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感染症学の常識を抜本的に見直す【後編】

category - ウイルス再考
2021/ 05/ 06
                 
感染症学の常識総見直し、後編はさらに核心部分に迫ってみたいと思います。

専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話 (幻冬舎新書) 新書 – 2021/3/3
忽那 賢志 (著)


(以下、p162より引用)

(前略)

ブラジルで注目すべき症例が報告されています。

2020年3月24日に1回目の新型コロナウイルス感染が確認された29歳の女性が、12月19日に年末のパーティーに参加した際に抗体検査を行ったところ、陽性が確認されています。

しかし、その8日後に2回目となる新型コロナの症状が出現し、ブラジル変異株が検出されました。

この報告は、過去の新型コロナウイルスの感染によってできた抗体が、ブラジル変異株には無効である可能性を示唆しています。

(引用、ここまで)

            

従来の感染症学において「抗体」というのは感染防御に対して絶対的な存在でした。

麻疹や風疹などの一度かかったら二度と感染しないとされる病気で感染しない根拠にもこれらの病気の原因ウイルスに対する「抗体」が残っているからと説明されています。

実際には成人になって血液検査で麻疹、風疹の抗体が残ってないことが判明して、麻疹・風疹に対するワクチン(MRワクチン)を打ち直すというケースも結構あるんですけどね。

しかしながらコロナ騒動では、抗体ができていないのにコロナから回復しているというケースが大多数の感染者で確認されていますね。

それゆえ、コロナに対してはT細胞による細胞性免疫の方がコロナ撃退に役立っていて、抗体が作られるまでの段階に至ってないのではないかという仮説が立ち上がってきました。

でも抗体、特に「特定の抗原に対する特異的な抗体」というのは、基本的にその「特定の抗原」への曝露歴を意味します。

コロナ抗原に対する特異的抗体が検出されないのであれば、それはコロナ抗原に出会っていないと考えるのが自然です。それなのにPCR検査の陽性者がたくさん出るという事実だけでコロナ抗原にたくさんの人が出会っていると解釈されてしまっています。

こんなところにも感染症学の「誤解」を「誤解」で塗り固めるという悪いクセが出ています。

ただそれはさておき、今回の引用文のところで注目したいのは「コロナ抗原に対する抗体が出ているにも関わらず、再びコロナの症状が出現している。だからこれは抗体の感染防御を回避するおそろしい変異株の仕業だ」という解釈です。

まずコロナに特異的な抗原ってあるのかという疑問は以前も表明した通りです。結核特異的な抗原はあれど、コロナウイルス特異的な抗原はPCRで全世界で陽性者が報告されている事実から私はそんな抗原があるというのはちょっとあやしい(似たような抗原はいくらでも存在する)と思っています。

とは言え、抗体というのはほんのわずかな構造の違いも認識すると言われていますので、コロナの抗体検査で陽性になったのであれば、それは特異的かどうかは別としてコロナウイルスに存在する抗原に対して抗体が産生された、すなわちコロナウイルス(様構造物)に曝露された歴があるということでいいと思います。

ところが、忽那先生のように「それなのに再感染を起こすのが変異株のおそろしいところだ」という風に私は考えません。

まず、繰り返すようですが、コロナPCR検査で2回陽性になり風邪症状が出たということは、2回ともコロナ抗原に対して異物除去反応を身体が引き起こしたとは限りません。

風邪症状が出るということは呼吸器系に接触した何らかの異物抗原に対して異物除去反応システムが駆動されているということは間違いないと思います。

ただし、コロナPCR検査が陽性になったことが、コロナ抗原に対し異物除去反応が起こったことの証明にはなりません。もしかしたら死んでいるコロナウイルスやコロナウイルス様の構造物がたまたまそこにくっついていただけ、もしくはコロナウイルスはそこにいるにはいるけれど異物除去反応の駆動にとっては無関係だという場合もありえるわけです。

だからもしこのブラジルの29歳の女性が最初はコロナウイルス(様構造物)に対する異物除去反応を起こし、コロナ特異的な抗体も作られたけれど、2回目の風邪症状はコロナPCRは陽性になったものの、実はその異物除去反応はRSウイルスに対して引き起こされていたのだとすれば、コロナ抗体が感染防御に寄与していなくても全く不思議ではありません。少なくともその可能性を否定することはできないはずです。

つまりこの女性はただ2回風邪を引いただけなのに、コロナPCR検査によって、ひいては従来の感染症学に基づく誤解によって、「抗体が効かない脅威の変異株に苦しめられている」という概念を植え付けられてしまっているということになります。

検証せずに突き進む科学がいかにおそろしい歪みをもたらすかという現実をまざまざと見せつけられているように感じます。


そして一番根本的なところで見直さないといけないと感じている感染症学の常識について書かれているのが次の引用文です。

(以下、p166より引用)

ここまでの話で、私たちがいかに多様な病原体に囲まれて暮らしているかがおわかりいただけたことと思います。

有効な治療法が確立されていないものも多々あるので、不安に駆られてしまったかもしれません。

しかし感染症には、ある意味で安心な面もあると言えなくもありません。

それは、病気の「原因」がはっきりしていることです。

病気のなかには、原因がはっきりせず、そのため予防の難しいものが少なくありません。

たとえば生活習慣病の多くは、文字どおり食生活や喫煙、飲酒、睡眠不足などの生活習慣に原因があるとされていますが、その因果関係は必ずしも明確ではありません。

煙草を吸わない人が、喫煙者と同じ病気になることはいくらでもあります。

がんもそうですが、多くの病気はさまざまな要因が複雑にからみあって起きます。

しかし感染症は、そうではありません。

病気というはっきりした原因があり、病原体となる微生物などが体内に入りさえしなければ、感染症にはなりません

(引用、ここまで)



以前、私は「病気の9割は原因不明」という話をしたことがあります。

「気管支喘息」「アトピー性皮膚炎」「関節リウマチ」や「パーキンソン病」など、西洋医学では様々な状態に様々な病名がつけられてはいるけれど、

そのほとんどは突き詰めると「なぜそのような病気になるのか」という原因がはっきりしていないことがほとんどで、はっきりしていないからこそとりあえず症状を改善させる薬を延々と飲み続けることになる治療が幅を利かせているという構造については過去に何度も指摘しました。

感染症という病気はそんな中で数少ない例外的な存在だと私もこれまで認識していました。

忽那先生が言うように、たとえば結核という感染症は、結核菌という明確な原因があり、その結核菌を抗結核薬を内服すれば結核という感染症を治療できるといった非常にわかりやすい構造があると私も思っておりました。

しかし一連のコロナ騒動を受けて、その明確な原因があるはずの「感染症」の原因もひょっとしたら「病原体」ではないという可能性が見えてきました。

ウイルス感染症はウイルスのせいというよりも自己システムのオーバーヒートですし、明確な原因があると思えていた細菌感染症でさえ、ウイルス感染症と同様の構造があることが見えてきました。

抗生物質は確かに感染症の状態を改善に向かわせることが多いけれど、それはあくまでも異物と認識する抗原との接触機会を人為的に減らしているからであって、「なぜその細菌に対する異物除去反応が必ずしも適切に駆動されないか」「なぜ同じ細菌がいるのに攻撃せずに定着状態で済んでいることがあるのか」「なぜ重症例においては原因であるはずの細菌を殺していても必ずしも症状が快方に向かわないのか」など、病原菌が原因だと考えると生じる矛盾に感染症学の常識は答えることができていません。

ということは、この「感染症の原因は病原体である」という感染症学における大前提自体を疑う必要が出てきます

そしてこの原因がはっきりしている病気の代表格であった「感染症」の原因がはっきりしていないということになれば、

もはやほとんどすべての病気が原因不明、いや外の何かに病気の原因を求めること自体が間違っていたという方向性が見えてくるように思います。

似たような思考は天然痘の時にも行いました。天然痘はご存知の通り、ワクチンで根絶できたとされている唯一の病気です(牛痘が2番目に根絶されたという話もありますが、情報が少ないのでここはひとつおいておきましょう)。

逆に言えば、これだけしかワクチンは病原体を撲滅できていないのです。この唯一の砦が何らの理由で崩れ去れば、「ワクチンは病原体を撲滅できない」という事実が導かれることになります。そういう意味で極めて重要な情報です。

その「天然痘ワクチンで撲滅」説の抜け道については以前指摘しました。ある原理について、ひとつだけ例外的な存在があるというのと、すべてに共通して当てはまるというのはどちらが自然なことでしょうか。

病気も感染症だけ例外的にはっきりしていると考えることの方が不自然で、実はすべての病気の原因が外に求めることができないと考える方が原理としてすっきりしているように私には思えます。

勿論外にあるものが病気に影響をもたらしているということはあります。ただそれは原因というよりはあくまでも病気の状態を修飾する要素です。タバコも花粉も紫外線も食品も、そして細菌もすべては人体が起こす現象に影響を与える一要因でしかありません。

その意味ですべての病気の原因がはっきりしないというよりは、すべての病気の原因は内側にあると考えれば、今感染症学が説明できていない、現実にある矛盾についてはすべて解消できるように思うのです。

ここが今の感染症学において最も見直すべき部分だと私は考えています。

なぜならばもしも感染症の原因が病原体ではないということになればどうなるでしょうか。

今、感染症専門医が口を酸っぱくしていっている「手洗い・うがい」「3密回避」「ソーシャルディスタンス」は非常に対症療法的で根本治療につながらない行為ということになります。

勿論、自己の要因で細菌が必要以上に増殖してしまう条件にある人にとって抗生物質の治療が寄与することは実際あるでしょう。

だから条件の悪い高齢者や基礎疾患の多い人達が少しでも異物除去反応を起こしにくい条件にするために異物と遭遇しうる場所を回避するという行動には意味もあると思います。

しかしそれは個々人で考えるべきことで、少なくとも異物除去システムが正常に働いている健康人に強制されるべき行動ではありません。

異物抗原との接触を避ける行動はとりあえず目の前にある異物を取り去っているだけで、なぜその異物が生まれるに至ったかについては全くアプローチしていない手術療法と何一つ変わらない構造になるのではないでしょうか。


・・・実は忽那先生の本を読んでいて感じた矛盾点は他にもまだまだたくさんあるのですが、

大きなところについては今回のシリーズで指摘することができたと思うので、ひとまずこの辺で区切っておこうと思います。

その他の矛盾点や別の解釈がはさみうる部分に関しては別途別記事で指摘していきたいと思います。


たがしゅう
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コメント

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パスツールとべシャン
たがしゅうさま、こんにちは。

ルイ・パスツールとアントワーヌ・ベシャンの話を思い出しました。パスツールは死の間際に「細菌理論は間違っていた。べシャンが正しかった」と言ったとか、言わなかったとか…。

欧州の会議で以下のような発言があったそうです。
『5月8日の欧州病理学会のウエブ会議のリーダー達が、「新型コロナウイルスの特異性を持った抗体は見つからなかったと言った」という部分です。』

https://www.facebook.com/groups/733505000800734/permalink/798099511007949

Re: パスツールとべシャン
一読者 さん

 コメント及び情報を頂き有難うございます。

 細菌が一定の条件下で増殖し、何らかの原因で本来無菌の場でそれが起こると炎症反応を惹起するというのも正しいのでしょう。
 だからこそ抗生物質を投与し細菌を死滅させれば炎症は治まるし、細菌原因説に強い説得力をもたらすわけです。

 ところが問題はその「何らかの原因」というのが宿主側の要因であり、
 そもそも炎症反応を惹起しているのは宿主側の要因であるというところです。
 宿主側の要因が整うことによって、その「何らかの原因」は調整することが可能であるはずです。
 そういう意味で、「細菌原因説」のように見える現象も実は「宿主原因説」だと、少なくともそう捉えることはできます。

 宿主側の要因が整っていれば、無菌状態の場所は依然として無菌状態を保つことができますし、
 仮に細菌の侵入によって異物抗原に曝露されたとしても、もともと備わった異物除去システムによって速やかに処理されるだけです。

 逆に言えば、抗生物質を投与しなければ肺炎を治せない状態というのは、
 宿主側の要因が暴走し、強制的な手法を用いない限り秩序を取り戻せないくらいにシステムが乱れてしまった状態だとも言えます。
 表面上の原因だけを整えるという意味で「手術療法」と同様の構造を持っていると私は思います。

>5月8日の欧州病理学会のウエブ会議のリーダー達が、「新型コロナウイルスの特異性を持った抗体は見つからなかったと言った
 
 もしその話が本当であれば、今市場に出回っている抗体検査キットは新型コロナウイルス以外の類似の抗原をひっかけているという可能性が出てきます。根底から話が覆る情報ばかり出てきますね。
No title
たがしゅう先生こんにちは。
久しぶりにコメントを書かせて頂きます。

>「感染症の原因は病原体である」という感染症学における大前提自体を疑う必要が出てきます。
>すべての病気の原因がはっきりしないというよりは、すべての病気の原因は内側にある。


常識を疑う事は大切だと思います。

一例ですが

ピロリ菌感染が胃がんの原因と言われますが、疑う必要があると思います。
ピロリ菌が細胞をガン化するのではなく、原因は内側(宿主)にあると思います。

人体の免疫システムがピロリ菌を「非自己」と認識した場合
 1、免疫システムがピロリ菌を過剰に攻撃する。
 2、免疫の暴走により胃の正常細胞のDNAまで破壊される。
 3、傷ついたDNAが原因でガン細胞ができる。

人体の免疫システムがピロリ菌を「自己」と認識した場合
   免疫システムがピロリ菌を攻撃しない。(共生)
 ※ ピロリ菌と共生できる事は、メリットも多い。

免疫システムが「自己」「非自己」を正しく認識できるかが、
免疫の暴走を防ぐために重要だと思います。
「どのような」な物質や菌と、人生のステージで「いつ」出会うか、
皮膚や腸など「どこ」で出会ったかに大きく影響されると思います。
 ・自己 =正常細胞、胎児の細胞、共生菌など
 ・非自己=ガン細胞、共生出来ない菌など

衛生環境を良くして感染症と戦ってきましたが、今度は衛生すぎる環境が原因で、未熟となってしまった「内側」が暴走し、新たな問題を生んでいます。
細かいことを言えば、衛生環境だけでなく、飽食の時代なのに栄養素が不足し必要な代謝が上手くいかない、紫外線の避け過ぎなど、様々な要因で「内側」に不具合が生じているのかもしれません。

花粉症、アトピー性皮膚炎など「内側」が問題と思われる病名が増えていますが、
たがしゅう先生が言われているように、「同じ現象に違うラベルを貼っている」がしっくり来ます。
Re: No title
Etsuko さん

 コメント頂き有難うございます。

 ピロリ菌の件についてもいつか考察しなければと思っておりました。
 というよりも「抗生剤が特定の病気を抑え込むという現象」がいかに問題の本質にアプローチしていないかということを後日指摘しようと思っております。

> 免疫システムが「自己」「非自己」を正しく認識できるかが、
> 免疫の暴走を防ぐために重要だと思います。
> 「どのような」な物質や菌と、人生のステージで「いつ」出会うか、
> 皮膚や腸など「どこ」で出会ったかに大きく影響されると思います。
>  ・自己 =正常細胞、胎児の細胞、共生菌など
>  ・非自己=ガン細胞、共生出来ない菌など


 そうですね。概ね同意見ですが、違うところがあるとすれば、「自己と非自己は明確に区別されない」というのが私の意見です。
 免疫システムが機械のように自己/非自己を区別しているようなイメージがあるかもしれませんが、実際には免疫システムがもう少しあいまいなものだと私は考えています。正常細胞からがん細胞の間にもグラデーションがあり、共生菌(善玉菌)と共生出来ない菌(悪玉菌)の間にもグラデーションがあるようなイメージで捉えています。もっと言えば、あるタイミングでは共生菌だったものが別のタイミングでは共生出来ない菌になっているというようなことも宿主の状態次第でうつろうとも思っています。

 ただまるで機械のように自己と非自己を区別して自己の秩序が守れる状態があるとすれば、それこそが健康ということだと私は思います。私たちは皆、健康と病気の間のグラデーションの状態にあるのだと考えています。
No title
お返事ありがとうございます。

先生の言われる「グラデーション」、納得です。

グラデーションの部分があるからこそ、
そこを操作する方法を見つけられたら、
良い方向へ転がるかもしれない。
希望を感じさせます。
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追伸 抗体依存性感染増強について
欧米では接種被害がかなり出てますが、懸念されるのはこの秋から冬にかけて、接種者に抗体依存性感染増強により重症化・死亡者が激増するのではないかと言う懸念です。

生物兵器学者リー・メリット博士と言う方は以下の通り述べているそうです。

リー・メリット氏:「もし、生物兵器研究者としての私が、他国で軍隊を倒したいと思ったなら、それが自然界に存在しないことがわかっている mRNA を作るだけです。誰もそのワクチン接種そのもので死亡することはありませんが、二年後に「何かを放出」するのです。それが感染増強死 を引き起こします」

https://indeep.jp/vaccines-are-the-preparation-for-the-great-biological-warfare/
Re: ドイツ高齢者施設のドキュメンタリー
一読者 さん

 情報を頂き有難うございます。
Re: 追伸 抗体依存性感染増強について
一読者 さん

 コメント頂き有難うございます。

 生物兵器学者という肩書きがあるんですね。随分物騒な印象を持ちます。

 私の見解としては、新型コロナワクチンは抗体依存性感染増強を起こしやすいワクチンだと思うものの、後で時限爆弾的に重症化するようなことは基本的になく、発生したとしても少数例にとどまるのではないかと考えています。しかしその学者さんの言う通りだとすれば、これまでにありえなかった現象が起こるということになるのではないかと思います。
No title
たがしゅうさま、こんにちは。

お忙しいところご返信ありがとうございます。bona fidr と言うメディアではイギリスのヴァーノン・コールマン博士の意見を取り上げてます。リー・メリット博士の意見に近いと思います。

Link: https://bonafidr.com/2021/03/29/%e3%80%90%e3%82%aa%e3%83%94%e3%83%8b%e3%82%aa%e3%83%b3%e3%80%91%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%83%af%e3%82%af%e3%83%81%e3%83%b3%e3%81%af%e4%ba%ba%e9%a1%9e%e3%82%92%e4%b8%80%e6%8e%83%e3%81%99%e3%82%8b/

私も少数例にとどまってほしいです。現在ADEについて報道しているメディアは殆どないのではないかと思うのですが、今後万一ADEによって多数の人に悪影響が出たとしても、その可能性を指摘するメディアや大手メディア御用学者は皆無だろうと思います。そして、その責任はマスクをしない人やワクチン接種をしない人が感染を広げたからと言われかねないだろうと今から大変心配です。

あと、ファイザーの治験プロトコールには「接種者が未接種へ何らかの悪影響を及ぼす可能性」について記述があるのですが、ご存知でしょうか。こう言ったことも殆ど多くの人が知らないのではないかと思います。

No title
こんにちは。また、同様の主張をされている専門家がおられましたので名前だけご紹介します。

ステファン・ホッカーツ(Hockertz)教授
免疫学者であり、毒物学者。
インタビューでは、ドイツ政府が計画したとみられるコロナ大量接種を批判し、故意の人身事故と表現されているそうです。