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私がCOVID-19と呼ばない理由

category - 自分のこと
2020/ 06/ 28
                 
勘の良いブログ読者の方はお気づきかもしれませんが、

新型コロナウイルス感染症に対する医学的な正式呼称となった「COVID-19(コービッド-ナインティーン)」という用語を私は好んで用いていません。

なぜ私がCOVID-19という呼称を好まないのかと言いますと、勿論当ブログが一般の方も含めた不特定多数の方がのぞかれる場だからわかりやすい呼び名を使うということもありますが、

一番の理由は、「このウイルス感染症を特別扱いするべきではない」と考えているからです。

というのも、ウイルスについて考え直せば考え直すほど、ウイルス感染症というのは宿主のシステムが暴走した状態にしか思えません。

ウイルスは単なるきっかけに過ぎず、そのきっかけによってどのような状態がもたらされるかは宿主次第なのです。
            

ウイルスには「自己」と判断されうるヒトの細胞と近似的な部分と、「非自己(他者)」と判断されるヒトとは似てもにつかない部分が混在しえます。

そのようなあいまいな存在に対して、「自己」と「非自己」を区別する生まれつきの「自然免疫」システムがきちんと働いていれば、

ウイルスというものは脅威でも何でもなくて、生まれた時から共存してともに生きている存在として普段は特に気にもとめることもなくいつもヒトの中に居続けます。

しかしながら、何らかの理由で「自然免疫」システムがうまく働かなくなってくると、「自己」と「非自己」の区別がうまくつけられなくなってきて、

ウイルスの「自己」の要素を認識しきれずに、間違って「他者」として攻撃してしまうことが起こる、これがいわゆる「ウイルス感染症」の状態です。

また逆にウイルスの「非自己」の要素を認識しきれずに、間違って「自己」として体内に取り入れてしまうことも起こる、これがいわゆる「潜伏感染」とか、「持続感染」と呼ばれる状態です。

ともあれ相手のウイルスが何であろうとも、「自己」と「非自己」を区別する「自然免疫」システムのトラブルによって、ウイルスにまつわる様々なトラブルが起こるということです。


しかし医学界は普通「ウイルス感染症」をどのように捉えているかといいますと、

ある特定のウイルスが、特定の症状をもたらすと、だからこの特定されたウイルスを回避したり、特異的に攻撃しようとしたるするわけです。

新型コロナウイルス感染症で言えば、発熱、咳、呼吸困難といった症状が代表的であって、これらの症状が出てきてなおかつCTで肺炎像が確認でき、

なおかつ新型コロナウイルスに対するPCR検査が陽性となれば「COVID-19」と診断し、このウイルスに対する特異的な治療を行おうという発想になっています。

ところがご存知のように新型コロナウイルス感染症では稀に味覚障害が起こったり、髄膜炎が起こったり、脳卒中が起こったり、川崎病様の症状が起こったり・・・などなど、

患者の数がどんどん増えていくにつれて、様々なレアケースが報告されるようになり、

あの症状も、この症状も、すべて「COVID-19」という新たに作った概念の中に入れようということにあり、この新しい概念がどんどん肥大化していくことになります。

さながらどんな症状であっても、新型コロナウイルスのPCR検査が陽性となればすべて「COVID-19」と診断されてしまいそうな様相を呈してきました。

しかし先程の宿主の「自然免疫」システムの異常によって、新型コロナウイルスきっかけで様々な自己システムの過剰駆動が起こり症状化するという考えに立てば、

人によって様々な症状が出るのは当たり前のことで、ウイルスそのものが様々な症状を生み出しているのではなく、ヒトのシステムの個性によってもたらされているのだとわかります。

ヘルペスウイルスだとか、B型肝炎ウイルスだとか、エボラウイルスだとか、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)だとか、

ウイルスの違いは確かに存在しますが、それらの違いとしてあるのは感染する細胞の親和性であって、

ヘルペスウイルスならば神経、B型肝炎ウイルスなら肝臓、エボラウイルスなら血液中の抗原提示細胞、HIVなら血液中のCD4陽性リンパ球といった形で、

最初に親和性でもって接触する細胞が違って、そこで最初にウイルスと宿主との間のトラブルが起こるというだけであって、

本質的にはそのウイルスに対する「自己」「非自己」の判別システムがうまく機能するかどうかの問題だということがわかれば、

その症状がどんなウイルスによってもたらされているかを明らかにすることは、あまり本質的な問題ではないということが理解できるのではないかと思います。

ただ、ヘルペスウイルスとか、B型肝炎ウイルスとかHIVとか、一部のウイルスには特異的な治療薬が存在するので、

その点においてこれらのウイルスによる「ウイルス感染症」なのかどうかを明らかにする意義は確かにあるかもしれません。

しかし特異的な治療法のない「ウイルス感染症」に対して、それが何ウイルスによるものだという犯人捜しをするような行為は、

極めて意義が乏しい医療側の自己満足の世界になるばかりか、かえって患者さんに不安/恐怖という不利益を与えるだけの行為になり有害でさえあると私は思っています。

もっと言えば、特異的な治療法のあるウイルスに対してさえ、このような診断の概念に当てはめる行為は、

本当にしなければならない「宿主(患者)自身のシステムを見直す」という行為から遠ざけてしまう結末にさえつながりうるように思うので、

私は「診断」という行為は、せめて治療がある病気に対してのみ行われるべきだと思いますし、

その治療も対症療法なのであれば、診断はあくまでも参考にして、根本的な治療から決して目を逸らさないようにすべきだと考えます。

例えば甲状腺機能低下症という病気に対しては、確かに「甲状腺ホルモン」という治療薬が存在します。これについては「診断」の意義は確かにあるでしょう。

しかしそれに安堵して延々と甲状腺ホルモンを飲み続けるだけではダメで、「なぜ自分の甲状腺機能が低下するような免疫異常が起こったのか」という根本原因に目を向けなければなりません。

「そんなこと素人にわかるわけではない」と考えるのではなく、それこそ「食事」と「ストレス」を中心として自分の人生の中に答えがあり、そこにこそ根本的治療にアプローチするヒントがあると考えるのが「主体的医療」の在り方です。


・・・「COVID-19」という診断名には、そういう根本原因から意識を逸らさせる負の効果、

そればかりか、実在しない虚構の概念によって患者が恐怖にあおられ続けてしまう悪影響をもたらす力があると、

私はそんな風に感じられてしまうのです。

患者さんがそのような方向にミスリードされてしまわないように、

抵抗としてはささやかかもしれませんが、私は「COVID-19」と呼ばないようにしています。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
まさに同意いたします。問題提起ありがとうございます。
Re: No title
山下和夫 さん

 ご同意頂き有難うございます。

 「診断」という恣意的な概念に当てはめるという行為に、本当にメリットがあるのかどうかは常に考えるべきで、間違っても慣習として盲目的に行うべき作業ではないと私は考える次第です。
No title
 ちなみにこれはカウンセリングや心理療法にも言えることで診断=治療、治癒ではないです。心の世界でもやはり人間に本来内在している成長力の発現、つまり均衡を保つ力の保持とそれを促進する人間関係のあり方が大事になります。これには長年の論争と探求がありますね。

 ところで、先生のような考え方をされている医療関係者は他にもおられないのでしょうか。国の内外を問わずです。ご存知でしたら教えていただくとうれしいです。
Re: No title
山下和夫 さん

 コメント頂き有難うございます。

 ミクロの細胞の自然免疫システムが「自己」と「非自己(他者)」の区別がつけられず自分を苦しめる暴走へと走る構造と
 マクロの人間の高次脳機能システムが「自己」と「他者(非自己)」の区別がつけられず誰も信じられなくなったり、盲目的に同調し続けることで秩序を失っていく構造には
 共通している部分があるように私には思えます。

> 先生のような考え方をされている医療関係者は他にもおられないのでしょうか。国の内外を問わずです。ご存知でしたら教えていただくとうれしいです。

 似ている考え方であったり、部分的に意見が一致する方はおられますが、完全に一致すると言える人はいません、というか「わかりません」。他人の心の中までは知る由もないからです。表面的に考えが一致している人が心の中まで一致していると保証できない以上、私は人と意見が違っていて当たり前のスタンスで人生を生きています。
No title
たがしゅうさま

コメントへの返信ありがとうございました。

普段カウンセリングの仕事をしている私ですが、私から見てミクロ免疫システムの動きとが似ているし、よく似た発想をされているので驚いた次第です。

現代医学は人を分析的に見ていきますが、やはりもともと人は全体的なものなのでどこかで統一された動きになっていくのだなと思いました。

他の医学関係者のことを聞いたのは先生のような動きがもっと広まっていけばいいなと思うところからです。世界的にも。その違いの中で私たちはどうしても振り回されていきますから。といってそれはあり得ないことかもしれませんね。

それはさておき、私自身のことを考えれば今回のことを通して自分の生き方や健康維持のあり方について沢山考える機会をもらい、ハッキリしてきたことがありよかったなと思っています。

ところで、夫婦共々糖質制限食(特に江部先生のもの)に出会い、今までになかった体調の改善があり、目が開かれたところがあります。

糖質制限食を中心とした食のあり方とストレスマネージメントのあり方、そして人間関係のあり方と今後の健康を考える上で大切だと思う次第です。
Re: No title
山下和夫 さん

 コメント頂き有難うございます。
 少しでもお役に立てれば幸いに存じます。
 糖質制限食で体調も改善されているようで何よりです。今後も私の視点で考えたことを情報発信して参ります。