「ストレスフリー超大全」書評

2020/07/07 15:00:00 | おすすめ本 | コメント:0件

いつもYouTubeで簡潔かつわかりやすくためになる動画を毎日発信されている精神科医YouTuberの樺沢紫苑先生の新著、「ストレスフリー超大全」が発売されました。



精神科医が教える ストレスフリー超大全 ―― 人生のあらゆる「悩み・不安・疲れ」をなくすためのリスト (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2020/7/2
樺沢 紫苑 (著)


日頃からストレスマネジメントの重要性を説いている私ですので、この本には非常に関心を持ちました。今回はこの本の感想について語ります。

結論から言えば「メンタルを整えるための基本はこの本にほぼ全て網羅されているが、健康に関する記述には疑問の余地あり」です。 なぜ私がそのような結論に至ったかと得られた教訓について、大きく4つのパートに分けて解説にしていきます。

1.この本の立ち位置とほぼ全てのメンタル対策を網羅できている理由
2.この本で私が非常に印象に残ったメンタル対策2選
3.なぜ健康に関する記載に私が疑問を感じるか
4.この本を自分の人生にどのように活かしていけばよいか


【1.この本の立ち位置とほぼ全てのメンタル対策を網羅できている理由】

まず、そもそもこの本の「ストレス」の捉え方についてですが、「人生になくてはならない刺激」と捉えています。

むしろ「ストレス」がゼロになると大変で、「ストレス」は人生で自分自身を成長させるための糧という側面があると、

ところが、過度にストレスを感じ続けるとうつ病やメンタル疾患に陥ってしまうのでよくないと冒頭で警鐘を鳴らしておられます。

その上で、本書のタイトルにもある「ストレスフリー」とはどのような状態だと定義されるのかと言いますと、次の2つの条件を満たしていることだとされています。

①「寝ているときにストレスがない状態になっている」ということ
②「次の日にストレスや疲れが持ち越されていない」ということ


つまりストレスを大事なこととして受け止めるけれど、翌日までそのストレスを持ち込ませないと、そのストレスを適切に処理するための手段を提供するのがこの本の立ち位置だということです。

そんなことができるのかと言いますと、ただでさえ精神科医でメンタルの事情に詳しい樺沢先生です。それに加えてこの本を書くに当たって、心理学、社会学、哲学、宗教など「悩み」や「生き方」に関する本を100冊以上読み直して網羅的にストレス対策について把握する行動をされたそうです。

そうすると、今世の中にある「悩み」の90%には歴史的に人類が経験してきた「悩み」とで本質的な要素が共通していることがわかり、

これまでに様々な分野で提唱されてきた過去の「悩み」の解決策を参考に、その要点を樺沢先生流にわかりやすく示すことで、誰が読んでもストレス対策に役に立つ内容の本に仕上げられた、というわけです。

なので樺沢先生の精神科医としての様々な経験や知見に加えて、名だたる偉人達の後ろ盾が加わったような重厚な内容なので、かなり本質的かつ網羅的なストレス対策本になっているという点で非常に価値があると考えられる本です。


【2.この本で私が非常に印象に残ったメンタル対策2選】

そんな網羅的な今回の本の中で、私が特に印象的だと感じた箇所を2つ紹介したいと思います。

1つは「嫌いな人と上手に付き合う方法」、もう1つは「死にたいと感じたときの対処法」です。

「すべての悩みは対人関係の悩みである」とはかの有名心理学者、アルフレッド・アドラーの言葉ですが、

人生の中でどうしても嫌いな人と遭遇してしまう状況、逃げようとしてもその場に同じ環境に居続けるゆえに我慢をするしかない状況、って人生の中で誰しも多かれ少なかれあるのではないかと思います。

この状況に対して「アドラー心理学」では「嫌われる勇気」を持とうと教えられるわけですが、その「勇気」が持てる人ってそうは多くないし、そんな「勇気」があれば最初からそんな状況は生まれないだろうということで、

どこか机上の空論的な匂いがして、それでも人生において明確なストレス源として自分に影響をもたらしてくるのが「嫌いな人」という存在です。

人は集団の中で必ず1割ほど「嫌いな人」が存在するとも言われていて、社会生活を送っている以上は誰もがこの問題に遭遇するのも無理もありません。

そんな「嫌いな人」に対して、もっと地に足のついた、誰もができる解決法はないのかという疑問に対して、樺沢先生は具体的な方法を提案されています。

それは「『普通』の評価を加える」という方法です。

私達は他人の評価を「好き」か「嫌い」かというように2極で捉えがちですが、

そうではなくて、実際にはその間の中間的な「普通」という状態が存在していて、むしろそちらの方が多数派であるはずです。

それなのにある人に対して、たまたま特定の「嫌い」と感じられる行動を目にすると、「好き」か「嫌い」のどちらかという判断基準で考えていると、一気に「嫌い」という判断に至ってしまいます。

しかしそこに「普通」という評価を加えると、例えば「2割」くらい「嫌い」と思える出来事があったとしても、その行動以外の本人の多くの印象が「普通」であったりすれば、

「普通」の評価を加える前は「嫌い」と判定されていた人が、「普通」の人だと判定が見直される可能性が出てきます。これにより本当は「普通」だけど一時の印象で「嫌い」と誤認してしまった人が減り、本当に「嫌い」な人だけが残ります。

そして本当に「嫌い」という人は多くの場合ごく少数です。なぜならばほとんどの人は「好き」「普通」「嫌い」のグラデーションで存在しているからです。

これは自分の周りの環境は何一つ変わっていないけれど、「嫌い」な人が激減するという意味で自身のメンタルは大分楽になりますし、

それでもどうしても「嫌い」に判定されるどうしても「嫌いな人」に対してだけ、集中して「嫌われる勇気」を発揮するということに労力を絞れば、自分にかかる「ストレス」はかなり軽減するのではないでしょうか。

このように具体的な解決法に落とし込む能力の高さが樺沢先生のすごいところだと思います。

もう一つの「死にたいと感じたときの対処法」については、精神科医である樺沢先生ならではの説得力のある解決策が提示されています。

それは「相談する」ということです。

日本財団の「自殺意識調査2016」によると、「本気で死にたいと思っても相談しなかった人」は、73.9%に及ぶのだそうです。

多くの方は、特に精神的に追い込まれている方は「相談」の価値を非常に低く見積もっているということの現れに思えます。「どうせ相談しても何も変わらない」のだと。

ところが、樺沢先生は自身の診療経験やYouTubeでの相談事例の経験もあるのでしょう。「誰かに相談すれば、防げる自殺は、相当に多い」と明言されています。

人が「相談しない」背景には、その人の真面目さや日本独特の「人様に迷惑をかけてはダメ」という常識的価値観が影響しているようにも思えるわけですが、

いずれにしても「相談」は迷惑だし、自身の悩みが深刻であればあるほど何も変わらぬ「気休め」だと感じている人は非常に多いのではないかと思います。

しかしながら少なくとも「相談」は自分にはない価値観からの者の見方を提示することができます。

あるいは「自分」の知らない有益な情報を提示してくれる可能性もあります。いずれにしても「相談」をすれば「相談」しないよりも、解決の可能性が高まるということは明らかなのではないでしょうか。

勿論、確かに「相談」しても有益な解決策が導かれない可能性もありますが、自分の気持ちを誰かに話すことで自分の頭の中を整理する作業自体が自分を救うことにつながることも多いです。

それならば「ダメでもともと」の気持ちでもいいから、死ぬを実行する前に「相談」を実行するのはそれほど高いハードルではないように思えます。

これは「自殺」という究極的な悩みだけではなく、全ての悩みに対して適応できる原理だとも思えますし、

逆に言えば、「自殺」という究極的にこじれた状態に対してさえ活路を見出しうる有益な解決法だということができます。

本質的な問題はいつの間にか自分の価値観が凝り固まってしまっていることであって、誰かと相談したり、もっと言えば普段から様々な人とコミュニケーションをとることで多様な価値観に触れておくことが、

自分の思考を袋小路に追い込まずに、多くの選択肢の存在を認識し、その中から自由な選択をしていける構造に気づくことができるのではないでしょうか。

いずれも絶対に変えられないように思える事態に対してでも、これを打破しうる極めて具体的な方策を提示している樺沢先生のすばらしいアドバイスだと思います。

【3.なぜ健康に関する記載に私が疑問を感じるか】

さて、そのように概ね書かれていることにうなずける樺沢先生の見解ですが、第4章に「『疲れない体』を手に入れる」と題して「ストレス」に対処するための基盤となる健康な身体づくりに関するコメントが集められています。

この章についての記載に関してだけは私は大いに疑問を感じることが多かったです。

そう思ったきっかけは私も詳しい糖質制限についての樺沢先生の見解を読んだことにありました。

「糖質制限は健康にいいのか悪いのか」と題したパートで、樺沢先生は「糖質過剰な人にとってはある程度適正な糖質制限が必要だが、糖質を厳しく制限することは健康によくない」と述べています。

私が糖質制限推進派の医師だからこの結論に反発心を感じてしまっている可能性は否定しきれませんが、大事なことは樺沢先生がその結論に至った理由です。

なぜ樺沢先生がそう結論づけたかと言いますと、「権威ある医学雑誌のランセットに『厳しい糖質制限は死亡率を高める』という研究が掲載されていて信憑性が高い」からだそうです。これはいただけません。

なぜならばそれではエビデンスに偏り過ぎた権威絶対主義の考え方となっているからです。

実は樺沢先生が紹介されたランセット(Lancet)の論文は糖質制限実践者の間で非常に問題視された論文です。

具体的には研究での質問票により評価された集団の摂取カロリーが、同時期の別調査での平均摂取カロリーに比べて明らかに少ないものであり、そもそも食事調査が実情を反映できていない可能性が高いですとか、

炭水化物の摂取が低い集団とそれ以外の集団とでの均一性が乏しく、炭水化物の摂取が低い集団において喫煙、低身体活動、肥満など結論に影響をもたらしうる交絡因子が除外されていないなどの問題が指摘されています。

意図的な情報操作さえ感じられる質の低さですが、その問題はさておいたとしても、少なくとも有名医学雑誌のLancetであろうと間違った情報が提供されている可能性は考えなければなりません。

それでも樺沢先生はこの論文の結論を全面的に受け入れています。そう思って健康に関する記述全体を眺めると、そのような研究結果というものを重視する樺沢先生のスタンスがよく現れているように思えました。

樺沢先生がYouTube動画でもしきりに強調されている「睡眠」「運動」「朝散歩」に関する記載もこの章には多く書かれていたわけですが、

例えば、「睡眠不足による病気のリスクを示すたくさんの研究があります」ですとか、「カリフォルニア大学の睡眠時間と死亡率を調べた研究によると、睡眠時間が『6時間半〜7時間半』の人が、最も長生きをしています」などと、樺沢先生の主張の根拠がいわゆる医学界におけるエビデンス(科学的根拠)に偏っているということが見えてきました。

だからといって「睡眠」「運動」の有効性を私は否定するわけではありません。確かに「睡眠」「運動」に働きかけることが患者さんの症状の改善をもたらす場面はありますし、私も医師として経験したことがあります。

しかしながら、その根拠がエビデンスだけであってはならないと思っています。樺沢先生がメンタルの分野で実際に患者さんと触れ合い実地に即した解決策を導いてきたように、身体の調子に対する解決策もそうした実体験や臨床経験に基づいたものである必要があると思っています。

その意味でもしかしたら樺沢先生は、厳しい糖質制限を自分が実践する、または患者さんに実践してもらうとどうなるかということについての実体験、臨床経験が、メンタル疾患についてのそれらほど十分なものではないのかもしれません。


もうひとつ私は「睡眠」「運動」が「体調をよくする」というケースもあれば、「体調がよい」からこそ「睡眠」「運動」を整えることができるというように原因と結果が逆になっているケースもあると思っています。

「睡眠不足」や「運動不足」が原因の人に「睡眠」や「運動」を勧めるのは正しいアプローチだと思いますが、「何か別の原因」があってその結果「睡眠不足」や「運動不足」に陥っているような人に「睡眠」「運動」を勧めるアプローチをとったところで「それができないから困っている」という反応になるのではないでしょうか。

樺沢先生が取り上げている「睡眠」「運動」についての医学研究は、前者のアプローチの結果ばかりを表している可能性が否定できません。なぜならば後者の人にとって「睡眠」や「運動」を勧めることはさらなるストレスを生み出す可能性があるからです。

根本的な原因を放置したまま、無理矢理「睡眠」「運動」のアプローチを勧めることは単なる対症療法に過ぎません。一時的によくなることはあっても、いずれまた悪くなる構造にあります。なぜならば根本原因が解決されていないからです。

その根本原因に「メンタルの問題」があることが多いと私は考えているので、いくら「睡眠」「運動」が簡単な対処法だったとしてもそれが根本原因でないのならば、「睡眠」「運動」の問題だけでなく「メンタルの問題」にもメスを入れる必要があると思います。

その時に「ストレスフリー超大全」のこの章以外に書かれたメンタル対策を大いに活かすべきだと私は感じた次第です。

【4.この本を自分の人生にどのように活かしていけばよいか】

このように多くの賛同できる部分と幾分かの賛同できない部分があると感じた本書を、私が自分の人生へどのように活かしていくべきだと思うかについて最後まとめたいと思います。

多くのストレスマネジメント関連本が一般論や抽象論に終始しがちである中で、

この本は樺沢先生の尽力によってかなり具体的な対策法へと踏み込み、読者が読んで役に立つ内容にまでかなり落とし込んでいる内容だと感じたわけですが、

それでも樺沢先生のものの価値観というフィルターが入っていますし、どうしても不特定多数の人に読んでもらうという性質上、誰にでも当てはまるような普遍的な書き方で解決策が表現されているところが多いと思います。

読む人によっては複雑の人生の課題があったりすると思いますし、書かれている解決策がそのまま当てはめられないような状況も中にはあったりするのではないかと思います。

だからこそこの本に書かれている内容をそのまま実践するのではなく、自分なりにカスタマイズして自分の人生における悩みの解決策を自分自身で導き出すという作業が必要不可欠だと私は感じます。

例えば、樺沢先生は「睡眠」が大事だと言っていたけれど、その前に自分の「睡眠」を乱す心の原因は何かを考えてみる、ですとか。

あるいは、「スマホを見るのを制限すべし」と書いてあったけれど、自分の場合「スマホを制限する」のと「制限しない」のではどちらがストレスに感じるのかを検証してみる、ですとか。

本の内容を額面通りに受け取るのではなく、樺沢先生フィルターから自分フィルターに変えてみてどうするかを考えてみるのです。

その自分の人生にこの本の内容をカスタマイズするという作業は本人の「主体性」によってしかなし得ない代物です。

カスタマイズの結果、樺沢先生と同じ結論であればそのまま実行すればよいと思うし、

違うと思えば、どこが賛同できてどこが賛同できないのかを明確にしつつ、自分なりの方法へと軌道修正していく、と。

やはりストレス対策本には、この「自分の人生に当てはめる作業が必要不可欠」だと感じます。

そのことを忘れずに、樺沢先生の努力の結晶たるこの本をおおいに活用させて頂こうと私は思いました。


たがしゅう
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