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「ゲートウェイ反射」について学ぶ

category - ストレスマネジメント
2021/ 03/ 11
                 
前回、「精神的ストレスが万病につながる分子生物学的なメカニズムの一端」について紹介しましたが、

その中で「ゲートウェイ反射」という言葉が出てきました。これが興味深い仮説なので、今回はこれに関して考察してみます。

「ゲートウェイ(Gateway)」とは「ゲート(Gate)」が「門」で「ウェイ(Way)」が「道」、すなわち「門へ向かう道」「出入り口」「異なる世界へ通じる場所」といった意味合いを持つ言葉です。

その上で、北海道大学遺伝子病制御研究所 分子神経免疫学教室の村上正晃先生らが提唱する「ゲートウェイ反射」は「局所神経刺激が近傍の特定血管において炎症回路を活性化させケモカインの過剰発現を誘導し,中枢神経領域への免疫細胞のゲートを形成する現象」と定義されています。

私なりにかみ砕いて説明すれば、ここでの「ゲートウェイ(Gateway)」とは「脳血液関門と呼ばれるバリアで区切られた、通常であれば免疫細胞が入りこむことのできない中枢神経系という異世界へと通じる道」のことを意味しており、

局所で神経が刺激され続ける出来事が起こり続けることによって、その本来開かないはずの扉が開いてしまうこと「ゲートウェイ反射」と名付けたということです。
            

「多発性硬化症」という中枢神経の「自己」組織を誤って攻撃してしまう免疫の誤作動が関わる神経難病があるのですが、この病気の発生機序としてもこの「ゲートウェイ反射」は注目されています。

というのもこの「ゲートウェイ反射」という理論が生まれるに至ったきっかけというのが、

「多発性硬化性」と同様の病態を人為的に実験動物のマウスにもたらした「実験的自己免疫性脳脊髄炎(Experimental Autoimmune Encephalomyelitis:EAE)」についての研究にあるからです。

マウスにEAEを起こすために必要な作業は、「自己」組織に反応する病的なCD4陽性Tリンパ球をマウスに移入させることなのだそうです。

その病的なTリンパ球をマウスの尾静脈に注入すると、約2週間後にEAEが引き起こされるということがわかっています。その事は2週間の時点でそのマウスを解剖し、脳の病理組織に目的のTリンパ球が観察されることによって確かめられているので確かな事実と言ってよいでしょう。

しかし、血管に病的なTリンパ球を移入したとしても、脳に入り込むためには「脳血液関門(Blood Brain Barrier:BBB)」と呼ばれる壁が立ちはだかっており、このせいで血液中のリンパ球が脳に入り込むことは簡単にはできません。

しかし実際には移入から2週間後、Tリンパ球が脳内に侵入できていることが確認されています。はたして病的なTリンパ球はいつどのようにして脳に入り込むことができたのでしょうか

村上先生の研究チームは同様のEAEモデルマウスを詳細に検討することによって、意外なことにどうやら移入から5日目の時点でマウスの腰椎の5番目あたりの神経周囲の血管に病的なTリンパ球が集積し始めているようだという事実を明らかにしました。

つまり、EAEの実験マウスにおいて「第5腰髄」が「Gateway」となり、通常であれば不可侵領域であるはずの中枢神経系に病的なTリンパ球が入り込むことができているということになります。なぜ「第5腰髄」なのでしょうか?

これには「重力刺激」が深く関わっていることを村上先生らは明らかにしています。実はマウスにおいて全身の神経の中で「第5腰髄」は最も大きい神経です。

またマウスにおける最大の筋肉は後肢にあるヒラメ筋で、これはマウス内で最大の抗重力筋です。

持続的な重力刺激がかかる状況においてヒラメ筋が最もそれに伴う負荷を受けることになり、ひいてはそれを支配する第5腰髄の感覚神経が局所で過剰に活性化されて、「Gateway」が形成されているのではないかというのです。

それを証明するために村上先生らは、マウスのしっぽを飼育ケージの天井からつるし,前肢は接地しているけれども、後肢は宙に浮いた状態にすることでヒラメ筋への重力刺激を解除する状態を作りました。

この状況で同じように病的なTリンパ球を移入すると、なんとこのマウスは5日経っても第5腰髄への病的Tリンパ球の集積は確認されず、EAEの発症も有意に抑制されたということでした。

その後の実験で、「Gateway」を作る刺激は重力刺激だけではなく、電気刺激、痛み刺激、光刺激などあらゆる種類のストレスによって引き起こされることがわかっていきました。

前回紹介した記事では、この「ゲートウェイ反射」が精神的なストレスによっても引き起こされることが示唆されています。

従って、ヒトにおける「多発性硬化症」という病気においても、局所神経を刺激し続ける何らかのストレスによって「Gateway」が開くことによって、

本来は簡単に入り込むことができないはずの脳神経領域が「自分」の病的Tリンパ球によって攻撃されるという事態が発生してしまっているのではないかと考えられてきているのです。


ところで、「インフルエンザ脳症」と呼ばれる病気があります。

一般的にはインフルエンザにかかった人が稀に起こす重症病態で、何らかの原因でインフルエンザウイルスが脳内に侵入することによって引き起こされる致死的疾患だと理解されていると思いますが、

これを今の「ゲートウェイ反射」を踏まえて眺めてみると、脳内に侵入したのはインフルエンザウイルスというよりは「自己」を攻撃してしまう病的なTリンパ球の方で、

この病気が稀であることを踏まえますと、インフルエンザウイルスという「非自己」抗原との接触で引き起こされた気道の炎症が「Gateway」になっているというよりは、

それ以上の何らかの局所神経刺激が加わり続ける稀なケースにおいて「Gateway」が開かれて、「自己」を攻撃する病的Tリンパ球の暴走によって引き起こされている状態だと解釈することができます。

事実、「インフルエンザ脳症」の解剖症例において、脳内にインフルエンザウイルスの抗原は確認されないとの報告があります。

ちなみに、「脳症」と似た言葉に「脳炎」がありますが、実は「脳炎」と「脳症」を症状から区別することはできません。

病理学的に脳に炎症所見があったり、脳や髄液から原因となるウイルスなどの微生物が検出されるものを「脳炎」、微生物が検出されず炎症所見もないものを「脳症」と呼びます。

ですが、脳内に病原体がいるかどうかは大きな問題ではないと思います。問題は不可侵領域に本来入り得ない病原体や病的Tリンパ球などのが入ることができる「Gateway」が形成されていることであり、

抗原があろうとなかろうと「自己」を「非自己」だと誤認するシステムエラーがあることで引き起こされていることにあるわけです。

だからこそ「脳炎」と「脳症」は区別がつかない、そこに抗原がある「脳炎」の方が重症となるわけではないということになるのだと思います。


さて、ストレスの種類は問わず、何かしらのストレスによって局所の神経に刺激が加わり続ければ「Gateway」が開くということですが、

ここで一つ疑問に思うことがあります。それは「精神的ストレスで局所の神経を刺激し続けるということが起こりうるのか?」ということです。

普通に考えれば、精神的ストレスは局所ではなく、全身に影響しそうです。脳が感じるストレスは自律神経や内分泌のシステムを通じて全身に悪影響を与えうることはこれまでも述べてきました。

しかし、私は「精神的ストレス」が局所の神経を刺激し続けると考えられる情報を大きく2つ持っています。

①TMS理論
②心因反応は人により特定のパターンを示す傾向がある


まず①TMS(Tension Myositis Syndrome;緊張性筋炎症候群)理論とは、「心はなぜ腰痛を選ぶのか」という本を書かれたアメリカのリハビリ医学研究者ジョン E. サーノ博士が提唱されたものです。

サーノ博士は、TMS理論の中で「痛みの原因が身体の構造異常にある」という認識そのものが、自律神経系の関与を通じて筋肉、特に腱の部分に局所の毛細血管収縮を通じた酸素欠乏をきたし、疼痛を引き起こすという説を唱えておられます。

これは正直言って主流の現代医学の中で広く受け入れられているとは言えない仮説ですが、

実際にこの仮説をもとにして、「痛みの原因が身体の構造異常にあることを否定する」ことを前提として構築されたサーノ博士の治療プログラムが、

標準的治療で解決できない数々の難治性疼痛患者を改善へと導いているという実績があることを踏まえれば、

決して軽視することのできない、むしろ非常に妥当性の高い説として捉えることができるのではないかと私は思います。

もう一つの②に関しては、理論というよりは私が多くの患者さんと実際に医療現場で接していて感じている事実というべきものですが、

ストレスによって引き起こされる心因反応には患者さんによって一定の傾向が認められています。

例えば、ストレスで腹痛や下痢になりやすいという患者さんは、そのような消化器症状をしばしば繰り返すことはあっても、

ある時はストレスでめまいになり、また別の時はストレスで痛みを生じ、さらに別の時は嗅覚が低下するといった感じで心因反応が移り変わるということは経験されません。

勿論、心因反応が消化管に出やすい人に、さらに別の心因反応が新たに加わってくることはまずまず起こりますが、

それにしても様々ななストレスへの心因反応のパターンが入れ替わり立ち替わり変化するというようなことはありません。

ということは体質なのか、遺伝子なのか、あるいは後天的に形成されたその人の価値観なのかはわかりませんが、

ともかく、人がストレス刺激を受け続けた時、そのストレス刺激が全身の中で特にこの部位に加わりやすいというその人なりのパターンがある傾向が認められると、

すなわち精神的なストレスが局所の神経刺激を起こし続けることがあるということを説明する根拠となるように思います。


もしも精神的なストレスが局所神経刺激をもたらし「Gateway」の形成に関与しているというのであれば、

不安・恐怖情報によってコロナは重症化しているという私の説にも説得力が出て来るのではないでしょうか。

そして本当に対処すべきは、コロナウイルスとう「非自己」抗原ではなく、

「自己」を「非自己」として認識してしまうシステムエラーや、局所への神経刺激をもたらし続ける慢性持続性ストレスの方ではないでしょうか。

コロナウイルスだけではなく、人は生きている限り「非自己」抗原と接することを避けることはできません。ましてや相手が見えないものとなればなおさらです。

「非自己」とうまく付き合っていくことこそが人生と言っても過言ではないかもしれません。


たがしゅう

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