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ぶれた基準が混乱を生み出す

category - 素朴な疑問
2020/ 09/ 30
                 
日本での新型コロナウイルス感染症の実情は、

テレビやネットの情報の中では盛んに恐怖が煽られ続けていて、

日本全国どこにいっても誰もがマスクを装着するような物々しい雰囲気にはなったものの、

実際に新型コロナウイルス感染症に罹患し重症化したという人は、

様々な医療機関に出入りする機会のある私でもただの一件も見聞きしませんし、

当の重症者の情報も調べる限りでは、高齢者や基礎疾患を持つ人に集中しており、

言わば重症化したとしても不思議ではない状況にある人が重症化しているに過ぎません。
            

20代の人で亡くなられた方も日本では1人いましたが、その方は力士で重度の糖尿病を患っていたと聞いています。

要するに報道のされ方と現実の感覚が極めて大きく乖離しているというのが、一連のコロナ騒動で感じ続けていることです。

一方で諸外国に目を向けますと、日本の報道のされ方どころではない、1日に何千人も死亡したなどという報道のされ方がされていて、

これが本当に同じウイルスだろうかと思っても不思議ではない状況にあると思います。


この状況を生み出した本質的な原因はどこにあるかと考えてみますと、「ぶれた基準」にあるのではないかと私は思っています。

その「ぶれた基準」を生み出しているのは、ご存知「PCR検査」です。

え?「PCR検査」なんて、ぶれるどころか厳密にウイルスの断片でさえ検出できるくらい厳格な基準を示しているんではないの、と思われるかもしれません。

しかし実はその厳密さがネックなのです。
PCR検査が陽性だからといって即新型コロナウイルス感染症だと診断できるわけではありません。

医学における診断とは、診断基準が明確であって、その基準に照らし合わせて大きな矛盾がない時に下されるものです。

新型コロナウイルス感染症の診断において、「PCR検査」が大きな役割を持つことには違いないのですが、

逆に言えば、この「PCR検査」の扱い方の基準がきちんと定められていないことに大きな混乱の元があるのです。

どういうことかを、少し強引な例え話で説明してみます。

今、世界はなぜか各国でぶどうジュースを作らなければならない状況に追い込まれているとします。
そのぶどうジュースであることの条件は「ブドウの果汁が入っていること」です。

そして今、ブドウの果汁をごくわずかであっても検出することのできる最新機器が開発され、それが世界各国に普及されたとします。

この最新機器の精度はとにかく凄まじく、目に見えない、味として感じられないレベルのごくわずかの果汁を漏れなく検出できます。

一方で腐ったブドウの果汁であっても一緒くたに検出してしまうという欠点もあります。

さてこの最新機器を駆使して、各国はぶどうジュースの生産に危機感を持って取り組み始めました。

するとA国ではものすごく多くのぶどうジュースが作られているけれど、B国ではたいしてぶどうジュースが作られていないというような各国間であまりにも大きな差が出るという状況が生まれました。

最初はふどうの産地の問題かとも思いました。しかしC国などはぶどうの農園などほとんどないにと関わらず、ものすごく多くのぶどうジュースを生産することに成功しています。

なぜだろうかと詳しく調べると、C国では最新機器で「ぶどう果汁あり」と判定された液体を軒並み「ぶどうジュース」として販売していたということが判明しました。

そんなずるいことをしていいのか、と思いますが、何しろその「ぶどうジュース」とするための基準は「ぶどうの果汁が入っていること」としか書かれていません。

細かいパッケージや用量についての目安は書かれていますが、それよりも何よりも「ぶどうの果汁が入っていること」という基準だけがなぜか大注目されている状況なので、

C国としても特段の悪気なく「ぶどうジュース」を大量生産している状況です。

一方のB国はぶどうの産地も近くにあって、いくらでも「ぶどうジュース」が作れそうな状況であるにも関わらず、

たいして「ぶどうジュース」が作られていないことを周りの国々から大変不思議に思われています。

実はB国の背景としては、「いくら最新機器でふどう果汁ありと判断されても、それを全部『ぶどうジュース』として売り出すのはどうだろう」と、

仮に最新機器で「ぶどう果汁あり」と判断されたとしても、見た目があまりにも「ぶどうジュース」っぽくなければ、

それはもう「ぶどうジュース」じゃないかもしれないので、本当は「ぶどうジュース」なのかもしれなかったとしても、

飲料業界に偏りが出てしまうので、「ぶどうジュース」として売り出すのはやめておこうという判断になっていることがありました。

すべては「ぶどうジュース」としての基準があいまいで、かつぶどう果汁を検出する能力が高すぎたために起こった現象だと言えるでしょう。

これがもし「ぶどう果汁が30%〜50%含まれていて…」などの基準が明確となっていれば、こうはならなかったかもしれませんね。

結果的に世界各国で「ぶどうジュース」の生産量に著しい差が生まれ、それは同じぶどうではないのではないかという疑念が生まれましたが、

世間の科学に対する信頼感には絶対的なものがあるので、

その著しい差を持つ「ぶどうジュース」の各国での生産量の数字だけが一人歩きして、

ああでもない、こうでもない、などと専門家の間で語られているような状況が起こっていると。


…今の新型コロナウイルス感染症とPCR検査にまつわっては、

そのような構造で数字が一人歩きしてしまっているのではないかと私は思います。


たがしゅう

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