C型肝炎ウイルスは変異の多いRNAウイルスなのになぜ明確に攻撃できるのか
2021/02/21 13:30:00 |
ウイルス再考 |
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「細菌感染症」と「ウイルス感染症」の本質的な違いについて考えていた時に一つ上がってきたこととして、
「不安定なRNAウイルスであるC型肝炎ウイルスに対して、なぜ特異的に攻撃できる抗ウイルス薬があるのか」という謎が浮上してきました。
またも難しげな話になってしまい恐縮ですが、今回はこの謎に対して切り込んでみたいと思います。
まずC型肝炎ウイルスは、「1本鎖の プラス鎖RNAウイルス」というカテゴリーに入るRNAウイルスです。
RNAの鎖が1本、そして「プラス鎖」というのはもともと2本鎖で1組のDNAにおいて、そのDNAからRNAを合成する際の鋳型となる側の鎖の方を「プラス鎖」、そうでない側の鎖の方を「マイナス鎖」と呼ぶことに由来しています。
つまり「プラス鎖RNAウイルス」とは、DNAと対応させた際に「鋳型」的な構造をとっているRNAを持つウイルスだということです。 ただ実はRNAウイルスにとって、それが「プラス鎖」であろうと、「マイナス鎖」であろうと、あるいは2本鎖のRNAであろうと、もとの遺伝子構造が実質的な「鋳型」です。そこから同じRNA構造を増殖させるのがRNAウイルスです。
私は安定構造を持つウイルスにしか攻撃することはできないと以前述べました。
「プラス鎖RNAウイルス」としての「鋳型」を持っていることが、攻撃対象となる安定構造を生み出すのかといえば、どうもそうではないようです。
なぜならば「1本鎖のプラス鎖RNAウイルス」のカテゴリーに入るウイルスは他にもたくさんあり、その多くに抗ウイルス薬は開発されておらず、C型肝炎ウイルスのように特異的に攻撃できるケースはレアだからです。
「1本鎖のプラス鎖RNAウイルス」のカテゴリーに入るウイルスには、「①プラス鎖RNAを鋳型にして巨大な前駆タンパク質が作られるタイプのもの」と、「②プラス鎖と同様のプラスの極性はあるものの、実質的にはマイナス鎖が「鋳型」となっていて、そこからサブゲノミックmRNA(ウイルスのゲノムRNAの一部が転写されて作られるRNA)が転写されてできるもの」とがあるそうで、多くの場合は後者だそうです。
ちなみに話題のコロナウイルスは②のカテゴリーに入ります。これを持って、コロナもC型肝炎ウイルスと同様に攻撃しうるのではないかと判断するのは早計で、②のカテゴリーに入るのは他にトガウイルス、や植物ウイルスのタバコモザイクウイルス…、抗ウイルス薬が開発されていないものばかりです。
①のカテゴリーは大きく「ピコルナウイルス科」と、C型肝炎ウイルスが該当する「フラビウイルス科」があります。攻撃可能性を検討するのであればせめてこちらのカテゴリーで考えた方がよさそうです。
「ピコルナウイルス科」の「ピコルナ」というのは、「小さな(pico-)RNA(-rna)」の意味で、ウイルスの平均径が0.1μm(100nm)であるのに対して、「ピコルナウイルス科」のウイルスは直径22-30nm程度の大きさしかありません。
この「ピコルナウイルス科」に含まれるウイルスの代表格として、小児麻痺をきたすことで知られるポリオウイルスがあります。こちらはワクチンで撲滅寸前とされるウイルスです。
またC型肝炎ウイルスのように特異的な治療法はないものの、ワクチンが開発されているA型肝炎ウイルスもこの「ピコルナウイルス科」のウイルスです。
ワクチンで認識され効果的に攻撃できるということは、特異的な安定構造があるということを意味しますので、やはりこの①のカテゴリーにあることは攻撃可能性を高める要素であるように思えてきます。
ところが、「ピコルナウイルス科」の他のウイルスとして、かぜウイルスの一種としても知られるエンテロウイルスも含まれていますし、エンテロウイルスのように特異的治療法もワクチンも開発されていないウイルスの方がむしろ多数派です。
そうすると、①のカテゴリーにあることは確かに攻撃可能性を高める安定構造を生み出す要素ではありそうだけれど、それだけでは十分ではないという可能性が見えてきます。
一方で別の観点からC型肝炎ウイルスを眺めてみましょう。
C型肝炎ウイルスが起こすC型肝炎に対しては有効な抗ウイルス薬が開発されるまでは、長らく治療薬としてインターフェロンが標準的治療として使われている時代がありました。
インターフェロンというのはサイトカインの一種ですが、以前も当ブログで触れましたように、天然の抗ウイルス薬とも証される物質で、ウイルス感染症を抑制する方に作用します。
そんな抗ウイルス作用がありながら、ウイルス感染症に対してインターフェロンが薬として使われるケースはC型肝炎とHTLV-1脊髄症(HAM)、亜急性硬化性全脳炎(麻疹ウイルス感染で稀に起こる脳炎)くらいで、他のウイルス感染症に対してインターフェロンが使われることはまずありません。
一つにはこのインターフェロンが薬剤として非常に効果であること、もう一つは注射製剤であり管理方法など色々と指導が必要なことから気軽には処方できないこと、そしてそもそも保険診療の中で適応疾患として認められていないことなどが要因として挙げられます。またインターフェロンは副作用としてうつや間質性肺炎をきたすことでも知られています。
間質性肺炎は当ブログでさんざん取り上げましたが、一言で言えば「間質性肺炎とは自身の異物除去反応が過剰に活性化された状態」でした。
インターフェロンは天然の抗ウイルス薬ですが、ウイルス感染症が自己システムのオーバーヒートであるならば、抗ウイルス的に働くインターフェロンを外部から過剰に投与してしまうことで自己システムの過剰な高まりとともに間質性肺炎へとつながってしまうことは理にかなうとともに興味深い事実であるように思えます。
さらに面白いことにインターフェロンはウイルス感染症に対してだけではなく、一部のがんや多発性硬化症という神経難病に対しても保険適応があります。
これはインターフェロンの抗ウイルス効果が本質的にTh1(ヘルパーT細胞1)の活性化により「異常な自己」細胞を排除するように仕向ける仲介作用だということを考えれば、
ウイルス感染細胞と同じく「異常な自己」細胞だと認識されうるがん細胞にも効果を示すのは合理的な事実だと思います。
ただしこれもまた全てのがんに対して適応が通っているわけではなく、腎がんや多発性骨髄腫など一部だけです。しかしだからといって他のがんにインターフェロンが効かないという意味にはなりません。ただ単に保険で認められているのがそれだけだということです。前述のようにインターフェロンの薬として使うにはリスクもあります。
多発性硬化症に対してインターフェロンが効く理由ははっきりとは解明されていませんが、多発性硬化症もウイルス感染症と同様に自己システムのオーバーヒートの延長線上にあると考えれば、抗ウイルス的に働くインターフェロンが保護的に作用すると考えるのもわかる気がしますし、一方でインターフェロンが間質性肺炎というオーバーヒート的な副作用を起こす点は矛盾があるようにも思えます。
インターフェロンが多すぎても、少なくて「異常な自己」を抑制しきれなくても、自己システムのオーバーヒートは起こってしまうということなのかもしれません。
さて、そんなインターフェロンをC型肝炎治療に使う際ですが、実はウイルスの遺伝子を確認するという作業が必須になります。
実はC型肝炎ウイルスの遺伝子には6種類の遺伝子型(Genotype1〜6)と多数の亜型があると言われています。
そして日本においては70%が1b型(1型の亜型)、30%が2型だとされており、1型がインターフェロンが効きにくいタイプ、2型がインターフェロンが効きやすいタイプだと言われています。
ここまでは医学の教科書でもよく書かれているのですが、なにが1型とか2型といった違いを生み出しているのかについて、私が調べる限りよくわかりませんでしたし、
ましてやなぜ1型でインターフェロンが効きにくく、2型でインターフェロンが効きやすいのかという理由に関してもさっぱりわからないのですが、
ここで注目したいのは、そもそもRNAウイルスは変異の多いウイルスだとされている中で、C型肝炎ウイルスは1型とか2型などという一定の形式を示すウイルスだということです。
これはすなわち、C型肝炎ウイルスはRNAウイルスでありながら、遺伝子型を定めるような安定的な構造を持っているということを示しています。
そもそもC型肝炎ウイルスは、その遺伝子配列の中に「超可変領域(hypervariable region: HVR)」と呼ばれる部分があることが、抗体に排除されることなく肝細胞内で持続的に感染し続けることができる要因だとされています。
その結果、じりじりと肝機能障害をきたし、慢性肝炎、肝硬変、肝臓癌へと進展していくと言われているウイルスです。
その「超可変領域」というのはC型肝炎ウイルスの「構造タンパク質」を作る遺伝子配列にあるとされています。
C型肝炎ウイルスの遺伝子配列には「構造タンパク質」と呼ばれる部分と、「非構造タンパク質」と呼ばれる部分とがあります。
「構造タンパク質」にはウイルスの核酸(DNAやRNA)を包むタンパク質部分の「カプシド(C領域)」と、さらにカプシドの外から包んでいる脂質や糖タンパク質から成る被覆成分「エンベロープ(E領域)」から成っています。
そして「非構造タンパク質(NonStructural proteins:NS領域)」はウイルスの増殖を可能にする酵素などの情報がコードされている遺伝子配列です。「NS1」「NS2」「NS3」「NS4A」「NS4B」「NS5A」「NS5B」と種類があり、この順に遺伝子として並んでいます。
先の「C領域」の配列は「C」のみで、「C」がコードされる遺伝子の先頭部分に位置し、次いで「E領域」の「E1」「E2」、そして「NS1」「NS2」「NS3」「NS4A」「NS4B」「NS5A」「NS5B」の順に並んでいるのがC型肝炎ウイルスの遺伝子配列の基本構造です。
このうち、「超可変領域」とされているのは「E2」と「NS1」の間の領域にあるとされ、なぜかこの部分が宿主によって認識されうるエピトープとして働いているそうです。
一方で、C型肝炎ウイルスに感染すると十中八九「HCV抗体」というものが作られると言われています。これはコロナに感染してもほとんどの人が抗体を作らない性質と比べると雲泥の差です。
「HCV抗体」は特定の抗原だけを認識する単一の存在です。超可変領域があるC型肝炎ウイルス(HCV)なのになぜそのような単一の抗体が高い陽性率を示すのかということに関して、
この「HCV抗体」が認識している部位が、超可変領域のある「E2/NS1」の部位ではなく、「NS3/NS4領域」、「C領域」「NS5領域」を認識するように設計されているからだといいます。
ということは、この事実もまたC型肝炎ウイルスは変異の多いRNAウイルスでありながら、このウイルスには安定的な構造が存在しているということの証明になると思います。
ちなみに近年、インターフェロンに変わってC型肝炎に対する治療成績を飛躍的に向上させた「直接作用型抗ウイルス薬(Direct Acting Antivirals;DAA)」は「NS5Bに対する阻害薬」がメインとして使われています。
このNS5BはRNA依存性RNAポリメラーゼという酵素を作る部分で、これはウイルスが増殖する際に必要不可欠な酵素です。DAAはこれをブロックすることでC型肝炎ウイルスの増殖を防いでいます。
実はこのRNA依存性RNAポリメラーゼは、コロナで話題になるも確たる成績を残せていないファビピラビル(商品名アビガン)やレムデシビル(商品名ベクルリー)でも攻撃対象となった酵素です。
C型肝炎ウイルスに対するRNA依存性RNAポリメラーゼのブロックはC型肝炎の治療に役立っているばかりか、ほとんど副作用をもたらさないことでも知られています。
この意味で、C型肝炎ウイルスの「NS5B」という構造は、このウイルスにだけの特徴的な部分であるということを意味しています。
言い換えれば、C型肝炎ウイルスは「細菌」のようにヒトにとっての「非自己」としてのアイデンティティを保つ部分があるウイルスであるということができるでしょう。
そして極めつけは、「C型肝炎ウイルスはB型肝炎ウイルスと重複感染(共感染)しうるという特徴がある」ということです。
以前、当ブログでも取り上げましたように、ウイルスは基本的に干渉と呼ばれる現象を起こすため原則的に重複感染は起こらないと言われています。
そう言えば、前述のインターフェロンの名前の由来も「ウイルス感染を干渉(interference)する因子」から来ています。ウイルス感染が起こると、このインターフェロンが出るということがウイルスの干渉現象の理由の一つだとも考えられています。
けれどもC型肝炎ウイルスはその原則から外れ、B型肝炎ウイルスと共感染を起こすのです。
2種類のウイルスが同時に存在するというケースは存在します。常在ウイルスも含めたら2種類どころか無数に存在するでしょう。しかし原則感染症を起こされるのはいずれか1つのウイルスによってのみです。
けれどC型肝炎ウイルスの場合は、C型肝炎ウイルスとB型肝炎ウイルスが同時に活動性を持っている状態が起こりえるのです。なぜでしょうか。
はっきりとした理由はわかりませんが、今回の考察から言えることは次のようにまとめることができます。
・C型肝炎ウイルスは「細菌」的な「自己」のアイデンティティを保つ安定的構造を持つRNAウイルスである
・ウイルスとして「自己」のアイデンティティを保つ安定的構造の要件としてDNAであることは必須ではないが、DNAの形をとる方が安定的な構造を保ちやすい傾向がある
・「自己」のアイデンティティを保つ安定的構造を持つ増殖体が人体に不利益をもたらしている場合、その安定的構造を崩壊させる薬を用いることは人体にとって有益となりえる
「超可変領域」がある一方で、何がC型肝炎ウイルスに安定的構造を生み出しているのか、までは到達することはできませんでしたが、
とにかく種々の状況証拠が、「C型肝炎ウイルスには安定的構造がある」という可能性が高いことを示しているという話です。
さて、私の興味は今回導かれた内容がコロナに当てはまるかどうか、です。
コロナに安定的構造が存在しているのかどうかはまだわかりません。しかし少なくとも今回C型肝炎ウイルスで見てきたような特徴はコロナには何一つ当てはまっていないということは言えるでしょう。
コロナには定まった遺伝子型はないですし、干渉現象はどうやら普通に起こっていそうですし、RNA依存性RNAポリメラーゼのブロックがうまく治療につながっていません。
これらの事実はコロナにはC型肝炎ウイルスのような安定的構造がないという可能性が高いことを示しています。
それはすなわち、コロナだけを攻撃しようとすることは困難で、コロナを攻撃しようとすることは人間自身を攻撃する行為につながってしまうということです。
コロナを攻撃したいのであれば、せめて安定的構造を確認することから始めなければなりません。
そうしなければ、これからも私達は自分で自分の首を締め続ける愚考の歴史を積み重ねていくことになってしまいます。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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