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感染症学の常識を抜本的に見直す【前編】

category - ウイルス再考
2021/ 05/ 04
                 
常識というのは、それが社会の秩序をもたらしているうちは非常に頼りになる存在ですが、

ひとたびその常識にほころびが出てきはじめてしまうと、軌道修正していくのにこれほど邪魔になるものはないという障壁になります。

常識はその理屈を理解している人はもちろん、多くの理屈を理解していない人にとっても幅広く大きな影響をもたらす規範であるからです。

前回、「感染症の原因は病原体である」という常識を大きく見直す必要があるという話をしましたが、

現在、感染症学の常識を最もよく理解している存在と言えば、なんと言っても感染症専門医であろうと思います。

そこで今回はメディアでも話題の感染症についての情報発信者となっている感染症専門医の先生が書かれた本を取り上げてみたいと思います。



専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話 (幻冬舎新書) 新書 – 2021/3/3
忽那 賢志 (著)
            

書かれたのは山口大学医学部出身で、現在国立国際医療研究センター国際感染症センター国際感染症対策室医長の任についておられる忽那賢志先生です。

忽那先生は政府の広報関係からYahoo!!ニュースまで実に幅広くメディアで情報発信されており、かつ感染症関連の著書も多数書かれている感染症専門医の第一人者です。

この本は全261ページとボリュームがありますが、書かれている内容はシンプルに一言でまとめることができます。

要するにこの本では「現在の感染症学における常識が語られている」のです。

もう少し丁寧に言うのであれば、「そもそも感染症とは何か?、今までの感染症にはどのようなものがあるか?近代に入り新しく発生するという新興感染症とは?本題の新型コロナウイルス感染症とは?感染予防対策はどうあるべきか?SNS時代に感染症の情報とどう向き合うべきか?その常識を元にこれから私たちはどうしていくべきか?」ということが順番に語られている内容です。

ボリュームある内容を経て出てきた結論も極めてシンプルです。要するに「新型コロナウイルス感染症は非常に拡散しやすくかつ一部に重症化をもたらす未知の部分も多い新興感染症なので、感染症の専門家や政府をはじめとした公的機関が発信する信頼度の高い情報をもとにマスク装着、手洗い・うがい、3密回避を十分に心がけてこのパンデミックを乗り越えましょう」というものです。この一年以上、耳にタコができるくらい聞いてきた内容だったので正直言って目新しさはゼロでした。

ただ私も「常識にほころびが出てきている」と、「常識を見直す必要がある」という以上は、どこに見直すべき点があるかを明示する必要があると思い、この本をくまなく読んでみることにしました。

立場が変わればものの見え方は変わります。今の感染症学の常識的な見方も正しい、私の人間の心身に注目した見方もまた正しい、どちらもただの見方の違いであって、どちらでも好きな立場で世の中を眺めればよいというのであれば問題ないのですが、残念ながらそうはいきません

なぜならば、前者の常識的なものの見方が席巻することで世界が明らかに秩序を失い歪んだ方向へと邁進してしまっているからです。

受け止め方次第で如何様にも受け止められる部分に関しては自由な解釈が入って構わないと思います。ですが、事実と照らし合わせて矛盾のある部分はしっかりと指摘していく必要があります。その勘違いによって世の中が歪み続けていくことだけは避けなければならないし、少なくともその流れに抵抗し続けることには大きな意味があると思っています。

というわけで、この本の中で私がおかしいと思った部分をすべてピックアップしていきます。読者の皆様の常識を見直す一助にして頂ければ幸いです。


(以下、p20より引用)

たとえば新型コロナウイルスの場合、ある研究によると基本再生算数は2〜3.5人くらいだとされています。

それに対して麻疹(はしか)の基本再生算数は12〜18人。誰もワクチンを接種していない集団では、1人から最大で18人にうつってしまい、その18人がそれぞれ18人にうつし、そこからさらに18人ずつ・・・・・・と、どんどん広がっていく可能性を考えると、「感染力が高ければ高いほど恐ろしい」ということの意味がよくわかるでしょう。

(中略)

たとえばエボラ出血熱は、基本再生算数は1.5〜2.5人程度なので、爆発的に流行するわけではありません

(引用、ここまで)



ここでのポイントは2つです。

ひとつは「基本再生産数を根拠に感染症の拡大の恐ろしさを語っている内容なのに、新型コロナウイルスの基本再生産数の数値と、現実の新型コロナウイルスの感染拡大の実情とくいちがっている」ということ、

もうひとつは「その基本再生産数という数値の根拠は、とある研究(医学論文)の結果が拠り所になっている」ということです。

普通に考えれば新型コロナウイルス感染症の拡大は麻疹どころの騒ぎではない史上最大の拡がり方をしているわけですから、

基本再生算数なる数値は史上最大の大きさになっていないとつじつまが合いません。

いやいや、麻疹の場合はほとんどの日本人がワクチンを打っているのだから、麻疹ウイルスはワクチンによる抗体で撃退されているから基本再生産数12〜18でも広がらないのだと言うかもしれませんが、

そんなにワクチンを打っていない外国でも麻疹患者は発生しています。なぜそこから新型コロナのように世界中に蔓延していないのでしょうか。

あるいはエボラ出血熱もほとんど新型コロナと同じくらいの基本再生算数なのだから、もっと多くの人に広がっているポテンシャルを持っているはずですが、実際には局所発生にとどまっているのもつじつまがあいません。

一般的なイメージにはないかもしれませんが、エボラ出血熱でも新型コロナと同様に無症状感染者は確認されていますし、初期症状はコロナやインフルエンザとそっくりですからね。

そうなってくると、基本再生産数という数値の信頼性そのものを疑う必要があると考えるのが自然ではないでしょうか。


(p28より引用)

新型コロナウイルスの場合、消化器にも入り込んでいるので、便からもPCR検査でウイルスが検出されることがあります。

そのため、生活排水を検査すれば、その地域に新型コロナウイルスが広まっているかどうかを調べることも可能です。

実際、2019年の3月には、スペインの排水に新型コロナウイルスが存在したという研究もありました

(引用、ここまで)



(p50より引用)

ではなぜ、冬にノロウイルスがそんなに流行するのでしょうか。

このウイルスは、海で二枚貝に取り込まれ、その内臓に濃縮して溜め込まれています。

人間はそれを食べることで感染するのですが、加熱調理をしていれば問題はありません。

ところが冬場には、多くの人が好んで生で食べる二枚貝が旬を迎えます。

そう、もともと海水のなかにいたノロウイルスは、牡蠣の生食を通じて人間の体内に入り込むことが多いのです。

(引用、ここまで)



ここでの要点も2つあります。

一つ目はまたもや「主張の根拠が研究(医学論文)に拠っている」ということ、

もうひとつは「”ウイルスは生物に感染していないと生存(増殖)できない”という原則から外れた事象を論拠に使用している」という点です。

生活排水であろうと海水であろうと、そこは生物の中ではないわけですからもはや感染性は消失していないとおかしいと思います。

従って、生活排水でPCR検査の陽性が確認できるということは、その地域でコロナウイルスが広まっているかどうかを調べられるのではなく、「感染性を失っているウイルス(様構造物)であってもPCR検査は陽性となる」という事実を実証していることになると私は思います。

「いや、生物の外にいてもウイルスは長時間生存できる」というのであればそれはそれで問題です。そうであるならば飛沫がどこに飛んでいるかわからない以上、すべての空間に消毒・殺菌処置をしない限りウイルスからは逃れられないという話になってしまいます。

しかし実際にはソーシャルディスタンスなどと称して、2m程度の距離を保っていれば感染しないと主張しているわけですから、どの道矛盾を生じていることになります。

(p48より引用)

(前略)

多くの臨床研究でインフル薬の有効性が証明されているのは、インフルエンザの発症から48時間以内に飲んだ場合にかぎられています。

発症から2日以上経つとインフルエンザウイルスが体内で増殖してしまうため、それ以降は薬を飲んでも飲まなくても経過に変わりがありません

(引用、ここまで)



これはインフルエンザ診療の中でよく言われている話なのですが、よくよく考えればおかしな話です。

インフルエンザの薬はインフルエンザウイルスの増殖を抑えるはたらきを持っています。

2日以上経つとインフルエンザウイルスが増殖しきっているから、薬を飲んでも効かないという話なわけですが、

その「インフルエンザウイルスが増殖しきる」という現象はいかにも不自然です。意志のないウイルスにそんな「これ以上は増殖しない」というノルマみたいなものがあるはずもありません。適当な条件があれば増殖を繰り返すのみでしょう。

それなのに48時間以内でないと効かないというのは不自然です。もしもインフルエンザウイルスが症状の原因なのであれば、48時間以降であってもインフル薬を飲んでインフルエンザが増えにくい状況にした方が身体は回復に向かいやすくなるはずです。

なのに48時間以降はインフル薬を飲んでも、飲まなくても効果に差がないというのは理屈に合わないように思います。

これもインフルエンザを起こしているのがウイルスではなく、人間側のシステムエラーだと考えれば説明がつきます。

たとえばインフル薬の代表的なターゲットの一つ、ノイラミニダーゼはウイルスだけではなく哺乳類にも存在する酵素の一つです。ノイラミン酸のグリコシド結合を切断するはたらきを持っているとされています。

インフルエンザという異物除去反応のオーバーヒート状態において、発生から48時間以内に起こっている現象の中でノイラミニダーゼという酵素をブロックすることがオーバーヒートを冷ます方向に仕向ける役割を持っているのでしょう(たとえば、ノイラミニダーゼはIgGのシアル酸結合を切断し、IgGの炎症作用を増強するという報告があります)。しかし48時間以降のオーバーヒートの化学反応の中では、ノイラミニダーゼがはたす役割はおそらく少ないのではないかと思います。

そのように人間側のシステムエラーの問題だと考えれば、48時間以内と48時間以降で薬の効果に差が出ていることにも説明がつけられます。人間の中で起こっている反応は刻一刻と内容が変化するからです。

人間側の一連のオーバーヒート反応が発生してから収束するまでの平均時間が、いわゆるインフルエンザの罹病期間として認識されているだけなのであろうと思います。

ちなみにインフルエンザ薬の一種、オセルタミビル(商品名タミフル)は2005年代に10代のこども達へ精神行動異常をもたらし自殺をもたらした可能性があるという症例が複数報告されたことが話題となりましたが、その後の検証でこの薬との因果関係は証明されず、うやむやになってしまいました。

それもインフル薬がウイルスを攻撃しているのではなく、自分自身のシステムを攻撃していたのだとすれば起こっても不思議ではない現象として合点がいきます。コロナワクチン接種後の死亡例についてもそうですが、薬の有害事象に関して専門家は害してその因果関係を認めようとしませんが、「一体どうなれば因果関係ありと言えるのか」の基準を示してもらうことはできるのでしょうか。

それは「インフルエンザ薬はインフルエンザウイルスを攻撃するものだ」「コロナワクチンはコロナ抗原に対する抗体を作らせるものだ」という立場に立っている人物が薬の有害事象について因果関係を認めることはおそらくないのだろうと私には思えてしまいます。

(p51-52より引用)

ノロウイルスは、感染力が強いのが特徴です。わずか18個のノロウイルスが口から入るだけで感染するとされているので、「とにかくウイルスがいればアウト」だと思っていたほうがいいでしょう



感染症学の悪いくせは、患者が1カ所で集団発生するとすぐに「感染力が強い」と評価してしまうことです。

18個のウイルスで感染するという情報もおそらく何らかの医学研究から引用したものと思われますが、現実的に見えないウイルスを18個だけ移すという作業がどれだけの精度をもって確認されたのか甚だ疑問です。

胃腸炎の集団発生と言えば食中毒ですが、食中毒の原因は病原体とは限りません。何らかの異物(毒素など)が影響している可能性も十分にあります。しかし冬に生牡蠣を食べている状況で検査でノロウイルス陽性となればまず間違いなくノロウイルスの仕業だと認識されてしまうのです。

ちなみにノロウイルスの検査方法は、正確性の低い抗原検査と、コロナですっかり有名になったPCR検査です。これはウイルスの死骸でも、ノロウイルスと無関係の類似抗原でも陽性と出てしまいます。

要するに感染力の強いウイルスが悪さをしたのか、たまたまその食べ物にあった異物(動植物の毒素など)の影響であったのか、誰にも正確な確認をとることのできない状況の中で、「ノロウイルスは感染力が強い」という価値観を持った医師によって判断が下されているというわけです。


感染症学の常識について見直せる部分はまだまだ続きます。


たがしゅう
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