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ウイルス感染症が重症化する構造とは

category - ウイルス再考
2020/ 07/ 30
                 
先日届いた日本内科学会雑誌を何気なく見ていたら、

「今月の症例」のコーナーにインフルエンザウイルス感染を契機に副腎不全をきたしたという症例が私の興味をひいたので呼んでみました。

(以下、要旨引用)

インフルエンザを契機とした副腎不全、低Na血症の加療中に横紋筋融解症を生じた1例
高木彩好、角谷美樹、森本晶子、三好晶雄、小阪佳恵、角谷学、庄司拓仁、小山英則
日内会誌 109:1423−1431,2020


59歳,男性.X-3年にA病院で下垂体腺腫による下垂体前葉機能低下症と診断され、補充療法中であった。X年、B診療所でインフルエンザと診断され、2日後に意識障害、痙攣で当院に救急搬入された。血液検査で低Na血症を認め、副腎不全の診断でステロイド補充とNa補正を開始した。第2病日よりCK(creatine kinase)が上昇し、第4病日にCKが最高値となったが、大量補液で腎機能の悪化なく軽快した。低Na血症の補正による横紋筋融解症の発症と考えられた

(引用、ここまで)

            

これは「症例報告」と呼ばれる論文で、一般的に医学界のエビデンスレベルの階層の中では質が低いとされている形式です。

しかし私はこういう報告の中の方が真実に近いことがありのままに書かれている可能性が高いと考えるので、興味を引くテーマの時には注意深く読み込むようにしています。

今回のこの症例報告は、「新型コロナウイルス感染症における重症化の構造」を考える上で大変参考になるのではないかと思いましたので、私なりに分析をしてみたいと思います。

普通に見れば、この症例は新型コロナウイルス感染症でもなければ、下垂体腺腫の術後といった特殊状況にある症例なのだから、

新型コロナウイルス感染症とは似ても似つかぬ全く別の話として捉えられてしまいがちだと思いますが、

私はこれまでのウイルスに対して重ねた考察から、「ウイルス感染症とは自己システムのオーバーヒート状態である」という見解に至り、

インフルエンザウイルスやコロナウイルスといった違いは単にどの「自己」細胞に対して親和性があるかという違いを表すだけであって、本質的には同じ現象が起こっているものと考えられますので、

この症例ではインフルエンザウイルス感染がきっかけで起こった出来事であるにしても、そこで引き起こされた現象の本質的な共通点からは学ぶべきところがあると考えます。

また下垂体腺腫術後という特殊状況というのも、重症化を起こす要因の構造を考える上でとてもヒントになる情報だと思っています。

どういうことかを説明しますと、まず下垂体というのは脳の中心部にある多種類のホルモン産生臓器でして、

脳にくっついてぶら下がっているさくらんぼのような形をしているので、そのような名前で呼ばれています。

この下垂体に何らかの原因で腫瘍ができると、それが原因でホルモンの産生に異常をきたすことがあります。

それは下垂体のどの部分が腫瘍化するかによっても変わってくるのですが、

下垂体のまさにホルモンを産生する細胞そのものが腫瘍化すれば、ホルモンを過剰に分泌する状態となってしまいますし(機能性腫瘍)、

一方でホルモンを産生しない下垂体の細胞が腫瘍化すれば、小さいうちは無症状のこともありますが、近くを走る視神経を圧迫するくらい大きくなると、視野の一部がかけるという症状が出てくることがあります。

ホルモン過剰のパターンも例えば成長ホルモンを過剰産生すれば、目立った高身長を呈したり、身体全体がごつくなったり、それだけであればまだしも高血圧、糖尿病、脂質異常症、心疾患、変形性関節症といった生活習慣病の要素が早めに加わってきます。

一般的によいものだと認識されることの多い成長ホルモンでさえ、自然のバランスを崩せば有害になるということがうかがえる事実ですね。

それ以外にもプロラクチンという乳汁分泌作用のあるホルモンが過剰産生されると女性は無月経へつながりますし、妊娠もしていないのに乳汁が出たり、男性であれば乳房が女性化したり、性欲減退、不妊の原因となったりもします。

あるいは非機能性腺腫であっても、下垂体の中では後ろ側にあって比較的圧迫されやすい位置にある抗利尿ホルモン(バソプレッシン)というホルモンを出す細胞が圧迫を受け続けることで逆にホルモンの産生能が低下してしまうことがあります。抗利尿ホルモンが出なくなるので、症状は尿が出すぎてしまうこと、これを「尿崩症」と呼びます。

そして下垂体腺腫において当ブログでもしばしば取り上げるストレスホルモン「コルチゾール」を出すための司令を出すホルモン「副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone ;ACTH)」を過剰分泌することもあり、これを「クッシング病」と呼びます。

上層部に刺激され過ぎて、「コルチゾール」という名の部下が働き過ぎて過労死しているような状況とたとえられるかもしれませんが、これによってまず目立つのは太るという現象です。脂肪のつきやすい部位に容赦なく脂肪がついていく結果、「満月様顔貌」だとか「中心性肥満(リンゴ型肥満)」などと表現されたりします。

それ以外にも成長ホルモン過剰の時と同様に高血圧,糖尿病,心疾患などにもなりますし、それ以外に骨粗鬆症、浮腫、月経異常、あるいはうつなどの症状をきたしうる病気です。いかにストレスホルモンが出すぎる状態が万病につながるかということをうかがい知ることができます。

ちなみに似たような病名に「クッシング症候群」というのがありますが、これは下垂体腺腫以外の原因で「コルチゾール」が出過ぎている状態の総称を指します。例えば「コルチゾール」を出す大元の臓器である副腎に腫瘍ができたり、腫瘍まではいかずとも過形成と呼ばれる状態に副腎がなっている時などです。あるいは胸腺や肺、腹腔内など別の組織からなぜか「ACTH」を産生する腫瘍ができる場合もあります(異所性ACTH産生腫瘍)。

前置きが長くなってしまいましたが、下垂体腺腫というのはとにかくその出来方によって様々な多様性を持って困った症状をもたらす状態であるので、これを手術で取り去るというのが標準的な治療法になります。

ところがここまで述べてきたように下垂体には実に多種類のホルモンの産生機能がありますし、

なんと言ってもその大きさがなんと7-8mmという非常に小さな臓器です。

優れた脳外科医が病変部だけをきれいにくりぬこうと努力しても、どうしても腫瘍ではない正常細胞の部分を傷つけてしまう場合がありますし、

あるいは腫瘍そのものが重要ホルモンを産生している細胞そのものであれば、手術で取り去ることによって、その重要ホルモンの産生能を失ってしまうということになるわけです。

そこで、下垂体腺腫を手術で取り去った後、各種ホルモンの産生能を調べる検査を行い、落ちたホルモンに応じて補充可能なホルモンは薬で補充するという治療が行われることになります。当然ながらこの補充療法は生涯続ける必要があります。

今回の症例でも、インフルエンザ感染の3年前にこの下垂体腺腫の摘出術が行われ、失われたホルモン産生能を補充するホルモン補充療法が行われていたということです。この症例の場合は具体的には「コルチゾール」と同様の作用を持つ「ヒドロコルチゾン」と甲状腺ホルモンの「レボチロキサシンナトリウム」が補充されてたようです。

中には薬で補充できないホルモンもあるのですが、最低限この2種類だけは継続補充していけば生命を維持していくことができると言われているのでいずれも重要なホルモンです。

ちなみに細かいながら医師にとっては必須の知識ですが、この2つを補充する順番は「①コルチゾール」⇒「②甲状腺ホルモン」です。なぜならば甲状腺ホルモンは一言で言えば代謝を活発化させるホルモンであり、先に「②甲状腺ホルモン」を補うと「①コルチゾール」の需要が急速に高まり、副腎不全というストレスホルモンの枯渇状態へと病態が急激に悪化してしまうからです。「①コルチゾール」が第一優先というのは、そういったことからも理解できます。

さて、この症例の場合は、ホルモン補充の順番が間違っていたわけではなくて、インフルエンザウイルスへの感染を契機に副腎不全というストレスホルモンの枯渇状態が起こってしまったという状況です。

これはまずインフルエンザというウイルス感染症が、急激にストレスホルモンを要求するイベントになっているということが理解できます。

そしてこの患者さんの場合、ストレスホルモンの補充を完全に外部の薬に依存してしまっている状況です。

普通インフルエンザに感染したところで、多くの人が副腎不全に陥らない事実を踏まえますと、このストレスホルモン需要急増イベントに対して通常は持ちこたえることができている、つまりストレスホルモンがほしいというニーズに身体はすぐさま対応することができているということになります。

ところが外部で一定のストレスホルモンを補充し続けているようなやり方では、突然の需要増の事態に全く対応することができないということを意味していると思います。

その結果、副腎不全に陥り、副腎から出るはずのストレスホルモンは出ず枯渇に至り、本来であれば炎症を収束へ導くはずのストレスホルモンが出ないことで現場は炎症の嵐、さらにはストレスホルモンの働きの一つであるナトリウムの保持も果たせなくなり、そのナトリウムの異常低値状態がさらに筋肉の不安定化をもたらし横紋筋融解症をきたしたという流れになっています。

これはまさにウイルス感染症が重症化した状態として一つの構造を示しているのではないでしょうか。

つまりもともと持っている身体のシステムがバランス良く働かせることができなくなった状態が存在していることが重要で、

何かが多すぎるとか、何かが足りな過ぎるということも要素の一つではあるかもしれませんが、

本質的には多すぎる状態を元に戻せなくなっている、少なすぎる状態を元に戻せなくなっている状態が重症化の中心要因なのであろうと、

そして身体のシステムの中で最も重要な位置を占めているのがストレスを一定にするシステムなのであろうと思うわけです。

今回の症例も重症化から救ったのもストレスホルモンの補充が大きかったと思いますし、

新型コロナウイルス感染症に対してもデキサメタゾンという「ストレスホルモン(ステロイド)」の一種が適応として認められたというニュースもありました。

しかし私はこれを受けてステロイドがウイルス感染症への妙薬だと解釈するのは本質的ではないと思っています。

大事なことは、足りないステロイドを補うことではなく、ステロイドの調整が自力で出来なくなってしまっている状態そのものなのです。

人為的なステロイド補充は刻一刻と変化する微妙な環境変化に対応できませんし、

調整の必要性を認識しないまま、ステロイドを補充することで問題が解決したと思っていれば、また新たなウイルス感染で同様のイベントが引き起こされてしまう可能性は高いでしょう。

そして基本的にウイルスから逃れることは不可能であることは今の世界的な感染拡大というよりも普遍的存在というべき状況から考えれば自明だと思います。

だからステロイドを無尽蔵に刺激し続けてステロイドの自己調整能を失わせる慢性持続性ストレスの問題は重症化予防の観点から見れば決して野放しにしてはいけないし、

ステロイドの補充よりも重症化を防ぐために身につけておくべきことは「ストレスマネジメント」ことだと私は考える次第です。


たがしゅう

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