「細胞性免疫」が最も適切に働くための条件

2021/01/28 13:30:00 | がんに関すること | コメント:0件

副作用にサイトカインストームや自己免疫疾患がある「免疫チェックポイント阻害剤」について熟考することは、

「免疫」というものが乱れていく要因について詳しく知ることへとつながり、ひいては「免疫」を整えるための具体的な方法へとつながり、コロナ禍における読者の皆様への安心材料にもなってくれると思いますので、

難しい話が続いて恐縮ですが、この流れの考察をもうしばらく続けていきたいと思います。

「免疫チェックポイント阻害剤」は、夢の抗がん剤などではなく、進行期のがんに限定して使われる特殊ながん治療薬であるわけですが、

この治療に抵抗性を示す病態として、「T細胞の疲弊」という現象が注目されてきているようです。



実験医学 2020年12月 Vol.38 No.19 イムノメタボリズムとT細胞の疲弊・老化〜免疫機能不全を克服する新たなターゲット (日本語) 単行本 – 2020/11/24
山下 政克 (その他)
T細胞というのは、がんのような異常な自己細胞を処理するシステムである「細胞性免疫」の中で中心的な存在であり、これを活性化させるのが「免疫チェックポイント阻害剤」の働きです。

しかし一方でT細胞を活性化させることで、自己免疫疾患やサイトカインストームにつながるのだということは、

T細胞の活性化という現象は、「自己」と「非自己」をきちんと区別して「自己」の環境を守るという本来の役割を逸脱させて、

少しでも「自己」だと思えない要素があればとにかく攻撃させ、結果的に「自己」細胞までも攻撃させるように仕向けてしまう、という風にT細胞の働きを歪めている行為だと認識することができると思います。

そんな中で「T細胞の疲弊」という現象です。がんをやっつけるという立場に立てば、この「T細胞の疲弊」は「免疫チェックポイント阻害剤」の治療抵抗性要因に見えるかもしれませんが、

そもそも「免疫チェックポイント阻害剤」によってもたらされる効果がT細胞に無理をさせているという行為に相当するのであれば、

「T細胞の疲弊」という現象は、これ以上無理しなくて済むようにするためのT細胞側の防衛反応というようにも見えますし、

あるいはT細胞が無理に酷使され過ぎたことによって、T細胞が不可逆的に機能を停止させてしまった状態だと言うことができるかもしれません。

がんという状態が基本的に過剰適応病態にあることを考えますと、どちらかと言えば後者だと考えた方が妥当であるかもしれません。

上述の医学雑誌には、『T細胞の疲弊を解除して「免疫チェックポイント阻害剤」の効果を高めよう』というスタンスで研究される様々な実験結果が紹介されていましたが、

私に言わせれば、「もうこれ以上T細胞に無理させないであげて」という気持ちでいっぱいです。

立場が変わればものの見え方は変わります。医学は今、視点を変える大きな転換点の岐路に立たされていると私は思います。


そんな中でこの医学雑誌の中にはひとつ興味深い実験的事実が紹介されていました。

それは「T細胞の形態によって細胞内の代謝環境が変わる」というものです。


実験医学 2020年12月 Vol.38 No.19, p3198-3203
がん免疫におけるPD-1シグナルを介したT細胞疲弊と代謝制御
【平野智子,茶本健司】


この話を理解するための予備知識として、細胞がエネルギーを得る際の代謝にはどういうものがあるかを説明します。

ひとつは主に即時的なエネルギー利用に関わる「解糖系」、もうひとつはより効率的大きなエネルギーを生み出すミトコンドリアによって行われる「クエン酸回路」や「脂肪酸酸化」、そしてミトコンドリアの最終段階で行われる「酸化的リン酸化」という代謝システムがあります。

「解糖系」とはその名の通り「糖」を原料として活性化されるシステムで、ストレス性の血糖上昇によっても活性化されます。

細胞分裂が要求されるような状況でも活性化し、無秩序に増殖するがん細胞において解糖系が亢進しているということもよく知られている事実です。

「脂肪酸酸化」は「脂肪」を切り崩してエネルギーを得るためのシステムのことで、「解糖系」よりも多くのエネルギーを効率的に取り出すことができるという特徴があります。

ちなみに、糖質を制限することによって基本的なエネルギーを「脂肪酸酸化」によって得るよう代謝をシフトさせることができます。糖質制限を実践されている人で疲れにくくなったとか、作業の効率が高まったというアウトプットを経験される人が多いのはそのためと思われます。

「クエン酸回路」は「解糖系」「脂肪酸酸化」をつなぐ中間経路のような存在で、ミトコンドリアの中で行われる中心的な代謝システムです。これ自体も「糖」や「脂質」などの原料がある限り繰り返し回転する構造を持っていて、持続的にエネルギーを生み出しています。

ただ「糖」を原料にするか、「脂肪」を減量にするかで、得られるエネルギーの即時性と効率性が変わってきます。ちなみに栄養が枯渇するなどの非常事態においては身体の構成成分である「アミノ酸」が原料として利用される場合もあります。

「酸化的リン酸化」はミトコンドリアで行われるエネルギー産生の最終段階で、エネルギーを産生するための「糖」「脂質」「アミノ酸」の代謝はすべてここに収束し、最終的に原料はすべて水と二酸化炭素に変わります。

この「酸化的リン酸化」と同時に電子が移動する反応もセットで行われることから「電子伝達系・酸化的リン酸化」とも呼ばれています。ちなみにこの電子伝達系を通じて活性酸素が生み出されています。


さてT細胞には、①ナイーブT細胞⇒②エフェクターT細胞⇒③メモリーT細胞へと変化する大きな流れがあります。

「ナイーブT細胞」というのは、「胸腺で分化成熟し抗原と一度も遭遇したことのない未熟なT細胞」のことです。

上記の特集によれば、「ナイーブT細胞」は、激しい分裂の必要性がなく、主に「酸化的リン酸化」からミトコンドリア依存的にエネルギーを得て生存維持している、のだそうです。

これが何らかの「非自己」が認識されることによって、「ナイーブT細胞」から「エフェクターT細胞」への分化が促され、「細胞性免疫」のシステムが駆動されることになるわけですが、

「エフェクターT細胞」というのは、以前の記事でも触れましたように、抗原刺激を受けて「細胞性免疫」を活性化させるT細胞集団のことです。

「エフェクターT細胞」の中には、細胞傷害性T細胞、ヘルパーT細胞、γδT細胞、NK細胞、NKT細胞が含まれています。

この実働部隊たる「エフェクターT細胞」では、核酸・アミノ酸合成の必然性とエネルギーの要求性が増し、「解糖系」「酸化的リン酸化」および「グルタミン分解」などの代謝活動全般が上昇する、そうです。

そしてより分化の進んだエフェクターT細胞では「解糖系」への依存度が増すとのことで、そうしたT細胞は短命となるということも書かれていました。

そして「エフェクターT細胞」による「細胞性免疫」システムの駆動がピークを越えて、無事に「自己」環境の安定した状態に戻れば、死なずに無事戦い終えた「エフェクターT細胞」は「メモリーT細胞」へと分化します。

「メモリーT細胞」とは、一度認識した「非自己」抗原を記憶しているT細胞のことで、これらが正常に働いている状態がいわゆる「免疫がついた状態」に相当するということになります。

特集によれば、「メモリーT細胞」は分裂を抑えて長期生存し、「脂肪酸酸化」「酸化的リン酸化」への依存性が優位となる、と書かれています。


以上のT細胞の形態とエネルギー代謝の変化にまつわる話を、私なりにまとめると、

自己の秩序を守るための「細胞性免疫」のシステムは平時(非ストレス時)は「酸化的リン酸化」を中心に回り、活性化時(ストレス時)は「解糖系」優位に駆動され、うまく危機を乗り越えられれば「脂肪酸酸化」優位で駆動されるようになりより強固な「自己」維持システムへと発展する、といったところになるのではないかと思います。

これは裏を返せば「ストレスフルな状況が続けば、「自己」が保たれる環境に移行することができない」ということにもつながるように思います。

つまり「解糖系」が駆動され続けてしまうような糖質の頻回過剰摂取や、慢性持続性ストレスは、「細胞性免疫」のシステムを働かせることに対して不利に働いてしまうということです。

この仮説を支持するように、特集の中にはもう一つ重要な情報が書かれていました。

それは「免疫チェックポイント阻害剤」で阻害されるターゲットの一つ、「PD-1」という分子が送るシグナルによってT細胞のグルコース(糖)の取り込みが抑制される、ということです。

「PD-1」とは非常事態にのみ発現する「自己」の名札だと私は説明しました。これを科学はがんが免疫を逃れるための巧妙な戦略だと解釈していますけれど、「PD-1」の発現は「自己」を攻撃させないための防衛反応だと言えます。

つまり「PD-1阻害薬」はそうした防衛反応を邪魔することによってがん細胞を無理にでも攻撃させている、その背景には「解糖系」を酷使させるというエネルギー代謝変化が加えられているということです。

この考察を踏まえれば、「免疫チェックポイント阻害剤」ががん治療の目指す方向性を示しているようには到底思えませんし、

「細胞性免疫」のシステムを整えるためには「解糖系」の利用をいかに最小限で済ませるかということが極めて重要だということを示していると思います。

もう一度言います。医学は今、大きな岐路に立たされていると私は思います。


たがしゅう
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