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「毒」でないものを「毒」にしてしまう

category - ウイルス再考
2020/ 07/ 21
                 
自然界には「毒(毒素)」と呼ばれるものがあります。「毒」とは、生物の生命活動にとって不都合を起こす物質の総称です。

特に植物を中心にこの「毒」は広く見受けられます。自らが動けない植物にしてみれば、「毒」を作ることは自分を脅かす外敵をやっつけて自分の身を守るために大切な物質です。

また「毒」と「薬」は紙一重とも言うように、他の動物を味方につけて自分の身を守るために「毒」と類似の「薬」を生み出しているという側面もあります。故に植物の毒はしばしば「薬」としても応用されています。

一方で「毒」を持っているのは植物だけではありません。フグやハチなど動物の中にも毒を持っているものがいます。

この目的も自身の身を守るため、もっと広く捉えれば集団としての秩序を守るための一つの戦略として利用されているものなのではないかと思います。

そして微生物の世界にも「毒」は存在します。細菌には「細菌毒素」と呼ばれるものがあります。

「病原性大腸菌O157」が産生する「ベロ毒素」などはその具体例の一つですが、菌によって様々な「毒素」が産生されます。

これも植物や動物と同様に自分達の秩序を守るものだとすれば、生物は互いに自らが産生する「毒」も利用しながらそれぞれの秩序を守っている構造が見えてきます。

ところが、ウイルスにはこの「毒」を産生する能力が確認されていません。
            

ウイルスについては弱毒性、強毒性という概念が登場しますが、これは何もウイルスそのものが毒素を産生しているわけではなく、

あくまでも感染した時に宿主がもたらす反応の強さという結果でもって、弱毒ではないか、強毒ではないかという解釈がなされているのです。

そしてウイルス感染症における重症化の病態を示す「サイトカインストーム」という言葉は、自身の免疫反応の暴走を示している言葉です。決してウイルスが毒素を産生して免疫の暴走を呼び起こしているわけではありません。

これが意味することは一体なんでしょうか。


ウイルスは微生物として細菌や真菌などに比べて不完全な存在だということが考えうると思います。

というよりも生物としての秩序を保とうという仕組みが十分ではないというべきかもしれません。だから単独では生きられないし、テリトリーが広がるかどうかが偶然に支配される。

少なくともウイルスが人類の敵として立ちはだかるイメージの下で狡猾な戦略を持って自分の集団の秩序を保とうとしているわけでは決してないということはわかると思います。

「弱肉強食」という言葉がありますが、植物も動物も細菌も真菌もその他の生物達も、それぞれの生物の中で様々な仕組みを駆使してテリトリーを奪い合ったりしていることは自然の摂理です。

けれどそれによって強者が王者として君臨するわけではなく、王者も死んで土に還ったり、あるいは生物と生物が互いに連携・共存し合ったりして、全体として「食物網」と呼ばれる状態、言わば動的平衡な状態がもたらされています。

この流れの中でウイルスはこの「食物網」を構成する不完全な存在としているような気がします。


従って、ウイルスの毒性というものを考える時に、それは「毒素」のようなものの強さを意味しているのではなく、

あくまでもウイルス表面のタンパク抗原に対する宿主の免疫反応との相性によって表現されるものであるはずです。

従って、どんなウイルスであれ宿主との相性によって免疫反応が惹起されるかどうかが決まると、言い換えれば毒性はウイルスの性質だけによって決まらないということです。

しかし一方で世の中には病原性がないとされるウイルスもいます。自然宿主と呼ばれる生物にとってそのウイルスがその生物種内のどの個体に感染したところで病気を発症することがないという現象があることは明らかです。

ですので、病原性がある状態というのは、少なくともその宿主生物にとって異物と認識されやすい状態だということだと思います。

ただそれが意味を持って作られた毒素ではない以上、相手はどれだけ遺伝子変異をしようと単なる「非自己」タンパク質抗原です。

適量が入ってくるだけの状態であれば、自身の免疫反応によって排除されて再び秩序が取り戻されるというだけのこと、いわゆる「風邪」として私達の多くが経験する現象で終わるのみとなるでしょう。

しかし「自己」か「非自己」を識別する自然免疫が崩れていたり、認識すべき相手を間違えてしまうような誤作動が起こるような免疫異常があったりすると、

不必要かつ過剰な免疫反応が応答されてしまい、本来は速やかに排除されて終了するはずの炎症反応が延々と起こり続けて自身を苦しめる結果へとつながってしまいます。

例えば花粉や果物の一部といった本来であればスルーされるような「非自己」タンパク質抗原と接触することで過剰な免疫反応が誘導されてしまう「アレルギー」と呼ばれる病態もまさにこの現象の延長戦上にあるものと私は思います。

つまり自分の状態如何によっては全てのタンパク質が「毒素」になりえるということです。そのタンパク質によって相手の生物の異常な免疫反応を賦活されることになれば、それは立派な「毒素」と言えるのではないでしょうか。

私達は本来は「毒」でも何でもないタンパク質を、「毒」と思わせてしまうほど乱れてしまった自身の心身システムの故障に気付くべきなのかもしれません。


たがしゅう

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