワクチン筋肉注射はいかにも危険な行為です。

たまたま宿主の状態がよくて血管内に入ったとしても、その異物が少量で適切に異物除去反応が惹起されて速やかに排除されるのであればよいですが、

宿主の状態が異物除去反応のオーバーヒート状態にある時に打てば、ただちに血管内のリンパ球が異物除去反応システムをさらに強力に駆動させて宿主に不利益をもたらす事態に発展してしまうかもしれません。

そう言えば、ワクチンの接種注意者の条件に「37.5℃以上の発熱があること」がありましたね。

一般的には「ワクチンは弱毒化させているとはいえウイルスに感染させているようなものなので、感染症のある時に打つと感染症を助長させてしまうのでよくない」と言われていますが、

今回のmRNAワクチンはウイルス様構造物でさえありません。中に取り込まれることでウイルス様構造物を作らせるように身体の中で反応する物質です。端的に言って明確な「異物」であるわけです。

今回のワクチン接種者の声を聞いていますと、今までのワクチンに比べて明らかに接種後疼痛や発熱、倦怠感などの症状の発生率が高く、ワクチン接種に際してあらかじめ解熱鎮痛剤を準備させるような動きもあるそうです。そんなことはかつてない話でした。

いかにmRNAワクチンが多くの人に明確な異物だと認識されているかということだと思います。

多くの人は「ウイルス病因論」という常識の枠組みの中でワクチンというものにパンデミックの収束への期待をかけてしまっていますが、

その行為、「宿主病因論」の立場で考えれば、明確に異物を注入する行為でかつ血管内にも到達するリスクを秘めた行為です。

そしてそこまでリスクをおかして本当に効くのかどうかは判然としません。そして今後もウイルスは確実に変異します。

ワクチンが効いたとされるのはいまだにイギリスとイスラエルだけ。この2国も今後、再びウイルス変異で感染者数の増加に見舞われたらまた新たに開発したmRNAワクチンを打つのでしょうか。それともベクターワクチン?・・・いずれにしてもキリがありません。

この正しい方向性を見失ってしまった社会の中で、確かに信じられるのは自分の信念です。

矛盾があるのであればそれを決して放置しないこと理由もわかっていないのにわかったかのように先に進まないこと、

それがこの情報によって乱れてしまった世の中でブレずに生きていく秘訣であるように私は思います。


たがしゅう

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