自然免疫はどうやって鍛えられるのか

2020/06/21 17:25:00 | ウイルス再考 | コメント:0件

感染症からの防御のために人体で産生される「抗体」と言えば、

ある病原体特異的に結合し、その病原体を攻撃してくれる獲得免疫システムの時に活躍するイメージがありますが、

実際には、特定の病原体だけに結合するのではなく、病原体全般に広く結合し攻撃することのできる「自然抗体」と呼ばれるものがあります。

「抗体」が特定の病原体を攻撃できるようになるためには、一度前もってその病原体に暴露されている必要があるので、

暴露前に病原体と対峙した場合に「抗体」システムが全く機能しないのかと言われれば、「自然抗体」があるおかげで全く機能しないというわけでないのです。

一般的に「自然免疫システムは獲得免疫システムに比べて弱いシステムだ」と考えられていますが、

今回の新型コロナウイルス感染症のように獲得免疫による抗体産生が起こっていなくても、人口のほとんどでこのウイルスの感染による重症化が起こっていない事実を踏まえますと、

実際には自然免疫システムは、この自然抗体の助けも相まって、未知の病原体に対する強力な生態防御機構として機能している可能性があるように私は思います。 逆に言えば、現代の人類の生活には本来は強力な自然免疫システムの仕組みを脅かす人為的な要因が加わり続けているようにも思えます。

一方で、この「自然抗体」のすごさは外から来る病原体から身を守ることだけにあらず、

身体の内側で産生された異常物質、例えば死んだ細胞、細胞が死んで血中に放出された成分、糖化したり、酸化したり、熱変性した異常タンパク質などを認識してこれらを排除することにも役立っているようです。

そんな興味深い「自然抗体」について、今回こちらの書籍で、特に食との関わりに注目して学んでみました。



実験医学増刊 Vol.38 No.10 食と健康を結ぶメディカルサイエンス〜生体防御系を亢進し、健康の維持に働く分子機構 (日本語) 単行本 – 2020/6/8
内田 浩二 (編集)


この特集を読んでいて、私が注目すべきだと思ったのは、

「自然抗体は外部の病原体(外因性抗原)のみならず、内部の異常物質(内因性抗原)も攻撃し秩序を保つことができる」というところです。

当ブログでは、ウイルスには「自己」的な要素と「他者」的な要素とがある、という考察を行って参りましたが、

「自然抗体」、すなわち自然免疫システムがきちんと機能していれば、相手が「異常な自己」だろうが、「他者」だろうが、「自己」の環境を一定の状態に保つことができるということになるのだと思います。

そうすると、獲得免疫システムはむしろ、この偉大なる自然免疫システムのオプション的な要素であって、

例えば、生物が何らかの原因で生息する環境をがらっと変えなければならないような条件においても体内の恒常性が保たれるように備えられたシステムであるという側面も見えてきます。

「自然抗体」が認識することのできる「異常な自己」の例として、どんなものがあるのかといいますと、

①細胞死により細胞表面に露出する分子(ホスファチジルセリンなど)
②通常細胞内に存在するが、細胞死に伴い細胞外に放出される分子(DNA、熱ショックタンパク質など)
③酸化した変性自己分子(酸化LDL、酸化タンパク質など)


このように組織傷害や細胞死・炎症などに伴って現れる物質を広く網羅していることがわかります。これらは総称して「DAMPs(Damage-Associated Polecular Patterns;ダメージ関連分子パターン)」といいます。

一方で細菌やウイルスなど「外因性抗原」に対して同じく「自然抗体」が認識することができる共通パターンの方は「PAMPs(Pathogen-Associated Molecular Patterns)」と呼ばれています。

パターンという言葉からもわかるように、「自然抗体」が認識しているものは、これら様々な病原物質に共通する何らかの構造を認識しているのではないかと考えられているわけですが、

酸化とか糖化とか病的な現象を包括的に捉えられてはいるものの、獲得免疫システムでの「抗体」が一対一対応でがっちり病原体をロックオンするのに対して、

自然免疫の抗体がはたして具体的に何を認識しているのかということはあまりよく分かっていないようです。

なぜならば構造的に共通性を持たない複数の抗原をも「自然抗体」は認識することができているからです。

ちなみに免疫の誤作動たる自己免疫疾患で観察される、誤って自己の正常組織を認識して攻撃する「自己抗体」も、共通構造を持たない複数の抗原を認識する性質が観察されているようです。

もしかしたら「自然抗体」が暴走し、その機能を発揮できなくなった姿が「自己抗体」なのかもしれません。

上記の書籍にはその自然抗体の病原体の認識には立体構造ではなく、「表面電荷」がその一端を担っているというようなことが書かれていましたが、

それでもあくまでも一端であって、自然抗体のその見事なまでの「自己」防衛システムがどのように発揮されているかという点に関してはまだまだ未解明の部分も多いようです。

さて、気になるのは、そんな「自然抗体」を食事でコントロールすることができるのか、に関してですが、

上記の書籍には次のような文章が書かれていました。

実験医学 Vol.38 No.10(増刊)2020
第2章 食による生体防御系の活性化
8.内因性抗原を認識する自然抗体による生体防御
【4】食品成分による自然抗体エピトープの生成


(以下、p124-125より引用)

生活習慣病などの疾病予防に寄与する機能性食品成分は現在大きな注目を集めており、

様々な食品成分における自然免疫活性化を介した健康促進効果が報告されている。

一方で、食品成分と自然抗体との関与についてはこれまでに知られていない。

成分はタンパク質と共有結合することで、タンパク質の機能に影響を及ぼすことが知られる。

生体内で食品成分による修飾がどの程度起こっているかについては検証が必要であるが、

食品成分はタンパク質を修飾することでDAMPs様の活性を付与し、自然免疫系に作用しているものと予想した。

これまでの検討により、ビタミンC酸化物であるでデヒドロアスコルビン酸(DHA)、緑茶に含まれるエピガロカテキンガレート(EGCG)、赤ワインに含まれるピセアタンノールの3種類の食品成分がタンパク質と反応することで、

自然抗体に認識されるエピトープを生成することを明らかにした。

DHAによるは修飾はAGEs(終末糖化産物)を生成することが知られており、前述したタンパク質表面へ負電荷の付与により抗体に認識される。

またEGCGではリジン修飾の脱アミノ化、ピセアタンノールではリジン残基の修飾を介したタンパク質のポリマー化が抗原性獲得に重要であることが確認された。

さらに、DHA修飾タンパク質をマウスに投与することにより、自然抗体産生細胞であるB-1細胞の増加など自然免疫系の活性化が確認されている。

このように、食品成分の直接的なタンパク質修飾により生成されるDAMPs様分子が、免疫系を調節することにより健康増進効果の一端を担っている可能性が予想される。

(引用、ここまで)



文中に出てきたB-1細胞について捕捉ですが、血液の中のリンパ球の中の液性免疫を司るBリンパ球

そのBリンパ球のうち、自然免疫システムでの「自然抗体」を産生するものをB-1細胞、獲得免疫システムでの「抗体」を産生するものをB-2細胞といいます。

細菌やウイルスなどの抗原刺激がない状態でも自己増殖し、恒常的に抗体を産生すると言われています。

また、エピトープ (epitope) は、抗体が認識する抗原の一部分のことを指します。


さて、引用文の内容は私によって少し意外な内容でした。

というのも、食事が免疫を高めるイメージというのは、食品中に含まれる何らかの栄養成分が、

人間のもともと持っているシステムのどこかに組み込まれ、そのシステムがスムーズに動き出すような働き方をしているというのが何となく頭にあったものですから。

ところが今回の引用文で書かれていたのは、むしろ食品成分がワクチン的な効き方をして自然抗体の産生を刺激をしているという内容でした。

言い換えれば、食品成分によって「異常な自己」へと構造的にも表面電荷的にも変化した物質を、

それを捉える「自然抗体」が認識して、自然免疫システム全体の活性化へとつながっているというような内容が書かれていたからです。

しかもその変化を起こす物質が聞き慣れた栄養成分であるビタミンCの誘導体でも起こるのだというのですから、これは看過できない情報です。


基本的に私は食事療法は薬物療法よりもはるかに安全な方法と認識しているわけですが、

その食事療法で起こっている現象もミクロレベルでみれば、実は生体に負荷をかけている現象であるということは見落としがちな事実であろうかと思います。

勿論、そのこと自体が悪と言いたいわけではありません。生物が成長するために刺激というものは必要です。

むしろ自然界の食品によってもたらされる程度の栄養成分の量や質による刺激は、生物の自然な成長、自然免疫システムの育成にとって基本となる刺激なのではないかと考える次第です。

いくら由来が自然なものであっても不自然な量や質でもって与えられると、困ったことが起こってくるであろうことを私は経験的に知っています。

自然免疫系の鍛えられ方は、本来はこういうものではないかと私は考える次第です。


たがしゅう
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