ステロイドと抗IL-6抗体の本質的な違い

2021/01/17 13:15:00 | ウイルス再考 | コメント:0件

「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走が主病態と言われる新型コロナウイルス感染症の重症型に対して、

確たる効果が証明されていないにも関わらず何故か承認された「レムデシビル」と、

人体の主要な抗ストレスホルモンであるステロイドの一種「デキサメタゾン」が、2021年1月17日現在国内で治療薬として承認されている薬となります。

それに加えて今、間質性肺炎をきたすサイトカインストームの中で主要な役割を果たしている「IL-6(インターロイキン6)」と呼ばれるサイトカインを特異的にブロックする「抗IL-6抗体」という薬が、

サイトカインストームの抑制に有効かもしれないということで新たに注目されてきています。

具体的な一般名(化合物名)で言えば「トシリスマブ」、商品名では「アクテムラ」という薬です。

一般的には2008年から国内で適応承認が通った関節リウマチに対してよく使われていて、歴史をさかのぼれば2005年にキャッスルマン病というリンパ増殖性疾患で用いられ始めた薬です。 サイトカインストームは「リンパ球系細胞の過活動状態の終末像だ」という考察を以前私はしましたが、

キャッスルマン病もリンパ球が集まるリンパ節の増殖性疾患ということで話が合います。

かつキャッスルマン病ではリンパ節からIL-6が産生されることが原因だと日本の研究者らによって報告された病気だということです。

キャッスルマン病の自覚症状は首、脇、足の付け根など全身にある複数のリンパ節が腫れることに加え、発熱、身体のむくみなどがあり、客観的に確認される他覚所見では炎症反応高値やIL-6の増加は勿論、肝臓や脾臓の腫大、貧血、低アルブミン血症、高ガンマグロブリン血症などがあります。

ちなみにこのキャッスルマン病は、全国に患者が1500人(発生頻度100万人に1人ほど)という稀な疾患で、遺伝は関係していないと言われ、一部でヘルペスウィルスの一種のHHV-8の感染により発症するというケースが報告されていますが、ほとんどのキャッスルマン病ではHHV-8陰性で原因不明と言われています。

「抗IL-6抗体」が登場するまで、キャッスルマン病の治療はステロイドや抗がん剤(細胞傷害性化学療法)が使われていたそうですが、

大阪大学大学院医学系研究科呼吸器・免疫内科学教室がまとめた過去の治療薬ごとの成績をまとめた資料によりますと、

ステロイド単独117例(有効46%、無効54%、治療不成功54%)
抗IL-6抗体147例(有効61%、無効39%、治療不成功32%)
細胞傷害性化学療法135例(有効78%、無効22%、治療不成功42%)


治療の有効率だけで判断すると、抗がん剤が一番有効に見えるかもしれませんが、抗がん剤は非常に副作用が多いんですね。

注目すべきはステロイドと抗IL-6抗体の治療成績の比較ですが、この「キャッスルマン病に対して抗IL-6抗体はステロイドより治療成績はよい」ことが示されています。

そしてステロイドよりも抗IL-6抗体の方が副作用が少ないとも評価されており、キャッスルマン病に対する第一選択は「抗IL-6抗体」であることが世界的に推奨されています。

代わって関節リウマチという膠原病・自己免疫疾患に対しても、ステロイドと抗IL-6抗体がともに治療として使われますが、

関節リウマチに対しても一昔前まではステロイドが主流の治療でしたが、関節痛や関節腫脹などの自覚症状を強力に抑えてくれる反面、ステロイドは多く使えば使うほど、長く使えば使うほど様々な副作用が出ることでよく知られている薬です。

具体的なステロイドの副作用としては満月様顔貌,易感染性,骨粗鬆症,消化性潰瘍,高血圧,脂質異常,糖尿病,緑内障,白内障,精神障害などが挙げられます。

しかもステロイドの使用経験が積み重なるにつれ、関節リウマチの罹病期間が長くなればなるほど起こってくる「関節破壊」の現象を食い止められないということもわかってきました。

一方で、近年は少量のステロイド(PSL4.7mg/日)であれば発症2年以降の関節リウマチに対して、ステロイドが手の関節の関節破壊の進行を抑制するという報告もあります。

それに対して関節リウマチに対する「抗IL-6抗体」の治療効果はどうかといいますと、まず「抗IL-6抗体は関節リウマチの関節破壊の進行を食い止める」という効果が確認されています。

しかも「抗IL-6抗体」は関節痛や関節腫脹などの自覚症状を抑える効果もあると言われています。

そうなるとキャッスルマン病と同様に「抗IL-6抗体」が関節リウマチに対する第一選択薬になるのかと思われそうですが、実はそうではありません。

稀なキャッスルマン病の治療としては副作用が少ないと評された「抗IL-6抗体」ですが、全国に約80万人(女性の1000人に5人、男性の1000人に1人)と圧倒的に患者数の多い病気で使用経験が積み重ねられていったことによって、

実はその副作用もなかなか厄介なものだという実像が次第に明らかになってきたのです。

なので関節リウマチにおける治療の大きな流れとしてはまずはNSAIDs(非炎症性ステロイド薬)、DMARDs(疾患修飾性抗リウマチ薬)などのリウマチにおける炎症を抑える比較的リスクの低い飲み薬で活動性を抑えながら、

必要に応じてできるだけ少量のステロイドで自覚症状をコントロールしつつ、それでもどうしてもコントロールできない場合に「抗IL-6抗体」を含む「生物学的製剤」と呼ばれるカテゴリーの薬を検討するという流れになります。

「生物学的製剤」とは化学的に合成された物質ではなく、「生物から産生されるタンパク質などの物質を応用して作られた薬」のことです。「抗IL-6抗体」の場合は生体で産生される「IL-6」を標的とした「生物学的製剤」ということになります。

ちなみに「DMARDs」が当ブログでははじめて出てきた言葉ですが、これに関しても実は重要な考察ができそうなのですが、今回の話の本筋とはずれてくるので、取り上げるのは次回以降に持ち越しとしたいと思います

なぜ治療効果の高い「抗IL-6抗体」が治療の優先順位が低いのかと言いますと、先程申しました厄介な副作用に加えて、その薬価が非常に高いということも関係しています。

コロナで注目される抗IL-6抗体「アクテムラ」の場合は、1シリンジ162mgが32,485円です。

「アクテムラ」は標準的には2週間に1回打つ注射剤ですので、1ヶ月の薬代は倍の64,970円です。

保険が効いて3割ならば19,491円になるとは言え、他の治療関連費も合わせると患者さんの懐には決してやさしくない額です(免疫チェックポイント阻害剤エフェクターT細胞療法の超高額に比べればかわいいものですが)。

ですが、好発年齢が40〜50代と比較的若く数も多い関節リウマチ患者に長期間使用するという関係で、アクテムラの売上は年間1000億以上にも登っているそうです。

まあでも額のことはさて置いたとしても、一番問題なのはその「厄介な副作用」とやらです。

どんな副作用があるのかと言いますと代表的なものでは、「脂質異常症」が高頻度に起こる副作用です。そのために抗IL-6抗体の使用者では定型的な血液検査が行われ、必要に応じてスタチンなどの治療薬が投与されるということがされています。

また稀な副作用としては心不全や腸管穿孔がともに0.2%程度発生しうると報告されています。

そして最も注意すべき副作用としては「感染症」の発症です。

IL-6とは一言で言えば炎症性サイトカインであり、炎症とは病原体の排除に寄与する生体の防御反応であるわけですから、

これを阻害する抗IL-6抗体で感染症にかかりやすくなるというのは、言わば必然的な副作用ということになります。

特に普通の免疫状態の方ではかからないような結核や非結核性抗酸菌症、ニューモシスチスカリニ肺炎などの発症に注意が必要と言われ、抗IL-6抗体使用前や使用中に潜在的に感染していないかどうかを血液検査や画像検査でチェックしたり、

あるいは感染症を合併している場合は並行してそれらの治療を行っていくことが勧められています。

さらにはB型肝炎ウイルスのキャリア(ウイルスはいるけど特に悪さをしていない状態)に対して抗IL-6抗体を使用すると、ウイルスが再活性化して肝炎が引き起こされる可能性にも注意喚起がなされています。

しかも厄介なことに、通常感染症を発症すると血液検査上のCRP(C反応性タンパク)という項目が上がるという特徴があるのですが、抗IL-6抗体の使用者ではそれが薬の作用の影響で上がりにくくなるという特徴があるので、

通常の患者に比べて感染症が見逃されやすいという傾向もあるので、感染症の有無評価に際しては十分に注意する必要があると言われています。

こうした注意点をまとめて、日本リウマチ学会は「関節リウマチに対するIL-6阻害薬使用の手引き」というものを作成(2020年2月1日改訂)し、その使用に際して十分に気をつけるよう注意喚起を行っています。

ここまで説明して「・・・あれ?」と思われた方がいたかもしれません。

そう、この「感染症」に注意が十分な注意が必要だとされている「アクテムラ」を新型コロナウイルス感染症という「感染症」に対して使おうとしています。それは、いいのでしょうか?

しかも前述の手引きの最後を見ると、「抗IL-6抗体」使用中に発症する発熱や咳、呼吸困難などが出現した場合のフローチャートがあり、その中で「間質性肺炎」の可能性も考慮すべしという内容の記載も書かれていました。

その原因としては前述のニューモシスチス・カリニ肺炎以外に、薬剤性、リウマチ性、インフルエンザやマイコプラズマなどの可能性も考慮するようにと書かれています。B型肝炎再活性化リスクの件も合わせてウイルス感染症を増悪させる可能性も十分あるということです。

「間質性肺炎」は私の考察では「サイトカインストーム」の延長戦上にある病態です。「サイトカインストーム」の治療薬が何故「間質性肺炎」を引き起こすことになってしまうのでしょうか。

実はこの矛盾については説明可能なのですが、長くなりそうなのでその説明については次回に回そうと思いますが、

今回の記事では最後に、重症化した新型コロナウイルス感染症に対する「ステロイド」と「抗IL-6抗体」の、2021年1月17日時点でわかっている治療成績を比較し、

これまでのキャッスルマン病、関節リウマチにおける知見と合わせて、「ステロイド」治療と「抗IL-6抗体」治療の本質的な違いについてまとめてみたいと思います。

まず「ステロイド」についてですが、RECOVERY試験という英国のNHS(国営医療サービス)に属する176施設で新型コロナウイルス感染症で2020年3月19日から6月8日までに入院した6425人のうち、4321名の標準治療群に対して、2104名の標準治療群に加えてデキサメタゾン6mg(プレドニゾロン換算で37.5mg)1日1回投与した群とで比較した研究結果があります。

それによりますと、人工呼吸器をつけるような重症の新型コロナウイルス感染症患者での死亡率がデキサメタゾン群は29.3%、標準治療群は41.4%と、デキサメタゾン群の方が有意に死亡率を抑えたという結果が出ています。

一方で、酸素療法を受けていない比較的軽症の新型コロナウイルス感染症での死亡率がデキサメタゾン群17.8%、標準治療群14.0%と、こちらは統計学的に有意差なしという結果でした。

この結果からわかる新型コロナウイルス感染症に対する「ステロイド」の効果について私の感想ですが、

「重症例におけるサイトカインストームを抑制する一定の効果はあるが、3割の人にはそれでも抑制不可能」
「ステロイドを事前に投与しておくことは重症のサイトカインストームを予防することにはつながらず、むしろ害さえありうる」


といったところで、「ステロイドは適切なタイミングで適切な量が投与されなければ有益性は得られない(有害となりうる)」とまとめることができそうです。

それに対して「抗IL-6抗体(アクテムラ)」の成績ですが、これまで4つの臨床試験の結果が報告されていますが、そのうち3試験では標準治療に比べて、死亡率や重症化率の低減に際して統計学的に有意な差を見いだせなかったそうです。

唯一差が示された試験では酸素療法を必要としない比較的軽症の新型コロナウイルス感染症の肺炎患者で28日後に人工呼吸器装着を必要とした(重症化した)率と死亡した率を合わせた確率がアクテムラ群で12.2%、プラセボ群で19.3%と統計学的に有意差を認めたとのことでした。

この「抗IL-6抗体」の治療成績に対する私の感想は「抗IL-6抗体はサイトカインストームを予防することに対して小さい利益をもたらしそうであるが、そのことは最終的な重症化や死亡率の減少という結果を生まない」というものです。


以上すべてを踏まえて、「ステロイド」治療と「抗IL-6抗体」治療についての本質的な違いについてまとめます。

「ステロイド」治療は人体の抗ストレスシステムを人為的に賦活する治療行為で、「抗IL-6抗体」治療は人体における炎症システムを人為的に阻害する治療行為です。

言い換えれば、「ステロイド」はもともとあるシステムを応援する治療、「抗IL-6抗体」はもともとあるシステムを邪魔する治療です。

後者のようなもともとあるシステムを邪魔する治療が有益となりうるのはもともとあるシステムが暴走している時だと思います。暴走の程度が強いほど有益性は大きくなるものと思われます。

しかしながら所詮はもともとあるシステムを邪魔する行為なので、身体全体のシステムに歪みを生じます。それが関節リウマチに対する抗IL-6阻害薬使用の手引きで見てきたような種々の注意点なのだと思います。

今、コロナの治療として期待されている「抗IL-6抗体(アクテムラ)」というのはそういう治療なのだということを理解しておく必要があると思います。

対して「ステロイド」はもともとあるシステムをさらに頑張れとムチを打つような行為なので、まだシステムに余力のある人に対しては非常に有益な治療アプローチとなりえると思います。

しかし「ステロイド」を投与しても救えない3割の患者は、もはや外からは賦活できないほどにシステムが消耗疲弊してしまっている状態にあるということが考えられます。そう考えればコロナの重症者・死亡者が高齢者や基礎疾患持ちの人に集中することも納得がいきます。

もう一つの可能性は、ステロイドが適切なタイミングで適切な量を投与することができていないという可能性です。

「ステロイド」は外部から投与せずとも、人体の「副腎」と呼ばれる臓器から自律的に分泌され続けていて、しかも朝は多く、夕は少ないという分泌リズム(脈動)が形成されている物質です。

その分泌リズムを人体のシステムが絶妙にコントロールしている分には人間はあらゆるストレスに対して対処して健康的な状態を維持して過ごすことができるわけですが、

何らかの原因で分泌リズムが崩れる、例えば朝も昼も夕も持続的にストレスがかかり続けてしまうような状態には、むしろステロイドの有害性が前面に出てしまうと、

ましてや外部からステロイドを投与するとなると、人体によるその絶妙な分泌リズムの調整はできかねますので、

ステロイドが本来必要な量に比べてしばしば多くなりすぎてしまい、その結果としてステロイドの副作用が様々な臨床場面で観察されるようになると考えればこちらもつじつまが合います。

新型コロナウイルス感染症のように絶望的にステロイドが足りない状態においてはある程度多めに投与すれば投与した分だけ利益が得られるということはあるのかもしれませんが、

それにしてもステロイドの絶妙な調整を外部から行うということは原理的に限界があるということになると思います。


「ステロイド」と「抗IL-6抗体」、比べればまだ「ステロイド」の方が有望だと私には思えるわけですが、

結局は何がこのサイトカインストームを引き起こすことになっているのかという本質にアプローチして、

人体が絶妙なリズムで抗ストレスシステムを調整するように働きかけない限りは、

新型コロナウイルス感染症の本質的な治療にはつながらないであろうと私は考える次第です。


たがしゅう
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