病気の原因は外側にあるように見えて実はすべて内側にあるのではないか

2021/05/17 09:00:00 | 素朴な疑問 | コメント:0件

原因不明の病気だらけの西洋医学中心医療の中で、原因がわかっている病気の代表格として知られていた「感染症」が、

実は細菌やウイルスなどの外来抗原が必ずしも病気の原因ではないという見方について説明しました。

細菌やウイルスといった外来抗原との接触がきっかけになっていることには違いはないけれど、

それは花粉や小麦などの必ずしも有害と言えない外来抗原に対して、身体の異物排除システムが誤作動を起こしたり、過剰に反応したりすることが、人体の病気と呼ばれる現象を引き起こしている根本的な原因だという見方と、

「感染症」の真の原因も異常に反応してしまう身体のシステムの方にあるという点でつながるのではないかと思います。

そうなってくると、他に「病気の原因が明確だ」とされている西洋医学における数少ない他の病気についても、

本当にそれが病気の原因なのかどうかを疑ってみる必要があるかもしれません。

そこで今回は「血栓症」「栄養素欠乏症」の2つについて考えてみたいと思います。 「血栓症」というのはどこかの血管に「血栓」と呼ばれる血の塊が詰まって、血の流れが止まりその先の組織が壊死(不可逆的な機能停止)に陥ってしまう病気の総称です。

代表的な「血栓症」としては「脳梗塞」や「心筋梗塞」が知られています。話題のコロナでも重症化すると「血栓症」が引き起こされると言われており、感染者が急変する理由として「血栓症」の可能性が示唆されています。

「血栓症」において「血栓」は”明らかな病気の原因”なわけなので、西洋医学はこの「血栓症」に対する様々な治療戦略を準備しています。

たとえば「抗血栓療法」と呼ばれる「薬で血栓を溶かす」方法、あるいは「血管内療法」と呼ばれるカテーテルという細い管を血管に通して血栓を回収したり、破砕したりして、その後血管がそれ以上詰まらないようにステントと呼ばれる金属の管を留置する方法などが代表的です。

これらの治療法の進歩によって、「血栓症」における「血栓」という明らかな病気の原因に対処することができるようになり、その恩恵を受けて急死から免れた患者さんは数知れません。

その意味で「血栓症」に対する治療体系は、西洋医学中心医療の「明確な原因にアプローチする」という方法論が実際に患者に貢献できている例だと思います。

しかしながら、「ではそもそもなぜ血栓ができるようになってしまったのか」という根本的な原因に対して、西洋医学はいまだ十分な対応策を準備できていないように思います。

コロナで「血栓症」が起こるのだから、コロナウイルスさえ除けば「血栓症」にならずに済むでしょうか?いや、すべての「血栓症」にコロナが絡んでいるとは到底考えにくいですから、コロナが原因というのは真の原因を取り違えて理解している可能性が大です。

そこで「感染症」の時の原因の取り違えと同様に、病気を起こしているのは「病原体(外来抗原)」ではなく、「外来抗原に対して自分の身体がどのように反応するか」というシステムの問題だと考えればどうでしょうか。

このシステムに異常があれば、相手がコロナであろうと、もっと複雑な構造物であろうと、自己抗原であろうと、過剰な異物除去反応が駆動されてしまい、その結果として「血栓」というものが作り出されてしまうと、

そう考えると真の原因が外ではなく、内にあるという現実の輪郭が見えてくるのではないでしょうか。


ただ、この人体の「システム」という言葉があいまいで、これに異常があるとはどういうことなのかがはっきりしていない部分があるかもしれません。

そこでもう一つ、西洋医学的に病気の原因が明らかになっている例として挙げられるのが「栄養素欠乏症」という概念です。

異物除去システムも食べ物を消化したりするシステムもすべて栄養素が満たされていることによって成立するという考えがあると思います。

たとえば消化酵素もタンパク質でできています。脳の活動を支える神経伝達物質もタンパク質から作られています。その働きを補助するものとしてミネラルやビタミンといった栄養素もあります。

「栄養素欠乏症」はそうした「システム」が働くために必要な栄養素の一部や全体が不足している状態のことを指します。

どの栄養素が不足しているかという情報は、西洋医学的には血液検査を中心にして調べることができますので、

この不足栄養素を明らかにし、その栄養素を補うというアプローチを行うことによって、確かにその「栄養素欠乏症」によって起こる症状が改善させることができるケースは現実に多数見受けられています。

その意味でこの「栄養素欠乏症」も病気の明らかな原因を求めて対処する西洋医学的治療アプローチの成功例、実際の貢献例のひとつと言えるでしょう。

しかも、「栄養素欠乏症」はさきほどの「血栓症」と違って、原因としてもっとわかりやすい部分があります。

それは「特定の栄養素を摂取できていないから栄養素欠乏症に陥る」という考え方です。

「摂取が足りないから欠乏症になる。だから不足した分を補って摂取すればいい」というのはシンプルかつ非常に実践しやすい理論だと思います。

ところが現実にはそう考えるとつじつまの合わない部分も出てきます。

たとえば、多数のサプリメントを山のように飲んでいるけれど、いまいち体調がよくなっているように見えない人がいます。

私はパーキンソン病のような神経難病の患者さんを診ることも多いですが、そういう方々にその傾向が強いようにも見受けられます。

逆に同じパーキンソン病であっても、比較的早期の段階で同じサプリメントによるアプローチを行うとうまく行っているケースもあるように思います。

同じ病態に対して、「不足した栄養素を補う」という同じアプローチを行っているにも関わらず、どうしてそのような違いが生まれてしまうのでしょうか。

その原因として、早期のパーキンソン病の患者さんと進行期のパーキンソン病の患者さん、それぞれと話をしていて私が感じているのは、

パーキンソン病は進行すればするほど、思考が一定の価値観に凝り固まってしまっているということが関係しているかもしれません

以前、私は栄養素の「欠乏症」には、物質的な「欠乏」と機能的な「代謝障害」の2つの構成要素があると指摘しました。

早期であろうと進行期であろうと、確かにパーキンソン病の患者さんには特定の栄養素の欠乏が存在しているのかもしれません。

しかし一方では「代謝障害」が軽くて栄養素を補えばスムーズに吸収されるけれど、かたや「代謝障害」が著しいケースではいくら栄養素を補充したとしても、その栄養素をうまく吸収することができないと考えればどうでしょう。

そうすると、栄養素欠乏症に対して積極的な栄養素補充を行っても改善しない理由が説明できるように思います。

そしてその「代謝障害」を引き起こしている要素が何なのかということを、早期のパーキンソン病患者さんと進行期のパーキンソン病患者さんとを比較した時に私が思いつくのが「ストレス」、言い換えれば「思い通りにならないと感じることによって生み出される身体のシステムに負荷がかかり続けること」です。

「難病で治らない病気だ」「先生にお任せするしかない」・・・そう思う時間が長くなればなるほど、身体には無意識の負荷がかかり続け、自律神経やストレスホルモンを中心としたストレス応答系が働き続けることになります。

これらのストレス応答系は何らかのストレスが加わった時だけ一時的に働いてこそその真価が発揮され、血圧や脈拍が上昇したり、白血球が動員されたりして、うまくそのストレスフルな環境を乗り越えられるように人体の機能を高めてくれるわけですが、

相手が無意識にかかり続ける「精神的ストレス」であったとすれば、本来であれば暑熱や痛みといった一時的に加わるストレス応答系が、延々とかかり続けることになってしまい、

その結果、ステロイド(ストレスホルモン)の長期連用によって起こる副作用としてもよく知られているような、一言で言えば「身体のシステムを使いすぎてボロボロになった状態」とでも言えるような結末にいたってしまうわけです。

その身体のシステムには栄養素の吸収システムも入っていますし、余分な成分を除去する異物除去システムも当然入っています。しかしながらいずれのシステムもボロボロとなっている中で栄養素をせっせと吸収させようとしても、土台無理な話だというわけです。

そう考えると、「栄養素欠乏症」の原因は、「栄養素を取れていないこと」という要素もあるかもしれませんが、

もう一つ忘れられがちなのは、「栄養素をスムーズに吸収するための身体のシステムが働いていないこと」という要素なのではないかと、

そして前者の要素は病気の原因が外にあるという解釈で通用しますが、後者の要素に関しては病気の原因は外ではなく内側にあるということに通じるのではないかと、

もっと言えば、「栄養素の摂取不足」という要素でさえ、煎じ詰めれば自分が何をどのように食べるのかという意思によって決まるという意味で、

根本的な原因は内側に存在していると言っても過言ではないようにも私には思えます。


以上を踏まえ、「感染症」「血栓症」「栄養素欠乏症」など、西洋医学で明らかにされている数少ない病気の原因も、

実は見せかけの原因であって、根本的な病気の原因というものはすべて自分の内側に備わっていると、

というよりも、病気とは自分自身の状態そのものを指していると考えれば、病気の原因が自分の中にあるのは言ってみれば当たり前の話だとも言えるかもしれません。

くしくもコロナのおかげで、病気の解決を外に求める現代医療に頼り続ける発想を大きく見直すべき時代に入ったと思います。

西洋医学に頼るのは、自分で病気を整えるまでの時間稼ぎをしたい時に留めておき、

ずっと西洋医学に頼り続けるのはもうやめにしておきましょう。


たがしゅう
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