Post

        

ウイルス自体が毒となる可能性はあるか

category - ウイルス再考
2020/ 07/ 23
                 
前回の記事でウイルスは植物、動物、細菌など他の生物と違って「毒素」を産生しないという話を取り上げましたが、

「毒素」というものには、大きく「外毒素」と「内毒素」というものがあります。

「外毒素」というのは病原体自らが産生している毒素、「内毒素」とは病原体自らを構成する成分の中で毒性をもつもの、のことです。

従って前回取り上げた毒素の話は厳密に言えば「外毒素」の話になります。

「内毒素(エンドトキシン)」は、グラム陰性菌という種類の細菌の細胞壁の外膜の成分(o-抗原多糖+コア糖鎖+リピドA)だと構造がはっきりと認識されており、通常「内毒素」という用語はこの細菌の特定の構造物を指します。
            

抗生物質などでこの「内毒素」を持つグラム陰性菌が破壊された場合などに、菌体内の「内毒素」がばらまかれて、

それが単球、マクロファージなどの抗原提示細胞に認識されて、提示された免疫担当細胞が活性化されてサイトカインを介して炎症が引き起こされます。

ただし一部の患者ではこの炎症が過剰に引き起こされて致死性のショック状態がもたらされることがあり、これを「エンドトキシンショック」と呼んでいます。

興味深いことに、これは内毒素に触れた人が全員が全員そうなるわけではなく、ごく一部の人に限られているということです。

というのも抗生物質を使う人は日本中に山のようにいますが、そういう人が皆が皆エンドトキシンショックを起こしているわけではありません。

一方で少量のエンドトキシンを健康な人に静脈注射するとインフルエンザ様の症状が惹起されることを示した攻めた研究結果もあるようですので(Suffredini AF, Fromm RE, Parker MM, et al: The cardiovas- cular response of normal humans to the administration of en- dotoxin. N Engl J Med. 1989; 321: 280-7.)、

おそらくはエンドトキシンが宿主の血液に触れること、もっと言えばリンパ球に認識されることが重症化の必要条件となっているものと思われます。

かたや細菌が産生する「外毒素」がエンドトキシンショックのような重症化病態をきたす場合があります。

グラム陽性球菌である黄色ブドウ球菌由来の外毒素で重症化する病態を「トキシックショック症候群(TSS)」、同じグラム陽性球菌のA群レンサ球菌由来の外毒素で起こる重症化病態を「トキシックショック様症候群(TSLS)といいます。

他にグラム陰性菌であるエルシニア菌(仮性結核菌)が産生する外毒素でも同様の重症化病態が引き起こされることがあるということがわかっています。

「エンドトキシンショック」(内毒素)
「トキシックショック症候群」(外毒素)
「トキシックショック様症候群」(外毒素)


これらの病態の共通点として「健康な人でも重症化させることがある」という特徴があります。

そんな荒技を起こしうる原因として、これらの毒素が重症化させるメカニズムに「スーパー抗原」というものが関わっていると言われています。

「スーパー抗原」というのは、通常の流れであればマクロファージなどの抗原提示細胞が貪食して対応する免疫担当細胞に指令を送り免疫システムが発動されるところを、

抗原提示細胞の貪食を介さずに、抗原提示細胞と免疫担当細胞、特にTリンパ球)の橋渡しを外側から直接的に行うことができる特殊な抗原のことです。

なおかつ本来であれば抗原に対応して活性化されるTリンパ球の種類が変わってくるところが、スーパー抗原の場合はTリンパ球全体を活性化し、過剰な免疫応答を惹起させるものです。

それ故に「スーパー抗原」の手にかかれば、健康な人であってもサイトカインストームのような重症化病態が引き起こされてしまうというわけなのですが、

気になるのは、ウイルス自体の構造がこの「スーパー抗原」となることはありえるのか、ということです。

そう思って、ウイルスとスーパー抗原の関係を調べてみますと、ウイルス性のスーパー抗原というものも存在しているみたいです。

最もよくわかっているウイルス性スーパー抗原としてはマウス乳がんウイルス(MMTV:murine mammary tumor virus)に関するものがあります。

文字通りマウスに感染するウイルスですが、このMMTVの構造物がスーパー抗原となっているわけではなく、MMTVが感染した宿主マウス細胞内のDNAに取り込まれて、その遺伝子から産生された糖蛋白質がスーパー抗原活性を持つとのことです。

一方でヒトに感染するウイルスの中でスーパー抗原活性を持つものがあるかについてはEBウイルス、サイトメガロウイルス、狂犬病ウイルスなどでその可能性が報告されているようですが、まだ確実なものは見つかっていないそうです。

ただマウスで間接的とは言え実際にスーパー抗原が生み出されているとなれば、ウイルスがスーパー抗原となる可能性も完全にゼロとは言い切れないのかもしれませんが、

もしも多くの人が考えるようにウイルスの何かしらの構造自体が新型コロナウイルス感染症における重症化病態をきたしているとすれば、この「スーパー抗原」の可能性はどうでしょうか。

しかしながら、新型コロナウイルス感染症の重症化の原因がスーパー抗原にあると仮定するとやはり矛盾が生じます。

このスーパー抗原は健康な人に対してでも過剰な免疫反応を引き起こすところが特徴でもあるので、乳幼児で死亡者がなく、重症者が高齢者に偏っている新型コロナウイルス感染症の傾向には合いません。スーパー抗原のせいで重症化しているわけではなさそうです。

あと本家本元のスーパー抗原が関わる黄色ブドウ球菌による「トキシックショック症候群」の特徴をよくよく観察してみると、何も健康な人に無差別に襲いかかる病気ではありません。

そもそも黄色ブドウ球菌というのは人間の身体に高頻度で常在している細菌です。

およその保菌率は15〜40%で、主な保菌場所は前鼻咽頭、腋窩部、膣、会陰部だと言われています。そして「トキシックショック症候群」を起こしやすい人の条件として次のものが挙げられています。

・生理中または産後の女性
・バリア型日避妊用具を使用している女性
・術後の患者
・水痘または帯状疱疹(ヘルペスウイルス感染症)に感染している患者
・化学火傷または熱傷の患者


術後とヘルペスウイルス感染症は健康人とはいえないので置いておくとして、生理中、産後や避妊具使用、熱傷に関しては血液の露出がありうる状況だとまとめることができそうです。

毒素と血液中のリンパ球が直接接しうるかどうかが重要な条件なのでしょう。しかし一方で生理中の女性が皆が皆トキシックショック症候群になっているわけでもありません。

トキシックショック症候群の頻度はイギリスの調査では、5800万人の人口のうち、わずか18件のみです。

これを考えますと、スーパー抗原と言えど毒素と暴露されたら即発症というわけではなく、このスーパー抗原を処理する何らかの免疫システムがほとんどの健康人において実は作動していて発症せずに済んでいると考えることができます。

また興味深いことに年齢を重ねるにつれて、トキシックショック症候群を発症したことがなくとも、スーパー抗原に対する抗体が増えている傾向があり、トキシックショック症候群での重症化率は年齢が上になればなるほど低く、若い人の方が重症化しやすいようです。

発症もしていないのに抗体ができているということも何気に注目ですね。黄色ブドウ球菌が常在していることと関係してそうです。

普段から細菌が常在していることで抗体を含めて終生的に免疫力が高まっているとしたら、もしかしたらこのことは5779万9982名を「トキシックショック症候群」から救う真の意味でのワクチンとなってくれているのかもしれません。


これらをすべて踏まえ考えますと、少なくとも新型コロナウイルス感染症の重症化にスーパー抗原が関わっている可能性は極めて低いということになると思います。

ウイルスの語源は「毒」を意味するラテン語"virus”だそうですが、

ウイルス自体が「毒」となっている可能性は限りなく低いと私は考える次第です。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント