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「栄養が大事」を見直してみる

category - ふと思った事
2020/ 09/ 22
                 
スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリ氏は、

世界の気候変動に深く関わっているとされる二酸化炭素排出の問題を解決するために国会へのストライキなどの抗議活動とは別に、

自分でレベルでできることとして、「肉食をしないこと」という食生活のスタイルをとることを公言しているようです。

二酸化炭素排出の増加と近年の異常気象の発生頻度の高さとの関連がどのくらい妥当性が高いものなのかを判断するだけの知識や情報を私は持たないので、とりあえずその真偽については保留としておきますが、

仮にその関連が正しいと考えた時に、グレタ氏の「肉食をしない」という選択は二酸化酸素排出の増加を食い止めるために個人ができる一つの具体的方法として一理あるように思えます。

確かに私達が肉を好んで食べるから、食肉を工業的に大量生産する仕組みが止まらないという構造はあるのでしょう。
            

食肉を大量生産するために家畜を不自然な程に大量に育てて、然るべきタイミングで殺処分して食肉に変えていくという「工業型畜産」は、

二酸化炭素排出量全体の14%をもたらし、これは地球上全ての交通手段(車、トラック、飛行機、船舶、列車)から排出される量に匹敵するのだそうです。

だからその仮説が正しければ、私達が肉を欲する限り、私達は自分達の手で異常気象を引き起こし、自らの手で人類を滅ぼす結果へつながるというわけです。

肉食をメインに据える糖質制限実践者からすると非常に耳の痛い話です。

しかしだからといってグレタさんのいうように完全菜食主義者になるというのは、健康上の観点から私は医師として賛同できない部分があります。

以前ベジタリアンについては記事にしたことがありますが、

一口にベジタリアンと言っても、どこまで菜食にこだわるかによって様々な段階があるのですが、

少なくとも「ビーガン」と呼ばれる動物性食品を徹底的に避ける最も厳格なベジタリアンについては健康上の課題があることが明らかです。

中でも決定的なのは「ビーガン」だと鉄分とビタミンB12というほぼ動物性食品にしか含まれない栄養成分が不足するという事実です。

だから「ビーガン」の人達はこれらをサプリメントで補うというスタイルが一般的であるそうです。

このようにサプリメントを補充しなければ恒常性が成立しないようなライフスタイルは、非常に人為的で歪みを与える介入であると考える方が自然だと思います。

ということは肉食に偏って「工業型畜産」推進しても地球レベルで人類が滅び、菜食に偏って「ビーガン」を徹底しても個人レベルで人類が滅びるというジレンマに陥ってしまうことになります。

であれば、私達はどう振る舞っていくべきなのでしょうか。

当然、その中間のスタンスで生きていくという方向性が見えてくるのではないでしょうか。

つまり肉食に偏り過ぎず、かといって菜食にも偏り過ぎずという食生活です。それっていわゆる「バランスのよい食事」ということになりそうですが、だからといって糖質過多に陥ることもまた違うと私は思います。

私は自分の体調が糖質制限によって著しく改善したという自分にとっての紛れもない事実から、やはり人類の食事は糖質制限をベースにおくべきだと考えています。

もちろん腸内細菌や脳のストレス感受性など様々な要因に伴う個人差はあるでしょう。しかし様々な患者さんへ糖質制限を指導してきてその効果の確実性から大きな流れとしては糖質制限をベースにおくべきという考え方です。

ところがその糖質制限において一つ主流となっている考え方として「必要な栄養を十分に満たす」という考え方があります。

糖質制限は、その名称から「何かを制限する方法」として捉えられがちですが、実は脂質やタンパク質、ビタミンやミネラルといった必要な栄養素を充足させるところにその根源的な治療効果の本質があるのだという考え方です。

その考え方に私は賛同しますし、事実これまでの患者さん達にもそのように指導してきています。「ごはんを控える代わりにお肉をしっかり食べましょう」という調子で。

ただ「必要な栄養量を十分に満たす」「十分に」という部分に、もしかしたら思慮が足りなかったかもしれないと今私は反省をしています。

つまり「十分に」というのは「お腹いっぱいに」という意味ではなく、「自分にとって必要十分な量に」という意味だということです。

相田みつを先生の「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」という有名な詩がありますが、

栄養を充足させるという概念が自分よがりになってしまい、必要以上の肉を日々摂取し続けているのだとすれば、それはまさに「うばい合う」という発想です。

しかしながら、自分にとっては最小限これくらいの肉があれば体調としては好調を維持することができる、そんな肉食の量を見極めることができれば、これはまさに「わけ合う」という発想です。

グレタ氏の提言を真摯に受け止めるのであれば、私達の肉食はそのような発想に変えていく必要があるのではないかと感じています。


自分にとってちょうどいい肉食の量を知るためには、自分の体調を把握しながら様々な量の肉食を試し試行錯誤していくプロセスが必要かもしれません。

極端に言えば、全く肉食をしていなくても、体調が優れているのであればそれでよしという発想です。

少食に適応していけばタンパク質のリサイクルシステムであるオートファジーがうまく駆動されて、摂取すべき栄養量を少なくしていくこともできる可能性もあります。

もちろん、現在体調が悪いという人には十分な栄養素を優先的に摂ってもらうという発想はあってよいと思います。

逆に言えば、自分が必要最小限の栄養量を見極めて健康であり続けることが、誰かの健康を守ることへとつながっていくということです。まさに「わけ合えば、余る」の発想ですね。

極めて理想的で机上の空論的な話に思えるかもしれません。

しかしこれからの世界は持続可能性をキーワードにしていかなければ立ちゆかなくなるという現実がリアルに感じられるようになってきました。

たとえこの試みが焼け石と感じられるようなささいな抵抗であったとしても、やってみる価値は十分にあるかもしれません。

読者の皆様も「栄養が大事」の発想を少し見直してみるのがいかがでしょうか。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
うーん、この辺は減量されている方と、逆に体重維持に苦労している者では感覚が違うのかなぁと。
私は毎日肉600g、卵5個、チーズにプロテイン、バターコーヒーを摂ってようやくBMI19。これ以上減ると低T3で動けなくなります。
犬を飼ってるので運動量はそれなりに多いと思いますが。
燃費悪すぎですか?
Re: No title
KAZ さん

 コメント頂き有難うございます。

 あくまでも私の推論ではありますが、人類皆生まれた時点で燃費が悪いという事はなかったはずと思います。

 生来の体質で糖質過剰が肥満に傾く人と、やせ型に傾く人がいると。そのうち後者の方で起こっている現象は、糖質過剰に伴う組織の糖化、そのあおりを最も最前線で受けるのが消化管だと思います。
 やせ型体質の人は、消化管の糖化のために消化吸収機能が低下し、大量の食事を投入しないとエネルギーが確保できなくなっているのではないかと推察しています。その結果として燃費が悪くなっているのだとすれば、大量の食事の投入は対症療法です。根治療法は組織にこびりついた糖を除くこと、そのためには断食時間を少しずつ確保できるように適応させ、オートファジーを駆動してこびりついた糖化タンパク質を分解することではないかと私は考える次第です。少しでも参考になれば幸いです。