ツベルクリン反応が教える病気の実像

2021/04/25 21:15:00 | 素朴な疑問 | コメント:0件

前回、ツベルクリン反応という結核の検査の話が出てきました

ツベルクリン反応というのはヒト結核菌の培養液のごく一部0.1ccという少量を人の腕に皮内注射することによって、

その注射部位が48時間後にどれくらい腫れているかを見ることによって、結核に感染しているかどうかを調べる昔ながらの検査だと、

ただこの検査では現在結核に感染している人と、過去に結核に感染していた人あるいは単にBCGワクチンを打ったことがあるだけの人とを明確に区別することができないため、

現在ではツベルクリン反応に代わって、「IGRA:interferon-gamma release assay(インターフェロンγ遊離試験)」という検査が結核検査の主流におかれていると、

そしてツベルクリン反応で起こっている現象は「Ⅳ型アレルギー」で、T細胞が中心となって駆動する免疫システムの過剰駆動状態だということを説明しました。

そうするともはやツベルクリン反応の活躍の場はないので、今の医療現場では行われなくなっていると思われるかもしれませんが、実際にはツベルクリン反応の検査は今でも行われる場面があります。

それはどういう時かと言いますと、「ツベルクリン反応が陰転化する特殊な病態にあるかどうかを判別したい時」です。 ツベルクリン反応では、先ほども述べたように、端的に言えば「T細胞の活動具合」を見ていますので、

結核の感染がある、もしくは結核の既往、BCGワクチン接種歴ありの場合、注射部位が1cm以上の大きさに腫れてきます。この状態を持って「ツベルクリン反応陽性」と判定します。

しかし別に結核に感染していない健康な人であっても、当然T細胞は機能していますので、ツベルクリン液の注射部位で発赤・腫脹反応は起こってきます。ただし、その赤く腫れた部位の大きさが健康な人の場合は1cm未満に収まるということです。これを「ツベルクリン反応陰性」と表現します。

細かく言うとだいたい0.4cm未満で収まる場合が完全な「ツベルクリン反応陰性」、0.5〜0.9cmくらいの場合を「擬陽性」と言ったりする場合もあります。いずれにしてもこの発赤反応の大きさがそのまま「T細胞の活動具合」、言い換えれば「細胞性免疫」の働きとリンクしているということになります。

そんな中、一度はツベルクリン反応が陽性であった人が、時間が経ってから再検査すると陰性になっているという現象が観察されることがあります。これを「ツベルクリン反応の陰転化」といいます。

なぜそのような原因が起こるかに関してはさておき、「ツベルクリン反応の陰転化」が見られるということは何らかの原因で細胞性免疫の働きが低下したことを示唆します。

そんな「ツベルクリン反応の陰転化」が起こる条件として、次のようなものが挙げられています。

①高齢
②ステロイドや免疫抑制剤使用者・HIV感染者などの免疫不全状態
③粟粒結核
④サルコイドーシス
⑤慢性リンパ性白血病
⑥ホジキンリンパ腫 ( 悪性リンパ腫 )
⑦過敏性肺炎


①と②は比較的わかりやすい要因だと思います。

高齢になっても、何らか免疫を低下させる要因が加わっても、細胞性免疫の働きが低下することは想像にかたくありません。

問題は③〜⑦の項目です。結構な重いイメージの病名が並んでいますが、中にはむしろ炎症が激しそうな病気も並んでいます。これでそれなのに細胞性免疫が低下していると言えるのでしょうか。

特に「③粟粒結核」というのは、簡単に言うと結核の重症型です。結核菌が血流に乗って全身に散布され、肺や脳などの臓器に広く結核菌によって生じた病巣が認められる病態のことを意味しています。

先ほど私は「結核に感染していればツベルクリン反応が陽性となる」と言ったばかりです。それなのに結核の重症型である「③粟粒結核」で「ツベルクリン陰転化」するのはなぜでしょうか。

これは「ツベルクリン反応」が「T細胞の活動具合を反映している」ということを踏まえれば理解しやすいと思います。要するに結核が軽症や中等症であればT細胞を中心とした細胞性免疫がうまく働いて、その働きによって病気を制御することができるのだけれど、

重症型ともなると、そうしたT細胞のはたらきが限界を迎えることになってしまい、その結果結核に感染しているにも関わらずツベルクリン反応が陰性になるという現象が起こると考えれば理解できるのではないかと思います。

では④のサルコイドーシスはどうでしょうか。

「④サルコイドーシス」というのは、「肉芽腫(にくげしゅ)」と呼ばれる病変が全身に広がり、肺、皮膚、神経、心臓など様々な臓器の働きを阻害する原因不明の難病のことです。

一見、結核とは何の関係もない病気のように見えますが、一つ結核と共通点があります。

それは、結核においても「肉芽腫」と呼ばれる病変が作られるというところです。結核で見られる「肉芽腫」の病変とサルコイドーシスで見られる「肉芽腫」の病変は非常に似ています。

マニアックな話で恐縮ですが、結核における「肉芽腫」病変を病理組織でみた時には「乾酪(かんらく)性肉芽腫」と呼ばれ、対してサルコイドーシスの「肉芽腫」病変は「非乾酪性肉芽腫」と呼ばれます。

「乾酪」とはチーズの意味で、結核患者の肉芽腫病変の病理組織を顕微鏡で観察した際に、病変の中央にチーズ状の壊死組織が観察されることからそのように呼ばれているそうです。

言ってみれば「乾酪性肉芽腫」は結核菌を封じ込めようと、菌がいる場所へそれを処理する細胞群が向かっていって増殖し周りを取り囲んで、菌を貪食した細胞ごと壊死させたという戦いの痕のような状態だと言えるかもしれません。

それに対してサルコイドーシスの「非乾酪性肉芽腫」というのは、そこに結核菌がいないにも関わらず、まるでそこに結核菌がいるかのような状態が引き起こされているということです。

しかし当然ながらそこに取り囲むべき菌はいないので「乾酪」が発生しない「非乾酪性」の肉芽腫となっているのがサルコードーシスで起こっている現象です。

これは考えてみれば非常に不思議なことではないでしょうか?

そこに結核菌がいなくても、まるで結核菌が身体の中にいるかのような反応が起こってしまうわけですから。

そこで話がややこしいことに、このサルコイドーシスの標準的な治療法として用いられる薬はステロイドです。

ステロイドという薬の免疫に対する影響の方向性については以前の記事で詳しく分析しましたが、一言で言えば「過剰に高まったシステムに対して抑制的に働きかける薬」ということでした。

サルコイドーシスが結核なき状態でまるで結核がいるかのように身体システムが活性化している状態だと考えれば、ステロイドが治療薬になるという理屈は理解できるわけですが、

そんなサルコイドーシスでツベルクリン反応が陰転化するということは、一つはサルコイドーシスの治療にステロイドを使っている影響で②の要素が加わっていくという可能性が一つ、

もうひとつは③粟粒結核と同様に、サルコイドーシスが重症化してシステムの過剰活性化が高じて細胞性免疫のシステムがシャットダウンしてしまうことがあるということを示している可能性もあると思います。

逆に考えると結核で身体に引き起こされてしまう様々な有害な出来事というのも結核菌が増殖することで引き起こされているというよりも、結核菌との接触はあくまできっかけであって、その後サルコイドーシスと同様のシステムの過剰活性化が起こることが病気の本質で、それが行き着くところまで進行してしまった状態が粟粒結核であるという見方もできるかもしれません。

ややこしい言い方をしてしまいましたが、要するに病気を作るのは外部の菌というよりも異物と接した時に自分の身体がどのように反応するかという内部のシステムの問題なのではないかということです。

さて、⑤の慢性リンパ性白血病と⑥の悪性リンパ腫はいずれも血液系の悪性腫瘍(がん)であるわけですが、

両者ともに「リンパ球系細胞の過活動状態」だという点が共通しているのではないかと思います。

リンパ球系細胞の過活動状態」は、私が間質性肺炎を通じて、アレルギーと自己免疫性疾患の共通性について考察した回の時に出てきた概念ですが、

要するに「他者」を攻撃する異物除去反応が、あまりにも多くの他者に対して働いた状態がアレルギー、あまりにも多くの他者を超えて自己に対してまで働いてしまった状態が自己免疫性疾患だと、そしてその状態の極致に相当するのがコロナやがん免疫療法の治療薬でも話題のサイトカインストーム(サイトカイン放出症候群)なのではないかという指摘です。

慢性リンパ性白血病という病気も、悪性リンパ腫という病気もこの流れの延長線上にある状態だとみることができますし、

これらは「異物除去反応というシステムの過剰活性化状態」という視点で見ると、③粟粒結核や④サルコイドーシスと同様に重症化することでツベルクリン反応が陰転化する、つまりシステムがシャットダウンするという流れが起こっても不思議ではないように思います。

最後の⑦過敏性肺炎に関しては、「アレルギー」→「自己免疫疾患」→「サイトカインストーム」の順で進展する異物除去反応システムの過剰活性化の流れにおいて、どの段階でも合併しうる間質性肺炎という状態の一つが「過敏性肺炎(過敏性肺臓炎)」という状態です。

一般的に過敏性肺炎はⅢ型アレルギーとⅣ型アレルギーの両方の要素が関わると考えられていますが、

以前もブログで触れたように一口に過敏性肺炎と言ってもいろんな段階があるわけで、

やはり過敏性肺炎の重症型において、システムのシャットダウンを意味するツベルクリン反応の陰転化が起こっても不思議ではないと思います。

そう考えると、「アレルギー」→「自己免疫疾患」→「サイトカインストーム」の流れに乗る病気であれば何でも、たとえば「気管支喘息」であってもツベルクリン反応の陰転化が起こっても不思議ではないような気がしますが、

ツベルクリン反応の陰転化はあくまでもシステムのシャットダウン状態、すなわちかなりの重症状態においてでないと観察されない出来事だという風に考えれば、

気管支喘息でそのような状態まで進展することは珍しいですし、仮にそのように気管支喘息が重症化したとしてもその時には「気管支喘息」ではなく、別の病名がついてしまっている可能性が高いです。

でも本当は上記に取り上げた7つの要因以外でもツベルクリン反応が陰転化する条件は他にもたくさんのだろうと思いますが、

私たちが病名で患者を認識し「この病気だからこの反応が起こる」というような、病名ありきの視点でものごとを認識してしまっているが故にその事実はなかなか見えてこないのではないかと思うわけです。


・・・最後に今回の話をまとめておきましょう。

「結核性抗原の曝露であるツベルクリン反応を通じて細胞性免疫のはたらきを間接的に観察することができるけれど、

このシステムに影響を与えるのは結核やサルコイドーシス、白血病などの特定の疾患だけではなく、異物除去反応システムを過剰に活性化させてしまうシステムの使い方そのものに原因がある
ということです。

結核と言えば、実はもう一つ是非とも取り上げておきたいテーマがあります。

それはコロナで非常に注目された「無症状感染者」という概念です。

次回はそれについて語らせて頂きたいと思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する