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中国語とスウェーデン語を学んでみた

category - 自分のこと
2020/ 12/ 03
                 
私は2011年12月3日から糖質制限を開始し、そこから私の人生は大きく動いて変化しました。

あの運命の日からもう9年も経つのかと思うと感慨深いし、時の流れの速さを痛感する次第です。

毎年この日は節目にちなんで、「私が人生ではじめて経験したこと」をテーマにブログ記事を書くことにしています。

今年私がはじめて経験したことは実はとてもたくさんあります。

メルマガ発行自分の畑で農業、英語以外の外国語学習、本格的な自転車でのサイクリング、などなど。・・・コロナ禍の影響が少なからずあったでしょうね。

なのでどれをテーマに書こうか迷うくらいなのですが、ここは一つ「外国語学習」のことについて語ってみようと思います。

私は今、中国語とスウェーデン語、2つの国の言葉を同時に学習しています。
            

なぜそのようなことをやろうかと思ったかについてですが、

縁あって中国の方と通じて知り合う機会があったことがきっかけでした。

今年私はすでにオンライン診療専門のクリニックを開業している状況にありましたので、

中国の友達ができるとともに、こうした中国の人をオンライン診療で診る可能性が考えられました。

実際的には通訳の方がつくことによって、自分が中国語を全く知らなくても診療自体を成立させることは可能です。

しかしながら、通訳を通じたやり取りではどうしても細かい部分でニュアンスを伝わらなかったり、

あるいは医師と患者間での信頼関係を構築していく際にも一枚壁があるような感覚が出来てしまうので、

本来は通訳を介さずに自分の力でコミュニケーションをとることができるようになる方がいいのは間違いないでしょう。

ただ私は、中学、高校、大学と英語を9年以上継続して勉強していたにも関わらず、

話せる英語は日常会話程度で文法もむちゃくちゃ、ネイティブスピーカーに普通のスピードで話されたらほとんどキャッチアップできない状態にしかなっていないという失敗体験を抱えています。

今よりも成長の伸び率が高かったであろう若い時期でも成し遂げられなかった外国語の習得が、今さら達成できるだろうかという疑問は当然頭の中をよぎりました。

ただ一方で知り合った中国人の友達が、十分に流暢な日本語を話している姿を見ていると、

外国語学習は決して不可能ではないけれど、やはり今までの外国語の勉強のしかたが根本的に間違っていただけかもしれないという気持ちが湧いてきたのです。

だから難しいかもしれないけれど、私自身の可能性をもう一度確かめてみるために、

ひいては世界の人々へとコミュニケーションの幅を拡げて、新たな世界へと飛び出していけるように、

とりあえず英語に続く外国語学習チャレンジとして中国語を学んでみようと思ったわけです。

そこでさらに縁が縁をつないでできた中国人の中国語の先生によるオンラインレッスンを週に3回受けることになりました。

中国語オンラインレッスンを始めて約半年が経過したのですが、

中国語を学んでいて一番印象的なのは、「四声(しせい)」と呼ばれる基本的な言葉のイントネーションが特徴的かつ意味を伝えるために極めて重要だということです。

同じ「アー」という言葉でも、平坦に発音する「第一声」、昇り調子で発音する「第二声」、下がって上がる発音の「第三声」、上から一気に下がる発音の「第四声」のいずれの発音の仕方かによって、

単語や文章の意味が全く変わってくるというのです。日本語で言えば、食べる「アメ」と天気の「雨」の発音が違うと意味が伝わらないようなことですが、

中国語ではそれがほとんど全ての言葉において存在するというようなものなので、中国語の言葉を覚える時には「文字」と「読み方」と「意味」に加えて、「四声」も併せて覚えていかなければならないということがとても大変に感じています。

ただ逆に言うと中国語は積極的にしゃべっていかないと習得しがたい言語だということもできるかもしれません。

なにせ「四声」は「音」ですからね。書いて覚えたとしても実際に会話の中で使うのは難しいでしょう。

そこでふと気づくのは、私は英語を学習する際にもよく書いていました。

あるいは通学中のバスの中でよく単語帳を見て単語を覚えていました。

その勉強法でテストでは良い点を取ることができましたが、それでは実際に話す能力が身についていないのだとすれば、私が時間をかけた割に英語をまともに話せないのは、発音する機会の少なさが関連している可能性があると思います。

もちろん、実際に発声することが全くなかったわけではありませんでしたが、全体の中でその割合は少なかったかもしれません。

結局、人間の身体一般的に言えることですが、使わない機能は衰えていくのは必然です。

もし話せるようになりたいのであれば、当たり前のようですが実際に話すというプロセスを繰り返す必要があると思います。

考えてみれば今の中国語オンラインレッスンでも、なまじ先生が日本語を上手に話せてしまうが故に、どうしてもそれに甘んじてしまい中国語を話す機会が少なめになってしまっているのかもしれません。

英語と同じ轍を踏まないためにも、今後先生とも相談しながら完全に中国語でやり取りするレッスンへと移行していければと思います。


さて、そのような中国語を学習している途中であるにも関わらず、

私は今年、スウェーデン語も新たに学び始めるというチャレンジまで始めました。

このきっかけはコロナ禍の影響が極めて大きいです。

まず一連のコロナ騒動における日本政府の対応は、近年稀に見る失策続きだと私は評価しています。

全国一斉休校しかり、アベノマスクしかり、緊急事態宣言しかり、アビガンやレムデシビルの緊急承認しかり、

GO TOキャンペーンは発想としてはいいと思いますが、感染拡大に怯えるがあまり基準がコロコロ変わって軸がぶれにブレてしまっています。

なぜ私がこうした一連の政府の対策を支持しないかというと、すべての判断に主体性が感じられないからです。

専門家の意見にほぼ判断を丸投げしていたり、国民の反応をみながら意見をコロコロと変えてみたり、

その姿はまるで自分では何も決められずに奥さんやこどもの言われるがままに行動してしまっている草食系の父親、要するに国にも「父性」が著しく不足しているのです。

前々からダメだと思っていた父親のダメさ加減がこれ以上なく露呈され続けてしまっている状況を嘆いていた中で、

一際異彩を放ち、「父性」を発揮しているように見えた国が一つ、それがスウェーデンでした。

「ノーガード戦法」とか「無謀な集団免疫作戦」などと歪んだ形で報道されがちなスウェーデンのコロナ対策ですが、

実際スウェーデンに在住する詳しい人達の情報をとりまとめてみると、スウェーデンは一定の規範や価値観に基づいて、国民と適切なコミュニケーションを交わしながら政策を進めているというのがより実情を表しているように思われました。

高齢者に不要な延命を行わない死生観は、自然重視型医療を是とする私の価値観ともマッチしますし、

集団免疫を獲得しようとしているのではなく、マスクや一斉休校といったエビデンスの不足した行為を推奨しない結果、大部分の通常社会活動を維持しているという側面が強いという点も評価できます。

あたかも災害に遭遇した家族の中でしっかりとした理由を示しながらリーダーシップを発揮している良きお父さんのように見えたのです。

こうして急速にスウェーデンへの関心が高まるようになった私は、

中国語学習で高まっていた外国語学習熱も手伝って、この輝いているように見えるスウェーデンという国を自分の目で確かめてみたいという欲求に駆られて、

スウェーデンを知るための第一歩として、スウェーデン語も一緒に学習するという挑戦に乗りだしたというわけです。

ただスウェーデン語の場合は、なかなか学習機会そのものは少なめです。

調べた結果、様々な外国語学習を扱い、オンラインレッスンにも対応しているDILAという学校でとりあえずの基礎を日本人の先生から学ぶことになりました。

それにより基礎の基礎は身につけることができたのですが、授業料がそれなりに高く、そのまま継続して学んでいくことが金銭的に難しかったため他の方法を考えることになりました。

実はスウェーデンは他国からの移民を積極的に受け入れている風土があり、外国人のためにスウェーデン語を学ぶための仕組みがレベルや状況に応じて様々なタイプで準備されているようでした。

検討の結果、スウェーデン現地の大学が外国人向けに行っている初級のスウェーデン語オンラインレッスンに参加すること
になりました。

先生はスウェーデン人で英語も少ししゃべれる状態でしたが、当然ながら日本語は全く話すことはできません。

生徒の方もアメリカ、フィリピン、韓国、オランダなど様々な国の人がいるインターナショナルな環境でスウェーデン語を学ぶことになりました。

いざとなれば拙い英語でやり取りするにしても、はたして先生の言うことが全くわからなかったらどうしようという不安だらけのスウェーデン語レッスンの始まりとなりましたが、

この日本語で話せるという逃げ道のない状況は私をおおいに刺激しました。

相手のスウェーデン人の先生も、生徒がスウェーデン語がわからない状況で教えることに慣れているのでしょう。

スウェーデン語が完全に聞き取れなかったとしても、今どんな課題が与えられているのか、どこにどういうポイントがあるのかについてわかる形で、チャット機能をうまく使いながら教えてもらうことができました。

このスウェーデン語レッスンでもう一つ面白かったのは、生徒どうしの会話練習を促すように進められていたという点です。

つまり先程の中国語学習で感じた「会話する機会」が存分に与えられているという環境でした。

このスウェーデン語レッスンを受けた期間はものの1ヶ月程度でしたが、結構宿題も多くてスパルタ気味の授業内容だったということも手伝ってだと思いますが、

短い期間の割にはかなりスウェーデン語能力が高まったような実感がありました。

まだまだ自由に会話するレベルには遠く及びはしませんが(^_^;)

一つ、英語での失敗体験を成功への糧へと昇華していくためのヒントは得られたような気がします。




そんなわけで、これらの経験から得られた外国語上達のための私なりの秘訣をまとめると次の通りです。

・話す機会を積極的に作る
・日本語に逃げられる余地をなるべく残さない


それは人を知ろうとするための秘訣と置き換えられることなのかもしれません。

よくも悪くもコロナの影響で、オンラインの技術をいかに活かしていくべきかということが問われる時代になったと思います。

私も時代の流れについていけるようにこれからも挑戦を続けていこうと思います。


たがしゅう

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