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実は世界は何も変わっていないのに

category - ウイルス再考
2021/ 01/ 05
                 
PCR検査は厳密に特定の遺伝子の配列のみを増幅し検出させる方法なので、現在行われている新型コロナウイルス感染症に対して行われているPCR検査は妥当である」という主張がありますが、

この主張の流れには論理的な飛躍があり、専門家であればあるほどはまりやすいピットフォールに思えます。

前半の「PCR検査は厳密に特定の遺伝子の配列のみを増幅し検出する」という部分は、おそらくPCR検査の専門家であればあるほど納得している部分なのであろうと思われます。

ただ、だからといってこのPCR検査を、しばしば変異するRNAウイルスによる感染症の診断に用いることはおおいに問題があります。

なぜならばその厳密に特定しているはずの遺伝子配列を持つターゲット自体が常に変化し続けている存在であるからです。

専門家であれば誰もが認めるPCR検査の特異性が、かえって仇となっている構造に気づかなければなりません。
            

しかしもしもターゲットとなる遺伝子が常に変化しているのであれば、昨冬に開発したPCR検査キットは、

3-4ヶ月もすれば何も検出しないキットになっていないと話が合いません。特定の遺伝子領域のみを厳密に検出することができるキットなのですから。

しかし実際には検査キットをウイルスの変異に合わせて改良したというような情報がリリースされることもなく、おそらくは同じPCR検査キットによって、3ヶ月どころか1年にも渡り一定の対象者を陽性と判定し続けています。これは紛れもない事実です。

PCR検査の特異性が極めて厳密で、他の似たような遺伝子配列を検出する可能性は限りなくゼロに近いというのであれば、考えられる可能性は2つです。

①コロナウイルスの中の決して変異しない遺伝子配列を検出している
②コロナウイルス以外の決して変異しない遺伝子配列を検出している


②の例としては、例えばヒトの染色体を検出してしまっているような状況だと思います。

しかしもしそうだとすれば、第1波、第2波、第3波のように陽性者の波型グラフが描出されるのは話に合いません。

なぜならばヒトの染色体はどの人にも等しく存在しているのだから、無症状者であろうと有症状者であろうと検査を行った数に応じて一定の確率で陽性者が検出されるはずだからです。

そもそも中国により公開された新型コロナウイルスの約30000塩基の遺伝子配列をもとに設計されたPCR検査キットです。コロナウイルス以外のものを検出してしまうという初歩的ミスをおかしているとは流石に思えません。

となれば、①の可能性しかないわけですが「コロナウイルスの中の決して変異しない遺伝子配列」って何でしょうか。

私が知る限り、ウイルスが種を超えて変異をするような事態、例えばコロナウイルスが変異をして、あるとき突然インフルエンザウイルスに変わるといった現象は今のところ観察されていません。

ということはコロナウイルスに「決して変異しない遺伝子配列」があるのだとしたら、それは「コロナウイルスとしてのアイデンティティを保たせる部分」というものではないでしょうか。

つまりどれだけ変異をしても「コロナはコロナ」。現在の新型コロナへのPCR検査はそのような遺伝子配列を検出しているとしか考えようがありません。

ということは「コロナのアイデンティティを保たせる遺伝子配列」なのであれば、旧型コロナウイルスとの共通性があってもおかしくはないということにならないでしょうか。


私はこの一連のコロナ騒動を見ていてずっと感じていたことがあります。

それは、「今の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症の全体像は、それ以前のコロナウイルス(SARS-CoV、MERS-CoV、229E、NL63、OC43、HKU1)による感染症をまるで全てひっくるめたような全体像である」というものです。

言い換えれば、新型コロナウイルス感染症の数少ない重症化例はSARSやMERSの病像とそっくりですし、

ほとんどの新型コロナウイルス感染症の軽症者は、今まで風邪の原因となる数多あるウイルスの一つとしか認識されていなかった「旧型コロナウイルス」による風邪の病像とそっくりです。

無症状感染者が現れたという点が新型コロナウイルス感染症のオリジナルな部分だと思われている人もいるかもしれませんが、それはこれまでに無症状者に対してコロナウイルスのPCR検査が行われるという出来事がなかったからです。

もしも今のPCR検査が2019年よりも前に無症状者に対して行われていて、一定の割合で陽性だとカウントしていたのであればビンゴですが、残念ながらこれは誰にも証明できないことです。

ですが私はリーチの状態で一連の騒動を眺めています。

もしも私の仮説がビンゴであれば、「私達は今までと何も変わりのない世界をPCR検査という切り口によって違った世界に変わったかのように見ているだけ」ということになります。

そもそも新型コロナウイルスと同じACE2受容体に結合する性質を持つコロナウイルスのSARS-CoVは、新型コロナウイルスがこれだけ世界中に拡大している現状の中、なぜ2003年に終息させることができたのでしょうか?

ロックダウンがうまくいったという説は極めて否定的だと思います。世界中でロックダウンで新型コロナウイルスを無事終息させた国はありません。あの台湾でさえ、感染者はいまだに少数ながら持続的に発生し続けています(2021年1月5日現在)。

ということは、「SARSは実は終息なんかしていない」と考えるのが妥当です。

重症肺炎の患者はいまだに発生し続けているけれど、それに対してSARS-CoVへのPCR検査が行われていないというだけの話です。きっとその重症肺炎患者は別の原因として処理されているのでしょう。

そしてこの仮説に沿ってさらに考えるのであれば、「ウイルスの封鎖や撲滅なんてそもそも無理」という結論に至ります。

ワクチンのあるインフルエンザでさえ全く抑えられていないんですよ。今年インフルエンザの激減が問題になっていますが、ワクチンと全然関係ないところで起こっている激減ははたして何に由来しているのでしょうか。

それは例年と比べてインフルエンザの検査方法が異なるということです。検査自体の件数も少なければ、コロナとインフルエンザ同時に測定できるという検査も今までには使われていなかったものです。

検査キットの情報を見てみると、なぜか例年のインフルエンザキットに比べて感度、特異度が落ちているという点も気になります。

唯一撲滅されたとされる天然痘ウイルスに関しても、その現象に疑念があることについても以前も記事にしたとおりですが、この壁が崩れたらウイルスは撲滅できない存在と考えるのが妥当ということになるでしょう。


このように考えていくと、実は私達の世界は何も変わっていないのに、

「検査を通じて私達の世界を見る目が完全に変わってしまった」というのが実際のところであろうという考えに至ります。

でもそのように考えていても、その新しい世界の中で生きて行くしかない私達は、

その上でどうすればよりよい生き方を実現できるかという新たな課題を与えられている状況にあると、

私は今そんな風に感じています。


たがしゅう

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コメント

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素朴な疑問
おはようございます。

今日のブログに書かれていた内容は、私が昨年からずっと疑問に感じていたことを解明して下さったものでした。

細胞すら持たない生命体「ウイルス」が、どんな変異を遂げるかなど、予測することは不可能だと思います。

遺伝子配列の中に「ここが違ったら最早コロナウイルスではない」とか「ここが違ったらもうインフルエンザウイルスではない」と言う基本的な配列があるはずだ、と想像していました。

すべてのコロナウイルスが共通して持っているはずの遺伝子配列に対して作用する薬なりワクチンでなければ、本質的な効果は期待できないのではないでしょうか?
Re: 素朴な疑問
saty さん

 コメント頂き有難うございます。

> すべてのコロナウイルスが共通して持っているはずの遺伝子配列に対して作用する薬なりワクチンでなければ、本質的な効果は期待できないのではないでしょうか?

 そうだと思いますし、それがワクチンの必要要件であるとすれば、すでに旧型コロナウイルスへの感染(すなわち風邪にかかったことがある経験)によってその目的はすでに達成されているということになります。

 二重、三重の意味でコロナに対するワクチンは必要ありません。
No title
 私も、先生の書かれたように、「検査を通じて私達の世界を見る目が完全に変わってしまった」とのだと感じます。

 ただ、だからこそ今の集団ヒステリー状態を落ち着かせるために、「有効なワクチンが出来た。それを打てば少なくても重症化はしない(今のインフルエンザワクチンはそう説明されていると思います)」とのニュースが必要だと思います。

 例え効かないワクチンでも、もともと重症化率の低い今のコロナには十分でしょうし。
Re: No title
タヌパパ さん

 コメント頂き有難うございます。

> だからこそ今の集団ヒステリー状態を落ち着かせるために、「有効なワクチンが出来た。それを打てば少なくても重症化はしない(今のインフルエンザワクチンはそう説明されていると思います)」とのニュースが必要だと思います。

 なるほど、一理ある考え方ですが、私からすればそれは社会に対する「対症療法」的な対処法であるように思えます。
 一方で「根治療法」を施すにはあまりにも、社会の問題がこじれすぎてしまったようにも思えます。その対症療法を実行しつつ、同時並行で根治療法も諦めないスタンスで社会と向き合っていくしかないのかもしれません。
2019-nCoV遺伝子検査方法について
こんにちは。いつも示唆に富む記事をありがとうございます。

次のような記事があります。ご存知でしたらすみませんです。

ここにはこの検査方法で従来のSARS-Covidと新型Covid2との区別が付かないのことが明記されています。そして、「しかし、SARS-CoVの流行がない状況での運用上、本試験陽性で、新型コロナウイルス2019-nCoV(SARS-CoV-2)陽性と判定することは可能である。」と書かれています。

https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV-17-current.pdf

これは国立感染症研究所の記事内にあるものです。https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/9492-2019-ncov-17.html

私の読み間違いの可能性もあります。いかが思われるでしょうか?


集団幻想
かつて,我々の住む世界にはタヌキやキツネが化けて出てきていたが,今やそのようなものは全くいなくなった.

我々は集団幻想の中に生きている.

江戸時代にはその集団幻想の世界にキツネやタヌキが住んでいたが,明治以後住み場所を追われた.

今また,新型コロナという妖怪がこの世界規模に拡大した集団幻想の世界に現れてきた.私はわれわれの住む世界は結局集団幻想でしかないと考えます.とするなら,この妖怪を追い払うには,新たな集団幻想を作り上げるより方法がない.

私はたがしゅうの思考力を高く買っている.新たな集団幻想創出のための提言を期待します.
Re: 2019-nCoV遺伝子検査方法について
山下和夫 さん

 情報を頂き有難うございます。

 それはまさに私の仮説を支持している検査結果だと思います。
 数ある検査会社の中でSARS-CoVとSARS-CoV-2の鑑別能について言及しているのはロシュ社のみという点では多少の誠意を感じますが、残念ながらその後の解釈には論理的整合性が認められません。その検査結果を是とするのなら、「今流行している感染症はSARS-CoVによるものなのか、SARS-CoV-2によるものなのかわからない」というのが論理的に整合性のある見解だと私は思います。

 この調子で4種の旧型コロナウイルスについてこれらの検査キットが陽性になるかどうかを調べてほしいものですが、何故か誰もそれをしようとはしませんね…。
Re: 集団幻想
mmm さん

 コメント頂き有難うございます。

 そうですね。見えないものに怯えているという点で今の構造はお化けに怯えているのと同じ構造にあるのかもしれません。
 より正確に言えば、「ちょっとだけ見えているもの」について怯えているという感じです。その少ない情報の中から妄想を膨らませて、それが社会の共通概念となった時、集団幻想として人々を一定の方向に駆り立てる、といったところでしょうか。

 お化けの集団幻想は科学が発達し、それまで見えなかった部分の見える化されたことによってその概念が払拭されました(払拭されていないと判断している人も一部にはいるとは思いますが)。一方で今日のウイルスの集団幻想はむしろ歪んで発達してしまった科学によって支持されている構造となっているという点で前者よりも軌道修正ははるかに困難です。たとえるのであれば、まだ未熟なこどもの考えを正すのは比較的簡単だけれど、何十年も生きていて考えの凝り固まった大人の考えを正すのは至難の業だという関係性に似ています。

 世の中のあらゆる問題は可逆的な要素と不可逆的な要素のグラデーションで成り立っているというのが私の考え方です。前者は可逆的な要素が強いけれど、後者は不可逆的な要素が強い。可逆的な要素の強い問題に対しては新たな集団幻想を敷くことも含めた何らかのアプローチで改善させることはできるけれど、後者に対しては同様のアプローチで解決させることは難しいでしょう。

 私は現状、残念ながら社会のおかれた状況は非常に不可逆的要素の強い状況だと考えています。病気にたとえれば難病の状態です。私の難病に対する基本的なアプローチは「今ある機能を最大限に活用する」と「これ以上病気を悪化させる要因を注ぎ込まない」ですが、これがなかなか容易なことではありません。なぜならば病気を悪化させる要因として最大のものが患者本人の内面に潜んでおり、これを外から修正することが極めて困難であるからです。そのような状況の中で私がもう一つ思っていることは「不可逆的な問題は行き着くところまで行き着くのを見守るしかない」というものです。それはある意味で自然の摂理であり、私達が死というものを受け入れなければならないのと同様の構造を持っています(現実の難病患者に対してはどのくらい不可逆的な要素が占めているのかが見えないので、あきらめずに残っている可逆的な要素に働きかけるように努力しているわけですが)。

 ごちゃごちゃと述べてしまいましたが、結論として今回の集団幻想を、また別の集団幻想で凌駕することは残念ながらできないというのが私の考えです。できることがあるとすれば、まだ集団幻想に犯されていない社会の中の理性をできるだけ賦活して、そんな中でも社会が秩序を取り戻せるようになるためのアイデアを出し続け、行動を繰り返していくことだと私は思います。ちょうどそれは普段私が難病患者さんに対して行っているアプローチと同様の構造を持っています。
Re: 2019-nCoV遺伝子検査方法について
たがしゅう 様

ご返答ありがとうございました。私の読み方が間違っていなかったこともわかりました。

世の中いろんなことがあいまいになったままひとつの考えで突き進んでいっているように思います。これもひとつの事実だなと思っています。しかし、それに流されずに自分で疑問に思うことは大事にして行けたらとも思っています。