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ワクチンの効果は科学的かつ歴史的に証明されていると言えるのか

category - ワクチン熟考
2020/ 06/ 13
                 
「ワクチン忌避」とか、「反ワクチン」などといった呼ばれ方があります。

かなり革新的な考え方を持っている医療関係者であっても、ワクチンを否定する人はかなり少数派なのではないかという雰囲気が医療界には漂っていますが、

そうした雰囲気を背景に、上記の呼び名は「ワクチンの効果は歴史的にも科学的にもすでに証明されているにも関わらず、少数の有害事例だけを根拠にこれを否定する困った集団」というニュアンスが込められているように感じられます。

ただワクチンの難しいのは、打ってすぐに目的とする効果が現れるような話ではないので、

本当にワクチンが効いたのか、別の要因の影響によるものなのかというのがはっきりしない、ということです。

そして、そのことはワクチンによる有害事象についても同様で、アレルギーなどの急性反応は別として、遅発性に起こってくるトラブルはそれがワクチンのせいなのか、他の要因のせいなのかということが明確に判断しづらいところがあるでしょう。

それゆえ、ワクチンによる副作用が仮に本当にあったとしても、それがそのせいだと認められにくいという背景があるのではないかと思います。
            

要は白か黒かを判断するのが、非常に難しい領域の話だということです。

しかし世の中では圧倒的多数の人(特に医療者)が、「科学的に正しい」という理由でワクチンの効果を全面的に肯定する立場を取っています。

今の新型コロナウイルス感染症に対してもワクチンの開発を切望する声は多いです。ワクチンさえできれば、この騒動は一気に解決に向かうに違いない、と。

しかし「科学的に正しい」という言葉に私達はこれまで、どれほど騙されてきたでしょうか。

例えば、コレステロールを下げる薬の「スタチン」、これが心臓病を予防する効果は「科学的に正しい」と実証されていると言われ続け、多くの医師がそれに従って多くの患者に「スタチン」を善意で処方し続けています。

しかしこの話の「科学的な正しさ」はどこから来ているかと言われれば、医学論文です。

医学論文に書かれていることが正しいとは限らないという当ブログの読者であれば嫌という程感じてきたはずです。

科学的に、というか生理学的に正しいし、実際に顕著な改善効果ももたらすはずの糖質制限が、科学的に正しいと結論づける医学論文もあれば、科学的に正しくないと結論づける医学論文も乱立している状況です。

「スタチン」においても全く同じ状況が成立しています。そのように乱立している状況であれば、「正しいか正しくないかはっきりしない」という結論になってしまうのでしょうか。そうではないと私は思います。

ある人にとっては正しいのか、また別のある人にとっては正しくないのかということを、なるべく確固たる事実に立脚して判断していくしかないということです。

もしも本当に「科学的に正しい」と言い切れる現象であれば、誰がどの角度から検証したとしても、同じ結論にならなければおかしいでしょう。

あるいは「抗がん剤」についても同様です。「抗がん剤」は科学的根拠をもってこの治療が標準治療と位置づけられているわけですが、

その時の科学的根拠というのは何を指すかと言われれば、医学論文です。

抗がん剤の医学論文のトリックに関しては、がん放置療法で有名な近藤誠先生の書籍などによく書かれていますので、ここでは詳細は語りませんが、

要するに微々たる差をものすごい差があるように見せられていたり、ものすごく限られた条件において差がありそれ以外の条件だとむしろ悪化するようなことがマスクされていたりしているわけです。

しかしそれが科学的根拠というお墨付きを得て、世界中の医療に「標準医療」として大きな影響を与え続けているのが現状であろうと思います。

そういえば、がん放置療法とワクチン忌避のスタンスは似ているところがあります。

おそらくこれらの姿勢に賛同される方は、自分かもしくは親しい身内が抗がん剤であったり、ワクチンによって実際に何らかの被害を受けていて、

いくら科学的に正しいと言われても到底納得できるものではない、そんな中でこれが間違いであると主張するカリスマ的な存在があればその主張に大きく惹かれてしまうという構造ではないかと思います。

「それが正しいわけがないと思っていた」という人の心にものすごくフィットするのだろうと思います。

しかしながら、がん放置療法にしても、ワクチン忌避にしても、単にスタートラインに戻っただけで「じゃあ、どうするの?」という点が欠如している点も共通する特徴です。

またそれと関連して、抗がん剤を受けなかったり、ワクチンを受けないことによって、これらを是とする世間の多数派から白い目で見られたり、人生の様々な場面で実害を被るような非難や攻撃に遭遇する可能性があり、

これらの治療を回避するだけの行為は、根本的な問題解決には至っていないということを忘れてはいけません。

なおこの「じゃあ、どうするの?」に対する私の回答は、

「抗がん剤」に対しても、「ワクチン」に対しても、食事療法とストレスマネジメント、です。


さて、ワクチンにおける科学的根拠とは何でしょうか。

これが前述の「スタチン」や「抗がん剤」の医学論文の例と少し違うのは、それに加えて歴史的な事実が紹介されているという点です。

医学論文は賛否両論ある限りは、それを持って科学的根拠とするのは早計というのは理解できても、歴史的事実があるとなれば流石に賛同のスタンスを取るのが妥当ではないかと考える人が大半かもしれません。

代表的なものが当ブログでも取り上げたエドワード・ジェンナーの天然痘ワクチンの先駆けとなる牛痘摂取ですね。

これによって当時死の病として恐れられた天然痘にかからなくて済むようになったという点は大きな歴史的事実として注目されていますね。

しかし同時にある歴史的事実としては、ジェンナーがこの手法を開発して約200年の間、天然痘は根絶できていなかったのに、1980年になってようやくWHOの宣言によって根絶に至ったということ。

そして天然痘ワクチンを打つことによって種痘後脳炎という重篤な有害事象が起こり、1976年に天然痘ワクチンの接種が強制ではなくなったということもまた事実です。このタイミングなんか微妙ですよね。

そんなにワクチンがほとんどの人にトラブルなく効くのであれば、もっと早く天然痘は撲滅されてしかるべきではないでしょうか。何せ天然痘ウイルスは自然宿主がヒトのみで、しかも顕在感染ばかりなのですから。

それなのになぜ200年もかかっているのでしょうか。有害事象が無視できない数存在したという可能性は十分考え得るのではないでしょうか。

ワクチンを打つことで稀だろうと何だろうと有害事象は起こります。これは紛れもない事実です。しかもそれは何も天然痘だけに限った話ではありません。



ワクチン: 基礎から臨床まで (日本語) 単行本 – 2018/10/15
日本ワクチン学会 (編集)


(以下、p3より引用)

ワクチンには痛ましい負の歴史のあることも忘れてはいけない。

大きな事故として以下の3事件を述べておく。

(1)リューベックBCG事件:
ドイツのリューベック市で1929年12月10日から1930年4月30日にかけて、BCG接種を受けた生後10日以内の新生児251人が結核に罹患し、72人が死亡した。BCGワクチンが製造されたリューベック市内の病院研究室で、ワクチン製造中にヒト型結核菌が混入したもので、ワクチン開発当初、製造に慣れていない研究室で生じた事故とされている。

(2)京都ジフテリア事件:
1948年11月、京都市においてジフテリアミョウバン沈降トキソイドの接種が生後数か月から13歳までの小児1万5561人に対して行われ、1回目は問題なかったが2週間後の第2回接種の1〜2日後に、接種局所の浮腫、水疱、壊死などが生じ150人が入院、68人が死亡した。発症例の約80%、死亡例の90%以上が生後2年以内の乳幼児で、死亡例中9人は急性ジフテリア麻痺症状がみられた。製品の抜き取り調査で半数以上のバイアルに無毒化不十分な製品があり、製品の不均一性が明らかとなった。

(3)米国Cutter社ポリオワクチン事件:
1955年5月、Cutter社製造の不活化ポリオワクチンの接種を受けた40万人の小児の中から79人、家族から105人のポリオ患者が現れ、11人が死亡した。ホルマリンによる不活化工程に誤りがあり、またそのチェック機構が十分ではなかったことが原因とされた。

(引用、ここまで)



これらの事件はいずれも、まだワクチン製造の歴史の浅い時代の、技術的なミスによるもので、

本来正しく製造されていれば起こらなかったであろうはずの事件だと解釈されていますが、

ワクチンを打つという行為が、一歩間違えれば重大な有害事象をきたしうるような治療行為だということを理解するには十分な歴史的事実ではないかと私は思います。

さらに言えば、技術の進歩したはずの近年においても、子宮頸癌予防ワクチン(ヒトパピローマウイルスワクチン:HPVワクチン)において重大な有害事象が生じたことは、ご存知の方も多いのではないかと思います。

ワクチン接種推進派は「ワクチンの有害事象だと実証する因果関係が証明されていない、心因反応の可能性が否定できない。それよりも圧倒的大多数の人が子宮頸癌の罹患から免れている事実に重きをおくべきだ」という主張が大勢を占めていると思いますが、

まさに私が冒頭に述べてワクチンの効果を証明することの難しさが逆手にとられている意見です。それを言うならば子宮頸癌ワクチンを打つと子宮頸癌の予防につながるという因果関係も証明されていないのではないでしょうか。

医学論文で証明されている、という意見なら却下です。医学論文はいくらでも間違うということはこれまでも述べてきた通りです。

そして仮にもしも心因反応であったとしても、ワクチンの接種を契機に起こった心因反応であるならば、ワクチンが科学的に正しいからという道理は通らないし、当事者にとっては到底受け入れられる理由にはなりません。

そんな決して無視できないほど重大な有害事象が起こるかどうか、ロシアンルーレットに当たるような恐怖を回避しつつ、得られるはずの感染症やがんの予防効果が確実なのかと言われれば、それさえ怪しいというのが実情だと思います。

ここでもがんとウイルスの話がリンクしてきますが、そのロシアンルーレットの恐怖を乗り越えてもその先の効果が確実でないとすれば、その選択肢は少なくとも自由選択にすべきでしょう。

子宮頸癌予防ワクチンを受けていても、子宮頸癌になる人がゼロではないという事実が、ワクチンの効果の不十分さを医学論文以上に十分証明しているように思います。

つまりワクチンにおいて正しいとされている「ワクチンが感染症から人類を守った」とされる歴史的事実は、ワクチンの不十分な効果と無視できない有害事象のことを踏まえずに、ワクチンの正の側面のみに注目した過去の解釈を、歴史的事実として認識してしまったことに由来するのではないかと、

言い換えれば、その歴史的事実は事実の一側面しか見ていないのではないかと私は思います。

そんな不確かな効果でかつ有害事象のリスクを請け負いうる治療の選択肢であるならば、

いくら歴史的事実がワクチンを絶賛していようとも私はお断りです。

それならば私はワクチンの対象以外のすべてのウイルスに対して効果をもたらす自然免疫を十分に働かせるための方法、

糖質制限を中心とした食事療法とストレスマネジメントで対処したいと思います。そうすれば仮にもしうまく対処できなかったとしてもすべてを自分の責任だと請け負い切れるからです。

少なくとも全員接種ばかりが盲目的に勧められるようなものではないと私は考えます。

しかしそれでも多くの医療者がワクチンの積極的接種を推奨している背景には、最近新型コロナウイルス騒動でも話題の「集団免疫」という考え方が背景にあると思います。

次回はこの「集団免疫」という考えについて私の見解を語ってみたいと思います。


たがしゅう
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コメント

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ワクチンは効果も安全性も科学的に証明されているとの事ですが
しかし厚生労働白書の「ワクチン接種」の節にも季節性インフルエンザワクチンについて、
「感染防止や流行の阻止については効果があるとの証明はされていない」
「死亡や重症化の防止に一定の効果があることは確認されているが、100%の効果が保証されている訳ではなく」
「稀ではあるが重篤な副反応が起こる場合もある」
と、ちゃんと書いてあるんですよね。
厚生労働白書にも書いてあるのになんでこんなにワクチン信仰のような物がはびこるのか、そこが理解出来ないところです。
「ワクチンを打ってないが感染症にかかった事はない」
と言うと必ず言われるのが
「あなたは集団免疫にタダ乗りしている」
という事です。
厚生労働白書にもそのような効果は証明されてないと書かれているのに、おかしな事だと思います。

> 「抗がん剤」に対しても、「ワクチン」に対しても、食事療法とストレスマネジメント

これには大賛成なのですが、これを言うとますます「変な人」扱いされてしまい、
> 世間の多数派から白い目で見られたり、人生の様々な場面で実害を被るような非難や攻撃に遭遇する可能性
の改善には繋がらないと思います。

天然痘については、ワクチンだけでは撲滅出来ず、感染者とその接触者を徹底隔離する事で大きな成果が上がったと別のサイトで読みましたが、もしかすると、症状が現れた人を徹底隔離する事で強毒性の株が淘汰され、弱毒性の株が増えたため撲滅されたように見えたのではないかと、たがしゅう先生の先日の記事を読んで思いました。
Re: ワクチンは効果も安全性も科学的に証明されているとの事ですが
KAZ さん

 コメント頂き有難うございます。

> > 「抗がん剤」に対しても、「ワクチン」に対しても、食事療法とストレスマネジメント
>
> これには大賛成なのですが、これを言うとますます「変な人」扱いされてしまい、
> > 世間の多数派から白い目で見られたり、人生の様々な場面で実害を被るような非難や攻撃に遭遇する可能性
> の改善には繋がらないと思います。


 確かにそうかもしれません。

 ただ「変な人」と思われないようにする最大限の努力としては、仮に批判的なコメントを受けてもなるべく誠実にアサーティブに自分がなぜそのような考えに至ったのかを説明することかと思っています(勿論、そもそも議論の場に立っていない誹謗・中傷のスタンスの人に対しては取り付く島もありませんが)。

 もう一つは、最終的に目指している先は、自分も相手をも幸せになる世界だ、ということを示すことだと思っています。

 ワクチンを受けたい人、受けたくない人がそれぞれ互いをどうこう干渉しない、それぞれの選択が互いに認め合えるようになれば、仮に意見が一致しなくても秩序は保たれるのではないかと思います。しかしこれがいかに難しい課題であるかということも、同時に理解しているつもりです。それでも一歩ずつでも前に進んでいくしかありません。

> 天然痘については、
> もしかすると、症状が現れた人を徹底隔離する事で強毒性の株が淘汰され、弱毒性の株が増えたため撲滅されたように見えたのではないかと


 それだと、同様に致死率が非常に高いとされるエボラ出血熱も隔離に成功して弱毒株だけが残っていてもよさそうに思いますが、実際には何年かおきに流行を起こしているというのが事実です。

 天然痘ウイルスも強毒株がなくなったように見えますが、例えば、HIV感染症など免疫が低下した人における伝染性軟属腫(水イボ)は天然痘並みに重症化しているケースも認められます。

 そうなると弱毒か強毒かというのはあくまでもウイルスと宿主との相同性の程度と宿主の免疫の状態との兼ね合いによって決まるものであって、他の病原性ありとされるウイルス達と同様に、変異や場所変えを繰り返しながら命のバトンをつなぎ続けている、と考える方が妥当ではないかと私は思います。
エボラ出血熱はちょっと違うのではないでしょうか。
> それだと、同様に致死率が非常に高いとされるエボラ出血熱も隔離に成功して弱毒株だけが残っていてもよさそうに思いますが、実際には何年かおきに流行を起こしているというのが事実です。

エボラ出血熱はコウモリが自然宿主とされていますので、人間のみを宿主とする天然痘とは違うのではないでしょうか。

> 弱毒か強毒かというのはあくまでもウイルスと宿主との相同性の程度と宿主の免疫の状態との兼ね合いによって決まる

劣悪な環境で生活している人は現在も多いです。にもかかわらずそういった環境に住む人たちにも天然痘は発生していないため、何故だろうと疑問に思いました。
Re: エボラ出血熱はちょっと違うのではないでしょうか。
KAZ さん

 率直なご意見を頂き有難うございます。

> エボラ出血熱はコウモリが自然宿主とされていますので、人間のみを宿主とする天然痘とは違うのではないでしょうか。

 確かにそうですね。自然宿主の点では少し違っているかもしれません。
 ただ天然痘ウイルスの自然宿主がヒトのみという話に疑いを持っているので、天然痘と同じように致死率が高く顕在感染率が高いエボラ出血熱であれば、強毒性のものはやはり強制隔離のアプローチで淘汰されて、弱毒性のものが生き残るという流れになるのが必然なのではないかよ考える次第です。
 もっとも現実はそうなっていないので、弱毒・強毒という概念そのものが間違っていて、ウイルスと宿主との間の「自己」と「非自己」の相同性の程度と宿主の免疫状態の如何によって相手の同じウイルスが弱毒に思えたり、強毒に思えたりしているだけで、実際にはウイルスは弱毒も強毒もなくて、ただ拒絶反応を起こすことのない「自己」性が強い動物(いわゆる自然宿主)の中に住み着いて、命のバトンを渡し続けているだけなのではないかと私は考える次第です。

> 劣悪な環境で生活している人は現在も多いです。にもかかわらずそういった環境に住む人たちにも天然痘は発生していないため、何故だろうと疑問に思いました。

 劣悪な環境で生活していても、うまく菌やウイルスに適応している可能性はあると思います。また栄養状態の如何はわかりかねますが、多少の栄養状態の悪さはストレスマネジメントによる代謝安定化で乗り越えられる可能性があると思いますが、あくまで可能性の話であって、実際のところはよくわかりませんね。