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「〜せねばならぬ」を制限する

category - ストレスマネジメント
2020/ 06/ 27
                 
見渡せば人為的なものだらけの現代社会において、

何も考えずに生きていれば様々な人為的ストレスにさらされることは必至だと思います。

ストレスにさらされれば人は自律神経のアクセル系である交感神経が刺激されます。

その刺激が一時的であればストレスの克服に有益な現象ですが、漫然と続けばむしろ難治のこじれた病態の温床になるということはこれまでも述べてきた通りです。

従って、この世の中で交感神経過緊張にならずに生きていくためには、これを緩めるための別の人為的な手段を身につけておく必要があります。これが私が考えるストレスマネジメントの意義です。

今回は様々なストレスマネジメント法の中でも、最も簡便で汎用性のある方法について紹介します。

それは「〜せねばならぬ」の世界よりも「〜してもよい」の世界で生きるべしということです。
            

ストレスというものには、例えば物理的ストレスとしては高熱とか寒冷とか、外力とか暴風とか、様々なものがあるわけですが、

これらは心地よいと感じる刺激から外れた刺激だと総称することができるのではないかと思います。

一方で精神的ストレスとしては、上司に理不尽に怒られるとか、同級生からいじめられるとか、お金がなくて困るとか、

こちらも様々な種類のものが存在しますが、いずれも自分の価値観の中で心地よいと感じる状態から外れた状況に追い込まれることと総称できるのではないかと思います。

もっと端的に言って「ストレスとは思い通りにならない状態」のことを指すと考えることができます。

そう考えた時に「〜せねばならない」という状態はどういう心理状態でしょうか。

何か克服せねばならない課題がある時にこの「〜せねばならない」という心理が生まれると思います。

これ自体は今まで超えられなかった壁を超えて、自分自身が成長するために必要な心理状態だと言えます。

ところが一方でこの状態は壁が越えられずに思い通りにならない状況に追い込まれるリスクと背中合わせの状態です。

従って、「〜せねばならない」心理状態は基本的にストレスを感じやすく、交感神経が刺激されやすいということになると思います。

一方で「〜してもよい」という心理状態はどうかといいますと、こちらも目の前に何らかの課題がある場面を想定することができますが、

その課題には取り組むけれど、仮に達成できなかったとしても、それはそれで別によいという柔軟性(flexibility)が存在する状態だと言えます。

従って、理想とする状態はあるかもしれないけれど、第2希望や第3希望、あるいは想定していなかったけれど、それでもよいと思える状態を適時受け入れることができるという意味で、

「〜せねばならぬ」に比べて、「〜してもよい」はストレスを感じにくい、ひいては交感神経を刺激しにくいという事が言えるのではないかと思います。


より具体的な場面で考えてみましょう。例えばコロナ騒動におけるマスク装着についてはどうでしょうか。

「コロナウイルス感染する(感染させる)かもしれないので、マスクをつけなければならない」という考えに基づく生活は様々なところでストレスを生み出すということが容易に理解できます。

なぜならば、マスクをつけていない人を見る度に不平や怒りの感情が沸いたり、猛暑などでマスクを外したくなった状況では苦痛や我慢の感情が引き起こされてしまうからです。

一方で「コロナウイルスに感染するかもしれないので、マスクをつけてもよい」という考えに基づく生活はどうかといいますと、

「マスクをつけてもよい」ということは、「マスクをつけなくてもよい」という考えとリンクしていることになるので、

先程のように周りでマスクをしていない人を見かけても意に介することはありませんし、勿論マスクを外したくなった場面ではマスクを外す行動に何らストレスを感じなくて済みます。

その結果、不要な交感神経刺激を避けることができ、健康への寄与につながると思います。

このように、「〜せねばならぬ」と考えるか、「〜してもよい」と考えるかで、自分の健康状態は大きく左右されるということが理解できるのではないでしょうか。

緊急事態宣言に伴う同調圧力で半ば強要された「自粛せねばならない」という考えについてもそうです。おそらく多くの人が理不尽なストレスを感じ続けたのではないかと察します。

一方で、だからといって「〜してもよい」ばかりであればよいかと言えば、そういうわけではありません。

いくら「〜してもよい」がよいからと言って「犯罪してもよい」とまでは思いませんし、「人を殺してもよい」という話にはなりません。

ただ計らずも今の世の中には非常に多くの「〜せねばならぬ」に満ちあふれているということもまた事実です。

「働かなければならぬ」「学校に通わねばならぬ」「結婚せねばならぬ」「和を乱してはならぬ」・・・

まるで糖質過剰のごとく、「〜せねばならぬ」過剰の世の中に対して、糖質制限をするかのように、「〜せねばならぬ」制限という人為を加えることは、

世の中を生きやすくすることの一助となるのではないかと思っています。

考えてみれば、世の中の成功者や偉人と呼ばれる人達は皆「〜せねばならぬ」から脱却している人ばかりです。

自分の人生を豊かにするものの考え方が、人生の健康と成功を生み出すと私は考える次第です。


たがしゅう

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コメント

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No title
 先日、還暦を迎え、少し早いのですが、会社をリタイアしました。働くことが嫌なのではないですが、○長とか△△役といたった立場が馴染めず、10年ほど前から60歳リタイアの生活設計をしてきました。
 仕事から来るストレスから解消されただけで無く、以前は耐え難かったレジの行列や、寸でのところで電車に乗り遅れることが気にならなくなりました。
 悠々自適とはいかないので、夏が明けたら週4日程度のアルバイト生活に入ります。収入は十分の一程度に減りますが、入るに合わせた生活を送ることが、ストレスからの離脱につながればいいなと思っています。

 主体的論争になりますが、「皆と同じ様にしなければならない」という拘束から離れることは、ストレスからの解放に重要だと実感しています。
Re: No title
タヌパパ さん

 コメント頂き有難うございます。

>  入るに合わせた生活を送ることが、ストレスからの離脱につながればいいなと思っています。
>  主体的論争になりますが、「皆と同じ様にしなければならない」という拘束から離れることは、ストレスからの解放に重要だと実感しています。


 非常に合点がいく考え方だと思います。
 私もオンライン診療医になって収入がガクンと減りましたが、実は幸福度は高まっています。自分のやりたい医療に思う存分専念することができているからです。この道は「皆と同じようにしなければならぬ」という固定観念から外れて見えてきた道です。皆が同じようにすれば幸せになるとは思いませんが、「せねばならぬ」にとらわれて苦しい人は、一旦その道から外れてみるというのは一つの大きな選択肢だと私は思います。