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「本当によい治療なら保険医療で認められているはず」の誤解

category - ふと思った事
2020/ 10/ 15
                 
高額な費用を請求する自由診療や民間療法に嫌悪感を抱く医療関係者は少なくありません。

その額に見合った効果の医療が提供されているのであればまだしも、患者の不安につけ込んで標準医療から遠ざけるように仕向けるようなやり方を好ましく思わないのは無理もないことでしょう。

しかし考えてみれば高額な費用を請求すること自体は医療以外のビジネスの世界では普通にあることです。

そこには「費用は顧客が満足した結果支払う対価だ」という考え方があります。

いくら高額で客観的に効果の乏しい医療であったとしても、少なくとも患者が納得してその額を支払ってもよいと感じる医療が提供されているのであれば、外野からとやかく言われる筋合いはないという論理がそこにはあるのかもしれません。

・・・でも保険で認められた標準的な医療を提供している保険医療機関の立場からすると納得できないところは正直ありますよね。

一方でそうした立場にある医療者から「本当によい医療であれば、保険医療で認められ、多くの医師が取り入れているはずだから、そうでない高額な医療は避けた方がよい」という主張を聞く事が時々あります。

しかしその考えはそれはそれで思考停止につながる危うい考え方だと私は考えます。
            

なぜならば「保険医療で認められている医療が患者にとってよい医療だとは限らない」ということを私はよく知っているからです。

私が知る中で糖尿病への糖質制限という食事療法と、創の処置に消毒やガーゼを使わず治す湿潤療法は、他の追随を許さず群を抜いて優れた治療効果を持つ治療法ですが、

この優れた治療効果が保険医療の中で特に認められているというわけではありません。

むしろ保険医療制度の中で実践しようと思えばできるけれど、何の報酬も与えられずむしろ保険医療全体の中では推奨されていない治療法です。

その状況を受けて、糖質制限や湿潤療法を取り扱う医師はその誕生から20年余りの時が流れていますが、いまだに一部の医療者のみが実践しているという状況が続いています。

大多数の医師はその存在を知ってはいるものの、自分で実践したり指導したりしておらず、保険医療機関の中でもその恩恵が受けられていないというのが実情だと思います。

一方でがんに対する手術、抗がん剤、放射線といったいわゆる3大治療は標準治療として保険医療の中で認められた歴史の長い治療法ですが、これらはすべて大変問題のある治療法だと私は考えています。

どういう点で問題があるかと言うと、いずれの治療法も大なり小なり正常細胞に大きなダメージが加わることが必発の治療法であるという点においてです。

加えて、がんができる根本的な原因には全くアプローチすることなく、とりあえず目の前からがんを見えなくしているだけの治療法であるという点も大きな問題です。

賛否はあるかもしれませんが、私はこうした3大療法はがんに対して良い治療ではないと考えています。

なぜそのように、少なくとも私にとってよいとは到底思えない治療法が保険医療制度の中で認められ、

そして本当によい治療効果を持っているはずの治療法が軽くあしらわれてしまうのでしょうか。

それは保険医療制度の中で認められるためには基本的に「エビデンス」があるかどうかが見られている、ということが関係しています。

「エビデンス」というのは大集団での効果が論文ベースで実証されているかどうか、です。

大集団での効果を示すためには多くの医療機関の協力が必要です。あるいは莫大な費用もかかってしまいます。

その治療法があまりにも今までの常識に反したやり方である場合は、どれだけよい治療法であっても医療機関の協力を得ることは困難ですし、お金を集めることも厳しいでしょう。

糖質制限食も湿潤療法もそうした常識の壁が立ち塞がっているが故に思うように広まっていってない実情があると思います。

逆に言えば、巨大な財力と広大なネットワークがあり、論文ベースで効果を示すことができれば保険医療制度で認められやすい、ということになります。

ちなみに論文で効果が示されるということは必ずしも実際に効果があることと一緒ではありません。

なぜならば「一定の条件下で一定の集団に対して一定の効果が認められる」ということが論文で示された「効果」であり、

現実にはその「一定の条件」、「一定の集団」にそぐわないケースではない相手にその治療を行う場面はいくらでもあって、論文通りに「一定の効果」が示されないことはいくらでもあるからです。

例えば、とある認知症予防の薬は1年という単位でみると最初は認知機能を少し上げ、その後認知機能が低下する速度を遅らせるという効果を実証する論文がありましたが、

実際には2年目移行に急速に認知機能が悪化してしまい、その薬を止めると認知機能が改善するという事実が現場ではよく観察されています。

つまり保険医療の中で認められている医療は、「あくまでも保険医療のルールの中で認められた治療法」というだけの話で、それが良い医療であるかどうかの保証には全くならないということです。

言い換えれば、たとえどんなに良い医療であったとしても、それが保険医療制度のルールに乗っ取らないものであれば、保険医療で認められることはない、ということです。

代表的なものは患者ごとに提供する内容を微調整する必要があるオーダーメイド的な医療です。漢方薬やアロマテラピーなどがそれに相当する具体例です。

これらの治療は患者の状態ごとに細かく調合を変える必要がある治療法です。ある患者に効いた薬が別の患者には全く効かないということがいくらでも起こる治療法です。

それゆえ大集団でその治療効果を証明することは困難です。なぜならば人の体質や病状は千差万別で、その都度薬の調合を変えなければならないからです。

しかしだからといって漢方薬やアロマテラピーといった治療法がよくない治療というわけでは決してありません。単に「その治療効果の証明が保険医療制度のルールの中ではできない」というだけの話です。

「エビデンス」を元にした西洋医学の価値観が現代の医療観を席巻してしまっていることが問題の根源にはあるように思います。


ただだからといって、自由診療で提供されている医療がすべてよい医療であるとも限りません。

私も今や自由診療の世界で医療を提供する立場の医師となりましたが、私自身は私自身の考えに基づいた最善の医療を提供しているつもりですし、

一方で私の目から見て余りにも目に余る高額な料金で、低質な医療を提供している医療機関があると感じられることもまた事実です。

そういう医療がまかり通っているという事実があることは、保険医療制度の中での医療が患者にとって満足のいく成果を提供できていないことの逆証明でもあるようにも思えます。

要するに良い医療であるかどうかを保険医療であるか、自由診療であるかを基準に判断するのは止めた方がよいということです。

でも多くの人は保険で認められている医療は安心します。これは代々培われてきた国民の中での大きな固定観念であるように思います。

じゃあ、保険医療や自由診療で判断ができないのであれば、一体どうやって良い医療であるかを判断すればよいというのでしょうか。

これは色々経験して考え続けるより他にないように私は思います。

かの糖質制限でさえ、その実践がストレスになってネガティブな身体症状が現れてしまう人もいるくらいですから、

多分唯一無二の正解はないように思います。多くの人でよいと思われている治療法も自分にとっても良いという保証もありません。

だから常に施された医療が自分にとって益があるかどうかを考え続ける必要があります。

そしてもし有害であると感じた場合は、その理由を納得がいくまで検証し、わからなければ一旦その治療から離れるなどの判断も検討します。

そうやって自分の頭で考えて試行錯誤を繰り返していけば、必ず自分にとって最善の治療法へ近づくことができるはずです。

ずばっと「この治療法がよい!」と言ってもらった方が気持ちがよいのでしょうけれど、

残念ながらそんな治療法はこの世にないと思った方がよいと私は思います。

そういう意味では「この治療法が絶対によいです」と断言する医療を盲信しないということが身を守る基本となるかもしれません。

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コメント

非公開コメント
        

本当に良い治療が保険で認められないのは
偉い先生のメンツや利権、それに数値化しにくい事をうまく評価出来ないという科学の問題点などが重なった結果なのでしょうね。
本来医療とは健康になる事が目的のはずなのに、薬で血糖値が下がれば成功、合併症が出ても気にしない、薬で血圧が下がれば成功、体調が悪くなっても気にしない、ワクチンで抗体が出来れば成功、ただし感染予防出来るかどうかは別問題等、表面上の数値ばかりに気を取られ、肝心の目的が忘れ去られているように思います。
現在コンピュータの世界ではAIの進歩で数値化しにくい物をかなり的確に扱う事が出来るようになってきています。
そのうちマニュアル通りの治療しか出来ない医師にかかるよりAIに診てもらった方が良いと言う時代が来るかもしれないですね。
Re: 本当に良い治療が保険で認められないのは
KAZ さん

 コメント頂き有難うございます。

> 数値化しにくい事をうまく評価出来ないという科学の問題点などが重なった結果なのでしょうね。
> 表面上の数値ばかりに気を取られ、肝心の目的が忘れ去られているように思います。


 そうですね。科学があまりにも席巻し過ぎたことで皮肉なことに科学の限界が浮き彫りになってしまった形に思えます。

 AIに関して言えば、どれだけ進歩しても人の心の中まで解明するのはおそらく無理だろうと思っています。自分でさえ自分の心の中を理解できていない所がありますからね。しかし心の状態は身体の状態と密接に関わっています。それを読み取ることができないAIはどこまで行ってもおそらく表面上の問題にしか対処できないであろうと思います。科学が生み出した技術には科学の限界を超えられないだろうと思います。
No title
>数値化しにくい事をうまく評価出来ないという科学の問題点

いや、いや、数値化しようとすることが間違っているだけですよ。私は物理主義者ですから、生命現象は物理法則に従っていると考える。

量子力学という物理法則下では、現象はトビトビに変化する。このような場合は、定性的に記述するべきなのですよ。
なんでも数値化することが科学的研究である、と考えているようでは、科学の法則や体系というものをきちんと分かっていない証左ということでしょう。
Re: No title
axby さん

 コメント頂き有難うございます。

 確かに数値化は科学的手法の一側面に過ぎません。科学とはもっと幅広く自然を理解しようとするアプローチと思います。
 昨今のコロナ禍騒動を見ていると、本当は科学者たるものわからないことに対し謙虚に向き合うべきなのに、様々な立場やプライドが邪魔をして無意識下で強引にわかったように落とし込もうとしてしまう所に問題があると感じます。